事業承継に生じやすいトラブルと問題が起きる原因及び対策

本記事が扱う場面と、扱わない場面
事業承継の紛争は、いつの段階で、どの立場に立っているかによって採るべき手段が変わりますので、次のとおり切り分けます。
- 事業承継の場面で生じる紛争の全体像……本記事
- 後継者へ株式を集約する手段……後継者へ株式を集約するための手段の全体像と選択の順序
- 承継した後も先代経営者の干渉が続く場合……先代経営者から株式を承継した後も先代経営者が経営に干渉してくる場合の対応
- 承継した直後に解任された場合……事業を承継した直後に解任された場合に採り得る手段
事業承継とは、経営者が自身の会社や事業を第三者に引き継ぐことを言います。
ただし、事業承継は様々な要因で失敗するケースがあり、失敗しないためにも、失敗原因やトラブル事例などを理解しておく必要があります。
この記事では、事業承継で起こり得るトラブルについて解説します。
具体的なトラブル事例や問題が起きる原因、トラブルを避けるための対策についても詳しく説明するのでぜひ参考にしてください。
また、事業承継のトラブルは、「税金負担」「従業員・取引先への影響」「株式資金の準備」「親族外への承継」「承継後の経営体制」など多面的に発生します。
これらをあらかじめ把握し、専門家や金融機関を交えて計画的に対応することが、トラブル防止の鍵となります。
事業承継でよくあるトラブル例
事業承継でよくあるトラブル例として、以下の7つが挙げられます。
- 株式が分散し、会社の意思決定に影響がでる
- 承継人が株式の取得費用を払えない
- 後継者への引き継ぎが上手くいかない
- 取引先が離れてしまう
- 事業承継の着手が遅れる
- 派閥争いにより資金が流出する
- 引退した経営者が口出しをする
ここからは、それぞれの事例について詳しく説明します。
株式が分散し、会社の意識決定に影響がでる
会社の経営者が遺言書を残さないまま亡くなった場合などに起こり得るトラブルです。
仮に経営者に子供が2人いたとして、長男が会社の取締役となり、次男は別の会社のサラリーマンとなりました。その後、経営者である父親が遺言書を残さずに亡くなってしまい、長男は自分が株式を含め会社の事業資産を全て引き継ぐことを提案しましたが、次男がそれに反対しました。
話し合いの結果、法定割合で相続することとなり、経営に関係のない次男も一定の決定権を有することとなりました。しかしその後、会社の後継者である長男は自由に意思決定することができず、事業に悪影響を及ぼしました。
生前に暦年贈与で自社株を少しずつ譲り渡すなどすれば、このようなトラブルを防げた可能性があるでしょう。
株式が分散すると、経営の一体性が損なわれるだけでなく、税務上の負担が重くなる場合もあります。
相続税や贈与税を抑えるには、早期に承継計画を立てて「株式の集約」と「納税資金の確保」を同時に行うことが重要です。
承継人が株式の取得費用を払えない
会社を引き継いだ後継者が、株式の取得費を支払えず、株式を引き継ぐことができないケースがあります。
ある後継者が経営者から株式を引き継ぎました。しかし、株式の取得費に加えて贈与税などの税金を支払う必要があり、想定よりも多額の資金が必要となることがわかりました。結局取得費や税金などの費用を支払うことができず、事業承継に失敗することとなりました。
このケースの場合、事前に十分な資金を準備しておくか、事業承継税制を利用するのがお勧めです。
事業承継税制とは、後継人が事業資産や非上場企業の株式を贈与または相続によって引き継ぐ場合や、経営承継円滑化法による都道府県の認定を受けることで、贈与税や相続税が猶予または免除される制度です。一番良いのは十分な資金を確保しておくことですが、事業承継税制を利用することで負担を減らせるでしょう。
このような「株式取得費」問題は、多くの場合、後継者の資金調達力や金融機関との関係にも関わってきます。特に、中小企業では後継者の個人保証負担や納税資金不足が致命的なトラブルとなるため、早期に金融機関・専門家と連携した資金計画を立てることが求められます。
後継者への引き継ぎが上手くいかない
後継者への教育や引継ぎが上手くいかず、事業承継に失敗するケースがあります。
ある経営者が子供への事業承継を検討していましたが、引き継ぎを目前に控えて、準備や税金対策などに手間をとられて、後継者への教育などが十分にできませんでした。その結果、後継者には会社の内情や経営者としてのノウハウが不足しており、事業を悪化させてしまいました。
