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後継者に株式を集めた遺産分割協議と虚偽表示による無効の主張―東京地方裁判所平成25年9月30日判決

公開 2013年9月30日更新 2013年9月30日

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運送業・倉庫業を営む同族会社を経営していた父が亡くなり、会社の経営を承継した二女が会社の株式や遺産の大半を取得する内容の遺産分割協議書に、母と4人の姉妹全員が署名押印した後、10年以上たってから、姉妹のうち2人が、その協議は会社の借入れのために作った便宜上のものであり虚偽表示により無効であると主張した場面の判例です。東京地方裁判所平成25年9月30日判決は、協議書が作成されるまでの経緯や、協議書の内容に従って現実に遺産の処理がされてきたことなどから、協議書が単なる便宜上のものとして作成されたというのは疑わしいとして、遺産分割協議の無効確認を求めた請求をいずれも棄却しました。

本記事では、判決本文に基づいて、後継者に有利な遺産分割協議は「便宜上のもの」であったという主張がなぜ認められなかったのか、協議後に作られた「補足」の書面や、別の訴訟での相続人たちの供述がどのように評価されたのか、そして協議の内容が後継者に有利であることがどう扱われたのかを整理します。同族会社の株式を含む遺産を後継者に集める協議書に署名してしまい、後からその効力を争いたいと考えている相続人の方にとって、争い方とその難しさを考える材料になる判決です。

目次
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 家業の会社を経営していた父が亡くなり、二女が経営を承継した
    2. 姉妹はそれぞれ父から生前に援助を受けていた
    3. 最初の遺産分割協議書案は、長女の反対で成立しなかった
    4. 相続人全員による2回の会合を経て、本件遺産分割協議書に署名押印がされた
    5. 協議に伴い、長女の債務が免除され、協議に従って遺産の処理が進められた
    6. 協議から1年余り後、「遺産分割協議書の補足」と題する書面が作られた
    7. 二女が四女に建物の明渡しを求めた別件訴訟は、和解で終わった
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった書面の内容
    1. 本件遺産分割協議書―遺産の大半を二女が取得し、長女の相続分はないとされた
    2. 本件書面(「相続するにあたって」)―建替え後の住居を用意する約束
    3. 本件補足書面(「遺産分割協議書の補足」)―三女が1年余り後に作成し、二女は署名しなかった
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 原告らの請求
    2. 争点
    3. 主要な主張の対比
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 判断の枠組み―「便宜上のもの」であったことを裏付ける証拠があるか
    2. 結論を支えた事実
  9. 第一審の判断
    1. 協議書の作成経緯と、その後の遺産の処理から、便宜上のものというのは疑わしい
    2. 別件訴訟での長女の供述は採用されなかった
    3. 三女の供述も、便宜上の書類との認識を裏付けなかった
    4. 四女の供述は、変遷と態度の不一貫から採用されなかった
    5. 本件補足書面は、協議書の効力がないことを前提とするものではない
    6. 協議の内容が二女に有利でも、一方的に有利とは断定できない
    7. 結論―虚偽表示を認めるに足りる証拠はない
  10. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 各主張の結論の一覧
    2. 経緯と事後の行動が重視された理由
    3. 同じ趣旨の供述が複数あっても足りなかった理由
  11. 主文及び結論
  12. 審級ごとの結論の推移
  13. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  14. よくあるご質問
    1. 会社のためだと言われて、後継者の兄弟姉妹が会社の株式や遺産の大半を取得する遺産分割協議書に署名してしまいました。後から無効にできますか。
    2. 後で他の相続人と、あの協議書は便宜上のものだったと確認する書面を作りました。それで無効を証明できますか。
    3. 遺産分割協議の内容が後継者にあまりに有利です。不公平であることを理由に無効を主張できますか。
    4. 協議書に署名した後、言われるままに登記の書類や印鑑証明書を渡してしまいました。不利になりますか。
    5. 他の兄弟姉妹も、当時は便宜上のものと聞いたと言っています。証言があれば無効を証明できますか。
    6. 協議から10年以上たっていても、遺産分割協議の無効確認を求めることはできますか。
  15. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

審級 裁判所 裁判日 事件番号 裁判の形式 結論
第一審 東京地方裁判所 平成25年9月30日 平成24年(ワ)第25611号 判決 請求棄却。原告らの請求をいずれも棄却し、訴訟費用は原告らの負担

この判決に対する控訴の有無、及び判決の確定については、確認できていません。判決本文には、この判決に対する上訴に関する記載はありません。また、本件の別の審級の判決本文は割り当てられておらず、判決本文にも本件の別の審級の判決への言及はありません。判決本文には、本件に先立って当事者の間で争われた建物の明渡しを求める訴訟(後記の「別件訴訟」)が出てきますが、これは本件とは別の事件です。この表は、判決本文の冒頭、主文及び理由の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決本文が用いた符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。

本記事の表記 立場
被相続人HRK氏 平成11年6月30日に死亡した父です。生前、運送・倉庫会社RKUを経営していました。本件で無効かどうかが争われたのは、被相続人HRK氏の遺産についての遺産分割協議です
母TME氏 被相続人HRK氏の妻で、相続人の一人です。遺産分割協議の当事者となりましたが、平成23年2月15日に死亡しました。母TME氏の相続人は、原告ら及び被告らです
原告SAK氏 原告。被相続人HRK氏と母TME氏の長女です。遺産分割協議書では、生前に相続分相当の贈与を受けたので相続分はないとされました
被告NKM氏 被告。二女です。被相続人HRK氏が病気で会長に退いた際に運送・倉庫会社RKUの社長に就任し、被相続人HRK氏の死後、会社の経営を承継しました。遺産分割協議書では、運送・倉庫会社RKUの株式や建物とその借地権を取得するとされました
原告YUR氏 原告。三女です。遺産分割協議書では、マンションの持分4分の1を取得するとされました。平成12年1月から運送・倉庫会社RKUで働いていました
被告KYO氏 被告。四女です。遺産分割協議書では、マンションの持分4分の1を取得するとされました。本件では被告とされていますが、別件訴訟では被告NKM氏と争った当事者です
運送・倉庫会社RKU 運送業、倉庫業等を目的とする株式会社で、被相続人HRK氏が経営していた家業の会社です。判決本文には、株主構成や事業規模の詳細は記載されていません
二女の夫JNO氏 被告NKM氏の夫です。原告らは、運送・倉庫会社RKUの借入れのためにJNO氏に連帯保証人になってもらう必要があると説明された、と主張しました
同族会社WTB 二女の夫JNO氏の一家が経営する同族会社です。原告SAK氏が借入れをしていた先の一つとして判決本文に出てきます
長女の子MIO氏 原告SAK氏の子で、遺産であるマンションに住んでいた方です
QSN氏 原告SAK氏の内縁の夫です。被告KYO氏は、マンションの持分を、QSN氏が経営する会社に移転する登記をしたことがあります

