遺留分の放棄と自社株式の承継 家庭裁判所の許可と除外合意・固定合意の使い分け

▶ 自社株式を後継者に集中させた場合の遺留分侵害額請求と株式の評価
父は会社の株式をすべて、会社を継ぐ兄に承継させたいと考えています。父と兄から「会社のために遺留分を放棄してほしい。家庭裁判所の手続は兄が手配する」と言われました。放棄すると私は何を失うのでしょうか。断ることはできるのでしょうか。当事務所には、このようなご相談が寄せられています。
反対に、経営者や後継者の側からは「株式を後継者に集めたいが、他の子の遺留分が心配だ」というご相談が寄せられます。自社株式が財産の大半を占める場合、後継者に株式を集中させると、他の相続人の遺留分を侵害することになりがちです。その対策として、遺留分の放棄と、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律が定める遺留分に関する民法の特例があります。
結論から申し上げます。相続開始前の遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り効力を生じ、放棄をしても他の相続人の遺留分は増えません。生前に贈与した自社株式を遺留分の算定から除き、又はその価額を固定する方法として、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律の除外合意と固定合意があり、推定相続人全員と後継者の合意、経済産業大臣の確認及び家庭裁判所の許可が必要です。どちらを使うかは、株式を生前に贈与するか遺言で承継させるか、非後継者の協力が得られるかによって決まります。以下、順を追ってご説明します。
遺留分の放棄とは
相続開始前の放棄には家庭裁判所の許可が必要です
相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生じます(民法第1049条第1項)。家族の間で「遺留分を放棄する」という書面を交わしただけでは、効力は生じません。親の意向や家族の圧力によって放棄させられることを防ぐため、家庭裁判所が関与する仕組みとなっています。
相続の放棄とは違います
相続の放棄は、相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所に申述して行うもので(民法第915条第1項、第938条)、相続の開始前にはできません。遺留分を放棄しても、相続人であることに変わりはありません。遺言がなければ、遺留分を放棄した人も法定相続分に従って自社株式を含む遺産を相続します。そのため、遺留分の放棄は、後継者に株式を承継させる遺言や生前の贈与と組み合わせて初めて意味を持ちます。
他の相続人の遺留分は増えません
共同相続人の1人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼしません(民法第1049条第2項)。例えば、子3人のうち1人が放棄しても、残る2人の遺留分の割合は変わりません。後継者以外の子が複数いる場合は、全員に放棄を求めるか、放棄しない子の遺留分をどう手当てするかを考える必要があります。
相続開始後の放棄
家庭裁判所の許可を要するのは、相続の開始前の放棄です(民法第1049条第1項)。相続の開始後は、遺留分侵害額の請求をしないことや、請求権を放棄することを、遺留分権利者が自らの判断ですることができます。
家庭裁判所の許可の手続
放棄する本人が申し立てます
遺留分の放棄についての許可の申立ては、遺留分を放棄しようとする推定相続人が申立人となり、被相続人となる人(経営者)の住所地を管轄する家庭裁判所にします(家事事件手続法第216条第1項第2号)。経営者や後継者が申立人となるものではありません。
許可の判断で考慮される事情
家庭裁判所は、一般に、放棄が本人の自由な意思に基づくものか、放棄に合理的な理由と必要性があるか、放棄と引換えに生前の贈与など相応の代償を受けているかといった事情を考慮すると説明されています。自社株式の承継の場合は、後継者に株式を集中させる必要性と、非後継者が受け取る財産の内容を具体的に示すことになります。
却下された場合
申立てを却下する審判に対しては、申立てをした者が即時抗告をすることができます(家事事件手続法第216条第2項)。
許可の後に事情が変わった場合
家庭裁判所は、審判をした後、その審判を不当と認めるときは、即時抗告をすることができる審判などを除き、職権で取り消し、又は変更することができます(家事事件手続法第78条第1項)。審判が確定した日から5年を経過した後は、事情の変更による場合に限られます(同条第2項)。後継者が会社を継がなかった場合など、放棄の前提が大きく変わった場合に問題となりますが、取消しが認められる場面は限られると考えておくべきです。
遺言や生前贈与で取り分がなくなり、遺留分侵害額の請求を検討している方は、次のページを御覧ください。
自社株式の承継で遺留分の放棄を使う場面
遺言で株式を承継させる場合
後に述べる除外合意と固定合意は、後継者が経営者から生前に贈与を受けた株式等が対象です。遺言で株式を承継させる場合には使えないため、遺言による承継で遺留分の問題を避けたいときは、遺留分の放棄を検討します。
非後継者への代償
放棄の許可を得るためにも、家族の納得を得るためにも、非後継者に株式以外の財産を生前に贈与するなどの代償を用意することが考えられます。生前の贈与には贈与税の問題がありますので、税理士にご確認ください。
非後継者にとっての注意点
