相続した株式の評価を弁護士に依頼して争うとき 相続税評価額と遺産分割の価格は違います
遺産分割の話合いの席で、他の相続人から「税理士に計算してもらった相続税評価額はこの金額だから、あなたの取り分はこれだけになる」と言われ、示された金額に納得がいかないままでいる。本記事は、そのような状況に置かれた相続人の方に向けたものです。遺産の中心が同族会社の非上場株式であり、会社の経営を担っているのは相手方である、という場面を想定しています。
「相続税評価額」という言葉には、公的な数字であるかのような響きがあります。国が定めた計算方法によって出た金額なのだから、これ以上でも以下でもない。相手方はそのように説明しますし、御自身もそう受け止めておられるかもしれません。しかし、それは正確ではありません。
結論から申し上げます。相続税を計算するための価格と、遺産分割で相続人の取り分を決めるための価格とは、目的が異なるため、金額も一致しません。そして、遺産分割において相続税評価額を用いなければならないという法律上の決まりは存在しません。この一点を争えるかどうかで、手にする金額は大きく変わります。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
弁護士への依頼という同じ主題であっても、判断の分かれ目となる論点は場面ごとに異なりますので、次のとおり整理しています。
- 株式の評価額そのものを争う場面で、弁護士が何をするのか……本記事
- 相続によって少数株主となった立場から、会社と他の相続人の双方に向き合う場面……相続で少数株主となった方が弁護士に依頼するとき 会社と他の相続人の双方に向き合う手順
同じ株式に、目的の異なる複数の価格があります
相続税の申告のための価格
相続税の申告に用いる価格は、財産評価基本通達に従って算定されます。取引相場のない株式については、会社の規模に応じて類似業種比準方式、純資産価額方式、又はその併用によることとされ、支配権を有しない少数株主については配当還元方式によることとされています。これは課税のための計算です。大量の申告を画一的に処理するために、あらかじめ計算方法を定めておくという趣旨のものです。
遺産分割のための価格
遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをするものとされています(民法第906条)。ここには、財産評価基本通達に従えという定めはありません。分割の場面で問われているのは、その株式が相続人にとってどれだけの価値を持つかであって、課税庁がいくらと計算したかではありません。
会社法上の「売買価格」
さらに、会社に株式を買い取ってもらう場面では、また別の価格が問題となります。裁判所が売買価格を決定する場合、譲渡等承認請求の時における会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならないとされています(会社法第144条第3項)。同じ株式について、課税、分割、売買という3つの局面があり、それぞれ異なる価格が観念されるということです。
通達は裁判所を拘束しません
財産評価基本通達は、国税庁長官が国税局長等に対して発した通達です。行政機関の長が所掌事務について発する通達は、その機関の職員に対する内部的な指示であって(国家行政組織法第14条第2項)、裁判所の判断を拘束するものではありません。「通達に書いてある」ことは、遺産分割の場面では決定的な理由になりません。
「相続税の申告ではこの金額で出したではないか」と言われたとき
申告と分割は目的が異なりますから、矛盾ではありません
相手方は、しばしばこの点を突いてきます。しかし、相続税の申告は課税庁に対する行為であり、遺産分割は相続人相互の間の行為です。前者では通達に従って画一的に計算し、後者では実際の価値に即して主張する。目的が異なる以上、これは矛盾ではありません。御自身が申告書に押印していたとしても、そのことによって分割における評価額に合意したことにはなりません。
それでも、申告の内容は事実上の出発点にされます
とはいえ、実際の協議では、先に出された申告書の数字が議論の土台にされてしまいます。特に、相手方が選任した税理士が申告を主導した場合、相続人の側は数字の作られ方を知らないまま、結論だけを示されることになります。反論するには、その計算の中身を確認するほかありません。
分割が終わらないまま申告期限が来る場合
相続税の申告書は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に提出しなければなりません(相続税法第27条第1項)。分割が調わないまま期限が到来した場合、分割されていない財産については、各共同相続人が民法の規定による相続分の割合に従って取得したものとして課税価格を計算します(相続税法第55条)。分割の内容が後に確定した場合の是正の手続については、期限も要件も定められていますので、税理士と連携して進めます(詳細は要確認)。
弁護士に依頼して評価を争うとき、実際に何をするのか
第1に、評価の前提となる資料を取りにいきます
評価を争うといっても、資料がなければ主張は組み立てられません。株主及び債権者は、株式会社の営業時間内はいつでも、計算書類等の閲覧又は謄本若しくは抄本の交付を請求することができます(会社法第442条第3項)。これは1株でも行使できます。さらに、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主等は、理由を明らかにして、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求することができます(会社法第433条第1項)。株主名簿についても閲覧又は謄写を請求できます(会社法第125条第2項)。