このほか、判決本文に出てくる金融機関、クレジットカード会社、ゴルフ場の名称は記載せず、一般的な説明に置き換えています。判決本文は、遺産分割協議を「本件遺産分割協議」、その協議書を「本件遺産分割協議書」、遺産である建物を「本件建物」、これに隣接する運送・倉庫会社RKU所有の建物と一体になった建物全体を「本件全建物」、遺産であるマンションを「本件マンション」と呼んでいます。本記事でもこれらの定義語をそのまま用います。判決本文を引用する部分では、当事者等の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

事案の概要

家業の会社を経営していた父が亡くなり、二女が経営を承継した

被相続人HRK氏は、運送業、倉庫業等を目的とする運送・倉庫会社RKUを経営していました。二女である被告NKM氏は、大学に進学した後、家業の運送・倉庫会社RKUに勤務するようになり、被相続人HRK氏から運送・倉庫会社RKUの株式を譲り受けたこともありました。被相続人HRK氏が病気になって会長に退くのに伴い、被告NKM氏が社長に就任し、被相続人HRK氏が平成11年6月30日に死亡した後、会社の経営を承継しました。

被相続人HRK氏の相続人は、妻である母TME氏と、4人の娘(長女の原告SAK氏、二女の被告NKM氏、三女の原告YUR氏、四女の被告KYO氏)でした。

被相続人HRK氏の遺産である本件建物は、隣接する運送・倉庫会社RKU所有の建物と増改築によって一体の建物(本件全建物)になっていました。四女の被告KYO氏は、相続開始当時、本件全建物を無償で使用しており、本件全建物については建替えの話が出ていました。

姉妹はそれぞれ父から生前に援助を受けていた

判決は、姉妹がそれぞれ被相続人HRK氏から受けた生前の援助について、次の事実を認定しています。

  • 三女の原告YUR氏は、被相続人HRK氏に学費と滞在費を負担してもらってイギリスに2年間留学し、婚姻して米国に住むようになった後、自宅の購入の際に被相続人HRK氏から資金援助を受けました。夫を亡くして帰国した後は本件全建物に住み、平成12年1月から運送・倉庫会社RKUで働くようになりました。
  • 四女の被告KYO氏は、婚姻の際、被相続人HRK氏が被告KYO氏の夫と共同で住居用の土地建物を購入し、住宅ローンの支払を負担しました。離婚に伴ってこの土地建物は売却され、その後、本件全建物に住むようになりました。
  • 長女の原告SAK氏は、自営業を営んでいましたが、経営状態が悪化するなどして被相続人HRK氏や母TME氏から支援を受けたことがあり、平成11年1月には運送・倉庫会社RKUから1000万円を借り入れ、同族会社WTBからも借入れをするなどして、平成12年当時、被告NKM氏と不仲になっていました。
  • 二女の被告NKM氏は、被相続人HRK氏から運送・倉庫会社RKUの株式を譲り受けたことがありました。

また、判決は、被相続人HRK氏と母TME氏が、平成9年10月頃、被告NKM氏に対し、親や姉に対する思いやりへの感謝、様々な問題の判断を委ねること、被告NKM氏の夫の一家の存続も考慮してもらいたいことなどを記載した書簡を交付したこと、被相続人HRK氏が、同年12月20日頃、母TME氏に対し、被相続人HRK氏名義の一切の財産を被告NKM氏の考えに従って処分されても他の子は異議を申し立てることを許さないが、本件マンションについては被告NKM氏の意志に従ってできる限り長女の子MIO氏に権利を与えることを望むとの書面を預けたことを認定しています。

最初の遺産分割協議書案は、長女の反対で成立しなかった

平成12年8月、被告NKM氏は、母TME氏と相談のうえ、弁護士に遺産分割協議書案を作成してもらいました。この案は、原告ら及び被告KYO氏の取得分がないとするもので、母TME氏、被告ら及び原告YUR氏はこれに署名押印しました。しかし、原告SAK氏は、自分の子である長女の子MIO氏が住んでいた本件マンションの持分を被告NKM氏が取得することなどに納得せず、署名押印を拒否しました。

原告SAK氏は、同月21日、母TME氏に対し、姉妹が受けた生前贈与の金銭的評価や、相続財産を正確に示すこと、各自の希望を表示したうえで話し合うことなどを求める書面をファクシミリで送りました。これを受けて、被告NKM氏は、他の姉妹に生前贈与を表明するよう求める連絡書を送り、母TME氏は、同年9月20日に運送・倉庫会社RKUに集まること、生前贈与の明細を提出することを求めました。

相続人全員による2回の会合を経て、本件遺産分割協議書に署名押印がされた

平成12年9月20日、母TME氏と4人の姉妹は一堂に会し、被相続人HRK氏から受けた生前贈与を申告しました。被告NKM氏は、他の姉妹は十分な生前贈与を受けたのに自分は受けていないので遺産を放棄すべきであるなどと主張しましたが、原告SAK氏は、被告NKM氏が本件マンションの持分(2分の1)を取得することに反対しました。

3日後の同月23日、全員が再び集まりました。被告NKM氏は、原告SAK氏の意見を反映して最初の案を修正した本件遺産分割協議書の案文を示し、運送・倉庫会社RKUの金銭借入れのために被告NKM氏が遺産の大半を相続する必要があるなどとして、署名押印を求めました。母TME氏はこれに同意して他の姉妹に署名押印を促し、本件遺産分割協議書に全員が署名押印しました。本件遺産分割協議書の主な内容は、後記のとおりです。

同じ日、全員は、本件遺産分割協議書とともに、「相続するにあたって」と題する書面(判決本文の「本件書面」)にも署名押印しました。本件書面には、被告NKM氏が本件全建物を建て替える際に、母TME氏、原告YUR氏、被告KYO氏及び長女の子MIO氏の住居を用意するという合意(判決本文の「本件合意」)が含まれていました。

