従業員に会社を承継させるときに生じるトラブルと対処 株式の買取資金、個人保証、親族株主との調整

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本記事が扱う場面と、扱わない場面
事業承継は、誰に承継させるかによって生じる問題が異なりますので、次のとおり切り分けます。
- 従業員に承継させる場面で生じるトラブルと対処……本記事
- 従業員に承継させるか、M&Aによるかの比較……M&Aと従業員への事業承継の選択
- 親族内承継を含む事業承継の紛争の全体像……事業承継に生じやすいトラブルと問題が起きる原因及び対策
- 弁護士への相談と依頼の進め方……事業承継を弁護士に相談を検討中の方へ
- 非上場株式の評価額の決め方……遺産分割における非上場株式の評価額の決め方
- 弁護士に依頼するかどうかの判断と、相談の前の準備……事業承継のトラブルを弁護士に相談するとき 依頼するかどうかの判断基準と、相談の前に整える資料
親族の中に後継者が見当たらない会社において、長年勤めてきた役員又は従業員に会社を承継させるという選択は、実際に多く採られています。事業の内容を理解しており、取引先との関係も既にありますので、承継そのものは円滑に進むように見えます。
ところが、当事務所にご相談が寄せられるのは、承継の話が具体化した後の段階です。後継者となる従業員が株式の買取りの資金を用意することができない、金融機関が個人保証の引継ぎに応じない、先代経営者の親族が株主として残っており協議が調わない、という3つの場面に集中します。いずれも、人の資質や意欲の問題ではなく、株式と債務と資金の配置から生じる問題です。
この記事では、従業員承継の場面に特有のトラブルと、その対処の手段を整理します。
従業員承継が親族内承継及び第三者承継と異なる点
承継の相手方は、大きく3つに分かれます。親族内の後継者に承継させる方法、役員又は従業員に承継させる方法、そして第三者にM&Aによって承継させる方法です。従業員承継は、この3つの中間に位置しており、他の2つの性質を部分的に併せ持つ点に難しさがあります。
親族内承継との違いは、相続及び贈与という無償の移転を用いることができない点にあります。親族内承継では、生前贈与又は遺言によって株式を移転させ、対価の支払を伴わせない設計が可能です。従業員は相続人ではありませんので、この方法を採ることができません。株式は売買によって移転させることになり、後継者は必ず対価を用意しなければなりません。ここが、従業員承継における問題の出発点です。
第三者承継との違いは、買主に資力がない点にあります。M&Aでは、買主となる会社が対価を一括で支払い、先代経営者の個人保証も買主の側で処理されるのが通常です。これに対して従業員は、個人として株式を買い取り、個人として保証人となります。会社を承継する意欲があっても、資力の点で承継の設計に耐えられないという事態が生じます。
もう一つの違いは、株主の構成が承継の後も残る点です。M&Aでは、先代経営者及びその親族の保有する株式を買主が一括して取得しますので、承継の完了とともに株主が入れ替わります。従業員承継では、後継者が取得することができるのは一部にとどまり、先代経営者又はその親族が株主として残ることが少なくありません。承継の後に、後継者である代表取締役と、株主である先代の親族とが対立するという構図が生まれます。
したがって、従業員承継の設計においては、代表者を交代させることと、株式を集約することとを、別個の作業として扱う必要があります。代表者の交代は取締役会又は株主総会の決議によって直ちに実現しますが、株式の集約には資金と時間を要します。この2つを同時に完了させようとすることが、資金の不足を生む最も多い原因です。
後継者となる従業員に株式の買取資金がないという構造的な問題
従業員承継の相談において、最初に確認するのは、必要となる資金の総額です。多くの場合、後継者は株式の取得の対価だけを念頭に置いていますが、実際に必要となる資金は3つに分かれます。
第一に、株式の取得の対価です。非上場株式の価格は、純資産の額、収益力、配当の実績等を踏まえて算定され、DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)その他の手法が用いられます。長年にわたり利益を積み上げてきた会社では、資本金の額とはかけ離れた価格となり、後継者の年収の何倍もの金額に達します。評価の方法の詳細は、遺産分割における非上場株式の評価額の決め方に整理しています。
第二に、取得に伴う税の負担です。適正な価格を下回る対価で株式を譲り受けた場合には、その差額について課税の問題が生じ得ます。安く譲り受ければ負担が軽くなるとは限りません。なお、課税関係の判断及び税額の算定については、税理士にご確認ください。当事務所は税務の申告及び相談を行っていません。
