社長の判断能力が失われた場合に会社と家族が採るべき手順

父が脳の疾患で倒れ、意思の疎通ができない状態が続いております。父は会社の代表取締役であり、株式の大半も保有しております。会社の決裁が止まり、銀行との取引にも支障が生じております。事業承継の話も進めておりませんでした。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。

先に結論を申し上げます。この局面では、2つの問題を分けて考える必要がございます。第1は、会社という組織が動かなくなるという問題でございます。第2は、社長個人の財産(株式を含みます)を誰が管理するかという問題でございます。前者は会社法の問題であり、後者は民法の問題でございます。両者を混同いたしますと、いずれも解決いたしません。とりわけ、成年後見人が選任されても、その者が当然に会社の経営を行うものではございません。本記事では、それぞれの問題について、採るべき手順を整理いたします。

目次

第1節 2つの問題を分けて考えます

問題 内容 採るべき手段
会社の機関 代表取締役が職務を執行できない、決議ができない 取締役会及び株主総会の運営、一時役員の選任、仮処分
個人の財産 株式その他の財産の管理、議決権の行使 成年後見等の制度の利用
事業の承継 株式及び経営の地位の移転 本人の意思能力の有無により手段が異なります

第2節 会社の機関の問題

 代表取締役が職務を執行できない状態

代表取締役が意思の疎通をできない状態にある場合、その者の名義による契約の締結、決裁、銀行との取引は、事実上できなくなります。取締役会設置会社においては、他の取締役が業務執行の決定に関与し得ますが、代表権を有する者がいなければ対外的な行為ができません。

 新たな代表取締役の選定

取締役会設置会社においては、代表取締役は取締役会の決議により選定いたします。取締役会を招集し、決議を行うことになります。他方、取締役会を設置していない会社においては、定款の定め、定款の定めに基づく取締役の互選又は株主総会の決議により定めることになります。

いずれにしても、現に職務を執行し得る取締役が存在することが前提でございます。取締役が社長1人のみである会社では、この経路が使えません。

 取締役の員数を欠く場合

役員が欠けた場合又は会社法若しくは定款で定めた役員の員数を欠くこととなった場合において、必要があると認めるときは、裁判所は、利害関係人の申立てにより、一時役員の職務を行うべき者を選任することができるものとされております(会社法第346条第2項)。

もっとも、社長が意思の疎通をできない状態にあっても、法律上は取締役の地位を失うものではございません。したがって、「役員が欠けた」といえるかは、事案により検討を要します。

 辞任又は解任

社長本人が辞任の意思表示をすることができない状態にある場合には、辞任によることができません。他方、役員は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができるものとされております(会社法第339条第1項)。この決議には議決権が必要でございますので、社長が保有する株式の議決権を誰が行使し得るかという問題に帰着いたします。

 株主総会の招集

株主総会は、原則として取締役が招集いたします(会社法第296条第3項)。総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主は、取締役に対し、株主総会の目的である事項及び招集の理由を示して、株主総会の招集を請求することができます(会社法第297条第1項)。公開会社でない会社においては、6か月前から引き続き有することを要しないものとされております(同条第2項)。請求の後、遅滞なく招集の手続が行われない場合等には、裁判所の許可を得て、株主自らが招集することができます(同条第4項)。

第3節 個人の財産の問題

 成年後見等の制度

制度 対象 根拠条文
後見 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者 民法第7条
保佐 精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者 民法第11条
補助 精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者 民法第15条第1項

いずれも、家庭裁判所に対する申立てにより開始いたします。申立てをすることができる者は、本人、配偶者、四親等内の親族等でございます。診断書その他の資料の提出を求められ、鑑定が実施されることがございます。

 成年後見人の権限

成年後見人は、成年被後見人の財産を管理し、その財産に関する法律行為について成年被後見人を代表するものとされております。したがって、株式の管理及び議決権の行使は、成年後見人が行うことになります。

もっとも、成年後見人は、本人の財産の保全を職務といたします。会社の経営そのものを行う立場ではございません。「後見人が選任されれば会社の問題も解決する」という理解は、正確ではございません。

 誰が成年後見人となるか

成年後見人は、家庭裁判所が選任いたします。親族が選任されることもあれば、弁護士その他の専門職が選任されることもございます。財産の額が大きい場合、親族の間に対立がある場合には、専門職が選任される傾向がございます。

