事業を承継した後継者が会社を売却しようとしている場合
父の死後、兄が事業を承継し、会社を経営しております。私も株式の一部を相続いたしましたが、経営には関与しておりません。ところが最近、兄が仲介会社を通じて会社の売却を進めていると聞きました。私には何の説明もございません。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。
先に結論を申し上げます。採り得る手段は、取引の形式によって大きく異なります。株式の譲渡による場合、少数株主は自らの株式を譲渡する義務を負いませんので、譲渡に応じないという対応が可能でございます。他方、事業の譲渡、合併、会社分割、株式交換等の組織再編による場合には、株主総会の特別決議により手続が進み、反対する株主には株式の買取りを請求する権利が与えられます。そして、この買取請求には、株主総会に先立って反対の旨を通知することを含め、厳格な期間及び要件がございます。したがって、まず取引の形式を把握することが出発点でございます。本記事では、形式ごとの手段と期限を整理いたします。
第1節 まず取引の形式を把握いたします
1 形式により結論が変わります
| 形式 | 少数株主の関与 | 主な手段 |
|---|---|---|
| 株式の譲渡 | 自らの株式については譲渡の可否を選択できます | 譲渡に応じない、価格の交渉 |
| 事業の譲渡 | 株主総会の特別決議により決定されます | 反対株主の株式買取請求(会社法第469条) |
| 合併、会社分割、株式交換 | 株主総会の特別決議により決定されます | 反対株主の株式買取請求(会社法第785条)、差止めの請求 |
| 株式の併合による端数の処理 | 株主総会の特別決議により決定されます | 決議の瑕疵の主張、買取りの請求 |
| 特別支配株主の株式等売渡請求 | 10分の9以上を有する株主が単独で行い得ます | 売買価格の決定の申立て、差止めの請求 |
2 情報を得る手段
取引の形式を知るには、まず会社からの通知を待つことになりますが、通知が来ない段階では、株主としての権利により資料を求めることになります。計算書類等の閲覧又は謄本の交付を請求することができ(会社法第442条第3項)、株主総会の議事録の閲覧又は謄写(会社法第318条第4項)、取締役会の議事録の閲覧又は謄写(会社法第371条第2項。監査役設置会社等においては裁判所の許可を要します。同条第3項)を請求することができます。
持株の割合が要件を満たす場合には、請求の理由を明らかにして、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求することができます(会社法第433条第1項)。ただし、この請求には拒絶の事由が定められております(同条第2項)。
3 登記からの確認
組織再編が行われる場合には、登記がされます。また、目的の変更、商号の変更、本店の移転等が売却の準備として行われることがございます。履歴事項全部証明書を定期的に確認することが有用でございます。
第2節 株式の譲渡による場合
1 譲渡を強制されません
買主が会社の株式の全部の取得を望む場合であっても、少数株主が自らの株式を譲渡する義務を負うものではございません。したがって、応じないという選択が可能でございます。
2 譲渡に応じる場合の価格
応じる場合には、価格の条件を確認いたします。実務においては、支配権を伴う株式と少数の株式とで価格が異なる取扱いがされることがございます。買主が会社の全部の取得を条件としている場合には、少数株主の同意が取引の成否を左右いたしますので、交渉の余地が生じます。
3 譲渡制限の手続
譲渡制限株式を譲渡するには、会社の承認を受けなければならないものとされております(会社法第136条、第137条)。承認は、原則として株主総会(取締役会設置会社にあっては取締役会)の決議によります(会社法第139条第1項)。
4 応じない場合に予想される展開
少数株主が応じない場合、買主又は後継者の側は、株式の併合(会社法第180条)、特別支配株主の株式等売渡請求(会社法第179条)等により、少数株主を整理しようとすることがございます。これらの手続には株主総会の特別決議又は10分の9以上の議決権が必要でございますので、少数株主の持株の割合により、実行の可否が異なります。
第3節 事業の譲渡による場合
1 株主総会の特別決議
会社が事業の全部の譲渡又は事業の重要な一部の譲渡をする場合には、その効力発生日の前日までに、株主総会の決議によって、契約の承認を受けなければならないものとされております(会社法第467条第1項)。この決議は特別決議によるものとされております(会社法第309条第2項)。
2 反対株主の株式買取請求
事業譲渡等をする場合には、反対株主は、会社に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができます(会社法第469条第1項)。
