生前贈与及び遺言により後継者へ株式を承継させる場合の手続と留意点
父が元気なうちに、会社の株式を私に移しておきたいと考えております。生前に贈与を受けるのがよいのか、遺言を書いてもらうのがよいのか、判断がつきません。また、どのような手続を踏めばよいのかも分かりません。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。
先に結論を申し上げます。生前贈与は、確実に株式を移転することができる反面、他の相続人との関係で特別受益(民法第903条第1項)及び遺留分の問題を残します。遺言は、本人がいつでも撤回することができ、相続の開始まで効力を生じませんが、やはり遺留分の問題は残ります。いずれの方法によるにしても、譲渡制限株式については会社の承認が必要でございまして(会社法第136条、第137条、第139条第1項)、また株主名簿の名義書換をしなければ会社に対抗することができません(会社法第130条第1項)。この手続の失念が、実務において最も多い誤りでございます。本記事では、手続と留意点を整理いたします。
本稿は、生前贈与又は遺言により後継者へ株式を承継させる場合に実際に踏むべき手続、すなわち贈与契約書に記載すべき事項、意思能力の確認、遺言の方式及び遺言執行者、譲渡制限株式についての会社の承認並びに株主名簿の名義書換について解説するものです。生前に講じておくことのできる遺言、生前贈与、事業承継信託及び遺留分に関する民法の特例という4つの対策の概要については 後継者への自社株式集中のためオーナーが生前にできる4つの対策 を、相続人の間に紛争が生じることを防ぐという観点から事業承継信託及び遺留分に関する民法の特例を用いる方法については 事業承継の「争続」対策に必須の遺言・事業承継信託・遺留分特例! を御参照ください。
第1節 生前贈与による場合
1 手続の3段階
| 段階 | 内容 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 第1 | 贈与契約書を作成いたします | 民法第549条 |
| 第2 | 会社に対し譲渡等の承認を請求し、決議を得ます | 会社法第136条、第139条第1項 |
| 第3 | 株主名簿の名義書換を請求し、記載を得ます | 会社法第130条第1項、第133条 |
「株式は譲った」と口頭で述べられているのみで、承認の決議も名義書換もされていないという例が少なくございません。この場合、法律上は贈与者がなお株主として扱われます。3つの段階をすべて完了させることが不可欠でございます。
2 贈与契約書に記載すべき事項
- 贈与者及び受贈者の氏名及び住所
- 贈与の目的である株式の種類及び数
- 贈与の意思表示及び受諾の意思表示
- 作成の年月日
- 双方の署名及び押印
作成の日を明確にしておくことは、後に特別受益及び遺留分が問題となった際に重要でございます。
3 特別受益及び遺留分
共同相続人中に、被相続人から、婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、その贈与の価額を相続財産に加えたものを相続財産とみなして相続分を算定するものとされております(民法第903条第1項)。贈与の目的である財産の価額は、相続の開始の時を基準として評価するものと解されております(民法第904条参照)。
また、遺留分を算定するための財産の価額に算入される贈与について、相続人に対する贈与は、原則として相続の開始前の10年間にされたものに限られるものとされております(民法第1044条第3項)。したがって、早期に贈与を行うほど、遺留分の算定における影響は小さくなる方向に働きます。もっとも、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、10年前の日より前にされたものについても算入されるものとされております。
4 本人の意思能力
贈与は法律行為でございますので、本人に意思能力があることが前提でございます。判断能力が低下している場合には、後に贈与の効力が争われるおそれがございます。医師の診断を得ておくことが有用な場合がございます。
第2節 遺言による場合
1 方式
遺言は、法律に定める方式に従わなければ、することができません。公正証書による遺言は、公証人が関与するため、方式の不備が生じにくく、また作成の当時の状況が記録されるという利点がございます。自筆による遺言については、原則として家庭裁判所の検認の手続が必要でございます(民法第1004条第1項)。法務局における自筆証書遺言書保管制度を利用している場合には、検認を要しないものとされております。
2 遺言をする能力
遺言をするには、遺言をする時においてその能力を有しなければならないものとされております(民法第963条)。判断能力が低下してからの作成は、後に効力が争われる原因となります。
3 撤回の自由
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができます(民法第1022条)。したがって、遺言により承継を予定していても、後に撤回される可能性が残ります。この点が、生前贈与との大きな違いでございます。
4 遺言執行者
遺言により遺言執行者を指定しておくことが有用でございます。遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有するものとされております(民法第1012条第1項)。株式の名義書換の手続を円滑に進める上でも意味がございます。
5 相続の開始後の手続
遺言により株式を承継した相続人は、会社に対して名義書換を請求いたします。相続その他の一般承継により株式を取得した者は、単独で株主名簿記載事項の記載又は記録を請求することができるものとされております。また、譲渡制限株式についても、相続その他の一般承継により取得した場合は、名義書換の請求の制限の例外とされております(会社法第134条)。
第3節 両者の比較
| 観点 | 生前贈与 | 遺言 |
|---|---|---|
| 効力の発生 | 直ちに生じます | 相続の開始の時に生じます |
| 撤回 | 原則としてできません | いつでもできます(民法第1022条) |
| 会社の承認 | 必要でございます(会社法第136条以下) | 相続による承継には不要でございます(会社法第134条) |
| 特別受益 | 問題となります(民法第903条第1項) | 遺贈として問題となります |
| 遺留分 | 相続の開始前10年間の贈与が算入されます(民法第1044条第3項) | 算入されます |
