会社に自己株式の取得を求める場合の申入れの方法と交渉の順序

相続した株式を会社に買い取ってもらいたいと考え、電話で申し入れましたが、「社長に伝えておく」と言われたきり、何の返答もございません。どのように進めればよいのでしょうか。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。

先に結論を申し上げます。会社に自己株式の取得を求める交渉には、順序がございます。第1に、株主としての地位を確保いたします。第2に、会社の財務の資料を入手し、価格の見通しを立てます。第3に、書面により具体的な申入れを行い、回答の期限を定めます。第4に、会社が応じない場合には、株式譲渡承認請求という法的な経路に移行いたします。電話や口頭による申入れは、記録が残らず、また会社の意思決定の手続に乗らないため、実効性に乏しうございます。本記事では、この順序を具体的に説明いたします。

目次

第1節 交渉に入る前の準備

1 株主としての地位の確保

株主名簿の名義が被相続人のままである場合、会社は「株主として扱えない」と述べることがございます。相続その他の一般承継により株式を取得した者は、単独で株主名簿記載事項の記載又は記録を請求することができるものとされております。相続を証する書面を添えて、書面により請求いたします。

遺産分割が未了である場合には、相続人の間で権利行使者を定め、会社に通知する必要がございます(会社法第106条本文)。

2 定款の確認

定款の閲覧又は謄本の交付を請求いたします(会社法第31条第2項)。確認すべきは、譲渡の制限に関する定め、相続人等に対する売渡しの請求の定め(会社法第174条)、株主総会の招集の手続、取締役会の有無でございます。

特に、相続人等に対する売渡しの請求の定めがある場合には、株主の側が動いたことを契機として会社が請求に踏み切る余地がございます。この請求は、会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過したときはすることができません(会社法第176条第1項ただし書)。この期間の経過の有無により、交渉の進め方が変わります。

3 財務の資料の入手

株主及び債権者は、会社の営業時間内はいつでも、計算書類等の閲覧又は謄本の交付を請求することができます(会社法第442条第3項)。この請求について、法定の拒絶の事由は定められておりません。持株の割合が要件を満たす場合には、請求の理由を明らかにして、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求することができます(会社法第433条第1項)。

4 分配可能額の確認

自己株式の取得により株主に対して交付する金銭等の帳簿価額の総額は、当該行為がその効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならないものとされております(会社法第461条第1項)。分配可能額は、剰余金の額を基礎として算定されるものでございます(会社法第461条第2項)。会社に十分な分配可能額がなければ、そもそもこの方法によることができません。したがって、申入れの前に、この点を確認する必要がございます。

第2節 申入れの書面の作り方

1 書面によることの意味

書面によることには、3つの意味がございます。第1に、申入れの内容と日付が記録に残ります。第2に、会社の内部において、担当者の判断で握りつぶすことが難しくなります。第3に、その後の法的な手続に移行した場合に、交渉の経過を示す資料となります。内容証明郵便によることが有用でございます。

2 記載すべき事項

  • 自らが被相続人の相続人であり、株式を承継したこと
  • 保有する株式の種類及び数
  • 会社に対し、自己株式として取得することを求める旨
  • 希望する価格又は価格に関する考え方
  • 回答の期限(相応の期間を定めます)
  • 回答がない場合には次の手続を検討する旨

3 宛先

会社の本店の所在地宛てに、代表取締役を名宛人として送付いたします。担当者個人宛てに送ることは避けます。

4 価格を先に示すか否か

価格を先に示すかは、事案により判断が分かれます。財務の資料を十分に得ていない段階で具体的な金額を示しますと、その金額が上限として扱われるおそれがございます。他方、金額を示さなければ交渉が進まないこともございます。まず資料の開示を求め、その後に金額の協議に入るという順序が一般的でございます。

第3節 会社の意思決定の仕組みを踏まえます

1 株主総会の決議が必要でございます

会社が特定の株主から自己株式を取得するには、株主総会の決議により、取得する株式の数、対価の内容及び総額、取得することができる期間を定めた上、当該特定の株主を定めることになります(会社法第156条第1項、第160条第1項)。この決議は特別決議によるものとされております(会社法第309条第2項)。

すなわち、代表取締役が「買いましょう」と述べただけでは足りません。株主総会の招集及び決議という手続を経る必要がございます。会社が回答を先延ばしにする理由の一つが、この手続の負担でございます。

