家族信託をすると遺留分はどうなるのか?リスクと対策を弁護士が解説

家族信託を設計する際、見落とされやすいのが遺留分との関係です。信託契約で特定の家族に財産を承継させる内容にした場合、他の相続人から遺留分侵害額請求を受けることはあるのでしょうか。また、請求を受けた場合、信託契約の効力にどのような影響があるのでしょうか。
家族信託は財産管理のために有用な仕組みですが、遺留分を当然に排除できる制度ではありません。この記事では、家族信託と遺留分の関係、参考となる裁判例、実務上の注意点を整理します。
家族信託と遺留分の基礎知識
まず、家族信託と遺留分それぞれの仕組みを確認したうえで、両者が衝突したときに何が問題となるかを整理します。
家族信託とは
委託者が所有する財産の管理・処分を、家族などの信頼できる人に委ねる仕組みを「家族信託」といいます。
高齢の親が認知症や要介護状態になる前に、子どもに預貯金や不動産の管理を任せるケースが代表例です。判断能力が低下すると、銀行口座の引き出しや不動産の売却が難しくなるため、事前の備えとして利用されます。
家族信託では、財産から利益を受ける権利と、財産を管理・運用・処分する権限を分けて考えます。一般的には、親が委託者兼受益者となり、子どもが受託者となる設計が多く見られます。
| 当事者 | 役割 |
| 委託者 | 財産管理・処分を依頼する人(例:親) |
| 受託者 | 管理・処分を引き受ける人(例:子) |
| 受益者 | 管理・処分から生じる利益を受け取る人(通常は委託者本人) |
遺留分とは
遺留分とは、兄弟姉妹を除く一定の法定相続人に最低限保障される相続分のことです。遺言や生前贈与によって特定の人に多くの財産を渡すことはできますが、配偶者、子、直系尊属には、一定の範囲で取り分が保護されています。
遺留分を侵害された相続人は、多くの財産を受けた相続人や受遺者などに対し、金銭の支払いを求めることができます。これを遺留分侵害額請求といいます。2018年に成立し、2019年7月1日に施行された相続法改正により、従来の遺留分減殺請求は、金銭請求を中心とする遺留分侵害額請求に改められました。
遺留分の割合は、相続人が直系尊属のみの場合は法定相続分の3分の1、それ以外の場合は法定相続分の2分の1です。たとえば、法定相続人が配偶者と子ども2人の場合、遺留分は次のようになります。
| 相続人 | 法定相続分 | 遺留分 |
| 配偶者 | 2分の1 | 4分の1 |
| 子(1人あたり) | 4分の1 | 8分の1 |
家族信託の受益権は遺留分の対象になるのか
家族信託と遺留分の衝突は、委託者が亡くなった際に受益権が特定の相続人へ移転する局面で生じます。この問題を考えるにあたり、まず受益権の法的な性質を確認する必要があります。
受益権は相続法上のみなし相続財産だが、遺留分を免れるとは限らない
委託者兼受益者が亡くなった際、受益権は他者へ移転します。この点で、死亡を原因として受け取る生命保険の死亡保険金と同じ性質を持つことから、受益権は相続税法上「みなし相続財産」として扱われます(相続税法第9条の2)。これが「みなし相続財産は遺留分の対象外になるのでは」という見解の根拠になっています。
たしかに生命保険の死亡保険金については、受取人固有の財産として遺留分算定の基礎財産に含まれないとする最高裁判例(平成16年10月29日)が確立しています。
