相続によって非上場株式が兄弟姉妹に分散した会社がすべきこと
創業者が亡くなり、発行済株式の70パーセントが、会社に関与していない三人の兄弟姉妹に移りました。会社を実際に動かしているのは、長年専務を務めてきた者です。三人はそれぞれ別の代理人を立て、うち一人は株主名簿の書換えを求め、一人は買取りを求め、一人は何も言ってきません。定時株主総会の時期は迫っています。会社としてどう動くべきか、という御相談です。
相続による株式の移転は、会社の承認を要しません。譲渡の制限を定めていても、相続は譲渡ではありませんので、会社は移転そのものを止められません。気付いたときには、経営に関与しない者が議決権の多数を握っているという状態が生じます。会社の側から見れば、これは資本政策の問題であると同時に、日々の意思決定を成立させられるかという運営の問題です。
結論から申し上げます。会社が最初に行うべきは、株主名簿の整理と権利行使者の確認であり、買取りの検討はその後です。順序を誤り、価格の交渉から入ると、株主総会を開けないまま時間だけが経過します。以下、順に御説明します。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
本記事は、株式が分散した後に会社の側が採るべき対応だけを扱います。相続人の側に立った記述は含みません。
- 分散した後に、会社の側が対応する場面……本記事
- 相続の開始前に、株式の分散を防ぐ場面……事業承継で会社の株式が相続人に分散する前に弁護士へ相談すべきこと
- 相続人の側で、株式の存在、株数及び価値を調べる場面……相続した非上場株式の存在、株数及び価値を弁護士が調査する方法
- 相続の開始後に、経営権そのものが争われている場面……事業承継で経営権の争いとなった場合の弁護士対応 株式、代表権及び役員を一体で整理する
分散した後に、会社が最初にすること
最初の作業は、株主名簿の現況の確定です。被相続人の氏名がそのまま残っているのか、既に相続人の氏名へ書き換えられているのか、書換えの請求が届いているのかを整理します。会社が把握していない書換えの請求が担当者の手元に留まっている例がありますので、郵便物の受領の記録まで遡って確認してください。
第二の作業は、相続人の範囲の確認です。会社は、書換えを請求してきた者に対し、被相続人の出生から死亡までの戸籍と相続関係を示す戸籍一式の提出を求めることができます。提出された戸籍から、会社に連絡をしてきていない相続人の存在が判明することがあります。連絡のない相続人を放置したまま手続を進めると、後にその者から決議の効力を争われます。
第三の作業は、定款の確認です。譲渡の制限の定めの有無、相続人等に対する売渡しの請求の定めの有無、株主総会の定足数に関する定めを確認します。売渡しの請求の定めがある場合には、後述する期間の管理が直ちに始まりますので、相続の開始を知った日を記録に残してください。この三つの作業は、いずれも数日で完了します。買取りの検討に入る前に済ませておくべき前提です。
準共有のままの株式について、誰が権利を行使するのか
遺産の分割が終わっていない段階では、株式は共同相続人に帰属したままです。民法第898条第1項は、相続人が数人あるときは相続財産はその共有に属すると定めており、民法第264条は、共有に関する規定が数人で所有権以外の財産権を有する場合について準用されると定めています。株式は所有権以外の財産権ですので、この準共有の規定が働きます。
会社の側から見て決定的に重要なのが会社法第106条です。同条は、株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は当該株式についての権利を行使する者一人を定め、会社に対しその者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができないと定めています。ただし書により、会社が権利の行使に同意した場合は例外となります。
したがって、会社は、権利行使者の指定と通知がされているかどうかを、株主総会の招集に先立って確認しなければなりません。通知がされていない株式については、原則として議決権が行使されません。ただし書に基づいて会社が同意するかどうかは会社の判断ですが、一部の相続人にだけ同意を与えると、他の相続人から決議の方法が著しく不公正であるとして争われる原因となります。同意の可否は、相続人全員に同一の基準を適用してください。
定款に売渡しの請求の定めがある場合の期間
会社法第174条は、会社が、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対し、当該株式を会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができるとしています。この定めがある場合、会社は、相続人から株式を強制的に取得する道を持ちます。
行使には期間の制限があります。会社法第176条第1項は、会社が売渡しの請求をすることができるとしつつ、ただし書において、当該会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過したときは、この限りでないと定めています。すなわち、知った日から1年で権利は失われます。同条第2項により、請求は株式の数を明らかにしてしなければならず、同条第3項により、会社はいつでも請求を撤回することができます。
