自社株式の相続を弁護士に依頼するとき 会社が買い取らない場合と納税資金の確保
親御様が経営しておられた会社の株式を相続したものの、その会社が買取りに応じてくれない、という御相談を数多くお受けしています。本記事は、遺産の大部分が非上場の自社株式であり、相続税の納付資金をどう確保すればよいのか分からずにお困りの相続人の方に向けたものです。会社の経営に関与しておらず、株式を持ち続ける意味も乏しい、という立場を想定しています。
自社株式は、市場で売却することができません。買い手となり得るのは、発行会社か、支配株主か、株式買取業者に限られます。ところが、相続税は現金で納付しなければなりません。財産としては多額に評価されるのに、その財産からは1円も現金が生まれないという状態が生じます。
結論から申し上げます。この場面には、相続税の申告期限である10か月と、税制上の特例を用いることができる3年10か月という、性質の異なる2つの期限があります。さらに、会社の側から売渡しの請求を受けた場合には、20日という極めて短い期限が加わります。いずれも、経過してしまえば元に戻すことはできません。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
弁護士への依頼という同じ主題であっても、判断の分かれ目となる論点は場面ごとに異なりますので、次のとおり整理しています。
- 会社が自社株式を買い取らない場合の対応と、納税資金の確保……本記事
- 遺産分割の協議そのものが動かない場合……相続トラブルを弁護士に依頼するとき 遺産分割が動かない場合に採り得る手続と期限
現金は入らないのに納税義務だけが生じる、という場面
相続税の申告期限は10か月です
相続税の申告書は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に提出しなければなりません(相続税法第27条第1項)。納付の期限も同じ日です。令和8年3月10日に相続が開始し、同日にその事実を知った場合、申告及び納付の期限は令和9年1月10日です。
換金の手段が構造的に限られています
非上場株式には市場がありません。譲渡制限が付されていれば、会社の承認なく第三者へ売ることもできません。実際上、換金の相手は発行会社か支配株主に限られ、その相手が「買わない」と述べれば、そこで手詰まりになります。この一点だけで、相続人の立場は構造的に不利です。
延納及び物納には要件があります
金銭で一時に納付することが困難な場合には、担保を提供して年賦により納付する延納の制度があります(相続税法第38条)。延納によっても納付が困難な場合には物納の制度があります(相続税法第41条)。もっとも、非上場株式は物納に充てる財産の順位において後順位とされており、認められるかどうかは個別の判断となります(詳細は要確認)。制度がある、ということと、使える、ということは別です。
弁護士に依頼したとき、まず何から着手するのか
第1に、期限の棚卸しを行います
申告期限、特例の期限、売渡しの請求を受けた場合の期限を、すべて日付として書き出します。御相談の場でこの作業を行うだけで、何を先に決めなければならないかがはっきりします。順序を誤ると、後で取り返しがつきません。
第2に、株式の帰属を確定させます
相続人が数人あるときは、相続財産はその共有に属します(民法第898条第1項)。遺産分割が済むまで、株式は共同相続人の準共有の状態にあります。株式が二以上の者の共有に属するときは、権利を行使する者一人を定めて会社に通知しなければ、原則として権利を行使することができません(会社法第106条本文)。誰が交渉の主体となるのかを、まずここで決めます。
第3に、会社に対する情報の開示を求めます
買取価格を議論するには、直近の決算書類、株主名簿、定款が不可欠です。会社が任意に開示しない場合には、会社法上の請求権を用います。開示された数字を前提に、はじめて価格の主張が組み立てられます。
第4に、交渉の窓口を代理人に一本化します
相手方は、親族であり、かつ会社の代表者であることが通常です。この二重の関係が、当事者同士の交渉を著しく困難にします。代理人が窓口となることで、価格と条件という論点だけを取り出して議論できるようになります。
会社に買い取ってもらうための会社法上の手続
自己株式の取得は株主総会の決議によります
株式会社は、株主との合意により自己株式を取得することができます(会社法第155条第3号、第156条第1項)。特定の株主から取得する場合には、株主総会の特別決議を要し(会社法第160条第1項、第309条第2項第2号)、他の株主は自己をも売主に加えるよう請求することができます(会社法第160条第2項、第3項)。この売主追加請求権があるために、会社は「特定の相続人からだけ買うことはできない」と説明することがあります。
相続人等からの取得には特則があります
しかし、公開会社でない株式会社が、株主の相続人その他の一般承継人から、その一般承継により取得した株式を取得する場合には、売主追加請求権の規定は適用されません(会社法第162条本文)。ただし、その相続人等が株主総会において当該株式について議決権を行使した場合には、この特則は適用されません(同条第2号)。相続後に安易に議決権を行使すると、この特則を失うことがあります。
分配可能額という上限があります
自己株式の取得により株主に交付する金銭等の総額は、取得の効力発生日における分配可能額を超えることができません(会社法第461条第1項第3号)。会社が「買いたくても買えない」と述べる場合、この財源規制を指していることがあります。ただし、分配可能額は決算の内容によって変動しますので、直近の数字を確認せずに諦める必要はありません。