「親族だから」と安易な気持ちで後継者を決定したものの教育や引き継ぎがしっかり行われなかった場合に、このような失敗が起こります。最悪の場合、経営や事業を悪化させ、会社が倒産や廃業に追い込まれる可能性があります。
このケースの場合は、早い段階で後継者への教育を行ったり、経営経験のある親族以外の人物への引き継ぎを検討したりすることで失敗を防げる可能性があります。
取引先が離れてしまう
事業承継を行ったことをきっかけに取引先が離れてしまうケースがあります。
ある会社の経営者は、長年の付き合いで得意先である取引先との関係が続いていました。しかし、事業承継が行われ経営者が交代したことで、取引を断られてしまいました。
後継者が別業界出身であることを取引先から快く思われなかったこと、突然経営者が交代したことで取引先との信頼関係を築けなかったことが理由でした。
このケースでは、後継者への承継前に、先代社長が後継者を連れて取引先に訪問し、しっかり信頼関係の構築に努めることで失敗を回避できる可能性があるでしょう。
また、事業承継時には社内でも混乱が起こりがちです。従業員が不安を抱えたり、古参社員が後継者の方針に反発することで、社内の統制が乱れることもあります。
後継者が社内外の関係者と信頼を築くためのコミュニケーション計画を立てておくことが、極めて重要です。
事業承継の着手が遅れる
M&Aの着手が遅かったために事業承継に失敗するケースがあります。
ある経営者は、日々の業務に追われ後継者問題を後回しにしていました。その後、どんどん事業の業績が悪化していき、M&Aを試みるも事業が傾いていることを理由に買い手が見つかりませんでした。
M&Aを行う場合、その準備や交渉などで通常数か月から1年程度かかるものです。なるべく早めに事業承継に着手することで、選択肢も広がり、しっかり時間をかけて計画的に進めることができるでしょう。
派閥争いにより資金が流出する
事業承継後、親族間の派閥争いが起こるケースがあります。
ある経営者が、自身の子供である長男と次男にそれぞれ60%、40%ずつ株式を保有させており、そのまま長男を社長、次男を専務として事業承継を行いました。しかし、長男が社長になったことについて次男が不満を持っており、派閥争いに発展しました。次男は会社を退職することとなり、社長である長男に対して、自分が保有していた株式の買取を求め、結果会社から数億円の資金が流出することとなりました。
後継者選びは慎重に行う必要があり、特に今回のケースのように兄弟の一方が株式を保有している場合は、会社に損害をもたらすリスクがあるので特に注意する必要があります。後継者の候補が複数存在する場合は、派閥争いに発展しないよう慎重に進めることが重要と言えます。
引退した経営者が口出しをする
経営者が引退したにもかかわらず経営に口出しをして失敗するケースもあります。
ある会社の経営者が高齢となり、後継者に会社を引き継いだものの、先代経営者が会長となって株式の過半数を保有していました。そのため、実質的な経営権が先代経営者にあり、先代経営者が会社の運営について口出しをし、後継者である社長との間で対立が起こりました。その結果、後継者となった社長は会社を追い出される形となりました。
このようなトラブルを避けるためにも、先代経営者はしっかりと時間をかけて後継者を教育し、事業承継後は後継者を信頼して任せることが重要です。経営権は持たず、必要に応じてアドバイスをするなどして会社に貢献していくことで、このようなトラブルを回避できるでしょう。
また、親族外の後継者を選ぶ場合は、特に先代との信頼関係や周囲の理解が欠かせません。親族内承継よりも反発や摩擦が起きやすいため、社内外の合意形成やガバナンス体制(取締役会・相談役制度など)の整備を事前に行うことが望まれます。
事業承継でトラブルが起きる原因
事業承継でトラブルが起きる原因としては、以下の4つが挙げられます。
- 後継者の教育や引継ぎができていない
- 相続問題が生じる
- 事業承継のための準備が不足している
- 誰にも相談をしない
それぞれの原因について詳しく説明します。
後継者の教育や引継ぎができていない
後継者への教育や引き継ぎがしっかりできていなかったことが原因で事業承継に失敗するケースがあります。