第三に、承継の後に会社の資金が不足した場合に備える資金です。承継の直後は、金融機関の与信の判断が定まらず、取引先が支払の条件を見直すことがあります。後継者が手元の資金を株式の取得に使い切ってしまいますと、この局面に耐えられません。
この3つを合算せず、株式の対価だけを見て資金の計画を立てることが、承継が途中で頓挫する典型的な原因です。まず総額を試算し、その総額に対して次に述べる手段を組み合わせてください。
買取資金を用意するための手段と、その組合せ
資金の不足に対する手段は、単独で足りることがほとんどありません。次の5つを組み合わせ、後継者個人が負う金額をできる限り小さくする設計を採ります。
役員退職慰労金を支給し、買取資金に充てる
先代経営者が役員を退任するに際して会社から役員退職慰労金の支給を受け、これを原資として、先代経営者が保有する株式を後継者に譲り渡すという組み方です。会社から先代経営者に資金が渡り、先代経営者から後継者に株式が渡りますので、後継者が外部から資金を調達する必要が小さくなります。従業員承継において最も広く用いられている手段です。
手続の根拠は、会社法第361条第1項にあります。同項は、取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益について、定款にその事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定めると規定しています。役員退職慰労金も職務執行の対価として支給されるものですので、この規定による手続を経る必要があります。株主総会の議事録に、支給の決議の内容を明確に残してください。
注意を要するのは、支給の額です。会社の資金が過大に流出しますと、承継の直後の会社の資金繰りを圧迫し、金融機関の与信の判断にも影響します。在任の期間、退任時の報酬の額、功績の程度を踏まえた算定の根拠を、書面の形で残してください。あわせて、支給の額が損金に算入されるかどうかについては、税理士にご確認ください。
金融機関からの借入れによる
後継者個人が金融機関から借り入れ、株式の取得の対価に充てる方法です。公的な支援として、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律第12条第1項が、経営の承継に伴い資金を必要とする中小企業者等について、経済産業大臣の認定に関する規定を置いています。この認定を受けることにより、株式の取得の資金に関する融資及び信用保証の特例を利用する道が開かれます。
認定の申請には、承継の計画、株式の取得に要する資金の額、返済の計画を示す書類の準備を要し、相応の期間がかかります。承継の時期を先代経営者と後継者との間で決めた段階で、直ちに着手してください。株式の譲渡の実行と同時に申請を始めても間に合いません。
会社が自己株式として取得する
後継者個人が全ての株式を買い取るのではなく、会社が自らの株式を取得することにより、後継者が取得すべき株式の数そのものを減らす方法です。会社法第155条第3号は、会社法第156条第1項の規定による株主総会の決議があった場合に、株式会社が自己の株式を取得することができると規定しています。特定の株主から取得する場合には、会社法第160条第1項の手続によります。
この方法の制約は、対価の総額が分配可能額の範囲に限られる点にあります。会社法第461条第1項第3号がこれを定めています。直近の計算書類により分配可能額の有無を確認したうえで、取得することができる株式の数を算定してください。分配可能額が不足する場合の準備については、会社に自己株式の取得資金がない場合の準備に整理しています。
持株会社を設立して取得させる
後継者が出資して新たに会社を設立し、その会社が金融機関から借り入れて事業会社の株式を取得するという組み方です。借入れの返済の原資は、事業会社から持株会社に対して支払われる配当金です。後継者個人が返済の負担を直接に負う形を避けることができる点に利点があります。仕組みの概要は、持株会社化(ホールディングス化)のメリットとデメリットに整理しています。
もっとも、事業会社が安定して配当を行うことができる収益力を備えていることが前提となります。返済の期間にわたって配当を継続することができるかどうかを、事業計画により検証してください。あわせて、持株会社の株式を後継者が保有することになりますので、後継者に相続が生じた場合の株式の帰属についても、あらかじめ定めておく必要があります。
種類株式を用いて取得する株式の数を抑える