2 売主追加請求権という障害

会社は、特定の株主からの取得を株主総会の目的とする場合には、他の株主に対し、自己をも売主に加えたものを議案とすることを請求することができる旨を通知しなければならないものとされております(会社法第160条第2項)。株主は、これに基づき、自己をも売主に加えることを請求することができます(同条第3項)。

会社としては、想定した範囲を超えて買い取ることとなるおそれがございますので、これを理由に消極的な姿勢を示すことがございます。

3 相続人等からの取得の特例

公開会社でない会社が、相続その他の一般承継により当該会社の株式を取得した者からその株式を取得する場合において、当該株主が株主総会において当該株式について議決権を行使していないとき等の要件を満たすときは、売主追加請求権に関する規定を適用しないものとされております(会社法第162条)。

この特例が適用されるのであれば、会社にとっての障害は小さくなります。したがって、申入れの書面において、この特例の適用があり得ることを指摘することが有用な場合がございます。会社の側がこの特例を知らないという例も少なくございません。

第4節 交渉の順序

段階 内容 目的
第1 名義書換の請求 株主としての地位の確保
第2 定款の閲覧謄本交付の請求 譲渡の制限及び売渡しの請求の定めの確認
第3 計算書類等の閲覧謄本交付の請求 価格の見通し及び分配可能額の確認
第4 書面による申入れ 会社の意思決定の手続に乗せること
第5 価格の協議 合意の形成
第6 株式譲渡承認請求 会社の同意によらず手続を進めること

第5節 会社の典型的な反応と対応

1 「株主として認められない」

名義書換がされていないことを理由とするものでございます。相続その他の一般承継により株式を取得した者は、単独で株主名簿記載事項の記載又は記録を請求することができるものとされております。相続を証する書面を添えて請求いたします。

2 「資料は見せられない」

計算書類等の閲覧等の請求について、法定の拒絶の事由は定められておりません(会社法第442条第3項)。正当な理由がないのに閲覧等を拒んだ場合には、過料に処せられることがございます(会社法第976条)。

3 「会社に資金がない」

分配可能額の有無を確認いたします。真に不足しているのか、支出を望まないのかは、計算書類等により検証することができます。資金の手当ての方法については、別の記事において整理しております。

4 「相続税の評価額でしか買えない」

相続税の課税のための評価額は、財産評価基本通達に基づいて算定されるものでございまして、当事者間の売買の価格と当然に一致するものではございません。会社の資産の状況、収益の状況等を踏まえた協議を求めることになります。

5 回答がない

再度、期限を定めて書面により請求いたします。それでも回答がない場合には、株式譲渡承認請求の経路に移行することを検討いたします。

第6節 交渉が行き詰まった場合

会社は、株主からの買取りの求めに応じる義務を負うものではございません。したがって、任意の交渉のみでは限界がございます。

これに対し、譲渡制限株式について株式譲渡承認請求を行い、会社が承認をしない場合には会社又は指定買取人が買い取ることを請求する旨を明らかにいたしますと(会社法第136条、第138条第1号ハ)、会社は承認するか買い取るかのいずれかを選ばなければならなくなります(会社法第140条)。この経路には、会社が請求の日から2週間以内に通知をしなければ承認をしたものとみなされること(会社法第145条第1号)、買取りの通知があった日から20日以内に売買価格の決定の申立てをすることができること(会社法第144条第2項)といった規律がございます。

第7節 会社の側で踏むべき手続の段階

会社が特定の株主から自己株式を取得するには、次の段階を踏む必要がございます。申入れをいたしましても、会社の内部で株主総会の招集から決議までの手続を要しますので、直ちに結論が出るものではございません。回答の期限を定める際には、この所要の期間を見込んでおく必要がございます。

段階 会社が行うこと 根拠条文
第1 取得の可否、価格の水準及び資金の手当てについて方針を決定いたします
第2 株主総会の招集を決定し、招集の通知を発します 会社法第298条、第299条
第3 他の株主に対し、自己をも売主に加えたものを議案とすることを請求することができる旨を通知いたします 会社法第160条第2項及び第3項
第4 株主総会の特別決議により、取得する株式の数、対価の内容及び総額、取得することができる期間並びに当該特定の株主を定めます 会社法第156条第1項、第160条第1項、第309条第2項
第5 取得する株式の数、これと引換えに交付する金銭等の内容及び数等を定め、株主に対して通知いたします 会社法第157条、第158条第1項
第6 株主からの譲渡しの申込みを受けます 会社法第159条第1項
第7 効力の発生に伴い、株主名簿の記載を改めます

