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委託者兼受益者は家族信託を一方的に終わらせることができるか―東京地方裁判所平成30年10月23日判決の解説

この記事の位置付け

本ページは、父が委託者兼受益者、二男が受託者となった家族信託について、父による詐欺取消し、錯誤無効、債務不履行解除及び信託の終了の主張をいずれも認めなかった裁判例を、判決本文に基づいて解説するページです。信託の変更と終了の一般的な条件と手続は、次のページで整理しています。

▶ 家族信託の契約内容を変えたい・信託を終わらせたい場合の条件と手続

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信託法第164条第1項は、委託者と受益者がいつでも合意により信託を終了することができると定めています。委託者と受益者が同じ人である信託では、その人が一人で信託を終わらせることができるようにも読めます。しかし、信託契約に別の定めがある場合には、話が変わります。本ページでは、委託者兼受益者である父が、受託者である二男に対し、信託契約の取消し、無効、解除及び終了を主張したものの、いずれも認められなかった東京地方裁判所平成30年10月23日判決を、判決本文に記載された内容に基づいて解説します。

目次

裁判例の基本情報

裁判所・裁判日 東京地方裁判所 平成30年10月23日判決
事件番号 平成29年(ワ)第25091号
事件名 所有権移転登記等抹消登記請求事件
審級 第一審
結論 主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却(訴訟費用は原告の負担)

本ページでは、当事者を「父」(原告。昭和11年生まれ。信託の委託者兼受益者)及び「二男」(被告。父の二男で、信託の受託者)と表記します。本ページは上記判決の解説であり、上訴の有無や判決の確定を確認した旨の表示ではありません。

事案の概要

判決本文によれば、事案の概要は次のとおりです。

  • 父と妻の間の子は長男と二男の2名でした。長男は平成26年5月に死亡しました。
  • 父と妻は、平成27年12月2日に父の姪と、平成28年1月5日に亡長男の妻と、それぞれ養子縁組をしました。
  • 父は、飲食店が営業していた土地(平成4年ころ取得)、その隣地(平成27年12月28日取得)、及び共同で建築した地下1階付き8階建てのビルの区分所有権・共有持分(賃貸中)等の不動産を所有していました。
  • 父は、隣地の購入資金等として信用金庫から借入れをし、二男は連帯保証人となりました。父は、隣地と自己の土地を敷地として自宅兼賃貸物件を新築する計画を立てていました。
  • 平成28年11月16日、父と二男は、公正証書により、父を委託者兼受益者、二男を受託者とし、父の不動産を信託財産とする信託契約を締結しました。
  • その後、父は、信託契約の詐欺取消し、錯誤無効、債務不履行解除を主張し、予備的に信託の終了を主張して、所有権移転登記及び信託登記の抹消等を求めて提訴しました。

借入れと連帯保証

時期 借入額 連帯保証人等
平成27年12月17日 1200万円 妻及び二男が連帯保証。父の不動産を共同担保として極度額5000万円の根抵当権を設定
平成28年4月 2850万円 二男が連帯保証
平成28年11月16日 475万2000円 二男が連帯保証

信託契約の条項

判決本文は、信託契約に「要旨、次の約定がある」として、次の条項を摘示しています。

信託契約(平成28年11月16日・公正証書) 第2条(信託の目的)

本件信託は、前条の不動産を本件信託財産として管理及び処分(建物の建築を含む。)を行い、受益者の生活・介護・療養・借入金返済・納税等に必要な資金を給付して受益者の幸福な生活及び福祉を確保すること並びに資産の適正な管理・運用・保全・活用を通じて資産の円満な承継を実現することを目的として信託するものである。

信託契約 第8条(信託の終了事由)

本件信託は次の事由によって終了する。
① 委託者兼受益者が死亡したとき。
② 本件信託財産が消滅したとき。

信託契約 第9条第1項(信託財産の管理運営)

受託者は、本件信託財産の管理運営及び建物の建築を行い、これを第三者に賃貸して、また受託者が相当と認めるときは、委託者の同意を得た上で信託不動産を換価処分して、売却代金及び同不動産から生ずる賃料その他の収益をもって、公租公課、保険料、管理費及び修繕積立金、敷金保証金等の預り金の返還金、管理委託手数料、登記費用、不動産売却・購入・交換・建設に要する費用、借入金の返済金その他の本件信託に関して生ずる一切の必要経費等を支払う。