会社の株式が財産の大半を占め、かつ相続人となるべき者の間に対立がある事案では、選任される者が誰であるかにより、その後の展開が大きく変わります。

第4節 議決権の行使

社長が保有する株式の議決権を誰が行使し得るかは、この局面における最大の争点でございます。

後見が開始した場合には、成年後見人が本人を代表して議決権を行使することになります。したがって、成年後見人が選任されるまでの間は、当該株式の議決権を行使することができず、株主総会の決議が成立しないという事態が生じ得ます。

また、成年被後見人が取締役に就任するには、成年後見人が本人の同意を得た上で本人に代わって就任の承諾をしなければならないものとされております(会社法第331条の2)。役員の構成を改める際には、この規律にも留意を要します。

なお、判断能力が失われた後に、家族が本人の名義で議決権を行使し、又は本人の名義で書面を作成することは、避けなければなりません。後にその効力が争われ、決議の不存在又は取消しの原因となるおそれがございます。

第5節 判断能力の程度による違い

「判断能力が失われた」と一口に申しましても、その程度は様々でございます。意思の疎通が全くできない場合と、日によって差がある場合とでは、採り得る手段が異なります。

補助又は保佐の程度にとどまる場合には、本人が自ら行為をすることができる範囲が残ります。事業の承継についても、本人の意思を確認しながら進め得る余地がございます。したがって、まず医師の診断により程度を把握することが出発点となります。

他方、後見が相当と判断される程度に至っている場合には、本人の意思に基づく承継はできません。株式の贈与、遺言の作成、定款の変更に関する意思決定は、いずれも本人が行い得ないことになります。

第6節 手順

段階 内容
第1 医師の診断により、判断能力の程度を把握いたします
第2 会社の登記事項証明書及び定款により、機関の構成を確認いたします
第3 株主名簿により、株主構成及び議決権の所在を確認いたします
第4 現に職務を執行し得る取締役の有無を確認いたします
第5 取締役会又は株主総会により、代表取締役を選定いたします
第6 成年後見等の開始の申立てを検討いたします
第7 成年後見人の選任の後、議決権の行使及び機関の整備を行います

なお、登記の申請の手続につきましては、司法書士にご確認ください。当事務所は登記の申請の代理を行っておりません。

第7節 やってはならないこと

  • 本人の判断能力が失われた後に、本人の名義で議決権を行使すること
  • 本人の名義で契約書、議事録、遺言書を作成すること
  • 本人の預金を家族の判断で移動させること
  • 開催していない株主総会の議事録を作成すること

これらはいずれも、後にその効力が争われ、また刑事上の問題を生じ得ます。株主総会が現実に開催されていないにもかかわらず議事録のみが作成された場合には、決議の不存在の確認の訴え(会社法第830条第1項)の対象となります。

第8節 弁護士にご相談いただく意味

この局面において最も多い誤りは、「成年後見の申立てをすれば会社の問題も解決する」という理解でございます。成年後見人は本人の財産の保全を職務とする者でございまして、会社の経営を担う立場ではございません。会社の機関の問題は、取締役会及び株主総会の運営により解決するほかございません。

また、成年後見の申立てには相応の期間を要します。その間、会社の決裁が止まり、取引先及び金融機関との関係に支障が生じます。したがって、後見の申立てと並行して、現に職務を執行し得る取締役による会社の運営を整えることが必要でございます。

さらに、相続人となるべき者の間に対立がある場合には、成年後見人の選任そのものが争点となります。誰が申立てを行うか、誰を候補者とするかによって、その後の事業の承継の展開が変わります。

具体的な進め方は、判断能力の程度、機関の構成、株主構成、親族の間の関係等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してまいりました実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。なお、税務上の取扱いにつきましては税理士にご確認ください。

第9節 成年後見の開始の審判の申立ての手続

制度の概要は第3節に述べたとおりでございますが、実際に申立てを行う場合の段取りを、順を追って整理いたします。会社の側の対応と並行して進めることになりますので、要する期間の見込みを立てておくことが重要でございます。

 第1段階 申し立てる裁判所を確認いたします

申立ては、ご本人の住所地を管轄する家庭裁判所に対して行います。ご本人が施設に入所されている場合には、住所地がいずれであるかの判断を要することがございますので、あらかじめご確認ください。

 第2段階 申立てをすることができる者を確認いたします

ご本人、配偶者、四親等内の親族等が申立てをすることができるものとされております。ご家族の中で誰が申立人となるかにより、その後の手続における連絡の窓口が定まりますので、あらかじめ話し合っておかれることをお勧めいたします。