ここでいう反対株主とは、株主総会に先立って当該行為に反対する旨を会社に対し通知し、かつ、当該株主総会において当該行為に反対した株主等をいうものとされております(同条第2項)。すなわち、株主総会で反対するだけでは足りず、事前の通知が必要でございます。この点を見落としますと、買取請求ができなくなります。
3 請求の期間
株式買取請求は、効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日までの間に、その株式買取請求に係る株式の数を明らかにしてしなければならないものとされております(会社法第469条第5項)。
4 価格の決定
株式の価格の決定について、株主と会社との間に協議が調ったときは、会社は、効力発生日から60日以内にその支払をしなければならないものとされております。効力発生日から30日以内に協議が調わないときは、株主又は会社は、その期間の満了の日後30日以内に、裁判所に対し、価格の決定の申立てをすることができるものとされております(会社法第470条)。
第4節 合併、会社分割、株式交換による場合
1 反対株主の株式買取請求
吸収合併等をする場合には、反対株主は、会社に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができます(会社法第785条第1項)。反対株主の意義及び請求の期間については、事業譲渡等の場合と同様の規律が定められております(同条第2項及び第5項)。価格の決定についても、協議及び裁判所に対する申立ての手続が定められております(会社法第786条)。
2 差止めの請求
吸収合併等が法令又は定款に違反する場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、会社に対し、当該吸収合併等をやめることを請求することができるものとされております(会社法第784条の2)。効力が生じる前に、差止めの仮処分を申し立てることになります。
3 無効の訴え
組織再編の効力が生じた後は、その無効を主張するには、会社の組織に関する行為の無効の訴えによることになります(会社法第828条第1項)。この訴えには、効力が生じた日から6か月という提訴の期間が定められております。
第5節 取締役の義務違反を問う手段
1 差止めの請求
取締役が会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、株主は、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができます(会社法第360条第1項)。公開会社でない会社においては、6か月前から引き続き株式を有することを要しないものとされております(同条第2項)。
2 責任追及等の訴え
株主は、会社に対し、書面その他の方法により、取締役の責任を追及する訴えの提起を請求することができます(会社法第847条第1項)。公開会社でない会社においては、6か月前から引き続き株式を有することを要しないものとされております(同条第2項)。会社が請求の日から60日以内に訴えを提起しないときは、当該請求をした株主は、会社のために責任追及等の訴えを提起することができます(同条第3項)。
3 利益相反の観点
後継者が、自らが関与する別の会社に対して事業又は株式を譲渡しようとする場合には、利益相反取引の規律が問題となり得ます。取締役が自己又は第三者のために会社と取引をしようとするときは、株主総会(取締役会設置会社にあっては取締役会)において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならないものとされております(会社法第356条第1項、第365条第1項)。
第6節 相続の局面における主張
1 遺産分割が未了である場合
遺産分割が終わるまでの間、株式は相続人の準共有に属します(民法第898条第1項)。共有者は、権利を行使する者1人を定め、会社に通知しなければ権利を行使することができません(会社法第106条本文)。後継者が権利行使者として指定されている場合であっても、共有者の内部の関係においては、他の共有者の利益に配慮すべき関係が生じ得ます。
2 売却の価格と遺産分割における評価
会社が現に売却されようとしている場合、その取引の価格は、遺産分割における株式の評価を検討する上で有力な資料となり得ます。「株価はゼロに等しい」という説明を受けていた相続人にとって、売却の事実は、その説明と矛盾する事情でございます。
3 遺留分侵害額の請求
後継者が生前贈与又は遺贈により株式を承継している場合には、遺留分侵害額の請求が問題となり得ます(民法第1046条第1項)。この請求権は、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅いたします(民法第1048条)。売却の事実を知った時点で、既に期間が進行していることがございますので、直ちに検討する必要がございます。
第7節 期限の一覧
| 事項 | 期限 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 事業譲渡等に反対する旨の事前の通知 | 株主総会に先立って | 会社法第469条第2項 |