協議に伴い、長女の債務が免除され、協議に従って遺産の処理が進められた

判決は、本件遺産分割協議の成立に伴って、次のことが行われたと認定しています。

  • 母TME氏は原告SAK氏に対する債務の免除に同意し、被告NKM氏も、同日、運送・倉庫会社RKUの原告SAK氏に対する1000万円の貸金返還請求権を免除することに同意しました。
  • 原告YUR氏と被告KYO氏は、原告SAK氏が同族会社WTBへの借金の返済及び謝罪を行わなかった場合には、本件マンションを賃貸してその収入を返済に充てること、又は売却して全額を返済に充てることに同意する旨の同意書に署名押印しました。また、本件マンションが運送・倉庫会社RKUの銀行借入金の担保となっていることに同意し、担保が解除されない間は処分しないとの同意書にも署名押印しました。
  • 被告NKM氏は、各相続人から印鑑証明書、戸籍謄本等を10通ずつ預かり、本件建物について被告NKM氏への所有権移転登記手続をし、本件マンションについて、平成12年9月28日付けで、相続を原因とする原告YUR氏及び被告KYO氏(持分各4分の1)への持分全部移転登記手続をしました。被告NKM氏は、それ以降、本件建物の固定資産税を支払うようになりました。
  • 母TME氏は、本件遺産分割協議書で取得するとされた有価証券、預貯金、退職金、ゴルフ会員権等について、一部を除き、払戻しや名義書換をするなど、本件遺産分割協議の定めに従って遺産を取得しました。
  • 原告SAK氏は、平成12年9月末日頃、被告NKM氏に、9月23日に話し合った内容を誓約させるための誓約書を作成して送付しました。
  • 原告YUR氏は、同年10月12日頃、本件マンションの根抵当権者に対し、共有持分を相続取得した者として本件マンションを引き続き担保として提供することを承諾する書面に署名押印しました。

協議から1年余り後、「遺産分割協議書の補足」と題する書面が作られた

原告YUR氏は、本件遺産分割協議に伴って行われた口頭の合意等を確認することを求め、平成13年11月22日頃、全員が集まりました。原告YUR氏は、同年12月19日、「遺産分割協議書の補足」と題する書面(判決本文の「本件補足書面」)を作成し、母TME氏、原告SAK氏及び被告KYO氏の署名等を得ました。しかし、被告NKM氏は、その内容に納得せず、署名押印しませんでした。本件補足書面の内容は、後記のとおりです。

原告SAK氏は、多額の借金を負って経営していた店舗を閉め、平成14年1月頃から行方不明となったため、本件遺産分割協議書について姉妹が話し合う機会はなくなりました。同年4月13日、被告NKM氏は原告YUR氏にメールを送りましたが、判決本文によれば、そのメールには、「本件建物を〔母TME氏〕に残すと〔原告SAK氏〕にも権利が発生して後日面倒になるから名義を私にしていただけであり、担保が外せれば分割しても問題にならないし、そのことは相続の際に話し合って書面としている旨の記載がある」とされています。

二女が四女に建物の明渡しを求めた別件訴訟は、和解で終わった

被告KYO氏は、平成18年8月9日、本件マンションの持分4分の1を、原告SAK氏の内縁の夫であるQSN氏が経営する会社に売買により移転したとする登記をしました。この登記は平成19年5月8日に錯誤を原因として抹消され、QSN氏に対する売買予約を原因とする仮登記がされました。

被告NKM氏は、平成18年10月、被告KYO氏に対し、本件遺産分割により本件建物を取得し、使用貸借契約に基づいて被告KYO氏に居室を使用させていたが、取り壊す予定であるなどとして明渡しの協議を求める通知書を送り、その直後、東京地方裁判所に、被告KYO氏を相手として居室の明渡しを求める訴訟(判決本文の「別件訴訟」)を提起しました。被告KYO氏はこれを争い、平成19年12月と平成20年2月に、原告らの証人尋問と被告らの本人尋問が行われました。別件訴訟の尋問では、原告らと被告KYO氏が、本件遺産分割協議書は便宜上のものであったという趣旨の供述をしていました。

別件訴訟では、平成20年6月25日、原告YUR氏を利害関係人として、被告らの間で、大要次の内容の訴訟上の和解が成立しました。

  • 被告KYO氏と原告YUR氏は、被告NKM氏から一時立退費用(被告KYO氏について536万円、原告YUR氏について586万円)の支払を受けるのと引換えに、同年7月22日限り、本件全建物の居室を明け渡す。
  • 被告NKM氏は、平成21年12月22日から、被告KYO氏と原告YUR氏に、本件全建物の取壊し後に新築するマンションの部屋(被告KYO氏について8階住居部分、原告YUR氏について7階住居部分)を無償で貸し渡す。
  • 被告NKM氏は、原告YUR氏に対し、平成20年7月22日までに7階住居部分を遺贈する旨の公正証書遺言を作成し、これを変更する遺言書を作成しないことを約束する(判決本文は、この部分を「本件マンションの7階住居部分」と記載しています)。

その後、母TME氏が平成23年2月15日に死亡し、原告SAK氏と原告YUR氏は、平成24年、被告NKM氏と被告KYO氏を相手として本件訴訟を提起しました。

事案の経緯の時系列

時期 出来事(判決本文の記載による)
平成9年10月頃・12月20日頃 被相続人HRK氏と母TME氏が被告NKM氏に書簡を交付。被相続人HRK氏が、財産の処分を被告NKM氏の考えに委ねる旨の書面を母TME氏に預ける
平成11年1月 原告SAK氏が運送・倉庫会社RKUから1000万円を借り入れる
平成11年6月30日 被相続人HRK氏が死亡。被告NKM氏が運送・倉庫会社RKUの経営を承継
平成12年8月 弁護士が作成した最初の遺産分割協議書案(原告ら及び被告KYO氏の取得分なし)に、原告SAK氏以外が署名押印。原告SAK氏は署名押印を拒否
平成12年8月21日・22日頃 原告SAK氏が生前贈与の評価等を求める書面を母TME氏に送信。被告NKM氏が生前贈与の表明を求める連絡書を送付
平成12年9月20日 相続人全員が集まり、生前贈与を申告。原告SAK氏が、被告NKM氏による本件マンションの持分の取得に反対
平成12年9月23日 相続人全員が本件遺産分割協議書と本件書面(「相続するにあたって」)に署名押印。原告SAK氏の債務の免除等にも同意
平成12年9月28日付け 本件マンションについて、原告YUR氏及び被告KYO氏への持分移転登記(本件建物についても被告NKM氏への所有権移転登記)
平成12年9月末日頃 原告SAK氏が被告NKM氏に誓約書を送付
平成12年10月12日頃 原告YUR氏が、本件マンションを引き続き担保として提供することを承諾する書面に署名押印
平成13年11月22日頃 口頭の合意等の確認のため、相続人全員が集まる
平成13年12月19日・20日 原告YUR氏が本件補足書面を作成。母TME氏、原告SAK氏及び被告KYO氏が署名等。被告NKM氏は署名押印せず
平成14年1月頃 原告SAK氏が行方不明となる
平成14年4月13日 被告NKM氏が原告YUR氏にメールを送信
平成18年8月9日 被告KYO氏が、本件マンションの持分をQSN氏の経営する会社に移転する登記(平成19年5月8日に抹消、仮登記)
平成18年10月 被告NKM氏が被告KYO氏に明渡しの協議を求め、別件訴訟を提起
平成19年12月・平成20年2月 別件訴訟で、原告らの証人尋問、被告らの本人尋問
平成20年6月25日 別件訴訟で、原告YUR氏を利害関係人として訴訟上の和解が成立
平成23年2月15日 母TME氏が死亡
平成24年 原告らが本件訴訟を提起(事件番号による。提起の月日は判決本文に記載がありません)
平成25年9月30日 東京地方裁判所が、原告らの請求をいずれも棄却する判決