 第3段階 診断書を取得いたします

申立てには、ご本人の判断能力に関する医師の診断書を要します。裁判所が定める書式がございますので、これを主治医にお渡しして作成を依頼いたします。判断能力の程度に関する記載は、いずれの類型によるべきかの判断に用いられますので、手続の出発点となる重要な書面でございます。

 第4段階 申立ての書類を作成いたします

申立書のほか、ご本人の財産の目録、収支に関する資料、親族の関係を示す図面、後見人の候補者に関する書類等を作成いたします。会社の株式を保有しておられる場合には、その内容も財産として記載することになりますので、株主名簿及び計算書類を確認いたします。

 第5段階 裁判所の調査及び鑑定

申立ての後、裁判所による調査が行われます。ご本人及び申立人からの事情の聴取、親族に対する意向の照会が行われることが一般的でございます。判断能力の程度について、さらに専門的な判断を要すると認められる場合には、鑑定が行われることがございます。

 第6段階 審判及び登記

審判がされ、これが確定いたしますと、その内容が登記されます。以後、後見人であることは、この登記に係る事項の証明書により示すことになりますので、金融機関その他の関係先に対しては、この証明書を提示いたします。

これらの手続に要する期間は、事案により大きく異なります。特に鑑定が行われる場合には、相応の期間を見込む必要がございます。会社の機関を動かす必要が差し迫っている場合には、後見の手続の完了を待たずに行い得ることがないかを、併せてご検討いただくことになります。

第10節 申立てに必要となる資料と、その入手先

あらかじめお集めいただく資料を掲げます。取得に日数を要するものがございますので、着手の順序にご留意ください。

資料 入手先 用いる場面
診断書(裁判所の定める書式によるもの) 主治医 判断能力の程度を示し、いずれの類型によるべきかの判断に用います
戸籍謄本、住民票 市区町村 ご本人及び申立人の身分関係並びに住所を示します
登記されていないことの証明書 法務局 既に後見等が開始されていないことを示します
財産を示す資料(預金通帳、保険証券、不動産の登記事項証明書等) 金融機関、保険会社、法務局 財産の目録を作成いたします
株主名簿、計算書類 会社 保有する株式の内容及び会社の状況を示します
収支を示す資料(年金の通知書、施設の利用料の請求書等) 年金の実施機関、施設 収支の予定を明らかにいたします
親族の関係を示す図面 申立人が作成いたします 意向の照会の対象となる親族を明らかにいたします
会社の履歴事項全部証明書 法務局 ご本人が役員である場合に、その地位及び任期を示します

これらのうち、診断書は主治医のご都合により、また戸籍謄本は本籍地が遠隔である場合に、それぞれ日数を要することがございます。取得に時間のかかるものから先に着手し、ご自身で作成する書類は、資料の到着を待つ間に進めておかれますと、全体の期間を短くすることができます。ご本人が施設に入所しておられる場合には、施設に対する照会が必要となる資料もございますので、早めにご相談ください。

第11節 着手の前にご家族の間で確認しておくべき事項

手続に着手いたしますと、その後の変更には手間を要します。あらかじめご家族の間で確認しておいていただきたい事項を掲げます。

 誰が申立人となるか

申立人は、その後の手続における連絡の窓口となります。書類の作成及び裁判所とのやり取りを担うことになりますので、時間を割くことのできる方が適しております。会社の経営に関与しておられる方であるか否かは、申立人となり得るかとは別の問題でございます。

 誰を後見人の候補者とするか

候補者を挙げることはできますが、誰を選任するかは家庭裁判所が判断いたします。ご希望のとおりとならない場合があること、また第三者が選任される場合があることを、あらかじめご了解いただく必要がございます。

 会社の経営を誰が担うか

後見の手続と、会社の経営を担う者を定めることとは、別の事柄でございます。後見人が選任されましても、その方が会社の経営を行うわけではございません。会社の側の手続を並行して進める必要がある旨は、第2節に述べたとおりでございます。

 費用の負担をどうするか

申立てに要する費用及び資料の取得に要する費用が生じます。どなたが立て替え、最終的にいかなる負担とするのかを、あらかじめ話し合っておかれますと、後の行き違いを避けることができます。弁護士費用につきましては、当ウェブサイトの弁護士費用一覧のページをご覧ください。