| 事業譲渡等における株式買取請求 | 効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日まで | 会社法第469条第5項 |
| 事業譲渡等における価格の決定の申立て | 効力発生日から30日以内に協議が調わないときは、その期間の満了の日後30日以内 | 会社法第470条 |
| 吸収合併等における株式買取請求 | 効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日まで | 会社法第785条第5項 |
| 組織再編の無効の訴え | 効力が生じた日から6か月 | 会社法第828条第1項 |
| 株主総会の決議の取消しの訴え | 決議の日から3か月 | 会社法第831条第1項 |
| 責任追及等の訴えの提起 | 会社に対する請求の日から60日を経過した後 | 会社法第847条第3項 |
| 遺留分侵害額の請求 | 相続の開始及び侵害の事実を知った時から1年 | 民法第1048条 |
第8節 弁護士にご相談いただく意味
この類型において結論を左右するのは、事前の通知でございます。事業譲渡等及び組織再編における株式買取請求は、株主総会に先立って反対の旨を通知し、かつ株主総会において反対することを要件といたします(会社法第469条第2項、第785条第2項)。株主総会の招集の通知を受け取ってから対応を検討していたのでは、間に合わないことがございます。会社の動きを早期に把握し、あらかじめ準備しておく必要がございます。
また、少数株主に対しては、そもそも招集の通知が遅れて発せられ、又は発せられないという事態が生じ得ます。株主としての地位を明確にし、会社に対して正確な住所を届け出ておくことが、実務上の防御となります。
さらに、この問題は会社法上の手段のみで解決するものではございません。遺産分割の未了、遺留分、生前の株式の移転、役員報酬の偏りといった相続の局面の事情が同時に問題となります。会社法の手続と相続の手続とを並行して進めることが必要でございます。
具体的な進め方は、取引の形式、持株の割合、定款の内容、遺産分割の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してまいりました実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。なお、税務上の取扱いにつきましては税理士にご確認ください。
第9節 後継者の側から想定される説明と、これに対する対応
反対の意向をお伝えいたしますと、後継者の側から一定の説明が示されることが多うございます。あらかじめ想定し、それぞれについて確認すべき資料を把握しておくことが有効でございます。
| 後継者の側から想定される説明 | これに対する対応 | 確認すべき資料 |
|---|---|---|
| これは会社の経営に関する事項でございますので、株主に説明する必要はございません | 取引の形式によっては、株主総会の決議を要します。決議を要する取引であれば、招集の通知に際して議案の内容が示されることになります | 招集の通知、議案の内容を示す書類 |
| 適正な価格で売却いたします | 価格の当否は、その算定の前提により変わります。いかなる方法により、いかなる資料に基づいて算定されたのかをお示しいただくよう求めます | 算定の資料、仲介を行う業者の作成した書面 |
| 買主の意向により、詳細をお伝えすることはできません | 秘密を保持する必要があること自体は理解し得るところでございますが、株主として法令上認められた請求まで当然に妨げられるものではございません | 秘密保持契約書、閲覧又は謄写の請求に対する回答 |
| 反対されましても、決議は成立いたします | 決議が成立することと、反対した株主に認められる権利とは別の事柄でございます。買取りの請求その他の手段の可否を検討いたします | 株主名簿、議決権の分布を示す資料 |
| 会社の存続のためにやむを得ない選択でございます | 経営上の判断としての当否と、手続の適法性及び価格の当否とは、区別して検討されるべきものでございます | 計算書類、事業計画書、金融機関との交渉の経過を示す資料 |
| 既に契約を締結しておりますので、今更変更できません | 契約が締結されていることは、手続上の瑕疵を治癒するものではございません。効力が生ずる日の前でございましたら、差止めその他の手段を検討し得る場合がございます | 契約書、効力が生ずる日を示す資料 |
第10節 反対の意思表示を行う場合の書面と送付の方法
1 何を、いつ行う必要があるか
株式の買取りを請求するためには、原則として、株主総会に先立って当該行為に反対する旨を会社に通知し、かつ株主総会において現に反対することを要します。いずれか一方のみでは足りません。この点を欠いたために請求が認められないという事態は、実務上しばしば生じております。
2 書面に記載する事項
会社の商号、対象となる行為の内容、これに反対する旨、株主の氏名及び住所、保有する株式の種類及び数を記載いたします。買取りを請求する段階においては、買取りを請求する株式の数を明記いたします。記載を欠きますと、後に請求の有効性が争われる原因となります。