判断の前提となった書面の内容

以下の囲みは、判決本文に記載された各書面の内容です。判決本文は、本件遺産分割協議書については「下記内容が記載された」ものとして、本件書面についてはそこに含まれる合意として、本件補足書面については「下記趣旨の内容を含む」ものとして、それぞれの内容を掲げており、書面そのものの全文ではありません。金融機関等の名称は伏せ、当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています。

本件遺産分割協議書―遺産の大半を二女が取得し、長女の相続分はないとされた

母TME氏が相続する財産 信用金庫の出資金3万円、預貯金3口(259万6508円、10万4045円、4万5745円)、運送・倉庫会社RKUの退職金5000万円、ゴルフ会員権2口

母TME氏が負担する債務 運送・倉庫会社RKUからの借入金2681万4310円、銀行からの借入金1197万5404円、クレジットカードの借入金33万円、未払公課(固定資産税)16万8500円、その他一切の負債

被告NKM氏が取得する財産 運送・倉庫会社RKUの株式6890株、本件建物の借地権(宅地403.37平方メートルのうち61坪(約201.3平方メートル)。賃料1か月12万0029円、賃借期間平成9年8月1日から平成49年7月31日まで)、貸家(本件建物)

原告YUR氏が取得する財産 本件マンションの持分4分の1

被告KYO氏が取得する財産 本件マンションの持分4分の1

原告SAK氏 生前相続分相当の贈与を受けたので今回相続分はない。

運送・倉庫会社RKUの株式6890株と、本件建物及びその借地権は、すべて会社の経営を承継した被告NKM氏が取得するとされています。最初の案では被告NKM氏が取得するとされていた本件マンションの持分が、原告YUR氏と被告KYO氏に4分の1ずつ割り振られた点が、原告SAK氏の意見を反映した修正であったと読めます(判決は、本件遺産分割協議書を、原告SAK氏の意見を反映して最初の案を修正したものと認定しています)。

本件書面(「相続するにあたって」)―建替え後の住居を用意する約束

ア 被告NKM氏が本件全建物を建て替える計画を立て、その際、母TME氏、原告YUR氏、被告KYO氏及び長女の子MIO氏の住居を用意し安心して暮らせるようにするが、名義は分割しない。光熱費は各自が負担し、管理費の負担は別途協議する。建築期間中の住居及び費用については別途協議する。ただし、建替計画が実現不可能になった場合には異議の申立てをせず、その場合は現状を維持する。

イ 被相続人HRK氏個人が所有する不動産は運送・倉庫会社RKUの銀行借入金の担保に入っているため、運送・倉庫会社RKUが倒産する場合は現状維持ができないことを理解する。

本件補足書面(「遺産分割協議書の補足」)―三女が1年余り後に作成し、二女は署名しなかった

ア 本件遺産分割協議書は、平成12年9月23日時点において、運送・倉庫会社RKUの金銭借入れのために必要な書類の一つであったこと、またその借入期日が迫っていたこと、これらの理由により、運送・倉庫会社RKUの代表取締役社長であり、かつ、被相続人HRK氏の次女である被告NKM氏が書類を用意したこと

イ 平成12年9月23日時点において、被告NKM氏及び原告SAK氏を除く個々人は、被相続人HRK氏個人の名義の所有物を被告NKM氏のみが相続することになってしまったことについて、その様に認識しておらず、説明が十分でなかったため(特に前記アの理由のために性急に処理させられてしまった感を記憶している)、本件遺産分割協議書の内容を把握する猶予がなく、やむなく署名捺印したと証明する。

ウ 被相続人HRK氏個人名義である本件建物に関し、被告NKM氏名義に変更した理由は、便宜上のみの理由においてであることを被告NKM氏が約束した。よって、将来個々人が名義変更することを放棄したものではないことを確認した。

本件補足書面には、母TME氏、原告ら及び被告KYO氏が署名等をしましたが、遺産を取得した被告NKM氏自身は署名押印していません。この点は、後に見るとおり、判決が本件補足書面を重視しなかった理由の一つとなりました。

当事者の請求と主要な主張

原告らの請求

原告SAK氏と原告YUR氏は、被告NKM氏と被告KYO氏に対し、原告ら、被告ら及び母TME氏の間で平成12年9月23日に成立した被相続人HRK氏の相続財産についての遺産分割協議が無効であることの確認を求めました。無効の理由として主張されたのは、虚偽表示(民法第94条第1項)です。