特に、これまで経営の経験が無い人や、会社の事業や内情をよく理解していない人が会社を引き継ぐと、業績悪化や倒産を余儀なくされる可能性があります。「親族だから」などの理由だけで経営を引き継ぐのは危険です。
後継者の経営者としての経験が浅い場合や、後継者が承継する事業に携わっていなかった場合は、十分に時間をかけて教育や引き継ぎを行うことが重要でしょう。
相続問題が生じる
事例でも紹介したとおり、「相続問題」は事業承継を失敗させる要因の1つです。
相続人が1人であれば、トラブルは起こりにくいですが、相続人が複数人いる場合は相続問題は発生する可能性があるので、注意が必要です。
株式が分散してしまったり、先代経営者の生前から複数相続人がその会社に在籍していたような場合であれば、派閥争いに発展したりする恐れがあります。
事業承継のための準備が不足している
事業承継のための準備不足は、事業承継を失敗に終わらせる要因となります。
ここで言う準備不足とは、後継者がなかなか見つからないまま放置したり、相続問題が発生しそうであるにもかかわらずそのまま対処しなかったり、M&Aを検討するも何の準備もしなかったりすることが挙げられます。
準備しておかないと、事業承継がスムーズに進まなかったり、余分な費用が発生したり、事業承継後にトラブルが発生し経営が上手くいかないなどの問題が起こる可能性があります。
誰にも相談をしない
誰にも相談しないで事業承継を進めると、周りが混乱しスムーズに進まない可能性があります。そのため、事業承継を行う際は、あらかじめ後継者候補や信頼できる役員などに相談し、タイミングをみて従業員にも説明し、理解を得ておくことが重要です。そうすることで、失敗せず円滑に事業承継を進められるでしょう。
さらに、承継後の経営体制が整っていない場合、意思決定の混乱やガバナンス不全が生じ、せっかくの承継が失敗に終わるリスクもあります。承継後の組織運営体制、権限移譲ルール、社外監査などを明確にしておくことも、トラブル防止の重要な要素です。
事業承継でトラブルを起こさないための対策
事業承継でトラブルを起こさないためには、以下の4つが有効です。
- 遺言書等で相続間のトラブルを防ぐ
- 事業を継続できる後継者を選任する
- 後継者への教育を徹底する
- 早めに事業承継に着手する
それぞれの対策について詳しく説明します。
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遺言書等で相続間のトラブルを防ぐ
相続間のトラブルを防ぐために、遺言書を残しておく方法があります。
複数の相続人が会社に在籍していたり、相続財産のほとんどが事業用資産の場合は、紛争が生じやすいため遺言書を準備しておくことをお勧めします。
特に経営者が高齢の場合は、急逝の可能性もあるため、遺言書の作成を早めに着手するのが良いでしょう。
事業を継続できる後継者を選任する
事業承継後、事業を継続・成長させていくには、経営者としての資質のある人物を後継者に選任する必要があります。
例えば、事業の発展に貢献したいという思いが強い、事業の問題解決に意欲的、経営のビジョンが明確、能力が高いという人は、承継後も事業を持続し成長させられるでしょう。
また、選任基準を明確に示しておくことで、無用な後継者争いが起こる可能性も減るでしょう。
後継者への教育を徹底する
先述したとおり、後継者への教育や引き継ぎは非常に重要です。
新たな社長が事業をうまく運営できず業績が悪化しては本末転倒でしょう。
業務のプロセスだけでなく、経営のノウハウや経営者としての心構え、企業理念等をしっかり時間をかけて共有する必要があります。
また、先代経営者が引退する前に、なるべく早い段階で後継者に経営経験を積ませることも、事業承継を成功させる方法の1つでしょう。
早めに事業承継に着手する
事業承継は、なるべく早く着手することが重要です。
後継者を探し始めても、すぐには見つからない可能性があり、仮にすぐに見つかったとしても、ノウハウや取引先の引き継ぎ、後継者育成などを含めて事業承継には数年はかかると考えておくとよいでしょう。
将来を見据えて早めに着手することが重要です。
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事業承継のトラブルを避けて成功した事例
