相続トラブルを弁護士に依頼するとき 遺産分割が動かない場合に採り得る手続と期限

親御様が亡くなられてから1年以上が経つのに、遺産分割の話し合いがまったく前に進まない、という御相談を数多くお受けしています。本記事は、遺産分割協議が止まってしまい、相続人の一人として次に何をすればよいのか分からずにお困りの方に向けたものです。遺産の中心が預貯金と自社株式であり、財産を管理している相続人が資料を出してくれない、という場面を想定しています。

止まっている協議の多くは、誰かが悪意で妨害しているというよりも、何も決まらないことによって困るのが財産を管理していない側だけである、という構造から生じています。放っておけばいつか動く、ということは基本的に起こりません。動かすためには、こちらから手続を選んで着手する必要があります。

結論から申し上げます。遺産分割に関する制度には、相続の開始から10年、遺留分について1年、相続の放棄について3か月という期限があり、過ぎますと主張そのものができなくなります。とりわけ令和5年4月1日に施行された民法第904条の3の期間制限については、施行前に開始した相続についての猶予が令和10年4月1日に終わります。迷っておられる時間が、そのまま選択肢を減らしてまいります。

本記事が扱う場面と、扱わない場面

弁護士への依頼という同じ主題であっても、判断の分かれ目となる論点は場面ごとに異なりますので、次のとおり整理しています。

目次

「まだ弁護士に頼むほどではない」と迷っておられる方へ

相談の時点で既に期限が迫っていることが少なくありません

御相談で最も多いのは、「兄弟の間で争いにしたくないので、もう少し自分で話してみます」というお言葉です。もっとも、遺産分割に関する主要な制度の期限は、相続の開始という一点から起算されます。話し合いを続けていた期間も、期限の進行には何の影響も与えません。

実際に、初めて御相談にお越しになった時点で相続の開始から8年、9年が経過している例が珍しくありません。この場合、後述する民法第904条の3の期間制限が目前に迫っており、採り得る手続がほとんど残っていないという事態になります。

弁護士に依頼するかどうかは、争うかどうかとは別の問題です

弁護士への依頼を、全面的な対立の開始と受け取られる方が多くいらっしゃいます。しかし実務上、弁護士が最初に行う作業の大半は、遺産の範囲と評価額を確定させるための資料収集です。何がどれだけあるのかが分からないままでは、合意のしようがありません。資料が揃った結果、協議のまま短期間でまとまる例も相当数あります。

依頼をしても、御自身が矢面に立つ必要はなくなります

依頼を受けた弁護士は、代理人として相手方の相続人及びその代理人とやり取りをします。親族間の交渉で最も消耗するのは、法律論よりも過去の経緯についての感情的な応酬です。この部分を切り離せることが、依頼による最も大きな実際上の変化です。

弁護士に依頼すると、具体的に何が動くのか

遺産の範囲を確定させる作業

相続人が数人あるときは、相続財産はその共有に属します(民法第898条第1項)。まず、預貯金、有価証券、自社株式、貸付金といった財産を漏れなく把握する必要があります。弁護士は、依頼を受けた事件について、所属する弁護士会を通じて公務所又は公私の団体に照会し、必要な事項の報告を求めることができます(弁護士法第23条の2)。金融機関に対する取引履歴の照会は、この手続又は相続人としての開示請求により行います。

過去に引き出された預貯金の取扱い

相続の開始の前後に多額の出金がされている例は多くあります。遺産の分割の前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人全員の同意により、その財産が分割の時に遺産として存在するものとみなすことができ、共同相続人の一人が処分をしたときは、その者の同意を要しません(民法第906条の2)。財産を管理していた相続人が引き出した分は、その者の同意がなくとも遺産に戻して計算できます。

評価額についての主張を組み立てる作業

遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質その他一切の事情を考慮してこれをするものとされています(民法第906条)。自社株式の評価額は、相続税の申告における評価額と一致しなければならないものではありません。財産評価基本通達は行政庁の内部の取扱いであって、裁判所を拘束しません(国家行政組織法第14条第2項)。