しかし、家族信託の受益権にこの理屈をそのまま適用することはできません。受益権を遺留分の対象外と明言する最高裁判例は現時点で存在せず、下級審の判決では「遺留分の対象となり得る」との判断が示されているからです。
したがって、死亡保険金の最高裁判例を元に「家族信託の受益権も遺留分請求の対象から外れる」と安易に考えないほうがよいでしょう。
参考裁判例|生命保険金と遺留分の関係
| 最高裁平成16年10月29日決定 |
| 本最高裁決定では、「死亡保険金請求権は、保険金受取人が保険契約に基づいて取得する固有の権利であり、原則として民法903条1項の特別受益にはあたらない」と判断されました。 ただし、「保険金額、遺産総額との割合、同居の有無、介護への貢献などの事情を総合的に考慮し、相続人間の不公平が到底是認できないほど著しい場合には、特別受益に準じて持戻しの対象となる余地がある」とされています。 |
この最高裁決定は、直接には遺産分割における特別受益・持戻しを扱ったものです。したがって、「死亡保険金は遺留分算定の基礎財産に含まれない」と直接判示したものではありません。
もっとも、死亡保険金請求権は受取人固有の権利であり、被相続人の相続財産に属しないという整理を踏まえ、実務上は、死亡保険金は原則として遺留分算定の基礎財産に含まれないと解されることが多いといえます。ただし、著しく不公平な場合には、例外的に特別受益に準じた調整が問題となります。
家族信託の受益権についても、生命保険金と同じように当然に遺留分の対象外になるわけではありません。制度の仕組みも財産移転の実質も異なるため、生命保険金の判例をそのまま家族信託に当てはめることはできません。
家族信託に関する裁判例|東京地裁平成30年9月12日判決
家族信託と遺留分の関係を考えるうえで、実務上よく参照される裁判例が、東京地裁平成30年9月12日判決です。この判決は、信託契約の一部を公序良俗に反して無効と判断した点で注目されています。
| 事案の概要 |
| 父Sが、自ら所有する不動産を信託財産とし、次男Yを受託者とする信託契約を締結しました。信託財産には、収益を生む不動産だけでなく、自宅や山林など、収益を生みにくい不動産も含まれていました。
受益権の割合は、長男Xと次男Yで1対5とされました。長男Xは、この信託契約が遺留分制度を潜脱するものだとして、信託契約の効力を争いました。 |
事案の人物関係と争点は、次のように整理できます。
| 1 信託をした人 | 父S(委託者・元の所有者) 自分の不動産を信託財産にした人 |
| 2 管理を任された人 | 次男Y(受託者) 父Sから不動産の管理を任された人 |
| 3 信託財産 | 収益不動産 自宅・山林など、収益を生みにくい不動産 |
| 4 受益権の割合 | 長男X:1 次男Y:5 |
| 5 長男Xの主張 | 形式上は受益権をもらっていても、収益を生まない不動産からは実質的な利益を得られない。 そのため、遺留分制度を潜脱する信託ではないかと争った。 |
| 争点 | 「長男Xに与えられた受益権に、遺留分に見合う実質的な価値があるといえるか」 |
流れで見ると、父Sが不動産を信託し、次男Yが管理し、長男Xと次男Yが受益権を取得する、という構造です。
問題は、長男Xの受益権が形式だけで、実質的な経済的利益を伴っていたかどうかにありました.
