M&Aで高く売れるのに後継者が安く承継したいと言っている場合

この記事の位置付け
本ページは、事業承継に関する解説のうちの一つです。全体像は、次の中核となるページをご覧ください。
▶ 事業承継税制の仕組みと相続税及び贈与税の負担を軽減する条件
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父が亡くなり、会社は兄が継ぐことになりました。兄は「株式は相続税の評価額で自分が引き取る」と申しています。しかしながら、同業の会社が売却された話を聞きますと、その金額は兄の提示額とはかけ離れています。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしています。
先に結論を申し上げます。遺産分割において非上場株式をいくらと評価するかは、相続税の課税のための評価額によらなければならないというものではありません。相続税の課税のための評価額は財産評価基本通達に基づいて算定されるものであり、遺産分割における評価とは目的も算定の方法も異なります。他方、後継者の側は、相続税の評価額を根拠として低い金額を提示することが通例です。したがって、争点は「いかなる資料により、実勢に即した評価を示すか」に移ります。本記事では、乖離が生じる理由、主張の組立て、資料の集め方を整理いたします。
なぜ金額が食い違うのか
目的が異なります
相続税の課税のための評価額は、課税の公平及び画一的な処理のために定められた基準により算定されるものです。他方、遺産分割における評価は、相続人の間の公平を図るために、当該財産の価額を定めるものです。目的が異なる以上、金額が一致しないことがあるのは当然です。
基準となる時点が異なります
相続税の課税においては、相続の開始の時が基準となります。他方、遺産分割においては、分割の時における価額を基準とするのが原則と解されています。相続の開始から分割までの間に会社の業績が変動した場合には、この差が生じます。
支配権の有無
会社の全部を取得する場合の価格と、少数の株式のみを取得する場合の価格とは、実務上、異なる取扱いがされることがあります。M&Aにおける取引の価格は、会社の全部又は支配権を取得することを前提とした金額であることが多くあります。後継者が「その金額は自分が全部を取得するからこその金額だ」と主張することがあり、この点は争点となり得ます。
主張の組立て
まず会社の実態を示します
純資産の状況、収益の状況、保有する不動産の状況、役員報酬の水準、内部留保の額等を、資料により示します。「株価はゼロに等しい」という説明がされている場合には、その説明と会社の実態との矛盾を明らかにいたします。
現に取引がある場合
同業の会社が売却された事例、当該会社に対して買収の打診があった事実、金融機関又はM&A仲介会社が算定した金額等は、有力な資料となり得ます。特に、当該会社自身に対して具体的な買収の申入れがあった場合には、その内容が重要です。
後継者による売却の予定
後継者が承継の後に会社を売却する意向を有している場合には、その事実は評価に影響し得ます。承継の直後に売却がされた場合の取扱いにつきましては、別の記事において整理しています。
鑑定の実施
遺産分割の調停又は審判においては、株式の評価について鑑定が実施されることがあります。鑑定の費用は当事者の負担となりますので、その負担と得られる結果とを比較して判断する必要があります。金額を保証することはできません。
資料の集め方
株主としての権利による請求
株主は、計算書類等の閲覧又は謄本の交付を請求することができます(会社法第442条第3項)。この請求について、法定の拒絶の事由は定められていません。持株の割合が要件を満たす場合には、請求の理由を明らかにして、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求することができます(会社法第433条第1項)。
遺産分割が未了であれば、まず権利行使者を定めて会社に通知する必要があります(会社法第106条本文)。後継者が権利行使者に指定されている場合には、他の相続人は株主としての権利を行使することができませんので、名義書換及び分割の手続を先行させることを検討いたします。
誰でも取得できる資料
会社の登記事項証明書、決算公告(会社法第440条第1項)、業界の統計、同業の会社の公表資料等です。
被相続人の手元の資料
確定申告書の控え、金融機関に提出した資料、配当金の支払通知書、預金口座の取引の履歴等です。被相続人が会社に対して貸付金を有していた場合には、その回収も遺産分割の対象となります。
遺産分割の手続の中での進め方
協議が調わない場合には、家庭裁判所に対して遺産分割の調停の申立てを行うことができます。調停が成立しない場合には、審判の手続に移行いたします。
株式の評価が主要な争点である場合には、まず資料の開示を求め、次に評価の方法について主張を交わし、必要に応じて鑑定を求めるという順序で進むことが一般的です。会社が資料を開示しない場合には、株主としての権利に基づく請求を並行して行うことになります。