会社が応じない場合の交渉材料
会社が買取りに応じない場合であっても、株主としての権利は残ります。会計帳簿の閲覧謄写請求、株主総会における質問、剰余金の配当に関する議案の提案といった手段は、いずれも会社に対して現実の負担を生じさせます。交渉は、これらを整えたうえで行います。
相続の開始から3年10か月という、二つ目の期限
発行会社へ譲渡した場合の課税の特例
相続により取得した非上場株式を発行会社に譲渡した場合について、租税特別措置法第9条の7に課税の特例が定められています。適用を受けるには、相続の開始があった日の翌日から相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に譲渡することが必要です。すなわち、相続の開始から数えて3年10か月です。
取得費加算の特例
あわせて、相続税額のうち一定の金額を譲渡資産の取得費に加算する特例があります(租税特別措置法第39条)。この特例の適用期間も同じく3年10か月です。2つの特例の期間が一致していることが、実務上「3年10か月」と呼ばれる理由です。
日付で確認してください
令和8年3月10日に相続が開始し、同日にその事実を知った場合、申告期限は令和9年1月10日ですから、特例の適用を受けることができるのは令和12年1月10日までに譲渡した場合となります。交渉、価格の協議、株主総会の招集といった手続に要する期間を逆算すると、実際に動くことができる時間はそれほど長くありません。
届出の段取りを落とさないこと
この特例の適用を受けるには、譲渡の時までに、適用を受ける旨の書面を発行会社に提出する必要があります。会社が提出を渋る、あるいは事務を理解していないという事態は現実に生じます。書面の様式と提出の期日は、交渉の合意内容に必ず盛り込んでおきます。税額の計算そのものについては、税理士と連携して進めます。
会社が決算書類を見せてくれない場合
会計帳簿の閲覧謄写請求
総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主、又は発行済株式(自己株式を除きます。)の100分の3以上の数の株式を有する株主は、株式会社の営業時間内はいつでも、理由を明らかにして、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求することができます(会社法第433条第1項)。会社は、法定の拒絶事由に該当する場合を除き、これを拒むことができません(同条第2項)。
権利行使者の指定という前提
準共有の状態にある株式については、権利行使者の指定と会社への通知が必要です(会社法第106条本文)。指定は、共有物の管理に関する行為として、持分の価格に従いその過半数で決するものと解されています(民法第252条第1項参照)。共同相続人の間で意見が割れている場合、まずここで停滞します。遺産分割を先に進めるべきか、権利行使者の指定を先行させるべきかは、事案ごとの判断となります。
評価額の主張は税務上の評価と同じではありません
会社は「相続税評価額がこの金額であるから、それ以上では買えない」と述べることがあります。しかし、財産評価基本通達は行政庁の内部の取扱いであって、裁判所を拘束するものではありません(国家行政組織法第14条第2項)。なお、国税庁は令和8年4月20日から「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を開催し、昭和39年公表の財産評価基本通達の抜本的な見直しを検討しています。第5回(令和8年8月20日)では、類似業種比準方式を存置することは困難ではないかとされ、会社規模による区分を廃止してインカムアプローチによる評価を主軸とすべきとの方向性が示されています。ただし、内容も時期も確定したものではありません。
会社の側から売渡しの請求を受けた場合
定款に定めがあれば、会社は売渡しを請求できます
株式会社は、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対し、その株式を会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができます(会社法第174条)。請求をするには、その都度、株主総会の決議によって株式の数と相手方を定める必要があります(会社法第175条第1項)。この決議において、相手方となる相続人は議決権を行使することができません(同条第2項本文)。
会社が請求できる期間は1年です
会社は、相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過したときは、売渡しの請求をすることができません(会社法第176条第1項ただし書)。また、会社はいつでもこの請求を撤回することができます(同条第3項)。
20日以内に価格決定の申立てをしてください
売買価格は、会社と相手方との協議によって定めます(会社法第177条第1項)。協議が調わない場合、会社又は相手方は、売渡しの請求があった日から20日以内に、裁判所に対して売買価格の決定の申立てをすることができます(同条第2項)。この期間内に申立てがないときは、協議が調った場合を除き、売渡しの請求はその効力を失います(同条第5項)。
設例で申し上げます。会社から売渡しの請求を受けた日が令和8年11月5日である場合、裁判所への申立ては令和8年11月25日までに行う必要があります。会社が低額の提示をしてきた場合、この20日の間に申立てを準備できるかどうかで、結論は大きく変わります。
なぜ、会社は買取りに応じないのか
第1に、現金が社外に流出するからです