信託契約 第9条第2項(受益者への給付)

受託者は、受益者又はその成年後見人等の要望に応じ、受益者の生活・介護・療養・納税等に必要な費用を前項の収益から受益者に随時給付し、また、受益者の医療費、施設利用費等を銀行振込等の方法で支払う。

信託契約 第11条(信託の変更・解除・終了)

受益者は、受託者との合意により、本件信託の内容を変更し、若しくは本件信託を一部解除し、又は本件信託を終了することができる。

信託契約 第12条第1項第5号(信託財産の換価処分等)

受託者は、信託の目的に照らして相当と認めるときは、委託者の同意を得た上で、本件信託財産を換価処分し、また信託財産となる土地・建物の購入・交換をすることができるものとし、不動産を購入・交換した場合は、速やかに所有権移転登記及び信託登記を行うものとする。

信託契約 第15条(残余財産の帰属)

本件信託終了後、残余の信託財産については、受託者に帰属させる。

第1条は、父の不動産(契約後に土地の上に新たに建築した建物を含みます。)を信託財産とする旨の定めです。

事案の経緯(時系列)

年月日 出来事
平成28年夏ころ 二男が司法書士法人を訪れ、家族信託の説明書を受け取る。同年8月ころ提案書を受け取るが、手続を委任すると285万5000円の費用がかかるとの見積りを示されたため、自ら手続を行うことにする。
平成28年8月、9月14日 二男が公証役場を訪れ、公証人に信託契約書の作成を相談する。公証人は、死因贈与契約と任意後見契約を組み合わせる方法もあることを説明し、信託契約書のひな形を示して条項の概略を説明する。
平成28年10月2日 二男が父に説明書と提案書を示し、所有名義は受託者に移るが賃料等は従前どおり父が受け取ること、父の死後は不動産が二男の所有となることを説明する。
平成28年11月9日 父と二男が公証役場を訪れ、公証人が公正証書の草稿を示して要点を説明する。
平成28年11月16日 父と二男が信用金庫で借入れと連帯保証の手続を済ませた後、公証役場を訪れる。公証人が各条文を読み聞かせ、各自が閲覧した上で公正証書に署名押印し、信託契約が成立する。
平成29年2月21日、27日 信託を原因とする所有権移転(持分全部移転)登記及び信託登記がされる。父は自ら印鑑登録証明書と住民票の写しを取得し、司法書士に登記手続を委任していた。
平成29年5月17日 父が二男に対し、詐欺を理由に信託契約を取り消す旨の意思表示をする。
平成29年6月28日 二男の代理人が「ご連絡」と題する書面を父に送付する。
平成29年7月26日 父が提訴する。訴状により債務不履行解除の意思表示をする(同年8月9日送達)。
平成29年10月13日 父が、委託者兼受益者として、信託法第164条第1項により信託を終了させる旨の意思表示をする。
平成30年10月23日 本判決。

請求の内容

  • 主位的請求:信託契約は詐欺により取り消され、要素の錯誤により無効であり、債務不履行により解除されたとして、所有権移転(持分全部移転)登記及び信託登記の抹消を求めました。
  • 予備的請求:信託は、目的を達成することができなくなったこと(信託法第163条第1号)、又は委託者兼受益者の意思(同法第164条第1項)等により終了したとして、信託財産引継ぎを原因とする所有権移転登記及び信託登記の抹消を求めました。

父は、二男から、信用金庫が父の高齢を理由に信託をしないと融資できないと言っている旨の虚偽の説明を受けた、公証人から条文を読み上げられることもなく署名押印を求められた、と主張しました。二男は、そのような説明はしておらず、信託の法的効果を説明して父の理解を得たと主張しました。

争点

  1. 信託契約の締結は詐欺によるものか。
  2. 信託契約は錯誤により無効か。
  3. 信託契約に債務不履行解除の事由があるか。
  4. 信託に終了事由があるか(信託法第163条第1号、第164条第1項、信託契約第11条)。

