株式を承継しなかった相続人が遺留分の算定のために会社の資料を入手する方法

▶ 会社が決算書類を見せてくれない場合に相続人が採り得る手段
父の遺言で、会社の株式はすべて兄が相続しました。遺留分を請求したいのですが、会社の決算書を見たことがなく、株式にどのくらいの価値があるのか分かりません。兄は「株価は安い」と言うだけで、資料を見せてくれません。当事務所には、このようなご相談が寄せられています。
遺留分侵害額は、相続開始の時の株式の時価によって大きく変わります。ところが、遺言や生前贈与で株式を承継しなかった相続人は、会社の株主ではないため、会社法が株主に認める閲覧の請求を使えないことがあります。資料の入手が、遺留分侵害額の請求の最初の関門です。
結論から申し上げます。株主ではない相続人でも、登記や公告など誰でも入手できる資料、相続税の申告に関する資料、税務署への開示の請求、調停や訴訟の中での文書の取寄せを組み合わせれば、株式の評価に必要な資料に近づくことができます。まず手元で入手できるものから集め、足りない部分を手続の中で求めるのが効率的な順序です。以下、順を追ってご説明します。
株式の評価に必要な資料
非上場株式の時価を検討するには、少なくとも直近3期分の決算書(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、個別注記表)と勘定科目内訳書、法人税の申告書が必要です。会社が保有する不動産の時価、保険契約の解約返戻金、関係会社の株式の内容も、純資産の評価に影響します。
誰でも入手できる資料
登記事項証明書
会社の履歴事項全部証明書は、法務局で誰でも取得できます。資本金、発行可能株式総数、発行済株式の総数、株式の譲渡制限の定め、役員の変更の経過が分かります。会社が所有する不動産の登記事項証明書も誰でも取得でき、所在、面積、担保権の設定状況が分かります。
決算公告
株式会社は、定時株主総会の終結後遅滞なく、貸借対照表(大会社は損益計算書も)を公告しなければなりません(会社法第440条第1項)。官報や会社のウェブサイトで公告していれば、誰でも確認できます。公告をしていない会社も少なくありませんが、まず確かめる価値があります。
相続人の立場で入手できる資料
相続税の申告書
相続人が共同で相続税の申告をした場合は、申告書の控えと、取引相場のない株式(出資)の評価明細書が手元にあるはずです。評価明細書には、会社の純資産や利益の金額が記載されており、時価を検討する出発点になります。ただし、評価明細書の金額は相続税評価額であり、遺留分の算定に用いる時価とは別のものです。
税務署への開示の請求
相続人は、相続税の申告等のため、被相続人から他の相続人等が受けた贈与のうち、相続時精算課税の適用を受けたものや、相続税の課税価格に加算される期間内のものについて、贈与税の課税価格の合計額の開示を税務署長に請求できます(相続税法第49条第1項)。生前に後継者へ株式が贈与されていた場合、その規模を把握する手がかりになります。
被相続人の個人の資料
被相続人の預金の取引履歴は、相続人であれば金融機関に開示を求めることができます。会社からの役員報酬の振込みや、会社との間の資金の移動から、会社の状況や、被相続人の会社への貸付金の存在が分かることがあります。
株主である場合に使える請求
遺言の対象が株式の一部にとどまり、残りの株式を相続人全員で相続した場合などは、相続人が株主の立場を持っていることがあります。株主は、計算書類等の閲覧又は謄写を請求でき(会社法第442条第3項)、総株主の議決権の100分の3以上を有する株主は、会計帳簿の閲覧又は謄写を請求できます(会社法第433条第1項)。株主として資料を求める方法は、会社が決算書類を見せてくれない場合に相続人が採り得る手段でご説明しています。
会社が決算書類や会計帳簿を見せず、株式の価値が分からずお困りの方は、次のページを御覧ください。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
交渉と手続の中で資料を求める
相手方への開示の要求
遺留分侵害額の請求の意思表示と併せて、株式を承継した相続人に対し、決算書3期分、勘定科目内訳書、法人税の申告書、固定資産の明細の開示を書面で求めます。相手方が後継者として会社を経営していれば、資料は容易に用意できるはずです。開示に応じない態度は、調停や訴訟での相手方の主張の信用性の評価にも影響します。
調停の中での資料の提出