手続を選び、期限内に着手する作業

共同相続人は、いつでも協議で遺産の全部又は一部の分割をすることができ、協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は家庭裁判所に分割を請求することができます(民法第907条第1項、第2項)。調停事件は、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所の管轄に属します(家事事件手続法第245条第1項)。

相続の開始から10年 特別受益及び寄与分を主張できなくなる期限

民法第904条の3が定める原則

相続の開始の時から10年を経過した後にする遺産の分割については、特別受益(民法第903条、第904条)及び寄与分(民法第904条の2)の規定は適用されません(民法第904条の3本文)。生前に多額の援助を受けた相続人がいても、長年にわたり被相続人の事業を無償で支えた相続人がいても、それらの事情を取り分に反映させることができなくなります。

期限を止める方法は、家庭裁判所への請求です

例外として、相続の開始の時から10年を経過する前に相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたときは、なお特別受益及び寄与分を主張することができます(民法第904条の3第1号)。また、10年の期間の満了前6か月以内にやむを得ない事由により請求ができなかった場合に、その事由が消滅した時から6か月を経過する前に請求をしたときも同様です(同条第2号)。

期限を止める行為は「話し合いを続けること」ではなく「家庭裁判所に請求をすること」です。相手方に何度手紙を出しても、期間の進行は止まりません。

令和10年4月1日という猶予の終わり

この規定は令和5年4月1日に施行されましたが、施行前に開始した相続についても適用されます。ただし、施行の時から5年を経過する時と、相続の開始の時から10年を経過する時とのいずれか遅い時までは、なお特別受益及び寄与分を主張することができるものとされています。

設例で申し上げます。相続の開始が平成27年10月1日であった場合、相続の開始から10年を経過する日は既に令和7年10月1日に到来していますので、遅い方である令和10年4月1日までに家庭裁判所へ遺産の分割の請求をする必要があります。令和8年8月の時点から数えて、残された期間は1年7か月余りです。他方、相続の開始が平成30年6月1日であった場合には、令和10年6月1日が期限となります。なお、10年を経過した後でも、相続人全員が同意すれば具体的相続分による分割は可能ですが、期限の経過によって有利になる相続人がそれに応じることは通常期待できません。

遺産分割の前に資金が必要になった場合の払戻し

単独で払い戻すことができる範囲

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、相続の開始の時の債権額の3分の1に自己の法定相続分を乗じた額については、単独でその権利を行使することができます(民法第909条の2)。ただし、金融機関ごとに法務省令で定める額が限度とされており、その額は150万円です。

設例で申し上げます。相続人が子2名のみで、ある銀行の預金が1,200万円であった場合、その3分の1である400万円に法定相続分2分の1を乗じた200万円が計算上の額となりますが、上限が150万円ですので、単独で払い戻せるのは150万円までです。

それでも足りない場合の仮分割の仮処分

相続税の納付のために、より多額の資金が必要となる場合があります。家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により必要があると認めるときは、他の共同相続人の利益を害しない限り、申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができます(家事事件手続法第200条第3項)。遺産分割の申立てをしていることが前提となります。

払戻しを受けた場合の効果

民法第909条の2により払戻しを受けた預貯金は、その相続人が遺産の一部の分割によって取得したものとみなされ、最終的な取り分から差し引かれます。後の精算で困ることのないよう、使途を記録して保管しておかれることをお勧めします。

遺言があり、取り分が乏しい場合の遺留分侵害額請求

金銭の支払を請求する権利です

遺留分権利者及びその承継人は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます(民法第1046条第1項)。平成30年の改正により、この権利は金銭債権となりました。「会社の株式を分けろ」ではなく「金銭を支払え」という請求になります。