争点

判決本文が掲げた争点は、「本件遺産分割協議は虚偽表示により無効か。」の1つです。

主要な主張の対比

当事者 主張の要旨
原告ら 被告NKM氏は、平成12年9月13日、運送・倉庫会社RKUが資金繰りに困っており倒産しかねないので、資金の借入れに当たって二女の夫JNO氏に連帯保証人になってもらう必要があり、その承諾を得るために遺産全部を被告NKM氏が相続した形にしておく必要があると説明し、全員が署名したものが早急に欲しいと説明した。母TME氏も、会社がだめになると困るので署名するよう依頼した。こうして全員が、真に遺産分割を行う意思を有することなく署名押印した。本件遺産分割協議書は会社の借入れのための便宜上の書類にすぎず、本件遺産分割協議は虚偽表示により無効である。この説明については、原告ら及び被告KYO氏の別件訴訟での供述が一致している。本件補足書面の記載も便宜上の作成を示している。本件建物の借地権だけで約1億3280万円の価値があるのに、原告YUR氏が取得するマンションの持分の価値は302万9574円にすぎず、原告SAK氏は生前贈与を受けていないのに相続分がないとされており、このような不公平な遺産分割に真意で同意するはずがない。別件訴訟の和解は本件遺産分割協議の有効を前提としていない
被告NKM氏 否認する。平成12年8月12日に遺産分割を協議し、別の協議書案を完成させる寸前までいったが、原告SAK氏が異議を述べた。原告SAK氏は、その後、マンションの持分を原告YUR氏と被告KYO氏が4分の1ずつ取得するよう変更すること、運送・倉庫会社RKUからの1000万円の貸金と母TME氏からの2000万円の貸金を免除することを条件として示し、他の姉妹も異論を述べなかったので署名押印に至った。本件遺産分割協議は複数の協議を経て成立したもので、便宜上のものではない。原告SAK氏は協議直後に協議が有効であることを前提とする誓約書を送付している。別件訴訟の和解は協議の有効を前提としている。母TME氏が預金や退職金等を取得したことや、被告NKM氏が会社の株式6890株を取得したことに、10年以上異論が出されていない。他の姉妹は相当の生前贈与を受けており、協議の内容は不平等とはいえず、被相続人HRK氏の意向にも沿う
被告KYO氏 本件全建物が建て替えられた場合にも新たな自宅が無償で提供されることに関心があり、そのことが協議に先立って確認されたので、協議書の内容に異存なく署名押印した。本件遺産分割協議は被告KYO氏の真意によるものである。本件補足書面は、原告らがそう記憶しているなら異議はないという趣旨で署名押印したにすぎない。別件訴訟で「便宜上のもの」などと供述したのは、原告らから本件補足書面を示されて説明を受けたことや、新たな自宅が提供されずに明渡しを求められるなら便宜的なものだと考えたことによる。別件訴訟では、協議が有効であることを前提に和解している

上の表は、判決本文に記載された当事者の主張を当事務所が要約したものであり、裁判所が認定した事実ではありません。なお、四女の被告KYO氏は、別件訴訟では協議書が便宜上のものであるという趣旨の供述をしていましたが、本件では被告として、協議は自分の真意によるものであると主張しています。

結論を左右した争点

本件で原告らが主張した無効の理由は、虚偽表示だけです。虚偽表示とは、当事者が通じて、真意ではない意思表示をすることをいい、民法第94条第1項はこれを無効と定めています(この説明は当事務所によるものです)。原告らは、本件遺産分割協議書に署名押印した相続人全員が、真に遺産分割を行う意思を有することなく、会社の借入れのために遺産分割をしたかのように装ったと主張しました。

したがって、結論を左右したのは、本件遺産分割協議書が、相続人全員が真意では遺産分割をするつもりがないまま、会社の借入れのための便宜上の書類として作成されたものと認められるかどうかです。その判断材料として、①協議書が作成されるまでの経緯と、作成後の遺産の処理、②別件訴訟での原告ら及び被告KYO氏の供述、③本件補足書面の記載、④協議の内容が被告NKM氏に有利であること、の4点が検討されました。

錯誤や詐欺による取消し、遺産分割協議の解除など、虚偽表示以外の理由による無効・取消しの主張は、判決本文に記載された原告らの主張には出てきません。判決も、虚偽表示に当たるかどうかだけを判断しています。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

判断の枠組み―「便宜上のもの」であったことを裏付ける証拠があるか

判決は、虚偽表示についての一般的な基準を掲げてはいません。判決は、原告らの主張に沿って、本件遺産分割協議書が便宜上のものとして作成され、協議の当事者に真に遺産分割を行う意思がなかったと認められるかどうかを、経緯、供述、書面、協議の内容の順に検討し、最後に次のように結論付けています。

「他に本件遺産分割協議が虚偽表示であることを認めるに足りる証拠及び事情はない。」

判決の構造からすると、虚偽表示を主張する原告らの側で、相続人全員が真意によらずに協議書を作成したことを証拠によって示す必要があり、それが認められなかったことから請求が棄却されたと読めます(この読み方は当事務所によるものです)。

結論を支えた事実

判決が判断の基礎とした事実は、次のとおりです(判決本文の要約です)。

  • 最初の遺産分割協議書案は弁護士が作成し、原告SAK氏以外の相続人が署名押印したが、原告SAK氏が異議を述べたため、生前贈与についての話合いがされた
  • 相続人全員による少なくとも2回の会合が開かれ、原告SAK氏の意見に応じて修正された案文に署名押印がされた
  • 協議書の作成後、その内容を前提として、不動産の登記、預金の払戻し、退職金等の名義書換、固定資産税の支払など、現実に遺産の処理がされた
  • 本件遺産分割協議書と本件書面は同時に作成されており、本件遺産分割協議と本件合意は一体のものとみられる
  • 別件訴訟の和解の内容は、本件遺産分割協議及び本件合意の有効性を前提とするものとみられる
  • 原告SAK氏は、協議書の作成直後に、協議書が有効であることを前提とする記載のある誓約書を作成した
  • 本件補足書面には、遺産を取得した被告NKM氏が署名押印していない
  • 被告KYO氏は、別件訴訟で供述を変遷させ、本件では協議書の有効性を争っていない
  • 原告SAK氏の債務の免除や、本件書面による住居の用意など、原告ら及び被告KYO氏の利益にも相応の配慮がされていた

第一審の判断

本件では、判決本文から確認できる審級は、東京地方裁判所の第一審判決だけです。以下では、この判決の判断を、判決が検討した順序に沿って紹介します。

協議書の作成経緯と、その後の遺産の処理から、便宜上のものというのは疑わしい

判決は、まず、最初の案が弁護士により作成されて原告SAK氏以外が署名押印したこと、原告SAK氏が異議を述べて生前贈与について話合いがされたこと、原告SAK氏の意見に応じた修正がされたうえで、相続人全員がそろった会合で署名押印がされたことを確認しました。