|
判断のポイント①|公序良俗違反とされた部分 |
| 裁判所は、収益を生まない不動産を信託財産に含めた部分について、遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものとして、公序良俗に反し無効と判断しました。
形式上は長男Xにも受益権が与えられていましたが、その受益権から実質的な経済的利益を受けられない部分が問題とされました。 |
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判断のポイント②|受益権の経済的価値に着目する必要性 |
| この裁判例からは、家族信託を設計する際、信託財産の名義だけでなく、受益権からどのような経済的利益を受けられるかを検討する必要があると読み取れます。
ただし、この判決が「遺留分の対象は常に受益権であり、信託財産そのものではない」と一般論として確定的に判示した、とまでいうのは慎重であるべきです。遺留分との関係では、受益権の経済的価値を中心に検討する整理が実務上重要である、という位置づけで理解するのが安全です。 |
この判決は、家族信託を使えば遺留分を当然に回避できるわけではないことを示した裁判例として重要です。とくに、遺留分権利者に形式的には受益権を与えていても、その受益権から実質的な利益が見込めない設計になっている場合には、信託契約の効力自体が争われる可能性があります。
控訴審で和解しており、改正前の事案である点に注意
もっとも、この判決を読む際には、2つの点に注意が必要です。
1つ目は、この判決が控訴審で和解に至っており、判決として確定したものではない点です。そのため、先例として他の裁判所を拘束する力はありません。家族信託と遺留分の関係を考えるうえで重要な裁判例ではありますが、この判決だけを根拠に、同じような事案で常に同じ判断になるとまではいえません。
2つ目は、この事案が2019年7月に施行された相続法改正前のものだという点です。現在は、遺留分を侵害された相続人は、原則として金銭の支払いを求める「遺留分侵害額請求」を行使する仕組みになっています。そのため、現在の制度のもとで同じような信託契約が争われた場合に、裁判所が同じ判断をするとは限りません。
ただし、遺留分を害する目的で不自然な信託設計をした場合に、契約の効力自体が争われるリスクがなくなったわけではありません。この裁判例は、家族信託を使えば遺留分を当然に回避できるわけではないことを示すものとして、実務上はなお参考になります。
一次相続と二次相続で取り扱いが異なる
遺留分リスクの大きさは、一次相続か二次相続かによって変わります。
一次相続とは、委託者兼受益者が亡くなり、信託契約に従って受益権が特定の人へ移る場面です。たとえば、父が委託者兼受益者となり、父の死亡後に長男が受益権を取得する設計にしている場合、他の子どもから遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。
これに対し、二次相続では、すでに受益権を承継した人が亡くなった後の扱いが問題となります。信託契約により、次の受益者があらかじめ定められている場合、その受益権が誰の相続財産に含まれるのかについては慎重な検討が必要です。二次相続では遺留分侵害額請求の対象にならないとする見解もありますが、最高裁判例で確定した整理ではありません。
そのため、受益者連続型の家族信託を設計する場合は、一次相続だけでなく、二次相続以降の遺留分リスクも確認しておく必要があります。
遺留分請求を受けた場合の影響と時効
家族信託の受益権について遺留分侵害額請求を受けた場合、請求を受けた人は、遺留分侵害額に相当する金銭を支払う義務を負う可能性があります。現在の制度では、原則として不動産などの信託財産そのものを返還するのではなく、金銭で調整する仕組みになっています。
遺留分侵害額請求権には期間制限があります。民法1048条は、遺留分権利者が「相続の開始」と「遺留分を侵害する贈与または遺贈があったこと」を知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅すると定めています。
また、相続開始の時から10年を経過したときも、同様に権利を行使できなくなります。この10年の期間については、一般に除斥期間と解されています。除斥期間と考える場合、時効の更新や完成猶予によって期間が延びるものではありません。
実務上は、「相続の開始と遺留分侵害を知った時から1年」が先に問題となることが多いため、請求する側も請求を受ける側も、相続開始後の通知や交渉の時期を慎重に確認する必要があります。
家族信託と併せて講じるべき遺留分対策
家族信託だけで遺留分問題を解決することはできません。家族信託は財産管理や承継のための有効な手段ですが、遺留分権利者の権利を当然に消すものではないからです。実務では、信託契約の内容とあわせて、次のような対策を検討します。
遺留分放棄
