同族会社の遺産分割を弁護士に依頼するとき 後継者と非後継者の公平をどう確保するか
「会社は兄が継ぐ、その代わり、ほかの財産は妹が取ればよい」という生前の話が、いざ相続が開始してみると何も形になっていなかった、という御相談を数多くお受けしています。本記事は、同族会社の株式が遺産の大部分を占めており、会社を継ぐ相続人と継がない相続人との間で分割の折り合いがつかずにお困りの方に向けたものです。後継者の側からの御相談、非後継者の側からの御相談のいずれもお受けしています。
この場面が難しいのは、遺産の中心である自社株式が、二つの性質を併せ持っているからです。一方では、会社を支配するための道具です。他方では、遺産分割において金額に換算される財産です。前者を重視すれば株式は後継者に集約すべきことになり、後者を重視すれば非後継者にも相応の価値が渡されるべきことになります。この二つは、放っておいて両立するものではありません。
結論から申し上げます。この対立の帰趨を決めるのは、多くの場合、株式の評価額をいくらとするか、代償金の原資をどこから作るか、そして期限に間に合うかどうかの3点です。とりわけ、相続の開始から10年を経過すると特別受益及び寄与分を主張できなくなり、施行前に開始した相続についての猶予は令和10年4月1日に終わります。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
弁護士への依頼という同じ主題であっても、判断の分かれ目となる論点は場面ごとに異なりますので、次のとおり整理しています。
- 同族会社の遺産分割において後継者と非後継者の公平をどう確保するか……本記事
- 会社が株式を買い取らず納税資金が確保できない場合……自社株式の相続を弁護士に依頼するとき 会社が買い取らない場合と納税資金の確保
生前の約束は、遺産分割を拘束しません
口頭の合意に法的な効力はありません
「会社は長男に、預貯金は長女に」という被相続人の意向が、遺言としての方式を備えていなければ、遺産分割を拘束する効力はありません。共同相続人は、いつでも協議で遺産の全部又は一部の分割をすることができます(民法第907条第1項)。生前の話は、協議における一つの事情にとどまります。
遺言があっても、遺留分の問題は残ります
全株式を後継者に相続させる旨の遺言があった場合でも、非後継者は遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます(民法第1046条第1項)。株式を渡さずに済む代わりに、後継者は金銭を支払う立場に立ちます。遺言があれば安心である、ということにはなりません。
相談に来られる時期が遅いという共通点
この類型の御相談は、相続の開始から3年、5年と経過してから寄せられることが多くあります。「親族であるから、いずれ話がつく」と考えているうちに、期限だけが進みます。後述するとおり、期限の経過は一方の当事者にのみ有利に働きます。
どちらの立場で依頼するかによって、進め方が変わります
非後継者の側から依頼される場合
まず着手するのは、株式の評価の前提となる資料の入手です。会社の決算書類が開示されない限り、いくら求めればよいのかを主張することができません。そのうえで、代償金の水準と支払方法を交渉します。株式そのものを取得しても換金できませんので、金銭による解決を目指すのが通常です。
後継者の側から依頼される場合
着手するのは、支払能力の設計です。株式を集約する以上、代償金の負担は避けられません。会社の資金を用いてよい範囲、支払を分割とする場合の条件、担保をどうするかを、会社法上の制約を踏まえて組み立てます。感情的な対立が先行すると、支払える条件で合意する機会そのものを失います。
双方の代理人となることはできません
利益が相反しますので、当事務所が同じ相続について双方から御依頼をお受けすることはできません。御相談の順序によって、いずれか一方のみの代理人となります。この点は、御相談の最初に必ず御説明しています。
株式の評価額 相続税評価額をそのまま用いてよいのか
目的が異なれば、算定の方法も異なります
相続税の申告における評価は、課税価格を算定するためのものです。他方、遺産分割における評価は、相続人の間で価値を公平に配分するためのものです。目的が異なる以上、同じ数字でなければならない理由はありません。遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質その他一切の事情を考慮してこれをするものとされています(民法第906条)。
通達は裁判所を拘束しません
後継者の側は「相続税評価額はこの金額である」と主張することが多くあります。しかし、財産評価基本通達は行政庁の内部の取扱いであって、裁判所を拘束するものではありません(国家行政組織法第14条第2項)。会社法上の「公正な価格」や「売買価格」とも、目的及び算定方法が異なります。
評価の見直しが議論されています
国税庁は令和8年4月20日から「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を開催し、昭和39年公表の財産評価基本通達の抜本的な見直しを検討しています。第1回の資料では、類似業種比準価額の中央値は純資産価額の中央値の26パーセントから27パーセント程度であること、評価対象会社の82.4パーセントは直前2期に配当をまったく支払っていないことが示されています。第5回(令和8年8月20日)では、会社規模による区分を廃止してインカムアプローチによる評価を主軸とすべきとの方向性が示されています。ただし、内容も時期も確定したものではありません。
実務上の落としどころ
評価額について完全な合意に至ることは多くありません。実務では、複数の算定方法による幅を示したうえで、支払方法や支払時期と組み合わせて全体として合意することが一般的です。数字だけを争っても、協議は前に進みません。