そのうえで、判決は、協議書が被告NKM氏の主導で作成され、運送・倉庫会社RKUの金銭借入れのために必要なものであったとの説明がされたことは認めています。しかし、これを前提としても、協議書の内容を前提として現実に遺産の処理がされていること、協議書と同時に作成された本件書面の合意(本件合意)と本件遺産分割協議とが一体のものとみられること、別件訴訟の和解の内容が「本件遺産分割協議及び本件合意の有効性を前提とするものであるとみられる」ことを踏まえ、次のように述べました。

「本件遺産分割協議書が単なる便宜上のものとして作成されたというのは疑わしい。」

原告らが根拠の一つとした、被告NKM氏が平成14年に原告YUR氏に送ったメールについても、判決は、その記載は「むしろ、本件書面を前提とするものとみられ、本件遺産分割協議書が便宜上のものであることを裏付けるものとまではいえない。」としました。メールに「話し合って書面としている」とあるのは、本件書面(建替え後の住居を用意する約束)を指すものと評価されたことになります。

会社の借入れのために必要だという説明があったことは認められても、それだけで協議が仮装されたものとはされず、協議の経緯と協議後の当事者の行動が重視された点が、本判決の特徴です。

別件訴訟での長女の供述は採用されなかった

原告らは、別件訴訟での原告ら及び被告KYO氏の供述が一致していると主張しました。判決は、各人の供述を個別に検討しています。

原告SAK氏は、別件訴訟で、被告NKM氏から会社を維持していかないと全てがなくなると説明され、母TME氏からも、とりあえず署名押印するよう要請され、後にきちんとした遺産分割協議書を作成するのであればよいという気持ちで署名押印したと供述していました。判決は、原告SAK氏が最初の案に異議を述べ、生前贈与の話合いを求めて自らの意見を述べたのを受けて協議書が作成されていること、原告SAK氏が協議書の作成直後に協議書が有効であることを前提とする記載のある誓約書を作成していることから、次のように判断しました(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「〔原告SAK氏〕が後にきちんとした遺産分割協議書を作成するという前提で本件遺産分割協議書に署名押印したとは考えにくい。」

さらに判決は、原告SAK氏自身が署名押印した本件補足書面にも、原告SAK氏については、被告NKM氏のみが遺産を相続することを的確に認識していたことを前提とする記載がされていることを指摘しました。本件補足書面のうち、被告NKM氏と原告SAK氏を除く者は遺産を被告NKM氏のみが相続することになると認識していなかったという趣旨の記載は、裏を返せば、原告SAK氏は内容を認識していたことを前提としているということです。

三女の供述も、便宜上の書類との認識を裏付けなかった

原告YUR氏は、別件訴訟で、9月23日に、被告NKM氏から、会社の借入れには二女の夫JNO氏に保証人になってもらう必要があり、そのために協議書が必要となるので署名押印するよう求められ、内容をじっくり確認することなく署名押印したと供述していました。しかし、原告YUR氏は、同じ別件訴訟で、本件遺産分割協議書は本件書面の合意及び口頭で説明されたものと併せて有効に成立しているとも供述していました。判決は、次のように述べました(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「〔原告YUR氏〕の供述を前提としても、〔原告YUR氏〕が本件遺産分割協議書を便宜上のものであると認識していたとは認め難い。」

四女の供述は、変遷と態度の不一貫から採用されなかった

被告KYO氏は、別件訴訟で、被告NKM氏から、会社の借入れのために二女の夫JNO氏に連帯保証人になってもらう必要があり、その条件として協議書への署名押印が必要で、借入れができないと会社がだめになって路頭に迷うなどと説明され、便宜上のものであると言われ、母TME氏からも被告NKM氏の言うとおりにしてやってくれと言われたので、正規のものでないという認識で署名押印したと供述していました。

判決は、被告KYO氏が別件訴訟で当初提出した陳述書では、便宜上の説明を受けたのは平成12年8月に最初の案に署名押印する際であったとしていたのに、その後、説明を受けたのは本件遺産分割協議書に署名押印する場面であったと供述を変えたこと、別件訴訟で協議の有効性を前提とするとみられる和解をし、本件でも協議書の有効性を争っていないことを指摘し、次のように述べました(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「〔被告KYO氏〕の供述又は態度に一貫性がないから、その供述自体の信用性に疑問を入れる余地がある。」

また、判決は、被告KYO氏が別件訴訟の当時、原告らから協議当時の状況について説明されていたと自ら主張しており、原告らから影響を受けた可能性も否定できないとして、被告KYO氏の供述を採用しませんでした。

そして、原告ら及び被告KYO氏の供述は、別件訴訟において類似の供述をしているものの、個別にみても、総合しても、協議書が便宜上のもので、協議の当事者に真に遺産分割を行う意思がなかったと認めるには足りないとしました。複数の相続人が同じ趣旨の供述をしていても、その供述が一致していること自体では、虚偽表示の証明にはならなかったということです。

本件補足書面は、協議書の効力がないことを前提とするものではない

本件補足書面には、被告NKM氏と原告SAK氏以外の当事者は、遺産を被告NKM氏のみが相続することになると認識しておらず、内容を把握する猶予なくやむなく署名押印した旨の記載があります。判決はこれを認めたうえで、次のように述べました。

「本件補足書面はあくまで本件遺産分割協議書を補足として作成されたのであり、その効力がないことを前提に作成されたものとはみられない。」

さらに判決は、母TME氏、原告YUR氏及び被告らは、本件遺産分割協議書より不利な内容の最初の案に先に署名押印していたうえ、少なくとも2回の会合を経て署名押印がされているから、内容を把握する余裕があったのではないかという疑問があること、遺産を取得した被告NKM氏は本件補足書面に署名押印していないこと、原告SAK氏が協議直後に協議書が有効であることを前提とする誓約書を作成していること、被告KYO氏が現時点で協議書の有効性を争っていないことを挙げ、本件補足書面の記載内容を重視することはできないとしました。

その結果、判決は、本件補足書面をもって本件遺産分割協議書が便宜上のものであるとは認められないとしました。協議の後に、一部の相続人だけで、協議は便宜上のものだったという書面を作っても、相手方である後継者が署名していなければ、虚偽表示の証拠としての力は限られることが示されています。

協議の内容が二女に有利でも、一方的に有利とは断定できない

原告らは、本件建物の借地権だけで約1億3280万円の価値があるのに、原告YUR氏の取得するマンションの持分は302万9574円にすぎないなどとして、不公平な協議に真意で同意するはずがないと主張しました。

