家族信託をすると遺留分はどうなるのか?リスクと対策を弁護士が解説

家族信託を設計する際、見落とされやすいのが遺留分との関係です。信託契約で特定の家族に財産を承継させた場合、他の相続人から遺留分侵害額請求を受けることはあるのか。請求を受けた場合、信託契約の効力はどうなるのか。これらの疑問に実務的な観点からお答えします。

家族信託と遺留分の基礎知識

まず、家族信託と遺留分それぞれの仕組みを確認したうえで、両者が衝突したときに何が問題となるかを整理します。

家族信託とは

委託者が所有する財産の管理・処分を家族が受託者となって行う契約のことを「家族信託」といいます。高齢の親が認知症や要介護状態になる前に、信頼できる子に財産の管理・処分を委ねるケースが代表的です。判断能力が失われると銀行口座の預金引き出しや不動産の売却が難しくなるため、事前に手を打つ手段として利用されます。

家族信託の特徴は、所有権を「財産から利益を受ける権利(受益権)」と「財産を管理・運用・処分できる権利」に分け、後者を家族に与える点にあります。

「委託者」「受託者」「受益者」の三者が当事者となり、委託者と受益者が同一人物(例:親)、受託者がその子供となるのがよくあるケースです。

当事者 役割
委託者 財産管理・処分を依頼する人(例:親)
受託者 管理・処分を引き受ける人(例:子)
受益者 管理・処分から生じる利益を受け取る人(通常は委託者本人)

 

遺留分とは

被相続人の兄弟姉妹を除く法定相続人が、遺言の内容にかかわらず最低限取得できる遺産の割合のことを遺留分といいます。遺留分は配偶者・子・直系尊属に認められており、兄弟姉妹には認められません。

遺留分を侵害された相続人は、多くの遺産を受け取った相続人・受遺者に対して金銭の支払いを求める「遺留分侵害額請求」を行使できます。2019年の民法改正により、現物返還型の「遺留分減殺請求」は廃止され、金銭による遺留分侵害額請求に一本化されました。

遺留分の割合は法定相続分の2分の1が原則で、直系尊属のみが相続人の場合は3分の1となります。たとえば法定相続人が配偶者と子供2人の場合は以下のとおりです。

相続人 法定相続分 遺留分
配偶者 2分の1 4分の1
子(1人あたり) 4分の1 8分の1

家族信託の受益権は遺留分の対象になるのか

家族信託と遺留分の衝突は、委託者が亡くなった際に受益権が特定の相続人へ移転する局面で生じます。この問題を考えるにあたり、まず受益権の法的な性質を確認する必要があります。

受益権はみなし相続財産だが、遺留分を免れるとは言い切れない

委託者兼受益者が亡くなった際、受益権は他者へ移転します。この点で、死亡を原因として受け取る生命保険の死亡保険金と同じ性質を持つことから、受益権は相続税法上「みなし相続財産」として扱われます(相続税法第9条の2)。これが「みなし相続財産は遺留分の対象外になるのでは」という見解の根拠になっています。

たしかに生命保険の死亡保険金については、受取人固有の財産として遺留分算定の基礎財産に含まれないとする最高裁判例(平成16年10月29日)が確立しています。

しかし、家族信託の受益権にこの理屈をそのまま適用することはできません。受益権を遺留分の対象外と明言する最高裁判例は現時点で存在せず、下級審の判決では「遺留分の対象となり得る」との判断が示されているからです。死亡保険金の最高裁判例を元に「家族信託の受益権も遺留分請求の対象から外れる」と考えるのは危険です。

一次相続と二次相続で取り扱いが異なる

遺留分リスクの大きさは、一次相続か二次相続かによって変わります。

一次相続(委託者の死亡時)は、受益権が特定の相続人へ移転する局面です。この場合、他の相続人から遺留分侵害額請求を受けるリスクがあります。たとえば父が委託者兼受益者で、死亡後に長男が受益権を取得する設計であれば、次男や長女から請求を受ける可能性があります。

二次相続(受益権を承継した相続人の死亡時)は、長男がすでに父から受益権を承継している局面です。この場合、長男の死亡時に同じ受益権が承継されるのであれば遺留分は発生しないとする見解が有力です。父の死亡時点で財産移転は完了しており、長男の相続財産には含まれないと考えられるからです。ただし、この解釈は最高裁判決で確定しているわけではないことに注意すべきでしょう。

遺留分潜脱を目的とした信託は無効とされる

遺留分請求のリスクがある以上、「信託契約を使えば遺留分を回避できる」という単純な発想で家族信託を利用することは避けたほうがよいでしょう。遺留分侵害を免れることを主たる目的として家族信託を設計した場合、公序良俗に反するとして契約が無効となる可能性があるからです。

家族信託と公序良俗違反について判示した重要な裁判例として、東京地裁平成30年9月12日判決があります。

この判決は、父親Aが不動産を含む財産について家族信託を設定し、死亡後は受益権の6分の4を次男Cが取得するという内容でした。信託財産の中には収益を生む不動産のほか、収益性も換価処分性もない不動産が含まれていたため、長男Bが遺留分を侵害するとして提訴しました。