遺留分の放棄の許可を得た後も、経営者は遺言をいつでも撤回できます(民法第1022条)。放棄をした後に遺言が書き換えられ、約束されていた代償が受けられなくなるおそれもあります。放棄の前に、株式の評価の見込みと、代償の内容とその履行の確保の方法を確かめるべきです。死因贈与契約で承継させる場合の撤回の扱いは、死因贈与契約で自社株式を後継者に承継させる場合 撤回の可否、遺言との違い、譲渡制限株式の承認及び遺留分でご説明しています。
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律の遺留分に関する民法の特例
対象となる会社と当事者
特例の対象は、中小企業者(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律第2条)のうち、一定期間以上継続して事業を行っているものとして経済産業省令で定める要件に該当し、上場等をしていない会社(特例中小会社)です(同法第3条第1項)。合意の当事者は、旧代表者(特例中小会社の代表者であった者で、他の者に株式等を贈与した者)の推定相続人と、会社事業後継者です(同法第3条第2項、第3項、第4条第1項)。会社事業後継者は、旧代表者から株式等の贈与を受けた者等で、総株主の議決権の過半数を有し、かつ、会社の代表者である者をいいます(同法第3条第3項)。ここでいう推定相続人には、被相続人の兄弟姉妹とその子は含まれません(同条第6項)。
除外合意
推定相続人と会社事業後継者は、その全員の合意をもって、書面により、会社事業後継者が旧代表者からの贈与等により取得した株式等の全部又は一部について、その価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しないことを定めることができます(同法第4条第1項第1号)。合意の対象とした株式は、遺留分の計算から外れます。
固定合意
同じく全員の合意をもって、書面により、遺留分を算定するための財産の価額に算入すべき株式等の価額を、合意の時における価額とすることを定めることもできます(同法第4条第1項第2号)。その価額は、弁護士、弁護士法人、公認会計士、監査法人、税理士又は税理士法人などがその時における相当な価額として証明したものに限られます(同号)。旧代表者や会社事業後継者自身は証明をすることができません(同条第2項)。合意の後に後継者の努力で株式の価値が上がっても、遺留分の計算に入る価額は合意の時の価額に固定されます。
合意の対象とできない場合
合意の対象とする株式等を除いても、会社事業後継者の議決権が総株主の議決権の50%を超える場合は、この合意をすることができません(同法第4条第1項ただし書)。後継者がすでに十分な議決権を持っている場合には、特例を使う必要がないと考えられているためです。
併せて定める事項
除外合意又は固定合意をする際には、会社事業後継者が合意の対象とした株式等を処分した場合や、旧代表者の生存中に会社事業後継者が代表者として経営に従事しなくなった場合に、他の推定相続人がとることができる措置を、併せて書面で定めなければなりません(同法第4条第4項)。また、株式等以外の財産を遺留分の算定から除く合意や、推定相続人の間の衡平を図るための措置に関する合意をすることもできます(同法第5条、第6条)。
経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可
合意をした会社事業後継者は、合意をした日から1か月以内に、経済産業大臣に確認の申請をします(同法第7条第1項、第3項)。確認を受けた者は、確認を受けた日から1か月以内に家庭裁判所に許可の申立てをし、その許可を受けたときに限り、合意の効力が生じます(同法第8条第1項)。家庭裁判所は、合意が当事者全員の真意に出たものであるとの心証を得なければ、許可することができません(同条第2項)。許可の申立ては、旧代表者の住所地を管轄する家庭裁判所にします(家事事件手続法第243条第1項第1号)。
合意の効力と、その消滅
許可があると、除外合意の対象とした株式等は遺留分を算定するための財産の価額に算入されず、固定合意の対象とした株式等は合意で定めた価額で算入されます(同法第9条第1項、第2項)。ただし、合意は、旧代表者が合意の当事者以外の者にした遺贈及び贈与について、当事者以外の者にする遺留分侵害額の請求には影響しません(同条第3項)。また、経済産業大臣の確認が取り消された場合、旧代表者の生存中に会社事業後継者が死亡した場合、新たに推定相続人となる者が生じた場合などには、合意は効力を失います(同法第10条)。
特例の使い方は、事業承継における遺留分の特例とは?使用の方法でもご説明しています。
分散した株式を後継者へ集約する方法を確かめたい方は、次のページを御覧ください。
遺留分の放棄と特例の比較
| 項目 | 相続開始前の遺留分の放棄 | 除外合意・固定合意 |
|---|---|---|
| 根拠 | 民法第1049条 | 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律第4条 |
| 対象 | 放棄する人の遺留分の全体 | 後継者が生前に贈与を受けた株式等(同法第5条により他の財産も可) |
| 当事者 | 放棄する推定相続人が単独で申し立てる | 推定相続人全員と会社事業後継者の合意 |
| 手続 | 家庭裁判所の許可 | 経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可 |
