「自社株式は会社に買い取らせる」という遺言の効力 会社が相続人から株式を取得する手続と売渡しの請求との違い

▶ 「株式は全部長男に相続させる」と書かれた遺言で自社株式を承継した場合に、会社に株主として扱われるまでに行うこと
父は同族会社の創業者で、遺言に「私の株式は、私の死後、会社が買い取るものとする。代金は子らで等分すること」と書いていました。父が亡くなった後、会社を経営する叔父に買取りを求めたところ、「会社には遺言に従う義務はない」と言われました。父の遺言には意味がなかったのでしょうか。当事務所には、このようなご相談が寄せられています。
後継者がいない、又は相続人を会社の経営に関わらせたくないと考えるオーナー経営者は、自社株式を会社に買い取らせ、相続人には現金を残したいと考えることがあります。しかし、遺言でできることは法律で定められています。遺言によって会社に株式の買取りを義務付けることはできません。会社が株式を取得するかどうかは、会社自身が会社法の手続に従って決めることです。
結論から申し上げます。自社株式を会社に買い取らせる旨の遺言は、会社を拘束せず、会社に買取りを義務付けるものではありません。会社が相続人から株式を取得するには、会社自身が株主総会の特別決議を経て、分配可能額の範囲内で取得する必要があり、取得するかどうかは会社の判断に委ねられます。相続人等に対する売渡しの請求は、会社の側から相続人に株式の売渡しを求める制度であり、相続人の側から会社に買取りを求める制度ではありません。以下、順を追ってご説明します。
遺言は会社を拘束しません
遺言で定めることができる事項
遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生じます(民法第985条第1項)。遺言で法律上の効果を生じさせることができるのは、遺贈(民法第964条)、遺産の分割の方法の指定、遺言執行者の指定など、法律が定める事項に限られます。遺言者は、自分の財産を誰に承継させるかを決めることはできますが、会社のような第三者に、遺言によって新たな義務を負わせることはできません。
会社は遺言の当事者ではありません
会社は、株主である遺言者とは別の法人です。遺言に「会社が買い取るものとする」と書かれていても、会社がその株式を買い取る義務を負うことはありません。この記載は、遺言者の希望を述べたもの(いわゆる付言事項)として扱われ、会社の経営陣や相続人がその意思を尊重するかどうかに委ねられます。遺言執行者が指定されていても、遺言執行者が会社に買取りを強制することはできません。
株式は相続人が承継します
会社が買い取らない限り、株式は相続人が承継します。遺言に株式の承継先の定めがなければ、株式は相続人全員の準共有となり、議決権を行使するには、権利を行使する者1人を定めて会社に通知しなければなりません(会社法第106条)。準共有の株式の扱いは、準共有株式の権利行使者の指定と売渡しの請求でご説明しています。
会社が相続人から株式を取得する手続
自己株式を取得できる場合は限られています
株式会社が自社の株式(自己株式)を取得できるのは、会社法第155条が列挙する場合に限られます。相続人との合意によって有償で取得する場合は、同条第3号の場合(会社法第156条第1項の株主総会の決議があった場合)に当たります。
株主総会で取得の枠を定めます
会社が株主との合意により自己株式を有償で取得するには、あらかじめ株主総会の決議によって、取得する株式の数、引換えに交付する金銭等の内容及びその総額、株式を取得できる期間(1年以内)を定めなければなりません(会社法第156条第1項)。そのうえで、取得の都度、1株当たりの価格などを定めます(会社法第157条第1項)。取締役会設置会社では、この決定は取締役会の決議によります(同条第2項)。
相続人だけから取得する場合は特別決議です
特定の株主だけから取得する場合は、株主総会の決議によって、取得の通知をその特定の株主に対して行う旨を定めます(会社法第160条第1項)。この株主総会の決議は、議決権の3分の2以上の多数による特別決議でなければなりません(会社法第309条第2項第2号)。売主となる相続人は、原則としてこの株主総会で議決権を行使できません(会社法第160条第4項)。
相続人からの取得の特則
特定の株主から取得する場合、他の株主は、自分も売主に加えるよう請求できるのが原則です(会社法第160条第2項、第3項)。ただし、公開会社でない会社(全部の株式に譲渡制限がある会社)が、相続人その他の一般承継人から、相続により取得した株式を取得する場合には、この請求の規定は適用されません(会社法第162条本文)。もっとも、その相続人が株主総会でその株式について議決権を行使した場合は、この特則は使えなくなります(同条第2号)。会社に株式を売却することを考えている相続人は、それまでの株主総会での議決権の行使に注意が必要です。
取得の財源には制限があります
会社が自己株式の取得の対価として交付する金銭等の帳簿価額の総額は、その効力を生ずる日における分配可能額を超えてはなりません(会社法第461条第1項第3号)。会社に現金があっても、分配可能額が足りなければ、取得できる株式の数は限られます。