事業承継の際、トラブルにならず成功した事例として、以下の3つが挙げられます。
- M&Aで会社を売却したことによる成功事例
- 親族内で事業承継を行ったことによる成功事例
- 早期に事業承継に着手したことによる成功事例
ここからは、それぞれの事例を詳しく紹介します。
M&Aで会社を売却したことによる成功事例
薬局を営んでいた経営者が、自身が高齢になったこともあり事業承継を考えるようになりました。子供が3人いましたが、誰も薬学の道に進んでおらず、親族内での承継は選択肢にありませんでした。
そこでM&Aを行うべく弁護士に相談し、大手薬局へ引き継がれることが決まりました。手続きや交渉などを弁護士にお願いしたことからスムーズに進み、無事事業承継を完了することができました。
M&Aは専門的な知識や交渉などが必要になるため、独自で進めるのは非常に困難です。M&Aを検討する際は、事業承継に精通した弁護士に相談するのがお勧めです。
親族内で事業承継を行ったことによる成功事例
機械製造業の経営者の息子は、大学卒業と同時に父親の会社に入社し、製造業や技術職、経理や財務まであらゆる業務を経験しました。その後入社から20年経ち、専務取締役として社長の補佐役などを担いました。また、父親のことを経営者として尊敬していたことから、大きなトラブルなどもありませんでした。
いざ会社を引き継ぐ際も、入社当初から会社の後継者として自覚があり、20年もの歳月をかけて経験やスキルを積んでいたため、非常にスムーズに進み、事業承継に成功しました。
早期に事業承継に着手したことによる成功事例
製造業を営む経営者が、早期の段階で事業承継に着手した事例です。
経営者には子供がいなかったため、会社の従業員に会社を継がせると決めました。そして、後継者に選ばれた従業員に対して約5年の歳月を重ねて、経営ノウハウなどを教育し、取引先などとの関係を構築していきました。その結果、スムーズに事業承継が進み、無事完了することができました。
多くの場合、自身の引退を考え始めてから事業承継に着手しますが、それではすでに遅い場合があります。自身が現役のタイミングで後継者探しや後継者への教育を始めるなど、早期着手を心がけることで事業承継を成功できる可能性が高まるでしょう。
トラブルの多くは、株式の所在と議決権の数から生じます
御相談をお受けした際に最初に確認するのは、人の相性や意欲ではなく、株式が誰の名義で何株あるかという事実です。確認する書面は、現に効力を有する定款、法務局で取得する履歴事項全部証明書、及び株主名簿の3点です。この3点の記載が食い違っている会社では、承継の設計に入る前に、どれが実体を示しているのかを確定する作業が先に必要となります。
定款で最初に見る箇所は、譲渡の制限に関する定めの有無です。会社法第107条第1項第1号は、株式会社が、その発行する全部の株式の内容として、譲渡による当該株式の取得について当該株式会社の承認を要する旨を定款で定めることができると規定しています。この定めを置いていない会社では、株主は誰に対しても株式を譲り渡すことができますので、承継の協議が続いている間に、面識のない第三者が株主として現れる事態が生じます。
もっとも、譲渡の制限は、移転を止める仕組みではありません。会社法第139条第1項は、承認をするか否かの決定は株主総会の決議によるものとし、取締役会設置会社にあっては取締役会の決議によるものと規定しています。そして、会社法第140条第1項は、承認をしない旨の決定をした場合には、会社が当該株式を買い取る旨を株主総会の決議によって定めなければならないと規定しています。承認をしないという判断は、会社が自ら買い取る資金を用意するという判断と一体です。
議決権の数そのものを設計する方法もあります。会社法第108条第1項第3号は、株主総会において議決権を行使することができる事項について内容の異なる2以上の種類の株式を発行することができると規定しています。後継者以外の相続人には議決権を制限した種類の株式を承継させる組み方です。ただし、定款の変更が必要ですので、相続が開始してから着手しても間に合いません。
相続が関係する場合に見落としてはならない期限