遺留分侵害額の請求は、まず家庭裁判所の調停を申し立てるのが原則です(家事事件手続法第257条第1項、第244条)。調停では、調停委員を通じて相手方に資料の提出を促すことができます。
訴訟での文書の取寄せ
訴訟では、裁判所を通じた文書送付の嘱託(民事訴訟法第226条)、調査の嘱託(民事訴訟法第186条)、文書提出命令の申立て(民事訴訟法第220条、第221条)により、会社や相手方が持つ文書の提出を求めることができます。会社の決算書や法人税の申告書は、文書提出命令の対象となるかが争われることがありますが、株式の評価が争点となる事案では、提出を求める必要性を具体的に示します。
鑑定
当事者の主張する株価が大きく食い違う場合は、裁判所が選任する鑑定人による株式の評価が行われることがあります。鑑定の費用は高額になることがありますので、資料を集めた段階で、費用と見込まれる効果を比べて判断します。
いま確認していただきたいこと
- 会社の履歴事項全部証明書と、会社所有の不動産の登記事項証明書
- 官報又は会社のウェブサイトの決算公告の有無
- 相続税の申告書の控えと、取引相場のない株式(出資)の評価明細書
- 生前の株式の贈与の有無(相続税法第49条第1項の開示の請求を検討)
- ご自身が会社の株式を一部でも相続しているか
よくあるご質問
株式を相続しなかった私は、会社に決算書を見せるよう請求できますか。
会社法上の閲覧の請求は株主に認められるものですので、株主でない場合は使えません。登記や公告、相続税の申告書、税務署への開示の請求、調停や訴訟での文書の取寄せを組み合わせて資料を集めます。
相続税の申告書の株価は、遺留分の計算にそのまま使えますか。
使えません。申告書の株価は財産評価基本通達による相続税評価額であり、遺留分の算定に用いる相続開始の時の時価とは別のものです。ただし、会社の純資産や利益の金額を知る出発点にはなります。
兄が株式の生前贈与を受けていたか、確かめる方法はありますか。
税務署長に対し、相続時精算課税の適用を受けた贈与等の課税価格の合計額の開示を請求できます(相続税法第49条第1項)。株主名簿の記載の変化や、会社の登記の経過も手がかりになります。
資料がそろうまで、遺留分の請求を待ってもよいですか。
待つべきではありません。遺留分侵害額の請求権は、相続の開始と遺留分を侵害する遺贈等を知った時から1年で時効により消滅します(民法第1048条)。請求の意思表示には金額の特定までは要しないと解されていますので、先に意思表示をし、資料は後から集めます。
裁判所で株価を決めてもらうことはできますか。
訴訟では、裁判所が選任する鑑定人による株式の評価が行われることがあります。鑑定の費用の負担も含めて、資料の内容を見て判断します。
出典
- 民法(明治29年法律第89号)第1048条
- 会社法(平成17年法律第86号)第433条第1項、第440条第1項、第442条第3項
- 相続税法(昭和25年法律第73号)第49条第1項
- 家事事件手続法(平成23年法律第52号)第244条、第257条第1項
- 民事訴訟法(平成8年法律第109号)第186条、第220条、第221条、第226条
- e-Gov法令検索(デジタル庁) 法令の条文の確認に用いています。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)は、非上場株式の相続に注力し、遺留分侵害額の請求に必要な会社の資料の収集、株式の評価の主張、調停及び訴訟まで、ご依頼者の代理人としてご相談をお受けしています。同一の案件について、利害の対立する双方を代理することはありません。
株式の遺留分でお困りの方は、株式の遺留分をめぐるトラブルに関するご案内のページをご覧ください。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、遺言書の写し、相続税の申告書の控え(株式の評価明細書を含む)、会社の履歴事項全部証明書、被相続人の預金の取引履歴をご用意いただけば、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。なお、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。
本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
この記事の位置付け
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