価格は会社と相続人の合意で決まります
この手続による取得は、会社と相続人の合意によるものです。価格について合意できなければ、取得は行われません。相続人が会社に株式を売ることを望んでいても、会社が株主総会の決議をしなければ、手続は始まりません。
相続した非上場株式を、会社や他の株主に売却して換価したい方は、次のページを御覧ください。
相続人等に対する売渡しの請求との違い
会社の側から行う請求です
譲渡制限株式について、会社は、相続その他の一般承継により株式を取得した者に対し、その株式を会社に売り渡すことを請求できる旨を定款で定めることができます(会社法第174条)。請求の都度、株主総会の特別決議で、請求する株式の数と相手方を定めます(会社法第175条第1項、第309条第2項第3号)。相手方となる相続人は、この株主総会で議決権を行使できません(会社法第175条第2項)。請求は、会社が相続があったことを知った日から1年以内に限られます(会社法第176条第1項)。売買価格は会社と相続人の協議で定め、請求の日から20日以内に、会社又は相続人は裁判所に売買価格の決定を申し立てることができます(会社法第177条第1項、第2項)。この買取りにも、分配可能額による制限があります(会社法第461条第1項第5号)。
相続人の側から買取りを求める制度ではありません
売渡しの請求は、会社が請求するかどうかを決める制度です。定款に定めがあっても、相続人の側から会社に「売渡しの請求をして買い取ってほしい」と求める権利はありません。遺言に「会社が買い取る」と書かれていても、会社が売渡しの請求をする義務を負うことはありません。
比較の一覧
| 項目 | 合意による自己株式の取得 | 相続人等に対する売渡しの請求 |
|---|---|---|
| 始める者 | 会社(相続人の同意が必要) | 会社(相続人の同意は不要) |
| 定款の定め | 不要 | 必要(会社法第174条) |
| 株主総会の決議 | 特別決議(会社法第156条第1項、第160条第1項、第309条第2項第2号) | 特別決議(会社法第175条第1項、第309条第2項第3号) |
| 相続人の議決権 | 原則として行使できない(会社法第160条第4項) | 行使できない(会社法第175条第2項) |
| 期間 | 取得できる期間は決議から1年以内(会社法第156条第1項) | 会社が相続を知った日から1年以内(会社法第176条第1項) |
| 価格 | 会社と相続人の合意 | 協議により、又は裁判所の決定(会社法第177条) |
| 財源の制限 | 分配可能額の範囲内(会社法第461条第1項第3号) | 分配可能額の範囲内(会社法第461条第1項第5号) |
相続した株式について、会社から売渡しの請求を受けてお困りの方は、次のページを御覧ください。
相続人の側から見た注意点
会社に買取りを義務付ける法律上の手段はありません
会社が買取りに応じない場合に、遺言を根拠として会社に買取りを強制する法律上の手段はありません。株式の現金化を望む場合は、遺言者の意思を示す遺言書を手がかりに、会社や後継者との間で買取りの合意を目指すことになります。交渉の前提として、株式の評価や会社の財務の状況を把握しておくことが重要です。
遺言の内容によっては遺留分も問題となります
会社による買取りが実現しないまま、遺言で自社株式やその他の財産が特定の相続人に集中している場合は、他の相続人の遺留分を侵害していないかも検討します。遺留分侵害額の請求は、相続の開始と遺留分を侵害する遺贈等を知った時から1年で時効により消滅します(民法第1048条)。遺言に納得できない場合の全体の進め方は、自社株式を1人に相続させる遺言に納得できない場合の対応 遺言の無効の主張と遺留分侵害額の請求をご参照ください。
売渡しの請求を受ける可能性
反対に、定款に売渡しの請求の定めがある会社では、会社の側から、相続した株式の売渡しを請求されることがあります。会社が相続を知った日から1年が経過しているか、株主総会の決議が適法に行われたかを確かめます。
税金の扱い
個人が株式を発行会社に譲渡した場合、受け取った金銭のうち資本金等の額に対応する部分を超える部分は、配当とみなされるのが原則です(所得税法第25条第1項第5号)。ただし、相続又は遺贈により取得し相続税額がある個人が、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに非上場会社にその株式を譲渡した場合には、配当とみなさない特例があります(租税特別措置法第9条の7)。相続税額の一部を譲渡所得の取得費に加算する特例もあります(租税特別措置法第39条)。適用の要件と税額については、税理士にご確認ください。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
会社に買い取らせたいと考える経営者が生前に準備すること
会社と株主の理解を得ておくこと
遺言だけでは会社を拘束できないため、会社の役員や他の株主と、相続の後に会社が株式を取得する方針を共有しておくことが重要です。もっとも、生前に会社との間で合意をしても、実際に取得する時点で、株主総会の決議と分配可能額の制限が適用されます。