東京地裁は、収益性も換価処分性もない不動産を信託財産に含めた部分について「遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものであって、公序良俗に反して無効」と判断しました。

控訴審では和解が成立したため高裁・最高裁レベルの判断は示されていませんが、「遺留分潜脱を目的とした設計は無効となり得る」という実務上の指針として現在も参照されています。

遺留分請求を受けた場合の影響と時効

家族信託の受益権に対して遺留分侵害額請求がなされた場合、請求を受けた相続人は遺留分侵害額に相当する金銭を支払う義務を負います。不動産などの信託財産そのものを返還する必要はありませんが、金銭的な負担が生じる点は無視できません。

請求権の行使期間には以下の2つの制限があります。

  1. 遺留分権利者が「相続の開始」と「遺留分を侵害する贈与または遺贈があったこと」を知った時から1年間行使しない場合は消滅時効により消滅する(民法1048条前段)。
  2. 相続開始から10年が経過した場合も消滅するが、これは除斥期間の効果であるため、時効中断の手続きは認められない(同条後段)。

実務上は「知った時から1年」が先に到来するケースが大半です。

家族信託と併せて講じるべき遺留分対策

家族信託だけでは遺留分問題は解決しません。信託の設計と並行して、以下の対策を組み合わせることが必要です。

遺留分放棄

法定相続人が自らの遺留分を手放す手続きです。放棄が成立すれば、その相続人は遺留分侵害額請求ができなくなります。

ただし、被相続人の存命中に行う場合は家庭裁判所の許可が必要(民法1049条)で、本人の自発的な意思が不可欠です。説得や条件提示を通じて自発的な放棄を促すしかなく、強制する手段はありません。

相続欠格・相続廃除

法定相続人に民法891条の欠格事由(故意の殺害・詐欺強迫による遺言妨害・遺言書の偽造隠匿など)がある場合は相続欠格が成立し、遺留分を含む相続権が失われます。

相続廃除は被相続人の申立てにより家庭裁判所が判断するもので、廃除事由は「虐待」「重大な侮辱」「著しい非行」の3つ(民法892条)です。いずれも要件のハードルは高く、適用できる場面は限られます。

遺言書への記載

家族信託契約の趣旨や財産承継の意図を遺言に記載しておくことで、相続人に意思を伝えることはできます。

しかし、遺言書の記載は法的には「遺留分放棄の依頼」にとどまり、遺留分請求を直接排除する効力はありません。単独では実効性に限界があります。

養子縁組

受益権の承継先となる家族の子供と養子縁組を行うと法定相続人の数が増え、他の相続人1人あたりの遺留分割合を引き下げることができます。

ただし、配偶者の遺留分割合は変わらず、遺留分をゼロにすることもできません。

生前贈与

遺留分算定の基礎財産に算入される生前贈与の範囲は、贈与の相手によって異なります。

相続人以外への贈与は原則として死亡前1年以内のものが算入対象です(民法1044条1項)。

相続人への贈与については、「婚姻・養子縁組のため、または生計の資本として受けた贈与」すなわち特別受益に該当するものに限り、死亡前10年以内のものが算入対象となります(同条3項)。単なる小遣いや日常的な援助は特別受益に当たらないため対象外です。

なお、双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与は、上記の期間制限なく算入されます(同条1項但書)。贈与税の課税にも注意が必要です。

生命保険

前述したように、死亡保険金は原則として遺留分算定の基礎財産に含まれません(最高裁平成16年10月29日判決)。ただし同判決は、「保険金受取人とその他の相続人との間で生じる不公平が著しい場合には特別受益に準じて持ち戻しの対象となる」との留保も付しています。したがって、他の相続人との均衡を失するような家族信託の設計は避けなければなりません。

遺留分対策を比較する表を作成したので参考にしてください。

対策 効果 注意点
遺留分放棄 請求権を完全に排除 家裁許可が必要・本人の意思が不可欠
相続排除 相続権・遺留分を剥奪 廃除事由のハードルが高い
遺言書への記載 意思表明として機能 単独では法的拘束力なし
養子縁組 遺留分割合を引き下げ 配偶者の遺留分は不変
生前贈与 基礎財産を縮小 特別受益に限定・贈与税に注意
生命保険 遺留分算定外の財産形成 著しく不均衡な場合は持ち戻しリスク

家族信託と遺留分のまとめ

家族信託の受益権はみなし相続財産ですが、それをもって遺留分請求を免れるとは言い切れません。一次相続の局面では遺留分侵害額請求を受けるリスクがあり、遺留分潜脱を目的とした家族信託は公序良俗違反として無効となる可能性があります。

最高裁判決がない領域である以上、今後の裁判例の蓄積によって法的基準は変わる可能性があります。家族信託の設計にあたっては、公序良俗違反を避けることはもちろん、効果的な遺留分対策を組み合わせることが必要です。この判断には高度な専門知識が不可欠ですので、相続問題に詳しい弁護士等に相談することをおすすめします。