価格の決定は会社法第177条によります。同条第1項は、売買価格を会社と相続人との協議によって定めるとし、同条第2項は、会社又は相続人が、請求があった日から20日以内に、裁判所に対し売買価格の決定の申立てをすることができるとしています。同条第5項は、この20日の期間内に申立てがないときは、協議が調った場合を除き、売渡しの請求はその効力を失うと定めています。1年と20日という二つの期間は、いずれも徒過すれば回復できません。期間の管理を担当者に委ねず、期日を書面で管理してください。
会社が買い取る場合の財源と決議
会社が自己株式を取得することができる場合は、会社法第155条が限定して列挙しています。同条第1号は、会社法第107条第2項第3号イの事由が生じた場合、すなわち取得条項付株式について定款に定めた事由が生じた場合を掲げています。同条第3号は会社法第156条第1項の決議があった場合を、同条第6号は会社法第176条第1項の規定による請求をした場合を掲げています。列挙されていない方法による取得はできません。
株主との合意により有償で取得する場合には、会社法第156条第1項により、あらかじめ株主総会の決議によって、取得する株式の数、取得と引換えに交付する金銭等の内容及びその総額、取得することができる期間を定めなければなりません。同項ただし書により、この期間は1年を超えることができません。特定の相続人からのみ取得する場合には、会社法第160条第4項が働きます。同項は、その特定の株主は会社法第156条第1項の株主総会において議決権を行使することができないと定めています。買い取られる側が賛成票を投じられない仕組みです。
財源の制限も外せません。会社法第461条第1項は、同項各号に掲げる行為により株主に対して交付する金銭等の帳簿価額の総額が、その行為の効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならないと定めています。同項第2号は会社法第156条第1項の決定に基づく取得を、同項第5号は会社法第176条第1項の請求に基づく買取りを掲げています。分配可能額を超える買取りは、決議を経ていても実行できません。買取りの検討は、直近の貸借対照表に基づく分配可能額の算定から始めてください。
相続人の一部だけが応ずる場合の進め方
一人だけが買取りに応ずるという状況は、実務で頻繁に生じます。この場合、会社は二つの判断を求められます。第一に、応じた者からだけ先に取得するか、全員が揃うまで待つかです。第二に、その価格を後に応ずる者との交渉でどう扱うかです。
先に取得する判断を採る場合、会社法第160条の手続を経ることになります。特定の株主から取得する旨を定めるときは、同条第2項により、会社は他の株主に対し、同条第3項の請求をすることができる旨を通知しなければなりません。同条第3項により、他の株主は、自己をも売主に加えたものを株主総会の議案とすることを請求することができます。この売主追加の請求の機会を与えないまま手続を進めると、決議の効力が争われます。
価格の扱いについては、先に応じた者に有利な価格を付すと、後に応ずる者から同一の価格を求められます。逆に、後の者に高い価格を付せば、先に応じた者から不公平を主張されます。したがって、価格の算定の根拠を文書として残し、算定の時点と前提を明示しておくことが、後の交渉における会社の立場を守ります。遺産の分割が未了であれば、分割の結果を待つという選択も、時に合理的です。
買い取らないという選択と、その場合の備え
買い取らないという判断も、正当な選択肢です。分配可能額が乏しい場合、資金を設備投資に充てるべき場合、価格の隔たりが大きく交渉が長期化する場合には、買取りを見送り、株主として存在することを前提に運営を組み立てる方が、会社の利益にかなうことがあります。
この選択を採る場合の備えは三つあります。第一に、株主総会の運営を法令に厳格に適合させることです。招集の通知の発送、議題の記載、議事録の作成を、毎回同一の水準で行います。分散した株主が存在する会社では、手続の瑕疵が直ちに争いの材料となります。
第二に、計算書類の作成と備置きを適時に行うことです。株主は計算書類等の閲覧等を請求できますので、請求に応じられない状態を作らないことが無用な紛争を避けます。第三に、剰余金の配当の方針を明示することです。経営に関与しない株主にとって、配当は唯一の経済的な利益であり、方針が示されない状態が続くと請求が繰り返されます。
次の相続までに整えておくこと
分散した株式を放置すると、次の相続で更に分かれます。三人の兄弟姉妹が保有する株式は、それぞれの配偶者と子へ移り、株主の数は数年で倍になります。会社の側で今回の対応を終えた後に着手すべきは、次の相続に備えた仕組みの整備です。
第一に、定款の点検です。譲渡の制限の定めがない場合には、これを設ける決議を検討します。相続人等に対する売渡しの請求の定めについては、置く場合と置かない場合の双方に危険がありますので、株主の構成を踏まえた判断が必要です。第二に、株主名簿の整備です。住所の変更、氏名の変更、相続の発生を継続的に反映する体制を作り、担当者を定めます。
第三に、株主との関係の維持です。年に一度、事業の状況を書面で伝え、質問に応ずる窓口を明示するだけで、突然の請求は減ります。第四に、資金の準備です。これらは、いずれも紛争が起きていない平時にしか着手できません。
なぜ兄弟姉妹の間では話がまとまらないのか
会社の側から見て理解しにくいのは、相続人同士が一つの意思にまとまらないことです。会社としては、代表者を一人決めて交渉に来てほしいと考えますが、そうならない理由があります。
第一に、各人の目的が違うためです。会社の運営に関心のある者、現金化を望む者、他の兄弟姉妹より不利に扱われることだけを避けたい者が、同じ株式について同時に別の主張をします。第二に、遺産が株式だけではないためです。不動産や預貯金の分け方と株式の扱いが連動しますので、株式についてだけ先に合意することが構造的に難しくなります。