株式が準共有のまま残ることの不都合
分割が終わるまで、株式は共同相続人の準共有です
相続人が数人あるときは、相続財産はその共有に属します(民法第898条第1項)。株式についても同様であり、遺産分割が成立するまでは共同相続人の準共有の状態が続きます。この状態は、後継者にとっても非後継者にとっても不安定です。
権利行使者を定めなければ、議決権を行使できません
株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は権利を行使する者一人を定め、会社に通知しなければ、その株式についての権利を行使することができません(会社法第106条本文)。ただし、会社が権利の行使に同意した場合は、この限りではありません(同条ただし書)。指定は、共有物の管理に関する行為として、持分の価格に従いその過半数で決するものと解されています(民法第252条第1項参照)。
会社の意思決定が止まることの実害
準共有の株式が議決権の過半数を占めている場合、権利行使者が定まらなければ、役員の選任も決算の承認も行えません。金融機関からの借入れ、取引先との契約更新にも支障が生じます。後継者の側が分割を急ぐ動機は、多くの場合ここにあります。逆に申し上げれば、非後継者の側にとって、この点は交渉における現実的な材料となります。
代償分割という解決と、その原資をどう作るか
代償分割の考え方
家庭裁判所は、遺産の分割の審判をする場合において、特別の事情があると認めるときは、遺産の分割の方法として、共同相続人の一人又は数人に他の共同相続人に対する債務を負担させて、現物の分割に代えることができます(家事事件手続法第195条)。株式を後継者に集約し、後継者が非後継者に金銭を支払うという形が、この類型の標準的な解決です。
原資をどこから作るか
後継者個人に十分な資金があることは稀です。実務上は、会社による自己株式の取得(会社法第155条第3号、第156条第1項)、役員退職慰労金の支給、被相続人を被保険者とする生命保険金の活用、金融機関からの借入れを組み合わせます。会社が自己株式を取得する場合、交付する金銭等の総額は分配可能額を超えることができません(会社法第461条第1項第3号)。
相続人等からの取得の特則
公開会社でない株式会社が、株主の相続人その他の一般承継人から、その一般承継により取得した株式を取得する場合には、他の株主による売主追加請求権の規定は適用されません(会社法第162条本文)。ただし、その相続人等が株主総会において当該株式について議決権を行使した場合には、この特則は適用されません(同条第2号)。手順を誤ると、使えたはずの方法が使えなくなります。
分割払とする場合の条件
一括で支払えない場合、分割払とすることがあります。その際は、期限の利益の喪失条項、遅延損害金、担保の設定を必ず定めます。なお、遺留分侵害額の請求を受けた場合には、裁判所は受遺者又は受贈者の請求により、金銭債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができます(民法第1047条第5項)。後継者の側にとって、この規定は重要な意味を持ちます。
期限 10年、1年、10か月をどう管理するか
相続の開始から10年 特別受益及び寄与分
相続の開始の時から10年を経過した後にする遺産の分割については、特別受益(民法第903条、第904条)及び寄与分(民法第904条の2)の規定は適用されません(民法第904条の3本文)。10年を経過する前に家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたときは、なお主張することができます(同条第1号)。
この規定は令和5年4月1日に施行されましたが、施行前に開始した相続についても、施行の時から5年を経過する時と相続の開始から10年を経過する時とのいずれか遅い時までは主張が認められます。相続の開始が平成26年5月1日であった場合、期限は令和10年4月1日です。同族会社の遺産分割では、後継者が生前に受けた援助や、非後継者が無報酬で会社を支えた経緯が争点となることが多く、この期間制限の影響は特に大きくなります。
遺留分は知った時から1年
遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅します。相続の開始の時から10年を経過したときも同様です(民法第1048条)。令和8年6月15日に遺言の内容を知った場合には、令和9年6月15日までに請求の意思表示をしておく必要があります。
相続税の期限は待ってくれません
相続税の申告書は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に提出しなければなりません(相続税法第27条第1項)。遺産分割が成立していなくても、この期限は動きません。また、相続により取得した非上場株式を発行会社に譲渡する場合の課税の特例(租税特別措置法第9条の7)及び取得費加算の特例(同法第39条)は、いずれも相続の開始から3年10か月以内の譲渡が要件です。分割の協議は、これらの期限から逆算して進める必要があります。
なぜ、後継者の側は分割協議を急がないのか
第1に、事実上すべてを支配しているからです
後継者は、代表者として会社の資金を動かし、役員報酬を受け取り、決算の内容を把握しています。分割が成立していなくても、日々の経営に支障はありません。分割によって初めて代償金の支払義務が具体化するのですから、急ぐ理由がありません。
第2に、評価額を確定させたくないからです
決算書類を開示すれば、株式の価値が数字として示されます。数字が出ていない間は、「会社に余裕はない」という説明を続けることができます。資料を出さないという態度は、多くの場合、この段階を引き延ばすためのものです。
第3に、期限の経過が有利に働くからです
