会社が決算書類を見せてくれない場合に相続人が採り得る手段

父が経営していた会社の株式を相続いたしました。相続税の申告のために株価を算定する必要がありますが、会社は決算書類を見せてくれません。会社を引き継いだ兄弟に何度連絡しても、「株主でもないのに見せる必要はない」「税理士に任せてある」と言われるばかりです。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。

先に結論を申し上げます。株主及び債権者は、会社の営業時間内はいつでも、計算書類等の閲覧又は謄本の交付を請求することができます(会社法第442条第3項)。この請求について、会計帳簿の閲覧等の請求(会社法第433条第2項)のような法定の拒絶の事由は定められておりません。したがって、株主であることが確認されれば、会社はこの請求を拒む正当な理由を有しないのが原則です。実務上の障害は、多くの場合、「株主として扱われていない」という点にあります。本記事では、相続人の立場から、この障害を越えるための順序を整理いたします。

目次

第1節 まず株主としての地位を確保いたします

1 名義書換が済んでいるかを確認いたします

株式の譲渡は、その株式を取得した者の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載し、又は記録しなければ、会社に対抗することができません(会社法第130条第1項)。相続の場合も、株主名簿の記載が実務上の出発点となります。

会社が「あなたは株主ではない」と述べる場合、その多くは、株主名簿の名義がなお被相続人のままであることを理由といたします。

2 一般承継人は単独で名義書換を請求できます

株主名簿記載事項の記載又は記録の請求は、原則として、株主名簿上の株主又はその相続人その他の一般承継人と共同してしなければならないとされております(会社法第133条第2項)。ただし、利害関係人の利益を害するおそれがないものとして法務省令で定める場合には、単独で請求することができるものとされており、相続その他の一般承継により株式を取得した場合は、これに含まれます。

したがって、相続人は、相続を証する書面を添えて、単独で名義書換を請求することができます。

3 添付する書面

一般に、次のような書面を添えて請求いたします。

  • 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本等
  • 相続人であることが分かる戸籍謄本等
  • 遺産分割協議書又は遺言書(分割が済んでいる場合)
  • 法定相続情報一覧図の写し

4 遺産分割が済んでいない場合

遺産分割が未了の間、株式は相続人の準共有に属します。株式が2人以上の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使する者1人を定め、会社に対しその者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができません(会社法第106条本文)。ただし、会社が当該権利の行使に同意した場合は、この限りでないとされております(同条ただし書)。

したがって、遺産分割が済んでいない場合には、まず相続人の間で権利行使者を定め、会社に通知することが必要となります。権利行使者の指定について相続人の間で意見が分かれ、そのために計算書類の閲覧すら進められないという事態が、実務上、しばしば生じます。

第2節 計算書類等の閲覧謄本交付の請求

1 根拠

株主及び債権者は、会社の営業時間内は、いつでも、計算書類等について、閲覧の請求、謄本又は抄本の交付の請求等をすることができます(会社法第442条第3項)。会社が定めた費用を支払うことが必要となる場合があります。

2 対象となる書類

株式会社は、各事業年度に係る計算書類(貸借対照表、損益計算書その他株式会社の財産及び損益の状況を示すために必要かつ適当なものとして法務省令で定めるもの)及び事業報告並びにこれらの附属明細書を作成しなければならないとされております(会社法第435条第2項)。これらが計算書類等として、閲覧等の対象となります。

3 備置きの期間

会社は、計算書類等を、定時株主総会の日の1週間前(取締役会設置会社にあっては2週間前)の日から5年間、本店に備え置かなければならないとされております(会社法第442条第1項)。支店には、その写しを3年間備え置くこととされております(同条第2項)。

すなわち、5年より前の計算書類については、備置きの義務の対象外となっている可能性があります。もっとも、会社は、計算書類を作成した時から10年間、これを保存しなければならないとされております(会社法第435条第4項)。

4 拒絶の事由がないこと

会社法第442条第3項は、株主及び債権者による請求について、拒絶の事由を定めておりません。この点が、会計帳簿の閲覧等の請求(会社法第433条第2項に5つの拒絶の事由が定められております)との大きな違いです。

したがって、会社が「競業者だから」「目的が不当だから」といった理由で計算書類等の閲覧を拒むことは、制度の理解として正確ではありません。

第3節 会社が応じない場合

1 書面による請求

まず、書面により請求を行います。請求の日、内容、送付の方法を記録に残します。内容証明郵便によることが有用です。

2 過料の定め

計算書類等の備置きを怠り、又は正当な理由がないのに閲覧等を拒んだ場合には、過料に処せられることがあります(会社法第976条)。この点を指摘することにより、会社が対応を改めることがあります。