第三に、生前の経緯が影響するためです。会社から報酬を受けていた者と受けていなかった者、事業を手伝った者と離れていた者の間には、金額に還元しにくい不均衡の意識があります。会社の側がこの事情に立ち入ることはできませんし、立ち入るべきでもありません。会社としては、相続人の間の交渉の結果を待つ部分と、待たずに進める部分とを切り分け、後者を法令に従って着実に進めることが、最も現実的な対応となります。
弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期
当事務所では、会社の側の御依頼として、株主名簿の現況の整理と書換えの請求への対応、権利行使者の指定の通知の確認と会社の同意の可否の判断、定款の点検と変更の設計、売渡しの請求の期間の管理及び請求の実行、売買価格の決定の申立て、会社法第156条第1項の決議及び会社法第160条の手続の設計、分配可能額の確認、株主総会の招集及び議事録の整備までをお引き受けいたします。同一の案件について、会社の側と相続人の側の双方を代理することはありません。
御依頼の時期として最も適切なのは、相続の開始を知った直後です。売渡しの請求の1年の期間、価格の決定の申立ての20日の期間は、いずれも起算点が明確であり、経過すれば回復できません。また、最初の株主総会をどのように運営したかが、その後の争いの帰趨に影響します。総会を一度でも不適切に運営してしまうと、それ自体が相手方の材料となります。
- 電話番号 03-6435-8418
- 御相談は事前予約制です
御相談の際に、会社の履歴事項全部証明書、定款の現物、株主名簿、直近3期分の計算書類、相続人から届いた書面の写しを御用意いただけますと、検討が早く進みます。
いま確認していただきたいこと
次の各点は、会社の側で直ちに確認できます。確認の結果によって、期間の管理の要否が決まります。
- 定款の現物を確認し、相続人等に対する売渡しの請求の定めがあるかどうかを確かめる。
- 相続の開始を会社が知った日を特定し、その日から1年後の日を書面で管理する。
- 株主名簿の記載が被相続人のままか、書換えの請求が届いているかを、受領の記録まで遡って確認する。
- 相続人から提出された戸籍を確認し、会社に連絡をしてきていない相続人がいないかを確かめる。
- 権利行使者の指定の通知が会社に到達しているかどうかを確認し、到達の日を記録する。
- 直近の貸借対照表に基づき、分配可能額を算定し、買取りに充て得る金額の上限を把握する。
よくあるご質問
譲渡の制限の定めがあれば、相続による移転も止められますか
止められません。譲渡の制限は譲渡による取得を対象とするものであり、相続その他の一般承継による取得には及びません。相続人からの取得を可能にするには、会社法第174条の定めを定款に置く必要があります。
権利行使者の通知がない株式は、定足数にどう扱いますか
権利の行使ができない状態にあるにすぎず、株式そのものが消えるわけではありません。定足数の算定における取扱いは、定款の定めと総会の議題によって異なりますので、招集の前に個別に検討してください。誤った取扱いは、決議の効力を争われる原因となります。
売渡しの請求をした後に、価格が高すぎると分かった場合はどうなりますか
会社法第176条第3項により、会社はいつでも請求を撤回することができます。ただし、撤回すれば売渡しの効果は生じませんので、その相続人は株主として残ります。撤回の判断は、価格の見込みと会社の資金の状況を照らして行ってください。
特定の相続人からだけ買い取ることはできますか
会社法第160条の手続によれば可能ですが、他の株主に売主追加の請求の機会を与えなければなりません。また、同条第4項により、買い取られる特定の株主は、その株主総会において議決権を行使することができません。手続の一つでも欠けると、決議の効力が争われます。
分配可能額がない場合、買取りの方法は全くありませんか
会社が取得する方法は制限されますが、後継者その他の個人が買い取る方法、持株会社を設立して取得する方法など、会社以外の主体が取得する組立てが考えられます。いずれも資金調達と税務の検討を伴いますので、早い段階で設計してください。
おわりに
株式が分散した会社にとって、最も損失が大きいのは、何もしないまま数年が経過することです。期間の制限のある権利は失われ、株主の数は次の相続で増え、資料の不備は蓄積します。逆に、名簿を整え、期間を管理し、総会を法令どおりに運営するという地味な作業を続けている会社は、株主が分散していても安定して運営できています。
本記事の記載は一般的な説明であり、個別の事案における結論を保証するものではありません。定款の定め、株主の構成、財務の状況によって、採るべき手段は変わります。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
相続により分散した株式への会社の対応に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
出典
- 会社法(平成17年法律第86号)第106条、第155条第1号、第156条第1項、第160条第4項、第174条、第176条第1項、第177条、第461条第1項
- 民法(明治29年法律第89号)第264条、第898条第1項
- e-Gov法令検索(デジタル庁) 法令の条文の確認に用いています。
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