相続が絡む場面では、期限の管理を誤ることが、手段そのものを失う原因となります。まず、会社法第176条第1項は、定款に相続人等に対する売渡しの請求の定めがある場合であっても、会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過したときは、当該請求をすることができないと規定しています。起算点は相続が開始した日ではなく、会社が知った日です。誰が、いつ、どのような形で知ったのかを取締役会の議事録に記録し、社内で共有してください。
次に、遺産分割そのものに時間の制限が及びます。民法第904条の3は、相続開始の時から10年を経過した後にする遺産の分割については、特別受益及び寄与分に関する規定を適用しないものとしています。この期間を経過しますと、先代から後継者への生前の贈与を持ち出して配分を調整することができなくなり、民法第900条の法定相続分又は民法第902条により指定された相続分を基準として分割することになります。株式を後継者に集める根拠が一つ失われます。
遺留分についても数字を押さえてください。民法第1042条第1項は、直系尊属のみが相続人である場合には遺留分を算定するための財産の価額の3分の1、それ以外の場合には2分の1を、遺留分の割合とすると規定しています。民法第1046条第1項は、遺留分権利者が、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができると規定しています。株式そのものが戻るのではなく、後継者個人が金銭を支払う立場に立つ点が要点です。
してはならないのは、これらの期限を後継者個人の記憶に委ねることです。相続の開始を知った日、株主名簿の名義書換を行った日、遺産分割の協議を始めた日を、書面の形で一元的に管理してください。
後継者が株式の取得の資金を用意することができない場合の手当て
資金が足りないという相談を受けた場合、まず必要額を3つに分けて試算します。第一に、株式そのものの取得の対価です。第二に、贈与又は相続に伴う納税の資金です。第三に、他の相続人から遺留分侵害額に相当する金銭の支払を求められた場合の備えです。この3つを合算せずに一つずつ見ていると、承継の途中で資金が尽きます。なお、納税の額の算定については税理士に御確認ください。当事務所は税務の申告及び相談を行っていません。
公的な手当てとして、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律第12条第1項は、経営の承継に伴い資金を必要とする中小企業者等について、経済産業大臣の認定に関する規定を置いています。この認定を受けることにより、株式の取得の資金及び納税の資金に関する融資及び信用保証の特例を利用する道が開かれます。申請には期間と書類の準備を要しますので、承継の時期を決めた段階で着手してください。
会社の資金を用いる方法もあります。会社法第155条第3号は、会社法第156条第1項の規定による株主総会の決議があった場合に、株式会社が自己の株式を取得することができると規定しています。会社法第160条第1項は、特定の株主から取得する場合の株主総会の決議について規定しています。先代の相続人が保有する株式を会社が買い取れば、後継者個人が全株を買い取る必要はなくなります。ただし、対価の総額は分配可能額の範囲に限られ、会社法第461条第1項第3号がこれを定めています。
後継者が取得する株式の数そのものを抑える設計も検討してください。会社法第108条第1項第3号の議決権に関する種類の株式を用いれば、保有する株式の数を増やさずに議決権の割合を確保することができます。取得の対価も納税の額も、保有する株式の数に連動しますので、この設計は資金の問題を直接に軽くします。
遺留分をめぐる紛争を避けるための民法の特例
後継者に株式を集めるほど、他の相続人の遺留分を侵害する可能性が高まります。株式は分割して承継させれば議決権が分散し、集中させれば遺留分の問題が生じるという構造にあり、いずれかを選ぶだけでは解決しません。そこで用いるのが、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律に置かれた特例です。
同法第3条第1項は、旧代表者の推定相続人及び後継者が、その全員の合意をもって、書面により、後継者が旧代表者から贈与等により取得した株式等の全部又は一部について、その価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しない旨の定めをすることができると規定しています。同法第4条第1項は、この合意をする際に、株式等以外の財産についても同様の定めをすることができるものとしています。合意の対象と範囲を、書面の中で特定しておく必要があります。