判決は、本件遺産分割協議の内容が被告NKM氏に有利なものであることを認め、本件建物の敷地の平成19年当時の路線価(1平方メートル当たり94万円)と借地権割合(70パーセント)を前提とすると、被告NKM氏が取得するとされた借地権の価格は約1億3245万5400円(94万円×201.3平方メートル×0.7)になると計算しています。

しかし、判決は、協議書が姉妹が受けた生前贈与についての話合いのうえで作成されたこと、協議書と併せて、被告NKM氏に母TME氏、原告YUR氏及び被告KYO氏の住居を用意する義務を課す本件書面が作成されたこと、原告SAK氏については協議書の作成に伴って債務の免除がされたことなど、原告ら及び被告KYO氏の利益にも相応の配慮がされていることを踏まえ、次のように述べました(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「本件遺産分割協議の内容のみを取り出して、〔被告NKM氏〕に一方的な有利なものであると断ずることはできない。」

なお、判決は、運送・倉庫会社RKUの株式6890株の価値については計算しておらず、遺産全体の評価額や各相続人の具体的相続分も算定していません。協議の内容の公平さは、虚偽表示に当たるかどうかを判断するための事情の一つとして検討されたにとどまります。

結論―虚偽表示を認めるに足りる証拠はない

以上から、判決は、本件遺産分割協議書が便宜上のものとして作成されたというのは疑わしく、別件訴訟での原告ら及び被告KYO氏の供述をもって便宜上のものとして作成されたと認めることは困難であり、ほかに虚偽表示を認めるに足りる証拠及び事情はないとして、原告らの請求を棄却しました。

各主張を採用し又は排斥した理由

各主張の結論の一覧

原告らの主張・根拠 結論 理由の要点
会社の借入れのための便宜上の書類であると説明された 説明があったこと自体は認めたが、虚偽表示とは認めず 協議の経緯、協議後の現実の遺産の処理、本件合意との一体性、別件訴訟の和解の内容から、便宜上のものというのは疑わしい
被告NKM氏の平成14年のメール 排斥 むしろ本件書面を前提とするもので、便宜上のものであることを裏付けるとまではいえない
別件訴訟での原告SAK氏の供述 排斥 自ら異議を述べて修正を求めた経緯、協議直後の誓約書、本件補足書面の記載と整合しない
別件訴訟での原告YUR氏の供述 排斥 同じ訴訟で、協議書は本件書面等と併せて有効に成立している旨も供述していた
別件訴訟での被告KYO氏の供述 排斥 供述の変遷、和解及び本件での態度との不一貫、原告らから影響を受けた可能性
供述が一致していること 排斥 個別にみても総合しても、真に遺産分割を行う意思がなかったと認めるに足りない
本件補足書面 排斥 協議書を補足するもので、効力がないことを前提としていない。被告NKM氏が署名していない。内容を把握する余裕があったとの疑問
協議の内容が不公平で、真意で同意するはずがない 排斥 被告NKM氏に有利ではあるが、生前贈与の話合い、住居の用意、債務の免除など相応の配慮があり、一方的に有利とは断定できない
別件訴訟の和解は協議の有効を前提としていない 排斥 和解の内容は本件遺産分割協議及び本件合意の有効性を前提とするものとみられる

経緯と事後の行動が重視された理由

判決は、協議書の作成に至るまでに、相続人の一人が案に異議を述べ、生前贈与の申告と話合いがされ、その意見に応じて案が修正されたという経緯を重く見ています。真意で遺産分割をするつもりがないのであれば、取得分をめぐって異議を述べたり修正を求めたりする必要はないはずだという考え方が、判決の検討の背後にあると読めます(この読み方は当事務所によるものです)。

また、協議書の作成後、各相続人は協議書の内容に従って登記を受け、預金や退職金を取得し、マンションを担保として提供することを承諾するなど、協議書を前提とした行動をとっていました。さらに、別件訴訟の和解も、協議書と本件合意が有効であることを前提に、明渡しと新築後の住居の提供を取り決めていました。協議書が作成された後、10年以上にわたって協議書を前提に関係が積み重ねられていたことが、便宜上の書類にすぎないという主張と整合しないと判断されたものです。

同じ趣旨の供述が複数あっても足りなかった理由

原告らは、別件訴訟で原告ら及び被告KYO氏の供述が一致していることを重視していました。しかし、判決は、各供述を、それぞれの客観的な行動(異議と修正の要求、誓約書、別件訴訟での別の供述、和解、供述の変遷)と照らし合わせ、一つずつ信用性を否定しました。被告KYO氏については、原告らから説明を受けていた可能性も指摘されています。協議から長期間が経過した後の、利害関係のある相続人同士の供述が一致しているだけでは、協議当時の真意を立証するには足りなかったことになります。

主文及び結論

判決の主文は、次のとおりです。

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

「原告ら」は原告SAK氏及び原告YUR氏を指します。判決は、末尾で「よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。」と述べています。原告らの請求は全部棄却されました。

この結果、平成12年9月23日の本件遺産分割協議は無効とは認められず、運送・倉庫会社RKUの株式6890株、本件建物及びその借地権を被告NKM氏が取得するという協議の内容は、この判決の判断の上では維持されたことになります。

審級ごとの結論の推移

項目 第一審判決(東京地方裁判所平成25年9月30日) 上訴審
本件遺産分割協議書が便宜上のものとして作成されたか 疑わしい(認められない) 確認できていません
別件訴訟での原告ら及び被告KYO氏の供述 採用せず 確認できていません
本件補足書面 重視できず、便宜上のものとは認められない 確認できていません
協議の内容の不公平 一方的に有利とは断定できない 確認できていません
請求(遺産分割協議の無効確認) 全部棄却。訴訟費用は原告らの負担 確認できていません

判決本文には本件の上訴に関する記載がなく、控訴の有無及び判決の確定は確認できていません。本記事は、第一審判決の判断を前提としています。なお、上の表の上訴審の欄は本件の上訴審をいい、別件訴訟とは異なります。