| 会社の要件 | なし | 特例中小会社であること、後継者が代表者で議決権の過半数を有することなど |
| 遺言による承継 | 組み合わせて使える | 対象とならない(生前の贈与が前提) |
| 他の相続人への影響 | 他の相続人の遺留分は増えない(民法第1049条第2項) | 合意の当事者の間で効力を持つ(同法第9条) |
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
非後継者の立場から 放棄や合意を求められたとき
遺留分の放棄も、除外合意・固定合意も、非後継者が応じる義務はありません。応じるかどうかを判断する前に、自社株式の現在の評価と将来の見込み、代償として受け取る財産の内容、合意で定める措置の内容を確かめます。株式の評価の考え方は、自社株式を後継者に集中させた場合の遺留分侵害額請求と株式の評価と持株会社の株式の評価と遺留分 相続税評価額との違いと持株会社を通じた承継の留意点をご参照ください。家庭裁判所の許可の手続では、自らの真意を確認されることになりますので、納得できない点があれば、申立ての前に解消しておくべきです。
いま確認していただきたいこと
- 株式を後継者に承継させる方法(生前の贈与か、遺言か、死因贈与か)
- 推定相続人の人数と、後継者以外の子の意向
- 会社が中小企業者に当たるか、後継者が代表者で議決権の過半数を有するか
- 後継者が生前に贈与を受けた株式の数と、贈与の時期
- 非後継者に用意する代償の内容と、その時期
- 経営者の遺言の有無と内容
よくあるご質問
遺留分の放棄を求められました。応じなければなりませんか。
応じる義務はありません。相続開始前の放棄は、本人が家庭裁判所に許可を申し立て、許可を受けて初めて効力を生じます(民法第1049条第1項)。申立てをするかどうかは本人が決めることです。
遺留分を放棄すると、相続人ではなくなりますか。
相続人であることは変わりません。遺言がなければ、法定相続分に従って遺産を相続します。相続人でなくなるのは、相続開始後に相続の放棄をした場合です(民法第938条)。
私が遺留分を放棄すると、その分は兄の遺留分に加わりますか。
加わりません。共同相続人の1人のした遺留分の放棄は、他の共同相続人の遺留分に影響を及ぼしません(民法第1049条第2項)。
許可を受けた後で、放棄をやめることはできますか。
当事者の意思だけでやめることはできません。家庭裁判所が審判を不当と認めるときに職権で取り消すことができますが(家事事件手続法第78条)、認められる場面は限られます。
除外合意と遺留分の放棄は、どちらがよいですか。
株式を生前に後継者に贈与し、推定相続人全員の協力が得られる場合は、除外合意・固定合意が使えます。遺言で承継させる場合や、一部の推定相続人だけが協力する場合は、遺留分の放棄を検討します。会社の要件や代償の内容を踏まえて判断します。
出典
- 民法(明治29年法律第89号)第915条第1項、第938条、第1022条、第1049条
- 家事事件手続法(平成23年法律第52号)第78条、第216条、第243条第1項第1号
- 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(平成20年法律第33号)第2条、第3条、第4条、第5条、第6条、第7条、第8条、第9条、第10条
- e-Gov法令検索(デジタル庁) 法令の条文の確認に用いています。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)は、非上場株式の相続に注力し、自社株式の承継に伴う遺留分の放棄や除外合意・固定合意について、非後継者の立場での条件の検討、合意書の作成、家庭裁判所の手続、相続の後の遺留分侵害額の請求の調停及び訴訟まで、ご依頼者の代理人としてご相談をお受けしています。同一の案件について、利害の対立する双方を代理することはありません。
株式の遺留分でお困りの方は、株式の遺留分をめぐるトラブルに関するご案内のページをご覧ください。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、会社の履歴事項全部証明書、株主名簿、直近の計算書類、生前の株式の贈与に関する資料、遺言書の写しをご用意いただけば、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。なお、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。
本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
この記事の位置付け
遺留分の放棄と自社株式の承継に関するメインのページです。本ページは、非上場株式の相続において、相続開始前の遺留分の放棄と家庭裁判所の許可、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律の除外合意・固定合意との使い分けをご説明します。遺留分侵害額の計算と株式の評価は別のページをご参照ください。
▶ 自社株式を後継者に集中させた場合の遺留分侵害額請求と株式の評価
同じ主題を扱う関連ページ
具体的なご相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次のご案内のページに整理しています。あわせてご覧ください。