相続その他の一般承継により株式を取得した者から取得する場合において、一定の要件を満たすときは、第3の段階に関する規定を適用しないものとされております(会社法第162条)。この特例の適用があるかどうかにより、会社の負担が大きく変わりますので、申入れの書面において、この点に触れておくことが有益な場合がございます。

第8節 申入れに際して準備すべき資料

交渉の実質は、手元にどれだけの資料があるかにより定まります。会社に対して申入れを行う前に、次の資料を整えておきます。

資料 入手先 用いる場面
被相続人の出生から死亡までの戸籍(除籍及び改製原戸籍を含みます) 市区町村 相続の事実及び相続人の範囲を明らかにいたします
相続人の戸籍及び印鑑登録証明書 市区町村 名義書換の請求に添付いたします
遺言書又は遺産分割協議書 手元又は公証役場等 株式の帰属を明らかにいたします
会社の履歴事項全部証明書 法務局 機関の構成、代表者、株式の譲渡の制限の有無を確認いたします
定款の写し 会社(会社法第31条第2項) 譲渡の制限及び相続人等に対する売渡しの請求の定めを確認いたします
計算書類及びその附属明細書等 会社(会社法第442条第3項) 分配可能額の有無及び価格の見通しを立てます
株主名簿の写し 会社(会社法第125条第2項) 株主の構成及び売主追加請求権の影響を検討いたします
貸借対照表等の公告 官報等(会社法第440条第1項) 会社が閲覧に応じない場合の補完といたします
被相続人が会社から受領していた書面 手元 従前の経緯及び会社との合意の有無を確認いたします

これらがすべて揃わなければ申入れができないというものではございません。もっとも、定款及び計算書類につきましては、これを欠いたまま価格を提示いたしますと、後に不利な水準に縛られるおそれがございますので、先に入手しておくことが望ましうございます。

第9節 弁護士にご相談いただく意味

この局面において結論を左右するのは、会社の意思決定の仕組みを踏まえた申入れができるかどうかでございます。会社が応じない理由は、多くの場合、感情ではなく手続の負担及び分配可能額の制約にございます。売主追加請求権の適用が除外され得ること(会社法第162条)、分配可能額が現に存在すること、価格の考え方に合理的な根拠があることを示せば、会社の側が検討に入る余地が生じます。

また、任意の交渉と法的な経路とを、いつ切り替えるかの判断が重要でございます。早すぎれば関係を損ない、遅すぎれば時間のみを費やします。定款に相続人等に対する売渡しの請求の定めがある場合には、会社の側が先手を打つ余地もございますので、順序の設計が不可欠でございます。

具体的な進め方は、定款の内容、株主構成、会社の財務の状態、遺産分割の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してまいりました実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。なお、税務上の取扱いにつきましては税理士にご確認ください。

よくあるご質問

質問1 電話で申し入れましたが、進みません。

書面によることをお勧めいたします。書面によれば記録が残り、会社の内部において握りつぶすことが難しくなります。内容証明郵便によることが有用でございます。

質問2 いくらで申し入れればよいですか。

まず計算書類等を入手し、会社の資産及び収益の状況を確認してから検討いたします。資料がない段階で金額を示しますと、その金額が上限として扱われるおそれがございます。

質問3 会社は「他の株主にも買取りの機会を与えなければならないから無理だ」と言います。

公開会社でない会社が相続その他の一般承継により株式を取得した者から取得する場合には、一定の要件の下で売主追加請求権に関する規定を適用しないものとされております(会社法第162条)。この特例の適用の有無を確認いたします。

質問4 どのくらいの期間がかかりますか。

会社の対応により大きく異なります。任意の交渉で合意に至る場合もあれば、株式譲渡承認請求を経て裁判所における価格の決定に至る場合もございます。期間を確約することはできません。

本記事の根拠条文

会社法

  • 第31条第2項(定款の閲覧等)
  • 第106条(共有者による権利の行使)
  • 第136条・第138条第1号(譲渡等の承認の請求)
  • 第140条(会社又は指定買取人による買取り)
  • 第144条第2項(売買価格の決定の申立て)
  • 第145条第1号(承認をしたものとみなされる場合)
  • 第156条第1項・第160条第1項から第3項まで(自己株式の取得及び売主追加請求権)
  • 第162条(相続人等からの取得の特例)
  • 第174条・第176条第1項(相続人等に対する売渡しの請求)
  • 第309条第2項(株主総会の特別決議)
  • 第433条第1項(会計帳簿の閲覧等の請求)
  • 第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)
  • 第461条第1項・第2項(分配可能額による制限)
  • 第976条(過料に処すべき行為)

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