第2に、どこに評価の歪みがあるかを特定します
資料が揃ったら、通達による評価額が実態から乖離している箇所を探します。土地の含み益が反映されていない、有価証券の評価が簿価のままである、役員報酬が過大に計上され利益が圧縮されている、といった点です。「高いはずだ」という感覚を、資料に基づく個別の指摘に翻訳する作業が、依頼を受けた弁護士の中心的な仕事です。
第3に、私的鑑定を提出するかどうかを判断します
公認会計士等に依頼して評価書を作成してもらい、これを協議や調停に提出する方法があります。費用は御自身の負担となりますが、相手方の提示額との差額が大きい事案では、費用を上回る効果が見込まれます。逆に、差額が小さい事案では見合いません。この見極めを最初に行います。
第4に、家庭裁判所の手続に進むかどうかを判断します
協議が調わないときは、各共同相続人は、遺産の全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができます(民法第907条第2項)。調停又は審判の手続では、当事者が費用を予納したうえで、裁判所が選任した鑑定人による鑑定が行われることがあります。裁判所の選任した鑑定人による評価は、当事者双方に対して重い意味を持ちます。
どの評価方式を主張するか、いつの時点を基準とするか
純資産価額方式
会社の資産から負債を差し引いた純資産額を基礎とする方法です。含み益のある不動産や有価証券を保有する会社では、この方式によると金額が大きくなります。相続人の側から評価額の引上げを主張する場合、まず検討する方式です。
配当還元方式と、少数株主であることの扱い
配当還元方式は、受け取る配当金額を基礎として算定する方法です。配当を行っていない会社であれば、算定される金額は極めて低くなります。相手方が最も用いたがるのがこの方式です。しかし、遺産分割は相続人間で遺産の価値を分け合う手続であって、少数株主であるという理由だけで取り分を圧縮してよいのかは、当然に議論の対象となります。
収益還元方式とディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法
将来生み出す利益又は資金の流れを基礎として算定する方法です。利益を安定して計上している会社では、通達による評価額を上回ることがあります。もっとも、将来の予測を前提とするため、前提の置き方によって金額が動きます。会社の側は、この点を捉えて信用性を争ってきます。
遺産分割における評価の基準時
遺産分割における遺産の評価は、一般に、分割の時(審判の場合は審判の時)を基準とすると解されています。相続の開始から時間が経過している事案では、その間の業績の変動が評価に反映されることになります。相続開始時の数字だけを見て判断してはなりません。
遺留分侵害額請求における評価の基準時
これに対し、遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とされています(民法第1043条第1項)。すなわち相続開始の時が基準です。遺言があり遺留分侵害額請求による事案と、遺産分割による事案とでは、そもそも見るべき時点が違います。
国税庁においても、評価の方法の見直しが議論されています
有識者会議の開催
国税庁は、令和8年(2026年)4月20日から「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を開催し、昭和39年(1964年)に公表された財産評価基本通達の抜本的な見直しを検討しています。60年以上にわたり基本的な枠組みが維持されてきたことについて、課税庁の側から検討が始められたということです。
第1回で示された数値
第1回の資料では、類似業種比準価額の中央値は純資産価額の中央値の26パーセントから27パーセント程度であること、類似業種比準価額が純資産価額の0.5倍未満である会社が77.6パーセントに上ること、評価対象会社の82.4パーセントが直前2期に配当をまったく支払っていないことが示されています(国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第1回)」資料(令和8年4月20日))。
第5回で示された方向性
第5回では、類似業種比準方式を存置することは困難ではないかとされ、会社規模による区分を廃止してインカムアプローチによる評価を主軸とすべきとの方向性が示されています(国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第5回)」資料(令和8年8月20日))。ただし、内容も時期も確定したものではありません。
この議論を、どう用いるか
これらは税法上の評価に関する議論であり、遺産分割における評価を直接に定めるものではありません。しかし、「通達による金額こそが正しい金額である」という前提が、課税庁の側においてすら自明とされていないことを示す材料にはなります。相手方が通達の権威に依拠して交渉している場合、その前提を揺るがす意味を持ちます。
なぜ、相手方は相続税評価額に固執するのか
第1に、金額を低く固定できるからです
会社を承継する側にとって、株式の評価額が低いことは、代償金の負担が軽くなることを意味します。純資産価額方式によれば数千万円になる株式が、配当還元方式によれば数十万円と算定されることもあります。この差額がそのまま相手方の利益になります。
第2に、根拠が外部にあるように見えるからです
「私が決めた金額ではない、国の定めた方法で計算した金額だ」という説明は、相手方にとって都合のよい言い方です。自分の主張ではなく客観的な基準であるかのように装うことで、交渉の余地がないという印象を作り出せます。この構図に気付かなければ、争う発想そのものが生まれません。
第3に、争えば時間がかかることを知っているからです