会社法第108条第1項第3号は、株主総会において議決権を行使することができる事項について内容の異なる2以上の種類の株式を発行することができると規定しています。先代経営者又はその親族が保有する株式を議決権のない種類の株式とし、後継者が取得する株式に議決権を集めることにより、少ない株式の数で経営権を確保することができます。取得の対価も税の負担も株式の数に連動しますので、この設計は資金の問題を直接に軽くします。
また、会社法第108条第1項第8号は、株主総会において決議すべき事項のうち、当該決議のほかに当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするものについて定めることができると規定しています。先代経営者が一株のみを保有し、重要な事項について拒否権を有するという設計が可能です。承継の初期の段階で用いられます。設定の手続は、種類株式を設定して後継者に議決権を集中させる場合の手続に整理しています。
いずれの設計も定款の変更を要しますので、株主総会の特別決議が必要です。先代経営者が議決権の3分の2以上を保有している間に着手してください。株式が既に分散した後では、定款の変更そのものが成立しません。
段階的に譲渡する
株式を一度に移転させず、数年にわたって分割して譲り渡す方法です。後継者は、役員報酬及び配当金の中から、その都度の対価を支払います。資金の準備が容易になるほか、後継者の経営の実績を確認しながら移転を進めることができる点にも利点があります。
この方法を採る場合には、譲渡の各回における価格の決め方、譲渡を完了させる時期、後継者が途中で退任した場合の株式の取扱いを、あらかじめ書面により定めてください。定めを置かないまま数年が経過し、先代経営者に相続が開始した場合には、残りの株式が相続人に承継され、後継者は当初の予定と全く異なる相手方と交渉することになります。従業員承継において最も多く見られる失敗です。
あわせて、従業員持株会を用いる方法もあります。仕組みと留意点は、従業員持株会の意義と配当金の仕組み及び事業承継対策としての活用に整理しています。
金融機関の個人保証を後継者が引き継ぐ場合の問題
中小企業が金融機関から借入れを行う際、経営者が個人として連帯保証を差し入れていることが通常です。従業員承継においては、この保証の取扱いが、株式の対価と並ぶ最大の障害となります。会社の債務の全額について個人が責任を負うという立場は、株式の対価と異なり、金額を分割することも、時期を遅らせることもできないためです。承継を打診された従業員が最終的に辞退する理由の多くは、この点にあります。
ここで参照されるのが、経営者保証に関するガイドラインです。同ガイドラインは法令ではありません。金融機関及び中小企業の関係者により取りまとめられた自主的な準則であり、法的な拘束力を有しません。これに沿わない取扱いがされたことのみを理由として、保証契約の効力を争うことはできません。もっとも、多くの金融機関が同ガイドラインを尊重する旨を表明していますので、交渉の基準として機能します。
同ガイドラインは、事業承継の場面についての特則を定めています。その要点は、前経営者と後継者の双方から二重に保証を求めることを原則としないこと、後継者に対して当然に保証を求めるのではなく必要性を検討したうえで判断すること、前経営者の保証については承継を機に解除の可否を検討することにあります。
実務において注意を要するのは、先代経営者の保証を解除することと、後継者に保証をさせることとが、別個の交渉であるという点です。後継者が保証人となれば先代経営者の保証が当然に外れるわけではありません。金融機関としては、資力に乏しい後継者の保証のみでは従前の与信を維持することが難しいと判断し、先代経営者の保証を残したまま後継者の保証を加えるという処理を求めることがあります。これが二重の徴求です。承継の実行の前に、先代経営者の保証の解除を明示的に議題として提示し、書面により取決めを残してください。
保証を求めない場合の考え方として同ガイドラインが掲げるのは、法人と経営者の資産及び経理が明確に区分されていること、法人のみの資産及び収益力により借入れの返済が可能と判断し得ること、金融機関に対して適時適切に財務の情報が開示されていることの3点です。したがって、承継の準備として実効性があるのは、経営者個人への貸付金及び経営者からの借入金を整理し、会社が所有すべき資産と経営者個人の資産との区分を書面の上で明らかにしておくことです。会社の事業の用に供している不動産が先代経営者の個人の所有となっている例は多く、この整理は承継の1年以上前から着手する必要があります。
解除に直ちに応じられない場合であっても、交渉の余地は残ります。保証の限度額を定めること、後継者の居住用の不動産を責任の範囲から除くこと、一定の財務の指標を満たしたときに保証を解除する旨の条項を設けることを求めてください。あわせて、先代経営者の保証が解除されないまま先代経営者に相続が開始した場合、保証債務は相続人に承継されます。株式を承継しない親族が保証債務のみを承継するという事態が生じますので、承継の設計の段階で保証の帰趨を確定させておくことが必要です。