取得の資金を用意すること
会社に現金と分配可能額がなければ、買取りはできません。会社を契約者及び受取人とし、経営者を被保険者とする生命保険を活用して、相続の後の取得の資金に充てる方法が検討されることがあります。保険金を受け取ると会社の純資産が増え、株式の評価にも影響しますので、評価の見通しと併せて検討します。
売渡しの請求の定めには両面があります
定款に売渡しの請求の定めを置けば、会社は相続人から株式を取得する手段を持つことになります。しかし、この定めは、相続により株式を取得した者すべてが対象となり得ます。後継者が相続した株式について、他の株主が多数を占める株主総会で売渡しの請求が決議されるおそれもあります。定款の変更の前に、株主構成を踏まえて影響を検討する必要があります。
持株会社の形態をとる場合
経営者が持株会社を通じて事業会社を保有している場合は、相続の対象となるのは持株会社の株式です。持株会社の株式の評価と遺留分の関係は、持株会社の株式の評価と遺留分 相続税評価額との違いと持株会社を通じた承継の留意点でご説明しています。
いま確認していただきたいこと
- 遺言書の写しと、株式についての記載の内容(承継先の指定と、会社による買取りの記載)
- 会社の定款(譲渡制限の定めと、相続人等に対する売渡しの請求の定めの有無)
- 会社が相続を知った日と、その後の株主総会の開催の状況
- 相続の後に、相続人が株主総会で議決権を行使したか
- 会社の直近の計算書類(分配可能額と現金の状況)
- 相続税の申告書の控えと、申告期限
よくあるご質問
遺言に「会社が買い取る」と書いてあれば、会社は買い取らなければなりませんか。
買い取る義務はありません。遺言は会社を拘束せず、この記載は遺言者の希望として扱われます。会社が取得するかどうかは、会社自身が株主総会の決議などの手続を経て決めることです。
会社が買取りに応じない場合、裁判で買い取らせることはできますか。
会社に株式の買取りを強制する法律上の手段はありません。会社との間で買取りの合意を目指すことになります。遺言の内容によっては、遺言の効力や遺留分の問題を併せて検討します。
会社が相続人から株式を買い取ると、他の株主も売りたいと言ってきませんか。
公開会社でない会社が、相続により取得された株式を相続人から取得する場合は、他の株主が売主に加わることを請求する規定は適用されません(会社法第162条本文)。ただし、相続人がその株式について株主総会で議決権を行使していた場合は、この特則は使えません(同条第2号)。
会社から株式を売り渡すよう請求されました。どう考えればよいですか。
定款に定めがあり、会社が相続を知った日から1年以内に、株主総会の特別決議を経てされた請求であれば、売渡しの対象となり得ます(会社法第174条から第176条まで)。売買価格は協議で定め、請求の日から20日以内であれば裁判所に売買価格の決定を申し立てることもできます(会社法第177条第2項)。
相続した株式を会社に売った場合、税金はどうなりますか。
原則として、受け取った金銭の一部が配当とみなされます(所得税法第25条第1項第5号)。相続税の申告期限の翌日以後3年以内の譲渡であれば、配当とみなさない特例があります(租税特別措置法第9条の7)。要件の確認は税理士にご相談ください。
出典
- 民法(明治29年法律第89号)第964条、第985条第1項、第1048条
- 会社法(平成17年法律第86号)第106条、第155条、第156条第1項、第157条、第160条、第162条、第174条、第175条、第176条第1項、第177条、第309条第2項第2号・第3号、第461条第1項第3号・第5号
- 所得税法(昭和40年法律第33号)第25条第1項第5号
- 租税特別措置法(昭和32年法律第26号)第9条の7、第39条
- e-Gov法令検索(デジタル庁) 法令の条文の確認に用いています。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)は、非上場株式の相続に注力し、自社株式の処分を定めた遺言について、遺言の効力の検討、会社や後継者との交渉、売渡しの請求への対応、遺言無効確認や遺留分侵害額の請求の調停及び訴訟まで、ご依頼者の代理人としてご相談をお受けしています。同一の案件について、利害の対立する双方を代理することはありません。
株式についての遺言でお困りの方は、株式の遺言をめぐるトラブルに関するご案内のページをご覧ください。
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ご相談の際に、遺言書の写し、会社の定款、履歴事項全部証明書、直近の計算書類、相続税の申告書の控えをご用意いただけば、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。なお、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。
本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
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