裁判所の判断

公証人の証言を信用し、父の供述を採用しなかったこと

裁判所は、公証人は立場上二男のためにあえて虚偽の証言をする理由がなく、記憶にない点は素直にそう述べ、反対尋問にも動揺していないとして、公証人の証言を信用できるとしました。

他方、父の供述については、信用できる公証人の証言と大きく食い違っていること、父が自ら印鑑登録証明書等を取得して司法書士に登記手続を委任した理由や、公正証書の原案では当事者双方に正本を交付するとされていたのに完成した公正証書では二男にのみ交付するとされた理由を合理的に説明できていないこと、供述が重要な部分で合理的な理由なく変遷していることなどを挙げて、採用できないとしました。

詐欺は認められなかったこと

裁判所は、信託契約の締結前に二男が父に対し、信託をしないと融資できないと信用金庫が述べている旨を告げたとの事実は認められないとしました。また、父は信託の内容について繰り返し説明を受けており、「80歳を過ぎた高齢者とはいえ、その判断能力が低下した様子もみられない」として、父が、信託により不動産の所有権等を自由に行使できなくなる法的効果を認識していなかったとは認められないと判断しました。

錯誤は認められなかったこと

裁判所は、法的効果についての錯誤の主張は前提を欠くとしました。新築計画を推進するものと誤信していたとの主張については、それは動機にすぎないとし、最高裁判所平成28年1月12日第三小法廷判決を引用して、動機の錯誤が要素の錯誤となるには、動機が相手方に表示され、意思解釈上法律行為の内容とされたと認められることを要するとしました。その上で、信託契約第2条の目的の定めは抽象的なものにとどまり、他の条項にも新築計画の具体的な内容に言及するものはないとして、新築計画の推進が契約の内容とされたとは認められないと判断しました。

債務不履行解除は認められなかったこと

裁判所は、新築計画の推進が信託契約の目的となっているとはいえない以上、二男が計画の推進を拒んでも債務不履行にはならないとしました。また、最高裁判所平成8年11月12日第三小法廷判決を引用し、二個以上の契約の目的が相互に密接に関連付けられている場合には一方の債務不履行を理由に他方も解除できるとの考え方を示した上で、信託契約と、建築資金の融資について二男が連帯保証人になるという合意とは、目的において相互に密接に関連付けられているとはいえないとして、二男が連帯保証を拒んだことは信託契約の解除事由に当たらないと判断しました。

目的の達成不能による終了は認められなかったこと

裁判所は、この主張が時機に後れた攻撃方法として却下されるべきとの二男の主張は採用しませんでしたが、信託について、その目的を達成することができなくなったとの事情は認められないとしました。二男の代理人の書面に目的達成不能を認めるかのような記載がある点については、「信託の目的達成の可否は、客観的に判断されるべきもの」であり、交渉の際に代理人がどう考えていたかという主観的事情に左右されないとしました。

委託者兼受益者の意思による終了は認められなかったこと

裁判所は、信託法第164条第1項によれば、委託者と受益者がいずれも父である本件信託は、同項が適用されるならば父が任意の時期に終了させることができることになるとしつつ、同条第3項は、信託行為に別段の定めがあるときはその定めるところによるとして、同条第1項が任意規定であることを明らかにしていると指摘しました。

その上で、裁判所は、信託契約第11条について、「仮に、本件信託の受益者である原告が、任意の時期にこれを終了させることができるのだとすれば、本件信託の受託者である被告との合意によって本件信託を終了することができるとの上記規定は、無意味なものとなる」として、第11条は信託法第164条第3項にいう「別段の定め」であり、同条第1項に優先して適用されると判断しました。

代理人の書面による合意終了も認められなかったこと

二男の代理人の書面には、信託は目的達成不能により終了しているか、父からの内容証明郵便による抹消登記請求は委託者受益者合意による信託終了の意思表示と解することができるから、信託は「終了していると考えています」との趣旨の記載がありました。父は、これにより第11条に基づく合意による終了があったと主張しました。

裁判所は、信託は客観的に目的達成不能により終了したとはいえず、第164条第1項も適用されないから、この記載は代理人の主観的評価を述べたものにすぎず、その評価の前提を欠くとし、他の部分にも二男が信託を終了させる意思を表示したと解することはできないとして、合意による終了を認めませんでした。