親族株主との調整と、分散した株式の集約
従業員承継においては、先代経営者の親族が株主として残ることが通例です。親族は経営に関与しないまま株主の地位のみを保持しますので、承継の直後は問題が表面化せず、配当の額、役員報酬の額、決算の内容をめぐって数年後に対立が生じるという経過をたどります。承継の設計の段階で、親族株主の持株をどう扱うかを決めておく必要があります。
採り得る手段は3つです。第一に、承継と同時に親族から株式を買い取る方法です。買主は、後継者個人、会社(自己株式の取得)、又は持株会社のいずれかとなります。第二に、議決権のない種類の株式に転換したうえで保有を継続してもらう方法です。第三に、当面は普通株式のまま保有を継続してもらい、将来の買取りについて株主間の契約により定めておく方法です。いずれを採る場合も、価格の決め方をあらかじめ定めておくことが要点となります。
株式に譲渡の制限が付されている場合の手続も確認してください。会社法第107条第1項第1号は、株式会社が、その発行する全部の株式の内容として、譲渡による当該株式の取得について当該株式会社の承認を要する旨を定款で定めることができると規定しています。承認をするか否かの決定は、会社法第139条第1項により、株主総会の決議、取締役会設置会社にあっては取締役会の決議によります。承認をしない旨の決定をした場合には、会社法第140条第1項により、会社が当該株式を買い取る旨を株主総会の決議によって定めなければならず、同条第4項により、会社に代わって当該株式を買い取る者として指定買取人を指定することもできます。承認をしないという判断は、買い取る資金を用意するという判断と一体です。
次に、遺留分の問題です。先代経営者が保有する株式を後継者である従業員に譲り渡す場合、対価が適正であれば、遺留分を算定するための財産の価額に影響を及ぼす程度は小さくなります。これに対し、対価を著しく低い額とした場合又は無償で譲り渡した場合には、贈与と同様に扱われ、先代経営者の相続人から遺留分侵害額の請求を受ける可能性が生じます。民法第1042条第1項は、直系尊属のみが相続人である場合には遺留分を算定するための財産の価額の3分の1、それ以外の場合には2分の1を遺留分の割合とすると規定しています。民法第1046条第1項は、遺留分権利者が、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができると規定しています。
ここで重要なのは、請求の対象となるのが金銭の支払であり、株式そのものの返還ではないという点です。後継者は株式を保持したまま、個人として金銭を支払う立場に立ちます。承継の対価を低く抑えることにより資金の問題を回避したつもりでも、先代経営者の相続の開始とともに、より大きな金銭の負担として現れます。対価を適正な水準に保つことが、遺留分をめぐる紛争に対する最も確実な備えです。
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律第3条第1項は、旧代表者の推定相続人及び後継者が、その全員の合意をもって、書面により、後継者が旧代表者から取得した株式等の全部又は一部について、その価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しない旨の定めをすることができると規定しています。同法第7条は、合意をした後継者が経済産業大臣の確認を申請することができると規定しており、確認を経たうえで家庭裁判所の許可を得ることが必要です。推定相続人の全員の合意を要しますので、先代経営者が健在であり、親族との関係が良好な段階でなければ成立しません。着手の時期が全てです。
なお、定款に相続人等に対する売渡しの請求の定めが置かれている場合、会社法第176条第1項により、会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過したときは、当該請求をすることができません。親族株主に相続が開始し、株式が更に分散する事態に備える定めですが、期間の制限があります。相続の開始を会社が知った日を、取締役会の議事録に記録してください。
旧経営者が代表権を手放さない場合の問題と対応
従業員承継においては、代表取締役の交代を先に行い、株式の移転を後に回す設計が多く採られます。資金の準備に時間を要するためです。この期間、後継者は代表取締役でありながら株式をほとんど保有しておらず、旧経営者が議決権の過半数を保持したままとなります。形式の上では承継が完了しているように見えて、実質的な支配は移っていません。