1年という短い期限

遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅します。相続の開始の時から10年を経過したときも同様です(民法第1048条)。

設例で申し上げます。被相続人が令和8年5月20日に亡くなり、同じ日に、全財産を長男に相続させる旨の遺言があることを知った場合には、令和9年5月20日までに請求をする必要があります。実務上は、内容証明郵便に配達証明を付して意思表示を行い、到達の事実を残します。金額の計算が終わっていなくても、請求の意思表示だけを先に行うことができます。

遺留分の割合

遺留分を算定するための財産の価額に乗じる割合は、直系尊属のみが相続人である場合には3分の1、それ以外の場合には2分の1です(民法第1042条第1項)。相続人が複数のときは、これに各自の法定相続分を乗じます。兄弟姉妹に遺留分はありません。

情報が出てこないまま時間だけが過ぎる そのときに使える手段と期限

まず、開示を求める範囲を具体的に特定します

「全部見せてほしい」という求め方では、相手方に拒む口実を与えます。金融機関名、支店名、対象期間を特定して開示を求めます。被相続人名義の口座は、相続人の一人であることを示す戸籍等を提出すれば、単独で取引履歴の開示を求められるのが通常の取扱いです。

会社の資料については会社法上の請求権を用います

総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主、又は発行済株式(自己株式を除きます。)の100分の3以上の数の株式を有する株主は、株式会社の営業時間内はいつでも、理由を明らかにして、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求することができます(会社法第433条第1項)。

もっとも、相続財産である株式が共同相続人の準共有となっている段階では、権利を行使する者一人を定めて会社に通知しなければ権利行使ができないのが原則です(会社法第106条本文)。ここが、自社株式が遺産に含まれる場合に固有の難所となります。

相続分の譲渡がされた場合の取戻権

協議が動かないうちに、共同相続人の一人が自己の相続分を第三者に譲り渡すことがあります。この場合、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して相続分を譲り受けることができます(民法第905条第1項)。ただし、この権利は1か月以内に行使しなければなりません(同条第2項)。極めて短い期限です。

負債がある場合の熟慮期間

相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければなりません(民法第915条第1項本文)。この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができます(同項ただし書)。令和8年8月1日に相続の開始を知った場合には、令和8年11月1日までが原則的な期限です。調査が終わらない見込みであれば、期間の伸長の申立てを先に行います。

なぜ、分割協議を主宰する相続人は動かないのか

第1に、分割しないままの状態が最も自由であるからです

被相続人と同居し、あるいは事業を承継した相続人は、事実上、遺産を管理する立場にあります。分割が成立しない限り、その状態が続きます。分割によって現実に金銭を支払う義務が生じるのは、多くの場合この立場の相続人です。急ぐ理由がありません。

第2に、評価額が確定することを避けたいからです

自社株式や事業用資産の評価額が確定すると、支払うべき代償金の額が具体的な数字になります。数字が出ていない段階であれば、「大した価値はない」という説明を続けることができます。資料を開示しないという態度は、多くの場合、この段階を引き延ばすためのものです。

第3に、期限の経過が有利に働くことを知っているからです

相手方に助言する専門家がついている場合、民法第904条の3の期間制限は当然に把握されています。生前に多額の援助を受けていた相続人にとって、10年の経過は特別受益の主張を封じる効果を持ちます。協議を長引かせること自体が戦術となります。

いま確認していただきたいこと

本日のうちに、次の点を確認していただくことをお勧めします。

  • 被相続人が亡くなられた年月日を確認し、相続の開始から何年が経過しているかを数えてください。8年を超えている場合は、家庭裁判所への申立ての要否を直ちに検討する必要があります。
  • 遺言の有無を確認してください。公正証書遺言については、公証役場の遺言検索により全国の作成の有無を調べることができます。遺言があり、取り分が遺留分に満たない場合には、知った時から1年の期限が進行しています。
  • 被相続人名義の預貯金口座について、金融機関名と支店名を書き出してください。通帳、郵便物、確定申告書の控えが手掛かりになります。
  • 遺産に自社株式が含まれているかどうかを確認してください。含まれている場合、必要な手続が大きく変わります。
  • これまでの経緯を、日付とともに時系列で書き出してください。誰がいつ何を言ったかの記録は、特別受益及び寄与分の主張の基礎となります。