結論

裁判所は、父の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却しました。

判決の読み方と実務上の着眼点

委託者兼受益者でも一人で終わらせられないことがあります

本判決は、受益者と受託者の合意により信託を終了することができるとの条項がある場合には、その条項が信託法第164条第3項の別段の定めに当たり、委託者兼受益者が任意の時期に一人で信託を終了させることはできないと判断しました。「自分が委託者で受益者でもあるから、いつでもやめられる」とは限りません。信託契約の終了条項の文言を確認することが出発点になります。

公正証書と公証人の関与は重く見られました

本件では、公証人による草稿の説明、条文の読み聞かせ、本人の閲覧という経過が認定され、公証人の証言が信用できるとされたことが、詐欺及び錯誤の主張が退けられた大きな理由となりました。公正証書で締結された信託契約の効力を争う場合には、作成の経過を具体的に検討する必要があります。

契約の外にある計画は、条項に書かれていなければ考慮されにくいこと

父が信託を通じて実現したかった新築計画は、信託契約の目的条項に具体的に書かれていなかったため、錯誤、解除及び目的達成不能のいずれの主張でも考慮されませんでした。信託によって実現したい具体的な計画がある場合には、その内容を目的条項等に明記しておくことが重要です。

終了条項と残余財産の帰属条項は併せて確認します

本件の信託契約には、信託終了後の残余財産を受託者に帰属させる第15条がありました。本判決は、信託が終了していないと判断したため、第15条が父の生存中の終了の場合にも適用されるかについては判断していません。もっとも、信託の終了を求める場合には、終了後に財産が誰に帰属するのかを併せて確認しておく必要があります。

本判決が扱っていない事項

  • 信託契約第15条(残余財産の受託者への帰属)が、委託者の生存中に信託が終了した場合にも適用されるかについて、本判決は判断していません。
  • 本件では信託の公序良俗違反や、他の推定相続人の遺留分との関係は主張されておらず、本判決はこれらの点について判断していません。
  • 信託法第164条第1項の別段の定めがない信託において、委託者兼受益者が単独で信託を終了させることができるかについて、本判決は判断していません。
  • 本判決は地方裁判所の判決であり、同種の問題について上級審の判断を示したものではありません。

よくあるご質問

質問1 委託者と受益者が同じ人なら、いつでも信託を終わらせることができますか。

信託法第164条第1項は委託者と受益者の合意による終了を定めていますが、同条第3項により、信託行為に別段の定めがあるときはその定めによります。本判決は、受益者と受託者の合意により終了できるとの条項がある場合には、委託者兼受益者が一人で終了させることはできないと判断しました。

質問2 信託の内容をよく理解しないまま署名した場合、取り消せますか。

本判決では、公証人による説明と読み聞かせの経過等から、法的効果を認識していなかったとは認められないとされました。理解していなかったことを主張するには、作成の経過を具体的に示す資料が必要です。意思能力の問題については、本人が信託契約を理解していなかった場合の意思能力の確認と財産回復で整理しています。

質問3 受託者の代理人が「信託は終了していると考えている」と書面に書いた場合、信託は終了しますか。

本判決は、そのような記載は代理人の主観的評価を述べたものにすぎないとして、合意による終了を認めませんでした。信託を合意により終了させるのであれば、終了の合意そのものを明確な書面にしておく必要があります。

質問4 受託者が連帯保証を拒んだことを理由に、信託契約を解除できますか。

本判決は、信託契約と連帯保証の合意とが目的において相互に密接に関連付けられているとはいえないとして、解除を認めませんでした。複数の約束を一体のものとして扱いたい場合には、契約書でその関係を明らかにしておくことが重要です。

本記事の根拠条文

  • 信託法第163条第1号(信託の目的の達成不能による終了)、第164条第1項・第3項(委託者及び受益者の合意等による信託の終了)
  • 民法第95条(錯誤。平成29年法律第44号による改正前のもの)、第96条(詐欺)、第415条(債務不履行)、第541条以下(契約の解除)
  • 民事訴訟法第157条第1項(時機に後れた攻撃防御方法の却下)

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

平成23年に最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得た弁護士であります。長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件にも関与しております。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門4丁目3番1号 森トラスト城山トラストタワー17階/電話番号 03-6435-8418/受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

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