3 訴訟又は仮処分

会社が応じない場合には、計算書類等の閲覧謄写等を求める訴えを提起し、又は仮の地位を定める仮処分(民事保全法第23条第2項)を申し立てることを検討いたします。相続税の申告期限が迫っているといった事情は、保全の必要性を基礎付ける事情となり得ます。

第4節 他の手段

手段 要件 得られるもの 根拠条文
定款の閲覧謄本交付の請求 株主又は債権者 会社の基本的な事項 会社法第31条第2項
株主名簿の閲覧謄写の請求 請求の理由を明らかにして 株主構成 会社法第125条第2項
株主総会の議事録の閲覧謄写の請求 株主又は債権者 決議の内容、役員報酬の総額等 会社法第318条第4項
取締役会の議事録の閲覧謄写の請求 権利の行使のため必要があるとき(監査役設置会社等では裁判所の許可) 業務執行の内容 会社法第371条第2項・第3項
会計帳簿等の閲覧謄写の請求 100分の3以上、請求の理由を明らかにして 詳細な会計の情報 会社法第433条第1項
業務の執行に関する検査役の選任の申立て 100分の3以上、不正の行為等を疑うべき事由があるとき 裁判所が選任した検査役による調査 会社法第358条第1項
決算公告の確認 誰でも 貸借対照表又はその要旨 会社法第440条
登記事項証明書の取得 誰でも 資本金の額、役員、発行済株式の総数等 商業登記に関する規律

1 決算公告

株式会社は、定時株主総会の終結後遅滞なく、貸借対照表(大会社にあっては貸借対照表及び損益計算書)を公告しなければならないとされております(会社法第440条第1項)。公告の方法が官報又は日刊新聞紙である会社は、貸借対照表の要旨を公告することで足りるものとされております(同条第2項)。

もっとも、中小の会社においては決算公告が行われていない例が少なくありません。公告がされていない場合、その事実自体が、会社の対応を検討する上での資料となります。

2 業務の執行に関する検査役

会社の業務の執行に関し、不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があることを疑うに足りる事由があるときは、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主又は発行済株式の100分の3以上の数の株式を有する株主は、当該会社の業務及び財産の状況を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任の申立てをすることができます(会社法第358条第1項)。

要件が厳格ですが、認められれば、裁判所が選任した検査役が会社の内部を調査いたします。

3 被相続人の側に残された資料

会社が開示しない場合であっても、被相続人の手元に資料が残されていることがあります。確定申告書の控え、金融機関に提出した資料、株主総会の招集の通知、配当金の支払通知書、税理士とのやり取りの記録等です。被相続人の預金口座の取引の履歴からも、役員報酬や配当の水準を推認し得ることがあります。

第5節 手続の順序

段階 内容
第1 相続人の範囲及び遺産分割の状況を確認いたします
第2 名義書換を請求いたします(遺産分割が未了の場合は権利行使者を定めます)
第3 定款、株主名簿、株主総会の議事録、計算書類等の閲覧謄本交付を請求いたします
第4 会社が応じない場合、書面により再度請求いたします
第5 100分の3以上を保有する場合、会計帳簿等の閲覧謄写を請求いたします
第6 訴訟又は仮処分を検討いたします
第7 必要に応じ、検査役の選任の申立てを検討いたします

具体的な進め方は、株主構成、遺産分割の状況、相続税の申告期限までの残りの期間、他の相続人との関係等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本ページでは詳細を開示しておりません。

第6節 確認すべき期限と資料

1 期限

事項 期限 根拠条文
相続税の申告 相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月 相続税法第27条第1項
計算書類等の備置き(本店) 定時株主総会の日の1週間前(取締役会設置会社は2週間前)から5年間 会社法第442条第1項
計算書類等の保存 作成した時から10年間 会社法第435条第4項
株主総会の議事録の備置き 株主総会の日から10年間 会社法第318条第2項
会計帳簿等の保存 会計帳簿の閉鎖の時から10年間 会社法第432条第2項
遺留分侵害額の請求 相続の開始及び侵害の事実を知った時から1年 民法第1048条