この状態で生じるのが、指揮系統の二重化です。旧経営者が会長又は相談役として会社に残り、従前どおり従業員に直接指示を出しますと、後継者である代表取締役の指示が通らなくなります。従業員は、長年仕えてきた旧経営者の判断に従いますので、後継者は社内で孤立します。取引先及び金融機関も、実質的な決定権者が誰であるかを見極めようとし、後継者を交渉の相手方として扱わなくなります。
法律上の危険もあります。会社法第354条は、株式会社が、代表取締役以外の取締役に社長、副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には、当該取締役がした行為について、善意の第三者に対してその責任を負うと規定しています。旧経営者に対外的な名称を付したまま、その者が会社を代表する形で取引を行いますと、会社がその行為について責任を負う事態が生じ得ます。名称の付与と権限の範囲を、対外的に明確にしておく必要があります。
対応の第一は、権限の分掌を書面により確定させることです。取締役会設置会社であれば取締役会規程及び職務権限規程を整備し、決裁の権限を金額及び事項によって区分してください。旧経営者が関与する事項を限定し、その範囲を社内に周知します。口頭の了解にとどめますと、実際の運用は従前のまま推移します。
第二は、株式の移転の時期を書面により確定させることです。「そのうち譲る」という了解のままにしないでください。譲渡の各回の時期、株式の数、価格の決め方を定めた書面を、承継の実行の前に取り交わします。旧経営者に相続が開始した場合には、この書面が、相続人との交渉における唯一の拠り所となります。
第三に、対立が解消しない場合に採り得る手段を確認しておきます。会社法第362条第2項第3号は、取締役会が代表取締役の選定及び解職を行うと規定しています。取締役会設置会社においては、取締役会の決議により代表取締役を解職することができます。取締役の地位そのものについては、会社法第339条第1項が、役員はいつでも株主総会の決議によって解任することができると規定し、その決議の要件は会社法第341条が定めています。
もっとも、これらの手段は、議決権の過半数を確保していなければ機能しません。株主総会の招集についても、会社法第297条第1項により、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主が、取締役に対し、株主総会の目的である事項及び招集の理由を示して招集を請求することができるにとどまり、決議の成立を保証するものではありません。代表権のみを先に受け取り、株式を後回しにする設計は、この点において危険を伴います。株式の移転の時期を確定させないまま代表取締役に就任することは、避けてください。
よくあるご質問
従業員に株式を無償で譲り渡すことはできますか
当事者間の合意により無償で譲り渡すこと自体は可能です。もっとも、無償又は著しく低い対価による譲渡は、先代経営者の相続が開始した際に、遺留分を算定するための財産の価額との関係で問題となり得ます。また、課税の関係が生じ得ますので、税理士にご確認ください。資金の負担を軽くする目的であれば、対価を下げるのではなく、後継者が取得する株式の数を抑える設計を検討してください。
先代経営者の個人保証は、承継すれば当然に外れますか
外れません。保証契約は先代経営者と金融機関との間の契約ですので、解除には金融機関の同意が必要です。後継者が新たに保証人となったことをもって、先代経営者の保証が自動的に消滅することもありません。承継の実行の前に、先代経営者の保証の解除を明示的に議題として提示し、書面により取決めを残してください。
後継者の候補である従業員が、承継を辞退したいと言い出しました
辞退の理由の多くは、意欲の問題ではなく、株式の対価と個人保証の負担にあります。まず、後継者が個人として負うことになる金額の総額を、株式の対価、税の負担、保証の限度額に分けて示してください。そのうえで、会社による自己株式の取得、種類株式の活用、段階的な譲渡により、個人が負う金額をどこまで小さくすることができるかを具体的に提示します。数字を示さないまま説得を重ねても、判断は変わりません。
代表取締役を先に交代させ、株式は後から譲り受けることにしてよいですか
その方法自体は広く採られていますが、株式の移転の時期、株式の数及び価格の決め方を定めた書面を、代表取締役に就任する前に取り交わしてください。書面がないまま先代経営者に相続が開始しますと、残りの株式は相続人に承継され、後継者は当初の予定と異なる相手方と交渉することになります。
親族が株主として残ることに、どのような問題がありますか