第12節 関係先への届出及び通知

会社の機関を整えましても、関係先に対する届出及び通知を欠きますと、現場において混乱が続くことになります。届出先ごとに整理いたします。

届出先 届け出る内容 留意点
金融機関 代表者の変更、届出の印鑑の変更、権限を有する者 後見が開始された場合には、ご本人の名義の口座の取扱いが変わることがございます。会社の口座と個人の口座とを分けてご確認ください
取引先 代表者の変更、契約を締結する権限を有する者 継続的な契約につきましては、名義の変更の要否及び契約上の通知の定めを確認いたします
許認可を所管する官庁 役員の変更に関する届出 業種によっては届出の期限が定められている場合がございます。届出を怠りますと、許認可自体に影響が及ぶことがございます
法務局 役員の変更の登記 変更が生じた日から2週間以内に申請を要します(会社法第915条第1項)。登記の申請の代理は当事務所の取り扱う業務ではございませんので、司法書士にご依頼いただくことになります
保険会社 契約者、被保険者、受取人に関する事項 会社が契約者となっている保険につき、受取人の指定及び解約の権限を有する者を確認いたします
顧問の税理士 決算及び申告に関する体制 税務上の取扱いにつきましては、税理士にご確認ください

これらの届出は、会社の機関に関する手続が整った後に行うものと、並行して進め得るものとがございます。金融機関及び取引先に対する通知は、現場の混乱を早期に収める効果がございますので、代表取締役の選定が済み次第、速やかに行うことをお勧めいたします。

よくあるご質問

質問1 成年後見人が選任されれば、会社の経営もしてもらえますか。

成年後見人は、本人の財産を管理し、その財産に関する法律行為について本人を代表する立場でございます。会社の経営そのものを行う立場ではございません。会社の機関の問題は、取締役会及び株主総会により解決することになります。

質問2 父の株式の議決権は誰が行使できますか。

後見が開始した場合には、成年後見人が本人を代表して行使することになります。選任されるまでの間は、当該株式の議決権を行使することができません。

質問3 今から父に株式を贈与してもらうことはできますか。

判断能力を欠く常況にある場合には、本人の意思に基づく贈与をすることができません。判断能力の程度により結論が異なりますので、まず医師の診断を得ることが必要でございます。

質問4 取締役が父1人しかいません。

株主総会の決議により、新たな取締役を選任することが考えられます(会社法第329条第1項)。もっとも、株主総会を招集する者及び議決権を行使し得る者の問題が生じますので、株主構成を踏まえた検討が必要でございます。

質問5 銀行が取引に応じてくれません。

代表取締役の変更の登記がされるまでは、対外的な行為が困難でございます。取締役会又は株主総会により代表取締役を選定し、登記を行うことが先決となります。登記の申請の手続につきましては、司法書士にご確認ください。

質問6 後見の手続にはどのくらいの期間がかかりますか。

事案により大きく異なります。特に判断能力の程度について鑑定が行われる場合には、相応の期間を見込む必要がございます。あらかじめ確たる期間を申し上げることはできませんので、会社の機関に関する手続のうち、後見の完了を待たずに行い得るものがないかを併せてご検討いただくことになります。

質問7 診断書は、どの医師に書いてもらえばよろしいですか。

日頃の状態をご存じの主治医にご依頼いただくのが一般的でございます。裁判所が定める書式がございますので、これをお渡しして作成を依頼いたします。かかりつけの医療機関がない場合には、いずれの医療機関に依頼すべきかを、あらかじめご相談ください。

質問8 親族の間で意見が分かれております。申立てはできますか。

申立てをすること自体は可能でございます。もっとも、手続の中で親族に対する意向の照会が行われることが一般的でございますので、意見の相違はその過程で明らかになります。あらかじめ話し合いの機会を持たれることが望ましうございますが、それが困難な場合であっても、必要があれば申立てを行うことになります。

質問9 会社の資料はどこまで裁判所に出す必要がございますか。

ご本人の財産としての株式の内容を示すために必要な範囲でございます。会社の内部の資料を無制限に提出するものではございません。いかなる資料をどの範囲でお出しいただくかは、事案により異なりますので、個別にご確認ください。

本記事の根拠条文

民法

  • 第7条(後見開始の審判)
  • 第11条(保佐開始の審判)
  • 第15条第1項(補助開始の審判)

会社法

  • 第296条第3項(株主総会の招集)
  • 第297条第1項・第2項・第4項(株主による株主総会の招集の請求)
  • 第329条第1項(役員の選任)
  • 第331条の2(成年被後見人等が取締役に就任する場合の手続)
  • 第339条第1項(役員の解任)
  • 第346条第2項(一時役員の職務を行うべき者の選任)
  • 第830条第1項(決議の不存在の確認の訴え)

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本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。

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