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認知症の親の遺言で自社株式が1人に承継された場合 遺言能力の争い方と集めるべき資料

公開 2026年10月26日更新 2026年10月30日

▶ 自社株式を1人に相続させる遺言に納得できない場合の対応 遺言の無効の主張と遺留分侵害額の請求

父は亡くなる数年前から認知症と診断され、施設に入っていました。ところが、その頃の日付で「会社の株式はすべて長男に相続させる」とする公正証書遺言が作られていました。父は長男の名前も分からない日があったのに、遺言の内容を理解していたとは思えません。当事務所には、このようなご相談が寄せられています。

同族会社のオーナーが高齢になってから遺言を作成することは多く、その時期には判断能力の低下が始まっていることも少なくありません。自社株式の承継は会社の支配を左右するため、遺言能力をめぐる争いが深刻になりやすい分野です。

結論から申し上げます。認知症の診断があっても、それだけで遺言が無効になるわけではありません。遺言能力の有無は、遺言をした時点の認知機能の程度、遺言の内容の複雑さ、作成に至る経緯などを総合して判断されます。争う側は、医療記録・介護記録と、遺言者がその時期に会社の経営にどの程度関わっていたかを示す会社の記録を、早い段階で集めることが鍵となります。以下、順を追ってご説明します。

遺言能力とは

遺言をする時点の能力が問われます

遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければなりません(民法第963条)。遺言能力は、遺言の内容とその結果を理解し判断できる能力をいいます。問われるのは、遺言書を作成した日の能力であり、亡くなる直前の状態ではありません。

成年被後見人の遺言

成年被後見人であっても、事理を弁識する能力を一時回復した時に、医師2人以上の立会いがあれば遺言をすることができます(民法第973条第1項)。この方式によらずに成年被後見人がした遺言は、遺言能力を欠くものとして効力が争われます。遺言の当時に後見開始の審判を受けていたかどうかは、法務局の登記事項証明書で確かめます。

遺言能力の判断で重視される事情

認知機能の程度

認知症の種類と進行の程度、改訂長谷川式簡易知能評価スケール等の検査の結果、日常の会話や金銭の管理の状況が考慮されます。検査の点数は重要な資料ですが、点数だけで結論が決まるものではありません。

遺言の内容の複雑さ

「すべての財産を妻に相続させる」という単純な遺言と、複数の会社の株式、不動産、預金をそれぞれ別の相続人に割り振る遺言とでは、求められる理解の程度が異なります。自社株式の承継は、会社の支配の移転や他の相続人の取り分に関わるため、遺言者がその意味を理解していたかが問われやすくなります。

作成に至る経緯と従前の意向

遺言者が以前から同じ内容を口にしていたか、それとも従前の意向と正反対の内容か、遺言で利益を受ける相続人が公証人との打合せや証人の手配を主導していたか、といった経緯も考慮されます。以前の遺言や、家族に宛てた手紙、日記なども資料となります。

公正証書遺言の場合

公正証書遺言は、公証人が遺言者の意思を確認して作成するため、遺言能力が否定される場面は限られます。しかし、公証人は医師ではなく、短時間の面談で判断能力の低下を見抜けないこともあります。公正証書遺言であることだけで、無効の主張を諦める必要はありません。

自社株式を特定の相続人に承継させる遺言に納得できない方は、次のページを御覧ください。

集めるべき資料

医療記録と介護記録

診療録(カルテ)、看護記録、検査の結果、主治医の意見書、施設の介護記録が中心となります。医療機関に対する開示の求めについては、厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」が遺族への提供を定めています。要介護認定の際の主治医意見書や認定調査票は、市区町村に開示を求めることになりますが、扱いは自治体によって異なります。

証拠保全

記録が廃棄され、又は改ざんされるおそれがある場合は、訴えの提起の前に、裁判所に証拠保全を申し立てる方法があります(民事訴訟法第234条)。カルテの保存期間は限られていますので、早めの対応が必要です。

会社の記録

自社株式の事案に特有の資料が、会社の記録です。遺言の前後に、遺言者が代表取締役として契約書に署名し、取締役会や株主総会に出席して発言していたかどうかは、判断能力を推認する手がかりになります。反対に、その時期にはすでに経営から退き、後継者がすべてを決めていた事実は、遺言能力に疑問を生じさせる事情になり得ます。取締役会議事録、株主総会議事録、登記の変更の経過を確かめます。