| 本人の意思能力 | 贈与の時に必要でございます | 遺言の時に必要でございます(民法第963条) |
第4節 遺留分への備え
いずれの方法によるにしても、他の相続人の遺留分の問題は残ります。備えとして、次のような方法が考えられます。
- 株式以外の財産を他の相続人に配分するよう遺言に定めること
- 後継者が代償金を支払う旨を定めること
- 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律に定める遺留分に関する民法の特例(除外の合意又は固定の合意)を利用すること。推定相続人の全員の合意、経済産業大臣の確認及び家庭裁判所の許可が必要でございます
- 生命保険を活用して代償金の原資を準備すること
なお、税務上の取扱いにつきましては税理士にご確認ください。当事務所は税務の申告及び相談を行っておりません。
第5節 必要となる書類と、その入手先
生前贈与によるか遺言によるかにかかわらず、あらかじめ確認しておくべき書類がございます。着手の前にお集めいただくことで、手続の見通しが立ちやすくなります。
| 書類 | 入手先 | 用いる場面 |
|---|---|---|
| 定款 | 会社(本店に備え置かれております) | 株式が譲渡制限株式であるか、種類株式が発行されているかを確認いたします |
| 株主名簿 | 会社 | 現在の名義人及び持株数を確認し、名義書換の請求の前提といたします |
| 履歴事項全部証明書 | 法務局 | 発行済株式の総数、株式の譲渡の制限に関する定め、機関の設計を確認いたします |
| 株式譲渡承認請求に対する会社の回答の書面 | 会社 | 譲渡制限株式について承認を得たことを示す資料といたします |
| 贈与契約書 | 当事者間で作成いたします | 贈与の意思、目的物、時期を明らかにいたします |
| 印鑑登録証明書 | 市区町村 | 契約書の作成及び遺言に係る手続において、本人の確認に用います |
| 診断書その他心身の状態を示す資料 | 医療機関 | 贈与又は遺言の当時の意思能力に関する資料といたします |
| 株主総会又は取締役会の議事録 | 会社 | 譲渡の承認の手続が履践されたことを示す資料といたします |
第6節 株式が譲渡制限株式である場合の手続上の注意
1 贈与も「譲渡」に当たります
譲渡制限株式の贈与は、対価がない場合であっても株式の譲渡に当たりますので、会社の承認を要するのが原則でございます。承認を得ないまま贈与をいたしますと、会社との関係において株主としての地位を主張し得ない事態が生じ得ます。無償であるから手続は不要である、という誤解が生じやすい点でございます。
2 承認の請求は譲渡人からも譲受人からも行い得ます
株式を譲り渡そうとする株主からも、株式を取得した者からも、承認の請求を行うことができるものとされております。贈与の実行の前に行うか、実行の後に行うかにより、いずれによるべきかが変わりますので、順序をあらかじめ定めておくことが有効でございます。
3 名義書換の請求を忘れないでください
承認を得た後は、株主名簿の名義書換を請求いたします。名義書換がされるまでは、会社に対して株主であることを主張し得ないのが原則でございます。承認までは進めたものの名義書換に至っていない、という事例は少なくございません。
4 遺言による場合の取扱い
相続による株式の取得は、一般に譲渡には当たらないと解されておりますので、承認を要しないのが原則でございます。もっとも、特定の者に対する遺贈による場合には、譲渡に当たるものとして承認を要すると解される場合がございますので、遺言の文言に留意が必要でございます。
よくあるご質問
質問1 贈与契約書だけ作れば足りますか。
足りません。譲渡制限株式については会社の承認が必要でございまして(会社法第136条、第139条第1項)、また株主名簿の名義書換をしなければ会社に対抗することができません(会社法第130条第1項)。
質問2 遺言を書いてもらえば安心ですか。
遺言はいつでも撤回することができます(民法第1022条)。また、遺留分の問題は残ります。事案に応じて、生前贈与と組み合わせることを検討いたします。
質問3 父の判断能力が少し衰えてきました。
贈与及び遺言のいずれについても、本人の意思能力又は遺言をする能力が必要でございます(民法第963条参照)。判断能力が失われた後は、いずれの方法も採り得なくなります。早期の着手が必要でございます。
質問4 他の兄弟に知られたくありません。
贈与及び遺言のいずれも、相続の開始後には他の相続人の知るところとなります。秘匿を前提とする設計は、後の紛争を招きます。むしろ、他の相続人への配分を含めた全体の設計を行うことをお勧めいたします。
質問5 無償で贈与する場合でも会社の承認が必要でございますか。
株式が譲渡制限株式である場合には、対価がない場合であっても株式の譲渡に当たりますので、会社の承認を要するのが原則でございます。承認を得ないまま手続を進めますと、会社に対して株主であることを主張し得ない事態が生じ得ます。
質問6 贈与の後、株主名簿の書換えに会社が応じてくれません。
承認を得ているにもかかわらず名義書換に応じない場合には、名義書換を請求する訴えを提起することが考えられます。まずは請求を書面により行い、その記録を残しておくことが重要でございます。
本記事の根拠条文
民法
- 第549条(贈与)
- 第903条第1項(特別受益者の相続分)
- 第904条(贈与の目的である財産の評価)
- 第963条(遺言能力)
- 第1004条第1項(遺言書の検認)
- 第1012条第1項(遺言執行者の権利義務)
- 第1022条(遺言の撤回)
- 第1044条第3項(遺留分を算定するための財産の価額に算入される贈与)
- 第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)
会社法
- 第130条第1項(株式の譲渡の対抗要件)
- 第133条(株主名簿記載事項の記載等の請求)
- 第134条(譲渡制限株式に関する名義書換の請求の特則)
- 第136条・第137条・第139条第1項(譲渡等の承認)
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律 遺留分に関する民法の特例
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本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
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