直ちに問題が生じるとは限りません。もっとも、親族は経営に関与しないまま株主の地位のみを保持しますので、配当の額、役員報酬の額、決算の内容をめぐって対立が生じ得ます。議決権のない種類の株式に転換する方法、将来の買取りについて株主間の契約により定めておく方法を、承継の設計の段階で検討してください。
弁護士に依頼すべき時期は、いつですか
承継の時期を先代経営者と後継者との間で決めた時点です。定款の変更を要する手段も、推定相続人の全員の合意を要する手段も、先代経営者が判断能力を有し、関係者が同じ方向を向いている間にしか用いることができません。依頼の判断の基準及び相談の進め方は、事業承継を弁護士に相談を検討中の方へに整理しています。
まとめ
従業員承継が難航する原因は、後継者の資質や意欲ではありません。株式を無償で移転させることができないという法律上の構造と、会社の債務について個人が保証を負うという実務上の慣行、そして先代経営者の親族が株主として残るという株主の構成、この3つから生じています。いずれも、承継の設計に着手する前に把握することができる事実です。
着手に先立ち、次の5点を確認してください。第一に、履歴事項全部証明書を取得し、発行済株式総数、資本金の額、株式の譲渡の制限に関する定めの有無、種類の株式の有無を確認します。第二に、現に効力を有する定款の原本を探し、相続人等に対する売渡しの請求の定めの有無、累積投票に関する定めの有無を確認します。第三に、株主名簿について、氏名、住所、株式の数、取得の年月日、取得の原因を欄ごとに埋めます。埋まらない欄がある株式が、後に名義株として争われる株式です。
第四に、金融機関との間の保証契約書を全て集め、保証人、被保証債務の範囲、限度額の定めの有無を一覧にします。第五に、直近3期分の計算書類及び勘定科目内訳明細書により、分配可能額の有無と、経営者との間の貸借の残高を確認します。この5点が揃った段階で、後継者が個人として負うことになる金額の総額を試算することができます。
そのうえで、役員退職慰労金の支給、金融機関からの借入れ、会社による自己株式の取得、持株会社の設立、種類株式の活用、段階的な譲渡という手段を組み合わせ、後継者個人が負う金額を、その返済能力の範囲まで引き下げます。同時に、経営者保証に関するガイドライン及びその事業承継時の特則を基準として、二重の徴求とならない取扱いを金融機関に求めます。
最も避けるべきは、代表取締役の交代のみを先に済ませ、株式の移転と保証の処理を先送りにすることです。この状態が数年続いた後に先代経営者に相続が開始しますと、後継者は、経営の責任を負いながら、株式についても保証についても何の権利も有しないまま、相続人との交渉に臨むことになります。承継の実行の前に、株式の移転の時期と保証の帰趨を書面により確定させてください。
準備に要する期間は、短くても1年、定款の変更や推定相続人との合意を伴う場合には数年に及びます。承継の話が出た段階でお声掛けください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
従業員への事業承継に関するご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
出典
- 会社法第107条第1項第1号(株式の内容としての譲渡の制限)、第108条第1項第3号(議決権に関する種類の株式)、第108条第1項第8号(拒否権に関する種類の株式)、第139条第1項(譲渡等の承認の決定)、第140条第1項及び第4項(会社による買取り及び指定買取人の指定)、第155条第3号(自己の株式を取得することができる場合)、第156条第1項(自己の株式の取得に係る株主総会の決議)、第160条第1項(特定の株主からの取得)、第176条第1項(相続人等に対する売渡しの請求の期間)、第297条第1項(株主による株主総会の招集の請求)、第339条第1項(役員の解任)、第341条(役員の選任及び解任の決議の要件)、第354条(表見代表取締役)、第361条第1項(取締役の報酬等)、第362条第2項第3号(代表取締役の選定及び解職)、第461条第1項第3号(分配可能額による制限)
- 民法第1042条第1項(遺留分の割合)、第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)
- 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律第3条第1項(遺留分を算定するための財産の価額に算入しない旨の合意)、第7条(経済産業大臣の確認)、第12条第1項(経営の承継に伴う資金の需要に関する認定)
- 経営者保証に関するガイドライン及び同ガイドラインの事業承継時の特則(法令ではありません。)
具体的なご相談をお考えの皆様へ
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