2 お手元でご確認いただきたい資料

  • 被相続人の死亡及び相続人が分かる戸籍関係の書類
  • 遺言書、遺産分割協議書
  • 会社から届いた書面(招集の通知、配当金の支払通知書等)
  • 被相続人の確定申告書の控え
  • 被相続人の預金口座の取引の履歴
  • 会社の登記事項証明書
  • 官報又は日刊新聞紙における決算公告

第7節 弁護士にご相談いただく意味

このご相談で結論を左右するのは、法律論よりも順序です。株主として扱われていない状態のまま閲覧を請求しても、会社は「株主名簿に記載がない」という一点で拒み続けます。まず名義書換を実現し、株主としての地位を明確にすることが、すべての出発点となります。

また、相続税の申告期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月とされております(相続税法第27条第1項)。この期限は、会社が資料を開示しないことを理由に延びるものではありません。したがって、限られた期間の中で、名義書換、閲覧の請求、必要に応じた裁判上の手続を並行して進める必要があります。順番に行っていたのでは間に合わないことが多いところです。

さらに、この問題は株式だけで完結いたしません。遺産分割、遺留分侵害額の請求(民法第1046条第1項)、被相続人が会社に対して有していた貸付金、会社が使用している不動産、役員退職慰労金といった事項が同時に問題となります。当事務所は、相続人及び株主の側のお立場でこの類型の案件を取り扱っており、会社の側と相続人の側の双方を代理することはありません。

よくあるご質問

質問1 「株主名簿に載っていないから見せられない」と言われました。

相続その他の一般承継により株式を取得した者は、単独で株主名簿記載事項の記載又は記録を請求することができるものとされております(会社法第133条第2項及びこれに関する法務省令)。まず名義書換を請求し、株主としての地位を明確にすることが出発点となります。

質問2 遺産分割がまだ終わっていません。

遺産分割が未了の間、株式は相続人の準共有に属します。共有者は、権利を行使する者1人を定め、会社に通知しなければ権利を行使することができません(会社法第106条本文)。ただし、会社が同意した場合はこの限りでないとされております(同条ただし書)。

質問3 会社は「税理士に聞いてくれ」と言うばかりです。

会社の税理士は、会社から委任を受けている立場にあり、相続人に対して資料を開示する義務を負うものではありません。請求は会社に対して行い、書面により記録を残すことになります。

質問4 計算書類の閲覧を拒む正当な理由はありますか。

会社法第442条第3項は、株主及び債権者による計算書類等の閲覧等の請求について、拒絶の事由を定めておりません。会計帳簿の閲覧等の請求(会社法第433条第2項)とは制度が異なります。正当な理由がないのに閲覧等を拒んだ場合には、過料に処せられることがあります(会社法第976条)。

質問5 5年より前の決算書類も見られますか。

計算書類等の備置きの義務は、定時株主総会の日の1週間前(取締役会設置会社にあっては2週間前)から5年間とされております(会社法第442条第1項)。もっとも、会社は計算書類を作成した時から10年間保存しなければならないとされておりますので(会社法第435条第4項)、保存されている書類の開示を求めることが考えられます。

本記事の根拠条文

会社法

  • 第31条第2項(定款の閲覧等)
  • 第106条(共有者による権利の行使)
  • 第125条第2項(株主名簿の閲覧等)
  • 第130条第1項(株式の譲渡の対抗要件)
  • 第133条第2項(株主名簿記載事項の記載等の請求)
  • 第318条第2項・第4項(株主総会の議事録)
  • 第358条第1項(業務の執行に関する検査役の選任)
  • 第371条第2項・第3項(取締役会の議事録)
  • 第432条第2項(会計帳簿等の保存)
  • 第433条第1項・第2項(会計帳簿の閲覧等の請求及び拒絶事由)
  • 第435条第2項・第4項(計算書類等の作成及び保存)
  • 第440条第1項・第2項(貸借対照表等の公告)
  • 第442条第1項から第3項まで(計算書類等の備置き及び閲覧等)
  • 第976条(過料に処すべき行為)

民事保全法 第23条第2項(仮の地位を定める仮処分命令)

民法 第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)、第1048条(期間の制限)

相続税法 第27条第1項(相続税の申告書の提出期限)

内部リンク

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既存記事 /archives/unlisted-stock-inheritance-guide/(非上場株式の相続のトラブル)、/archives/share_sozokudemerit/(非上場株式の相続と相続税)

送客先ランディングページ /sharesozoku_kessansho_kaiji/(会社が決算書類を見せてくれず株価も相続税額も分からずお困りの方へ)

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