自己株式の取得は、会社の資金を株主に払い戻す行為です。設備投資や運転資金に充てるべき現預金が減少します。金融機関との関係を気にする経営者ほど、この点を強く意識します。買いたくないのではなく、資金繰りの優先順位の問題であることが少なくありません。
第2に、価格の前例を作りたくないからです
同族会社には、他にも少数株主が存在することが通常です。一人に高い価格で応じれば、他の株主も同じ価格を求めます。会社が「相続税評価額でしか買えない」と繰り返すのは、価格の水準を固定しておきたいという動機によることがあります。
第3に、時間の経過が会社に有利だからです
相続人の側には、10か月の納付期限と3年10か月の特例の期限があります。会社の側には、そのような期限はありません。交渉を引き延ばせば、相続人は資金繰りに追われ、条件を下げざるを得なくなります。回答を先延ばしにする態度は、多くの場合、意図的なものです。
いま確認していただきたいこと
本日のうちに、次の点を確認していただくことをお勧めします。
- 相続の開始日を確認し、申告期限と3年10か月の期限を日付として書き出してください。この2つの日付が、今後のすべての判断の基準になります。
- 会社の定款を入手し、相続人等に対する売渡しの請求に関する定めがあるかどうかを確認してください。定めがある場合、会社の側から動いてくる可能性があります。
- 会社から書面が届いていないかを確認してください。売渡しの請求を受けている場合、20日の期間が既に進行しています。日付を必ず控えてください。
- 直近3期分の決算書類が手元にあるかどうかを確認してください。ない場合は、開示を求めるところから始める必要があります。
- 相続人が複数いる場合、権利行使者を誰にするかについて、他の相続人の意向を確認してください。
期限の判断だけは、早めに専門家に確認してください。当事務所では、初回の御相談は無料で承っております。
よくあるご質問
会社に「買い取る資金がない」と言われました。それで終わりでしょうか
いいえ。分配可能額による制約は存在しますが(会社法第461条第1項第3号)、その額は決算の内容によって変動します。また、支配株主が個人として買い取る方法、複数年に分けて取得する方法など、選択肢は他にもあります。まず、直近の決算書類を確認するところから始めます。
相続税の納付までに間に合わない場合、どうすればよいですか
申告と納付の期限自体は動かせませんので、延納の申請(相続税法第38条)を検討することになります。担保の提供が必要となる場合がありますので、期限の直前ではなく、余裕をもって税理士と協議してください。株式の売却交渉と納税の手当ては、並行して進める必要があります。
会社から売渡しの請求を受けました。応じなければならないのですか
定款に定めがあり、株主総会の決議を経た適法な請求であれば、株式を売り渡すこと自体は避けられません。しかし、価格は別問題です。協議が調わないときは、請求があった日から20日以内に裁判所へ売買価格の決定の申立てをすることができます(会社法第177条第2項)。この申立てをしなければ、請求は効力を失いますが(同条第5項)、会社が改めて請求してくることもあり得ますので、対応の方針は慎重に決める必要があります。
株式買取業者から連絡が来ました。売ってしまってよいでしょうか
提示された金額が適正であるかどうかは、決算書類を確認しなければ判断できません。また、譲渡制限株式であれば会社の承認が必要であり、承認されない場合の手続も定められています。急いで応じる前に、御相談ください。
おわりに
自社株式の相続でお困りの方の多くは、御自身が何か間違えたのではないかとお考えになります。しかし、非上場株式に市場がないこと、換金の相手が限られていること、相続税は現金で納めなければならないこと、これらはいずれも制度の側の構造です。御自身の落ち度ではありません。
そして、この構造の中でも、会社法及び税制は相続人のために複数の手続を用意しています。10か月、3年10か月、そして20日。期限に間に合ってさえいれば、必ず打つ手はあります。まずはお電話でお話をお聞かせください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
自社株式の相続と納税資金に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜・日曜・祝日を含みます)
出典
- 民法第898条第1項(相続財産の共有)、第252条第1項(共有物の管理)
- 会社法第106条本文(共有者による権利の行使)
- 会社法第155条第3号、第156条第1項(自己株式の取得)
- 会社法第160条第1項から第3項まで、第309条第2項第2号(特定の株主からの取得)
- 会社法第162条本文、第2号(相続人等からの取得の特則)
- 会社法第174条、第175条第1項、第2項(相続人等に対する売渡しの請求)
- 会社法第176条第1項ただし書(1年)、第3項(撤回)
- 会社法第177条第1項、第2項(20日)、第5項(効力の喪失)
- 会社法第433条第1項、第2項(会計帳簿の閲覧謄写請求)
- 会社法第461条第1項第3号(分配可能額)
- 相続税法第27条第1項(申告期限 10か月)、第38条(延納)、第41条(物納)
- 租税特別措置法第9条の7(発行会社へ譲渡した場合の課税の特例)
- 租税特別措置法第39条(相続財産に係る譲渡所得の課税の特例)
- 国家行政組織法第14条第2項(訓令及び通達)
- 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第5回)」資料(令和8年8月20日)
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