この合意は、書面を作成しただけでは効力を生じません。同法第7条は、合意をした後継者が経済産業大臣の確認を申請することができると規定しており、確認を経たうえで家庭裁判所の許可を得ることが必要です。申請には合意の日を起算点とする期間の制限がありますので、合意の日を確定し、直ちに申請の準備に入ってください。手続の途中で推定相続人の一人が翻意した場合には、合意そのものが成立しません。
全員の合意が得られない場合には、遺言によって株式を後継者に承継させたうえで、他の相続人に対する代償の原資を別に確保する方法を検討します。役員退職慰労金、生命保険金、事業の用に供していない不動産の処分代金が、その原資となり得ます。してはならないのは、他の相続人に知らせないまま後継者への贈与を重ねることです。相続が開始した時点で贈与の事実が明らかになり、遺留分侵害額の請求という形で一度に表面化します。
弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期
弁護士が担うのは、株主名簿と登記事項証明書と定款の突合による現状の確定、名義株の整理、譲渡の承認及び名義書換の手続、定款の変更の議案の作成、遺留分に関する特例の合意の書面の作成と申請の準備、他の相続人及び少数株主との交渉の窓口、そして交渉が決裂した場合の会社法上の手続の選択です。交渉の窓口を代理人が務めることにより、後継者は取引先及び金融機関への対応に時間を割くことができます。
依頼の時期については、二つの目安があります。第一に、承継の時期を先代と後継者との間で口頭でも決めた時点です。この段階であれば、定款の変更、種類の株式の設定、特例の合意という、時間を要する手段を選択肢に残すことができます。第二に、株主の一人から株式の買取りや資料の開示を求める書面が届いた時点です。この書面に会社が回答した内容は、その後の交渉の出発点として扱われますので、回答の前に相談してください。
逆に、依頼を先延ばしにしてよい場面はほとんどありません。相続が開始した後は、会社法第176条第1項の1年、民法第904条の3の10年という期間が進行しており、いずれも遡って止めることができないためです。
いま確認していただきたいこと
まず、履歴事項全部証明書を取得し、発行済株式の総数、資本金の額、株式の譲渡の制限に関する定めの有無、種類の株式の有無を確認してください。次に、現に効力を有する定款の原本を探し、相続人等に対する売渡しの請求の定めが置かれているかどうかを確認してください。この定めは、後継者自身が請求の相手方とされる危険を伴いますので、置くべきか否かは株主の構成を踏まえて判断します。
株主名簿については、氏名、住所、株式の数、取得の年月日、取得の原因を欄ごとに埋めてください。埋まらない欄がある株式が、名義株として争われる株式です。あわせて、出資の払込みの記録、過去に株式を売買した際の契約書と価額、退職した役員及び従業員との間の取決めの書面を集めます。
最後に、推定相続人の範囲が分かる戸籍関係の書類を取り寄せ、遺留分の割合を計算できる状態にしてください。直近3期分の計算書類により分配可能額の有無を確認しておけば、会社が自己の株式を取得する方法を採ることができるかどうかを、その場で判断することができます。
よくあるご質問
定款が見当たりません。どうすればよいですか
設立の際の定款は、公証人が認証した原本の謄本を請求することができる場合があります。もっとも、設立後に変更されている可能性がありますので、株主総会の議事録により変更の経過をたどる作業が必要です。議事録も残っていない場合には、現状を前提として定款を整備し直すことになります。
先代が存命のうちに、株式を後継者に移すべきですか
移す方法と時期は、株主の構成、他の推定相続人との関係、会社の財務の状態により異なります。生前に移せば移転そのものは確実になりますが、遺留分を算定するための財産の価額に算入され得る点は残ります。中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律第3条第1項の合意と組み合わせるかどうかを含めて設計してください。