判断の射程

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。

参考となる点

  • 会社の借入れのためという説明があっても、それだけでは虚偽表示とはされないこと。本判決は、協議書が後継者の主導で作成され、会社の借入れのために必要であるとの説明がされたことを認めながら、協議の経緯と協議後の遺産の処理から、便宜上のものというのは疑わしいとしました。後継者に株式等を集める協議書に、会社の資金繰りを理由に署名した場合でも、後から虚偽表示を主張して無効とすることは容易ではないことを示す例です。
  • 協議書の内容に従った行動をとっていると、後から効力を争いにくくなること。本判決では、登記の手続、預金や退職金の取得、担保提供の承諾、協議書を前提とする誓約書の作成、協議の有効を前提とする和解など、協議書の内容に従った当事者の行動が、虚偽表示を否定する方向で考慮されました。協議書の内容に納得していない場合には、その内容に従った手続や書面への協力をする前に、効力を争うかどうかを検討する必要があります。
  • 相続人の一部だけで作った「補足」の書面には限界があること。本件補足書面は、遺産を取得した後継者が署名しておらず、協議書の効力がないことを前提とするものでもないとして、重視されませんでした。協議の効力について後から書面を作るのであれば、その書面に誰が署名しているか、どのような内容になっているかが重要になります。
  • 協議の内容が後継者に有利であることだけでは、真意がなかったとはされないこと。本判決は、借地権の価格が約1億3245万円になると計算して後継者に有利であることを認めつつ、生前贈与の話合い、住居の用意の約束、債務の免除などの配慮があったことから、一方的に有利とは断定できないとしました。協議書と同時に交わされた別の合意も、協議の内容の評価に取り込まれています。
  • 同じ趣旨の供述が複数あっても、客観的な行動と矛盾すれば採用されないこと。本判決は、別件訴訟での相続人たちの供述を一つずつ検討し、それぞれの行動や他の供述との矛盾、供述の変遷を理由に採用しませんでした。

一般化できない点

  • 本判決は、原告らが主張した虚偽表示だけを判断しています。錯誤、詐欺、強迫による取消しや、遺産分割協議の合意解除、本件合意(住居の用意)の不履行を理由とする主張などは、原告らの主張として判決本文に記載されておらず、判断されていません。これらの理由で協議の効力を争った場合の結論は、本判決からは分かりません。
  • 本件では、協議書の作成前に弁護士が作成した案があり、生前贈与の申告と2回の会合を経て修正された案に全員が署名押印したという経緯がありました。協議の経緯がこれと異なり、十分な話合いのないまま署名を求められたような場合に、同じ判断がされるとは限りません。
  • 本判決は、運送・倉庫会社RKUの株式6890株の価値や、遺産全体の評価額、各相続人の具体的相続分を算定していません。協議の内容が公平であったかどうかを正面から判断したものではなく、虚偽表示に当たるかどうかの判断材料として検討したものです。
  • 本件では、協議から本件訴訟の提起まで10年以上が経過し、その間に協議の有効を前提とする和解が成立していました。判決は、期間の経過そのものを理由として請求を退けたわけではありませんが、協議後の長期間にわたる当事者の行動が判断に影響しています。協議の直後に争った場合の判断は、本判決からは分かりません。
  • 判決に対する控訴の有無、及び判決の確定は、確認できていません。

よくあるご質問

会社のためだと言われて、後継者の兄弟姉妹が会社の株式や遺産の大半を取得する遺産分割協議書に署名してしまいました。後から無効にできますか。

本件では、会社の借入れのために後継者が遺産の大半を相続する必要があるとの説明がされたことは認められましたが、協議書が作成されるまでの経緯や、協議後に協議書の内容に従って遺産の処理がされたことなどから、虚偽表示による無効は認められませんでした。会社のためという説明があったというだけでは、協議が無効とされるとは限りません。協議の経緯、署名した時の説明の内容とその記録、協議後に誰がどのような手続をしたかを整理し、虚偽表示以外の理由も含めて、どのような主張が成り立つかを検討する必要があります(この説明は当事務所によるものです)。

後で他の相続人と、あの協議書は便宜上のものだったと確認する書面を作りました。それで無効を証明できますか。

本件でも、協議の1年余り後に、協議書は会社の借入れのための書類で、内容を把握する猶予なく署名したという趣旨の「遺産分割協議書の補足」と題する書面が作られ、母と姉妹3人が署名しました。しかし、判決は、この書面は協議書を補足するものであって効力がないことを前提としていないこと、遺産を取得した後継者が署名していないことなどから、重視しませんでした。遺産を取得した側の相続人が署名していない書面は、それだけでは虚偽表示の証拠として十分とはいえないことになります。

遺産分割協議の内容が後継者にあまりに有利です。不公平であることを理由に無効を主張できますか。

本判決は、後継者が取得した借地権の価格を約1億3245万円と計算して、協議の内容が後継者に有利であることを認めました。それでも、生前贈与についての話合いを経て作成されたこと、同時に住居を用意する約束がされたこと、債務の免除がされたことなどから、一方的に有利なものと断ずることはできないとしました。相続人全員が合意した遺産分割協議は、法定相続分と異なる内容であっても成立し得るため、内容の不公平さだけでは無効の理由にならないことが多いと考えられます(この説明は当事務所によるものです)。

協議書に署名した後、言われるままに登記の書類や印鑑証明書を渡してしまいました。不利になりますか。

本件では、相続人全員が印鑑証明書等を後継者に預け、その書類で登記がされ、母が預金や退職金を取得し、三女がマンションを担保として提供することを承諾するなど、協議書の内容に従った処理がされていました。判決は、このような現実の処理を、協議書が便宜上のものではないことを示す事情として考慮しました。協議書の内容に納得できない場合には、その内容を前提とする手続への協力や、協議の有効を前提とする書面への署名、和解をする前に、専門家に相談することが望まれます(この説明は当事務所によるものです)。

他の兄弟姉妹も、当時は便宜上のものと聞いたと言っています。証言があれば無効を証明できますか。

本件では、原告2名と被告の一人が、別の訴訟で、便宜上のものであるという趣旨の供述をしていましたが、判決は、各人の供述を、その人の当時の行動や別の供述、供述の変遷と照らし合わせて、いずれも採用しませんでした。供述が一致していることを主張しても、個別にみても総合しても認めるに足りないとされています。当時の説明を裏付ける、協議時点に近い時期の客観的な資料(メール、書面、金融機関とのやり取り等)があるかどうかが重要になります(この説明は当事務所によるものです)。

協議から10年以上たっていても、遺産分割協議の無効確認を求めることはできますか。

本件では、平成12年の協議について、平成24年に無効確認の訴えが提起され、判決は、期間の経過を理由とせずに虚偽表示の成否を判断しました。もっとも、判決は、協議後の長い期間に積み重ねられた当事者の行動(登記、遺産の取得、誓約書、和解など)を、虚偽表示を否定する事情として考慮しています。時間がたつほど、協議を前提とする事実が積み重なり、当時の真意を立証することが難しくなると考えられます(この説明は当事務所によるものです)。

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