生前に多額の援助を受けていた後継者にとって、相続の開始から10年の経過は、特別受益の主張を封じる効果を持ちます。他方、無報酬で会社を支えた非後継者にとっては、寄与分を主張する機会が失われます。協議を長引かせること自体が、一方にとっての戦術になり得ます。
いま確認していただきたいこと
本日のうちに、次の点を確認していただくことをお勧めします。
- 相続の開始日を確認し、10年の期間制限までの残りを日付で把握してください。相続の開始が平成28年より前である場合は、令和10年4月1日が期限となる可能性があります。
- 遺言の有無と内容を確認してください。遺言がある場合、遺留分侵害額請求の1年の期間が既に進行している可能性があります。
- 会社の直近3期分の決算書類、株主名簿、定款が手元にあるかを確認してください。ない場合は、開示を求めるところから始めます。
- 被相続人が受け取る予定であった役員退職慰労金、被相続人を被保険者とする生命保険契約の有無を確認してください。代償金の原資となり得ます。
- 生前の援助や、会社に対する無報酬の貢献について、時期と金額を書き出してください。特別受益及び寄与分の主張の基礎となります。
期限の判断だけは、早めに専門家に確認してください。当事務所では、初回の御相談は無料で承っております。
よくあるご質問
会社を継がない立場ですが、株式を取得しても意味がないように思います
おっしゃるとおり、非上場株式は市場で売却することができず、配当も行われていない会社が多くあります。そのため、実務上は株式そのものではなく、代償金による解決を目指すのが通常です。ただし、代償金の額を交渉するためには株式の価値を明らかにする必要がありますので、評価の資料を確保することが出発点になります。
後継者の立場ですが、代償金を支払う資金がありません
一括での支払が困難であることは珍しくありません。会社による自己株式の取得、役員退職慰労金の支給、分割払と担保の設定などを組み合わせて、支払える形を設計します。遺留分侵害額の請求を受けている場合には、裁判所に対して支払につき相当の期限の許与を求めることも考えられます(民法第1047条第5項)。早い段階で御相談いただくほど、選択できる方法は多くなります。
相手方は親族です。調停を申し立てると関係が壊れませんか
調停は、家庭裁判所の調停委員会が双方から交互に事情を聴取して進める手続であり、当事者が同じ室で対面することは通常ありません。直接の交渉よりも冷静な議論が可能となる場面が多くあります。また、家庭裁判所への遺産の分割の請求は、10年の期間制限を止める行為でもあります。
被相続人が生前に、後継者へ株式を贈与していました。考慮されますか
相続人に対する贈与は、原則として相続の開始前の10年間にされたもので婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与に限り、遺留分を算定するための財産の価額に算入されます(民法第1044条第3項)。また、遺産分割においては特別受益として考慮され得ますが、相続の開始から10年を経過するとその主張ができなくなります(民法第904条の3)。贈与の時期と内容を確認することが必要です。
おわりに
同族会社の遺産分割では、どちらの側にも言い分があります。会社を継いだ側には、経営を維持してきたという自負があります。継がなかった側には、遺産の大半が株式であるために何も受け取れていないという不満があります。どちらも、それ自体としては正当な主張です。
問題は、この対立を放置しても解決に向かわないという点にあります。株式は準共有のままで会社の意思決定は不安定になり、期限だけが進みます。評価額、代償金の原資、期限。この3点を整理すれば、合意できる形は必ず見つかります。まずはお電話でお話をお聞かせください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
同族会社の遺産分割に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜・日曜・祝日を含みます)
出典
- 民法第252条第1項(共有物の管理)、第898条第1項(相続財産の共有)
- 民法第903条、第904条(特別受益)、第904条の2(寄与分)
- 民法第904条の3本文、第1号(期間経過後の遺産の分割における相続分)
- 民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)附則の経過措置
- 民法第906条(遺産の分割の基準)、第907条第1項(協議による分割)
- 民法第1044条第3項(相続人に対する贈与 10年)
- 民法第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)、第1047条第5項(期限の許与)
- 民法第1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限 1年及び10年)
- 家事事件手続法第195条(債務を負担させる方法による遺産の分割)
- 会社法第106条本文及びただし書(共有者による権利の行使)
- 会社法第155条第3号、第156条第1項(自己株式の取得)
- 会社法第162条本文、第2号(相続人等からの取得の特則)
- 会社法第461条第1項第3号(分配可能額)
- 相続税法第27条第1項(申告期限 10か月)
- 租税特別措置法第9条の7、第39条(相続の開始から3年10か月)
- 国家行政組織法第14条第2項(訓令及び通達)
- 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第1回)」資料(令和8年4月20日)、同「(第5回)」資料(令和8年8月20日)
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