相続人の一人が株式の買取りを求めてきました
会社が買い取るのか、後継者個人が買い取るのかによって、要件も資金の出所も異なります。会社が買い取る場合には、会社法第156条第1項の株主総会の決議、会社法第160条第1項の特定の株主からの取得に関する手続、会社法第461条第1項第3号の分配可能額の制限を確認する必要があります。金額を口頭で提示する前に御相談ください。
定款に相続人等に対する売渡しの請求の定めを置けば安心ですか
この定めは、会社法第176条第1項により、会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年という期間の制限を受けます。加えて、後継者自身が相続により株式を取得した場合には、後継者が請求の相手方とされる危険があります。置くこと自体が目的とならないよう、株主の構成を踏まえて判断してください。
遺留分侵害額の請求を受けた場合、株式を返さなければならないのですか
民法第1046条第1項が定めるのは、遺留分侵害額に相当する金銭の支払の請求です。株式そのものの返還を求める制度ではありません。したがって、承継した株式を保持したまま、金銭による解決を図ることになります。その原資を承継の前に用意しておくことが、実質的な備えとなります。
まとめ
事業承継を行う際、相続問題や準備不足などが原因で失敗するケースがあります。事業承継を成功させるには、事前にトラブルや問題が起こる原因を知り、対策をとることが重要と言えます。
親族や従業員の中で後継者候補が見つからない場合は、M&Aを検討するのも良いでしょう。なお、M&Aを含め事業承継を独自で進めるのは難しいため、弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。
事業承継の紛争は、性格の不一致や世代の断絶から生じているように見えて、その中身は、株式が誰の名義で何株あるか、どの期限が進行しているか、資金をどこから用意するかという、確認可能な事実の集まりです。定款と登記と株主名簿を突き合わせ、会社法第176条第1項の1年と民法第904条の3の10年という期間を管理し、取得の対価と納税と遺留分の3つの資金需要を先に試算する。この3点に着手した時点で、多くの争点は交渉の対象へと変わります。
着手が早いほど、選択できる手段は増えます。定款の変更を要する手段も、推定相続人の全員の合意を要する手段も、先代が判断能力を有し、関係者が同じ方向を向いている間にしか用いることができないためです。判断に迷う段階でお声掛けください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
事業承継の場面で生じる紛争に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
出典
- 会社法第107条第1項第1号(株式の内容としての譲渡の制限)、第108条第1項第3号(議決権に関する種類の株式)、第139条第1項(譲渡等の承認の決定)、第140条第1項(会社による買取り)、第155条第3号(自己の株式を取得することができる場合)、第156条第1項(自己の株式の取得に係る株主総会の決議)、第160条第1項(特定の株主からの取得)、第174条(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め)、第176条第1項(売渡しの請求の期間)、第461条第1項第3号(分配可能額による制限)
- 民法第900条(法定相続分)、第902条(遺言による相続分の指定)、第904条の3(期間の経過後の遺産の分割における相続分)、第1042条第1項(遺留分の割合)、第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)
- 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律第3条第1項(遺留分を算定するための財産の価額に算入しない旨の合意)、第4条第1項(株式等以外の財産に関する合意)、第7条(経済産業大臣の確認)、第12条第1項(経営の承継に伴う資金の需要に関する認定)
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