3 送付の方法
到達した事実及びその日付を残し得る方法によります。期間の管理が厳格に定められておりますので、到達の日が争いとなる事態を避ける必要がございます。手渡しによる場合には、受領した旨の記載を求めてください。
4 株主総会における対応
出席し、議案に反対する旨を明確にいたします。議事録に反対したことが記載されるよう、議長に対して発言の趣旨を明らかにしておくことが有効でございます。欠席し、議決権を行使しない場合の取扱いは事案により異なりますので、あらかじめご確認ください。
よくあるご質問
質問1 売却に反対すれば止められますか。
取引の形式によります。株式の譲渡による場合、自らの株式を譲渡する義務はございませんので、応じないという対応が可能でございます。事業の譲渡又は組織再編による場合には、株主総会の特別決議により決定されますので、議決権の割合によって結論が異なります。
質問2 何も知らされていません。どうすればよいですか。
株主として、計算書類等の閲覧又は謄本の交付(会社法第442条第3項)、株主総会の議事録の閲覧又は謄写(会社法第318条第4項)を請求いたします。取締役会の議事録については、権利を行使するため必要があるときに請求することができます(会社法第371条第2項。監査役設置会社等においては裁判所の許可を要します)。あわせて、履歴事項全部証明書を定期的に確認いたします。
質問3 株式買取請求をすれば必ず高く買ってもらえますか。
買取請求は、公正な価格での買取りを求めるものでございますが、公正な価格がいくらであるかは、協議又は裁判所の決定により定まります。結果を保証するものではございません。
質問4 株主総会で反対しました。それで足りますか。
反対株主として株式買取請求をするには、株主総会に先立って反対する旨を会社に通知し、かつ株主総会において反対することが必要でございます(会社法第469条第2項、第785条第2項)。事前の通知を欠くと、請求ができなくなるおそれがございます。
質問5 既に売却が完了してしまいました。
組織再編については、効力が生じた日から6か月以内に無効の訴えを提起することが考えられます(会社法第828条第1項)。株式の譲渡による場合には、後継者の取締役としての義務違反を問う責任追及等の訴え(会社法第847条)や、遺産分割及び遺留分の局面における主張を検討することになります。
質問6 反対する旨の通知は、いつまでに出す必要がございますか。
株主総会に先立って行う必要がございます。招集の通知を受け取ってから総会の日までの期間は限られておりますので、通知が届きましたら速やかにご検討ください。取引の形式により期間の定めが異なりますので、第7節の一覧を併せてご覧ください。
質問7 株主総会に出席できない場合はどうすればよろしいですか。
議決権の代理による行使又は書面による行使が認められている場合には、これによることが考えられます。いずれの方法が用意されているかは招集の通知に記載されておりますので、ご確認ください。いずれによる場合でも、反対の意思が記録に残る方法を選択することが肝要でございます。
質問8 買取りの請求をした後に、これを撤回することはできますか。
会社の承諾を得た場合を除き、撤回することができないのが原則でございます。請求を行う前に、その効果を十分にご検討いただく必要がございます。判断に迷われる場合には、請求の期間が満了する前にご相談ください。
本記事の根拠条文
会社法
- 第106条(共有者による権利の行使)
- 第136条・第137条・第139条第1項(譲渡等の承認)
- 第179条(特別支配株主の株式等売渡請求)
- 第180条(株式の併合)
- 第309条第2項(株主総会の特別決議)
- 第318条第4項(株主総会の議事録の閲覧等)
- 第356条第1項・第365条第1項(利益相反取引の制限)
- 第360条第1項・第2項(株主による取締役の行為の差止め)
- 第371条第2項・第3項(取締役会の議事録)
- 第433条第1項・第2項(会計帳簿の閲覧等の請求)
- 第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)
- 第467条第1項(事業譲渡等の承認)
- 第469条第1項・第2項・第5項(反対株主の株式買取請求)
- 第470条(株式の価格の決定)
- 第784条の2(吸収合併等の差止請求)
- 第785条第1項・第2項・第5項(反対株主の株式買取請求)
- 第786条(株式の価格の決定)
- 第828条第1項(会社の組織に関する行為の無効の訴え)
- 第831条第1項(決議の取消しの訴え)
- 第847条第1項から第3項まで(責任追及等の訴え)
民法 第898条第1項(相続財産の共有)、第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)、第1048条(期間の制限)
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