その上で、期限の判断だけは早めに専門家に確認してください。当事務所では、初回の御相談は無料で承っております。

よくあるご質問

遺産分割の調停を申し立てると、関係が完全に壊れてしまいませんか

調停は、家庭裁判所の調停委員会が双方から交互に事情を聴取して進める手続であり、当事者が同じ室で対面することは通常ありません。直接の交渉よりも感情的な衝突が生じにくい場面が多くあります。また、申立ては期間制限を止める意味も持ちます。関係の維持を理由に申立てを見送り期限を徒過する方が、最終的な対立は深刻になります。

相続の開始から既に10年以上が経過していますが、もう何もできないのでしょうか

遺産分割そのものに期限はありません。10年の経過によって制限されるのは特別受益及び寄与分の主張であり、法定相続分又は指定相続分による分割を求めることはなお可能です(民法第904条の3)。遺産の範囲の確定と、法定相続分に応じた分割の実現とは、引き続き求めることができます。

遺産の中に自社株式があり、評価額でまったく折り合いがつきません

非上場の株式については、相続税の申告における評価額と、遺産分割において前提とすべき評価額とが一致しなければならないものではありません。国税庁は令和8年4月20日から「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を開催し、昭和39年公表の財産評価基本通達の抜本的な見直しを検討しています。第1回の資料では、類似業種比準価額が純資産価額の0.5倍未満である会社が77.6パーセントであることが示されています。ただし、見直しの内容も時期も確定したものではありません。

費用がどれくらいかかるのか分からず、相談をためらっています

費用の見通しは遺産の内容と相手方の対応によって異なりますので、初回の御相談の際に、想定される手続と費用の考え方を具体的に御説明しています。金額の目安が分からないまま御依頼をお願いすることはありません。

おわりに

遺産分割が動かない状態を、御自身の努力不足であるとお考えになる必要はありません。動かないのは、動かない方が有利な相続人がいるからです。その状態を変える方法は法律上いくつも用意されていますが、そのほとんどに期限があります。

相続の開始から10年、遺留分について1年、相続の放棄について3か月、相続分の取戻権について1か月。これらは、御自身が知っていたかどうかにかかわらず進行します。逆に申し上げれば、期限に間に合ってさえいれば、採り得る手段は必ず残っています。まずはお電話でお話をお聞かせください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

遺産分割が進まない場合の御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜・日曜・祝日を含みます)

出典

  • 民法第898条第1項(相続財産の共有)
  • 民法第903条、第904条(特別受益)、第904条の2(寄与分)
  • 民法第904条の3本文、第1号、第2号(期間経過後の遺産の分割における相続分)
  • 民法第905条第1項、第2項(相続分の取戻権 1か月)
  • 民法第906条(分割の基準)、第906条の2(分割前に処分された財産)
  • 民法第907条第1項、第2項(分割の協議及び審判等)
  • 民法第909条の2(分割前における預貯金債権の行使)及び法務省令で定める額(150万円)
  • 民法第915条第1項(承認又は放棄をすべき期間 3か月)
  • 民法第1042条第1項、第1046条第1項、第1048条(遺留分 1年及び10年)
  • 民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)附則の経過措置
  • 家事事件手続法第200条第3項(預貯金債権の仮分割の仮処分)、第245条第1項(管轄)
  • 会社法第106条本文(共有者による権利の行使)、第433条第1項(会計帳簿の閲覧謄写請求)
  • 弁護士法第23条の2、国家行政組織法第14条第2項
  • 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第1回)」資料(令和8年4月20日)

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