なお、相続税の申告は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内にしなければならないものとされています(相続税法第27条第1項)。遺産分割が長期化する場合の申告の取扱いにつきましては、税理士にご確認ください。
弁護士にご相談いただく意味
この局面において結論を左右するのは、資料です。後継者の側は会社の内部の資料を有しており、他の相続人はこれを有していません。したがって、まず株主としての地位を確保し、閲覧の請求により資料を得ることが出発点となります。資料がないままに「その金額は低い」と述べても、主張として成り立ちません。
また、遺産分割の協議は、株式のみを切り離して進めるよりも、遺産の全体を通じて調整する方が結論に至りやすいことがあります。不動産、預貯金、貸付金、生前の贈与、役員報酬の偏りといった事情を併せて整理することが有効な場合があります。
具体的な進め方は、会社の規模、株主構成、遺産の構成、後継者の意向等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してまいりました実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示していません。
よくあるご質問
質問1 相続税の評価額で分けるのが決まりではないのですか。
そのような決まりはありません。相続税の課税のための評価額と、遺産分割における評価とは、目的も算定の方法も異なります。相続人の間で合意すれば、いかなる金額によることも可能です。
質問2 会社が資料を見せてくれません。
株主であれば、計算書類等の閲覧又は謄本の交付を請求することができます(会社法第442条第3項)。株主として扱われない場合には、まず名義書換を請求いたします。遺産分割が未了であれば、権利行使者の指定が必要です(会社法第106条本文)。
質問3 同業の会社が高く売れたという話は、資料になりますか。
伝聞のみでは資料として弱いです。公表された情報、M&A仲介会社の資料、当該会社自身に対する買収の打診の記録等があれば、より有力となります。
質問4 鑑定をすれば正しい金額が出ますか。
鑑定は、一定の前提及び方法に基づく算定です。前提の置き方により金額は変動いたしますので、鑑定により一義的な正解が得られるものではありません。費用も要しますので、実施の要否は慎重に判断いたします。
質問5 M&A仲介を行う業者に評価を出してもらうことはできますか。
提示を受けること自体は可能ですが、その位置付けにご留意ください。売却の可能性を示す資料としての意義はありますが、遺産分割の手続において当然に採用されるものではありません。前提とされた数値の根拠を併せてお示しいただくことが重要です。
質問6 後継者が代償金を支払えないと申しています。
支払の資力がないことは、評価を引き下げるべき理由とは別の事柄です。もっとも、現実に支払われなければ解決とはなりませんので、分割による支払、他の遺産による調整、会社による取得といった方法を併せて検討することになります。
質問7 協議が調わない場合はどうなりますか。
家庭裁判所の手続によることになります。手続の中で評価に関する主張及び資料を提出し、判断を求めることになりますが、相応の期間を要しますので、その間の会社の運営についても併せてご検討いただく必要があります。
あわせて確認すべき相続の局面の事情
生前の株式の移転
後継者が被相続人の生前に株式の一部を無償で譲り受けている場合には、特別受益として遺産分割において考慮される余地があります(民法第903条第1項)。この場合、生前に移転した株式の価額をいくらと見るかが、あらためて争点となります。
遺留分侵害額の請求
遺言により後継者に株式が集中している場合には、遺留分侵害額の請求が問題となります(民法第1046条第1項)。この請求権は、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅いたします(民法第1048条)。遺産分割の協議が長引いている間に期間が経過することのないよう、期限を管理する必要があります。
寄与分の主張への対応
後継者から「自分が働いてきたから会社の価値が上がったのであり、その分は自分のものだ」という主張がされることがあります。相続人が被相続人の事業に関する労務の提供等により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をしたときは、寄与分が問題となり得ます(民法第904条の2)。もっとも、役員として報酬を受けていた場合には、その労務は報酬により評価済みであると評価される余地があります。結論は事案により異なります。
会社と被相続人との間の債権債務
被相続人が会社に対して貸付金を有していた場合、その債権は遺産となります。逆に、被相続人が会社の債務について保証をしていた場合には、保証債務の承継が問題となります。株式の評価のみに目を奪われず、会社と被相続人との間の債権債務の全体を確認する必要があります。