評価を争えば、資料の収集、鑑定、調停と、相応の時間を要します。その間、会社を支配しているのは相手方です。役員報酬を受け取り続けるのも相手方です。時間の経過による不利益は、こちらの側にしか生じません。相手方が話合いを急がないのは、この構造を理解しているからです。
評価を争う時間は、いつまで残っているのか
相続の開始から10年という期限
相続開始の時から10年を経過した後にする遺産の分割については、特別受益及び寄与分に関する規定が適用されません(民法第904条の3本文)。ただし、10年を経過する前に相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたときは、この限りではありません(同条第1号)。相続の開始が令和8年6月15日である場合、令和18年6月15日までに家庭裁判所へ請求しておく必要があります。
相続税の申告期限は待ってくれません
評価を争っている間にも、申告期限である10か月は進みます。相続の開始が令和8年6月15日であれば、申告及び納付の期限は令和9年4月15日です。分割協議と申告は、並行して進めなければなりません。
資料の請求は、早いほど有利です
計算書類の備置きには期間の定めがあり、時間が経つほど過去の資料は取りにくくなります。また、争いが表面化した後では、会社の側が身構えて開示に応じなくなります。資料の請求は、交渉が本格化する前に行うことが望ましいと考えます。
いま確認していただきたいこと
本日のうちに、次の点を確認していただくことをお勧めします。
- 相手方から示された金額が、どの評価方式によるものかを確認してください。配当還元方式によるものであれば、金額が大きく動く余地があります。
- 相続税の申告書の写しが手元にあるかどうかを確認してください。ない場合は、相手方又は税理士に対して交付を求めてください。
- 会社の直近3期分の計算書類が手元にあるかどうかを確認してください。ない場合は、会社法第442条第3項に基づく請求から始めます。
- 会社が保有する不動産や有価証券の有無を確認してください。含み益があれば、純資産価額方式による主張の材料になります。
- 遺産分割協議書に押印していないかを確認してください。まだであれば、争う余地は十分に残っています。
押印を求められている段階であれば、その前に一度御相談ください。当事務所では、初回の御相談は無料で承っております。
よくあるご質問
相続税の申告で低い評価額を用いたのに、分割で高い金額を主張してよいのですか
差し支えありません。課税のための計算と、相続人間で価値を分け合うための評価とは、目的が異なるからです。ただし、相手方は必ずこの点を突いてきますので、両者の性質の違いを整理したうえで主張を組み立てる必要があります。
評価を争うと、費用のほうが高くついてしまいませんか
その懸念はもっともです。だからこそ、まず資料を確認し、相手方の提示額と主張し得る金額との差がどの程度あるかを見積もります。差が小さければ、早期に合意する方が合理的です。争うかどうかは、その見積りを踏まえて決めていただきます。
会社が計算書類を見せてくれません
株主であれば、営業時間内はいつでも計算書類等の閲覧又は謄本の交付を請求することができます(会社法第442条第3項)。任意に応じない場合には、裁判上の請求によることになります。なお、遺産分割が終わっていない段階では、権利行使者の指定という前提の問題が生じます(会社法第106条本文)。
相手方の税理士が計算した金額です。専門家の計算なら正しいのではないですか
その計算は、相続税の申告のために通達に従って行われたものであり、その目的の範囲では正確です。しかし、遺産分割における価値を算定したものではありません。目的の違う計算を、そのまま別の目的に流用してよいかという問題です。
おわりに
評価額を争うという作業は、地味で、時間がかかります。資料を集め、数字を検討し、方式ごとの金額を並べ、相手方の主張の弱点を探す。派手なところは何もありません。しかし、この作業をしたかどうかで、最終的に手にする金額は何倍にもなり得ます。
相手方が示した金額に納得がいかないのであれば、その感覚は多くの場合、正しいものです。必要なのは、その感覚を資料と法律の言葉に置き換えることです。それは弁護士の仕事です。まずはお電話でお話をお聞かせください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
相続した株式の評価額に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜・日曜・祝日を含みます)
出典
- 民法第904条の3本文、第1号(相続開始の時から10年)
- 民法第906条(遺産の分割の基準)、第907条第2項(遺産の分割の審判)
- 民法第1043条第1項(遺留分を算定するための財産の価額)
- 会社法第106条本文(共有者による権利の行使)
- 会社法第125条第2項(株主名簿の閲覧謄写請求)
- 会社法第144条第3項(売買価格の決定における考慮事項)
- 会社法第433条第1項(会計帳簿の閲覧謄写請求)
- 会社法第442条第3項(計算書類等の閲覧謄本交付請求)
- 相続税法第27条第1項(申告期限 10か月)、第55条(未分割遺産に対する課税)
- 国家行政組織法第14条第2項(訓令及び通達)
- 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第1回)」資料(令和8年4月20日)
- 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第5回)」資料(令和8年8月20日)
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