遺留分放棄とは、遺留分権利者が自らの遺留分を手放す手続きです。相続開始前に遺留分を放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です。
放棄が認められれば、その人は遺留分侵害額請求をすることができなくなります。ただし、本人の自由な意思が必要であり、家族が強制することはできません。家庭裁判所も、放棄の合理性や本人の意思を確認します。
相続欠格・相続廃除
相続欠格とは、民法891条が定める一定の重大な行為をした相続人について、当然に相続権を失わせる制度です。たとえば、被相続人を故意に死亡させた場合や、詐欺・強迫によって遺言を妨げた場合などが該当します。
相続廃除は、被相続人の申立てにより、家庭裁判所が相続人の相続権を失わせる制度です。廃除事由は、虐待、重大な侮辱、著しい非行です。いずれも要件のハードルは高く、遺留分対策として簡単に使える制度ではありません。
遺言書への記載
家族信託を利用する理由や、特定の相続人に財産を承継させたい理由を遺言書に記載しておくことは、相続人への説明として意味があります。
ただし、遺言書に「遺留分を請求しないでほしい」と書いても、それだけで遺留分侵害額請求を排除する効力はありません。遺言書への記載は、紛争予防の一つの材料にはなりますが、単独で十分な対策になるわけではありません。
養子縁組
養子縁組により法定相続人の数が増えると、子ども1人あたりの法定相続分が下がり、それに伴って遺留分割合も下がることがあります。
もっとも、養子縁組には親族関係そのものを変える大きな効果があります。税務上の扱いや相続人間の感情面にも影響するため、単に遺留分を下げる目的だけで行うべきではありません。また、配偶者の遺留分割合をゼロにすることはできません。
生前贈与
生前贈与を利用して財産を移す方法もあります。ただし、遺留分算定の基礎財産に算入される生前贈与の範囲には注意が必要です。
相続人以外への贈与は、原則として相続開始前1年以内のものが算入対象です。これに対し、相続人への贈与は、婚姻・養子縁組のため、または生計の資本として受けた贈与に限り、相続開始前10年以内のものが算入対象となります。
さらに、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与した場合は、上記の期間制限にかかわらず算入されます。贈与税の負担もあるため、税務面を含めて検討する必要があります。
生命保険
生命保険は、遺留分対策として利用されることがあります。死亡保険金請求権は、受取人固有の権利とされるため、原則として相続財産には含まれません。
ただし、最高裁平成16年10月29日決定は、死亡保険金が常に相続人間の調整から外れると判断したものではありません。保険金額や遺産総額との割合などから、相続人間の不公平が到底是認できないほど著しい場合には、特別受益に準じて持戻しの対象となる余地があります。
したがって、生命保険を使う場合も、他の相続人との均衡を大きく欠く設計は避けるべきです。
遺留分対策の比較
| 対策 | 期待できる効果 | 注意点 |
| 遺留分放棄 | 請求権を事前に排除できる | 相続開始前は家庭裁判所の許可が必要 |
| 相続欠格・相続廃除 | 相続権そのものを失わせる | 要件が厳しく、使える場面は限られる |
| 遺言書への記載 | 意思や理由を説明できる | 単独では遺留分請求を排除できない |
| 養子縁組 | 相続人1人あたりの遺留分割合を下げ得る | 親族関係・税務・感情面への影響が大きい |
| 生前贈与 | 財産移転を前倒しできる | 民法1044条の算入ルールと贈与税に注意 |
| 生命保険 | 受取人固有の財産として準備できる | 著しく不公平な場合は調整対象となる余地がある |
家族信託と遺留分のまとめ
家族信託の受益権は、相続税法上のみなし相続財産として扱われることがあります。しかし、そのことだけを理由に、民法上の遺留分侵害額請求を当然に免れるとはいえません。
東京地裁平成30年9月12日判決は、信託契約の一部について、遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものとして、公序良俗違反により無効と判断しました。この判決は控訴審で和解に至っており、確定判決ではありませんが、家族信託の設計において遺留分を無視できないことを示す重要な裁判例です。
もっとも、家族信託の受益権と遺留分の関係について、最高裁の確定した判断はまだありません。受益権の経済的価値をどう評価するか、信託財産そのものとどのように関係づけるかについては、今後の裁判例や実務の蓄積を待つ部分があります。
家族信託を設計する際は、遺留分を回避するためだけの不自然な設計を避け、受益権の内容、信託財産の収益性、他の相続人への説明、遺留分対策を総合的に検討することが重要です。相続人間の対立が予想される場合は、信託契約を作成する前に、相続問題に詳しい弁護士へ相談することをおすすめします。