公正証書遺言の作成の経過

公正証書遺言の場合は、作成に立ち会った証人が誰か、公証人との事前の打合せを誰が行ったか、遺言者が公証役場に出向いたのか公証人が病院や施設に出張したのかを確かめます。

手続の進め方

調停から訴訟へ

遺言の無効確認は、まず家庭裁判所の調停を申し立てるのが原則です(家事事件手続法第257条第1項)。調停が成立しない場合は、地方裁判所に遺言無効確認の訴えを提起します。遺言能力の争いは、医学的な資料の評価が中心となるため、訴訟では主治医の意見や専門家の意見書が重要になります。

遺留分侵害額の請求を併せて行います

遺言能力の争いは、結論が出るまで時間がかかり、無効が認められないこともあります。遺留分侵害額の請求権は1年で時効により消滅しますので(民法第1048条)、無効の主張と並行して、遺留分侵害額を請求する旨の意思表示をしておくべきです。全体の進め方は自社株式を1人に相続させる遺言に納得できない場合の対応 遺言の無効の主張と遺留分侵害額の請求をご参照ください。

遺言や生前贈与で取り分がなくなり、遺留分侵害額の請求を検討している方は、次のページを御覧ください。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

いま確認していただきたいこと

  • 遺言書の作成日と、その前後の入院・通院先及び介護施設
  • 認知症の診断の時期と、検査の結果が分かる資料
  • 後見開始の審判の有無
  • 遺言の前後に遺言者が署名した会社の書類(契約書、議事録等)
  • 以前の遺言や、遺言者の意向が分かる手紙・日記
  • 相続の開始と遺言の内容を知った日

よくあるご質問

認知症と診断されていれば、遺言は無効になりますか。

診断だけで直ちに無効となるわけではありません。遺言をした時点で、遺言の内容とその結果を理解し判断できたかどうかが、医療記録、遺言の内容の複雑さ、作成の経緯などから判断されます(民法第963条)。

カルテは、相続人でも取り寄せられますか。

医療機関に開示を求めることができます。厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」は、遺族への診療情報の提供を定めています。開示の範囲や手続は医療機関によって異なります。

父が遺言の頃も会社の書類に署名していました。不利になりますか。

判断能力があったことを推認させる事情として扱われることがあります。もっとも、署名が形式的なものにとどまり、実際には後継者がすべてを決めていた場合は、別の評価となり得ます。署名の内容と経緯を確かめます。

公正証書遺言の作成に立ち会った証人から、話を聞くことはできますか。

証人が任意に応じれば話を聞くことができます。訴訟では、証人として尋問を申し出ることも考えられます。

遺言の無効が認められると、株式はどうなりますか。

株式は相続人全員の準共有となり、遺産分割の対象となります。遺産分割が終わるまでの議決権の行使には、権利行使者の指定が必要です(会社法第106条)。

出典

  • 民法(明治29年法律第89号)第963条、第973条第1項、第1048条
  • 家事事件手続法(平成23年法律第52号)第257条第1項
  • 民事訴訟法(平成8年法律第109号)第234条
  • 会社法(平成17年法律第86号)第106条
  • 厚生労働省「診療情報の提供等に関する指針」
  • e-Gov法令検索(デジタル庁) 法令の条文の確認に用いています。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)は、非上場株式の相続に注力し、判断能力が低下した時期に作成された遺言について、医療記録や会社の記録の収集、遺言無効確認の調停及び訴訟、遺留分侵害額の請求まで、ご依頼者の代理人としてご相談をお受けしています。同一の案件について、利害の対立する双方を代理することはありません。

株式についての遺言でお困りの方は、株式の遺言をめぐるトラブルに関するご案内のページをご覧ください。

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ご相談の際に、遺言書の写し、遺言をした当時の診断書・介護認定の資料、入院・通院先の一覧、会社の履歴事項全部証明書をご用意いただけば、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。なお、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。

本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。

必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

この記事の位置付け

認知症の親が作成した遺言で自社株式が1人に承継された場合の遺言能力の争い方に関するメインのページです。本ページは、非上場株式の相続において、遺言能力の判断の要素と、医療記録や会社の記録など集めるべき資料をご説明します。遺言の無効と遺留分の全体像は別のページをご参照ください。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

2024年(令和6年)10月に最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得た弁護士です。長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件にも関与しています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

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本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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