役員報酬、保険、社用車等の偏り
後継者のみが高額の役員報酬、生命保険、社用車、社宅等の恩恵を受けていた場合には、その事実を遺産分割の協議において考慮するよう求めることが考えられます。これらの事実は、会計帳簿又はこれに関する資料により確認いたします(会社法第433条第1項)。
交渉の順序
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 第1 | 相続人の範囲及び遺産の全体を確定いたします |
| 第2 | 名義書換を請求し、又は権利行使者の指定について協議いたします |
| 第3 | 計算書類等の閲覧謄本交付を請求いたします |
| 第4 | 会社の実態を示す資料を整理し、評価に関する主張を組み立てます |
| 第5 | 遺産の全体を通じた分割の案を提示いたします |
| 第6 | 協議が調わない場合、遺産分割の調停を申し立てます |
| 第7 | 遺留分侵害額の請求の期間を管理いたします |
後継者の側から想定される主張と、これに対する反論の枠組み
この類型では、後継者の側から一定の主張が示されることが多くあります。あらかじめ想定し、それぞれについて確認すべき資料を把握しておくことが有効です。
| 後継者の側から想定される主張 | 反論の枠組み | 確認すべき資料 |
|---|---|---|
| 売却の話は具体化していません | 具体化していないことと、価値がないこととは別の事柄です。打診の有無、M&A仲介を行う業者との接触の有無を確認いたします | 業者との面談の記録、秘密保持契約書、提案を受けた書面 |
| 高く売れるというのは業者の営業上の見込みにすぎません | 見込みであることはそのとおりですが、算定の前提とされた数値は会社の実態に基づくものです。前提となった数値の当否を検討いたします | 業者の提示した資料、その前提とされた計算書類 |
| 会社は続けるのですから、売却の価格は関係ありません | 遺産分割における評価は、現に売却するか否かによって当然に決まるものではありません。処分し得る財産としての価値を検討いたします | 事業の内容及び資産の状況を示す資料 |
| この価格でなければ承継できません。会社が立ち行かなくなります | 承継の資金が不足することは、価格を引き下げるべき理由と直ちに結び付くものではありません。代償金の分割による支払、株式の一部の承継、会社による取得等の方法を検討いたします | 会社及び後継者の資金の状況を示す資料 |
| 私が経営してきたからこそ今の価値があるのです | 貢献に関する主張は、株式の評価そのものとは区別して検討されるべきものです。いずれの局面における主張であるかを整理いたします | 在職の期間、役員報酬の推移、業績の推移を示す資料 |
合意に至る場合の解決の型
協議が調う場合、その内容はおおむね次のいずれかの型に落ち着きます。いずれを目指すのかをあらかじめ定めておきますと、交渉の進め方が定まりやすいです。
後継者が株式の全部を承継し、代償金を支払う型
最も多く用いられる型です。争点は代償金の額に集約されますので、評価に関する主張がそのまま結論に結び付きます。後継者に支払の資力がない場合には、分割による支払、支払の時期の調整、他の遺産の配分による調整を併せて検討いたします。
株式を分割して承継する型
各相続人が株式を保有し続ける型です。当面の資金の負担は生じませんが、その後の会社の運営において少数株主としての立場が続くことになります。将来の買取りに関する取決めを併せて行っておくことが望ましいです。
会社が自己株式として取得する型
後継者個人ではなく会社が株式を取得する型です。会社に分配可能額があること及び所定の手続を経ることが前提となります。税務上の取扱いにつきましては、税理士にご確認ください。
第三者への売却を前提として全員で分ける型
会社を第三者に売却し、その対価を相続人の間で分ける型です。評価に関する争いが生じにくい反面、後継者が会社の経営を続けることを望む場合には成り立ちません。相続人の全員が売却に賛同していることが前提となります。
本記事の根拠条文
会社法
- 第106条(共有者による権利の行使)
- 第433条第1項(会計帳簿の閲覧等の請求)
- 第440条第1項(貸借対照表等の公告)
- 第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)
民法
- 第903条第1項(特別受益)
- 第904条の2(寄与分)
- 第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)
- 第1048条(期間の制限)
相続税法 第27条第1項(相続税の申告書の提出期限)
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- 電話番号 03-6435-8418
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