共同相続された振替株式・投資信託の準共有持分と譲渡命令―大阪高等裁判所平成29年12月4日決定

相続人の一人が借金などの債務を負っている場合に、その債権者が、亡くなった方の名義のまま残っている株式や投資信託のうち、その相続人の相続分に当たる部分を差し押さえ、支払に代えて自らに譲渡させようとした場面の判例です。大阪高等裁判所平成29年12月4日決定は、執行裁判所が発した振替社債等譲渡命令に対する執行抗告の事件で、債務者である相続人の抗告理由は採用しなかったものの、職権で、共同相続された振替株式等の準共有持分を対象とする譲渡命令は違法であると判断し、譲渡命令を取り消して、債権者の申立てを却下しました。
本記事では、決定が、遺産分割前の株式等は1株又は1口ごとに相続人の準共有になること、証券会社の振替口座簿には相続人一人の準共有持分を記載できないことを理由に、譲渡命令を違法とした筋道を、決定本文に沿って整理します。相続人の一人に債務がある場合に、遺産分割前の株式がどのような状態に置かれるのかを考えるうえで参考になる決定です。
ご注意(上級審・関連する裁判について)
本決定は、その後、許可抗告により最高裁判所第二小法廷平成31年1月23日決定で破棄され、大阪高等裁判所に差し戻されています(差戻し後の大阪高等裁判所の決定は平成31年4月22日です)。本記事の作成時点では、最高裁判所の決定及び差戻し後の決定の本文を入手できておらず、本記事では本決定(大阪高等裁判所平成29年12月4日決定)の判断の内容だけを紹介しています。本決定の判断は上級審で覆されていますので、本決定の判断がそのまま現在の扱いであるとは限らない点に御注意ください。
最高裁判所の決定及び差戻し後の決定の本文を入手した後に、本記事に加筆します。
裁判例の基本情報
| 裁判所 | 大阪高等裁判所第11民事部 |
|---|---|
| 裁判日 | 平成29年12月4日 |
| 事件番号 | 平成29年(ラ)第970号 |
| 裁判の形式 | 決定 |
| 事件の種類 | 振替社債等譲渡命令に対する執行抗告の事件 |
| 審級 | 抗告審(原審は執行裁判所である京都地方裁判所の振替社債等譲渡命令) |
| 結論 | 原決定(譲渡命令)を取り消し、債権者の譲渡命令の申立てを却下。手続費用は原審及び当審とも債権者の負担 |
| 上訴の状況 | 許可抗告により最高裁判所第二小法廷平成31年1月23日決定で破棄差戻し(差戻し後の大阪高等裁判所平成31年4月22日決定あり)。両決定の本文は未入手で、入手後に本記事に加筆します |
この表は、決定本文の冒頭、主文及び決定に添付された執行抗告理由書の記載に基づいて当事務所が作成したものです。
審級ごとの裁判
| 審級 | 裁判所・裁判日・事件番号 | 裁判の形式 | 結論 |
|---|---|---|---|
| 原審 | 京都地方裁判所平成29年7月3日、平成28年(ヲ)第3073号 | 振替社債等譲渡命令(抗告審の決定本文は「原決定」と呼んでいます) | 譲渡命令の申立てを認容し、差し押さえられた株式等を支払に代えて債権者に譲渡する旨を命じた |
| 抗告審 | 大阪高等裁判所平成29年12月4日、平成29年(ラ)第970号 | 決定 | 原決定を取り消し、譲渡命令の申立てを却下した |
原審の裁判所名及び事件番号は、抗告審の決定に添付された執行抗告理由書の記載によります。原審の譲渡命令の本文は確認していません。本記事では、原審の判断の内容を、抗告審の決定本文に記載された範囲でのみ説明し、それ以上を推測で補っていません。
当事者の表記
判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。本件は判決ではなく決定ですが、決定本文(決定に添付された執行抗告理由書を含みます)に出てくる会社名・氏名や、決定本文が用いた符号も、そのままでは使わずに次の表記へ置き換えています。
| 本記事の表記 | 立場 |
|---|---|
| 相続人HRK氏 | 強制執行の債務者で、抗告人。被相続人CTY氏の相続人の一人で、決定は、CTY氏名義の株式等の12分の1が同氏に帰属するとの前提で申立てがされたとしています |
| 債権者KMR社 | 強制執行の債権者で、抗告審の相手方。株式会社です。業種は決定本文に記載がありません |
| 代表取締役WDN氏 | 債権者KMR社の代表取締役として申立てをした人物。抗告人は、同氏の代表権を争いました |
| 親会社PLT社 | 債権者KMR社の親会社である株式会社 |
| 被相続人CTY氏 | 差し押さえられた株式等について、振替口座簿に加入者(口座の名義人)として記載されていた人物。同氏の死亡により相続が開始しました |
| 原債務者BHR氏 | 債権者KMR社が貸金の返還を求めて訴えた相手方。その判決に基づく強制執行が、承継執行文により相続人HRK氏に対してされました |
| 証券会社FVS | 相続人HRK氏が保有するとして差押えの対象とされた振替社債等を取り扱う証券会社。決定本文は、この証券会社を「振替機関として」と記載しています |
決定本文は、相続人HRK氏を「抗告人(債務者)」、債権者KMR社を「相手方(債権者)」と呼んでいます。本記事でも、決定本文を引用する部分では「抗告人」「相手方」の呼称をそのまま用います。決定本文を引用する部分で氏名の符号を置き換えた箇所は〔 〕で示しています。
事案の概要―相続人の一人の債権者が、亡くなった方の名義の株式等を取り上げようとした
貸金の判決に基づき、相続人HRK氏に対する強制執行が申し立てられた
債権者KMR社は、原債務者BHR氏を相手に京都地方裁判所に貸金返還請求の訴え(平成17年(ワ)第2896号)を起こしており、その事件の執行力のある判決正本を持っていました。この判決正本には、相続人HRK氏に対する承継執行文が付されていました。債権者KMR社は、これに基づく貸金返還請求権及び損害賠償請求権等を請求債権として、相続人HRK氏を債務者とする強制執行を申し立てました。
承継執行文は、判決に表示された当事者以外の者に対して強制執行をするために付されるものです。決定の理由中には、相続人HRK氏が原債務者BHR氏の債務を承継した原因の記載はありません。決定に添付された執行抗告理由書には、原債務者BHR氏の実子が相続放棄をしたため、相続人HRK氏が原債務者BHR氏の株主としての地位をすべて承継しているとの記載がありますが、これは抗告人の側の記載であり、債務の承継の原因を述べたものでもありません。
差押えの対象は、被相続人CTY氏の名義の株式と投資信託の12分の1
債権者KMR社が差押えの対象としたのは、相続人HRK氏が証券会社FVSを振替機関として保有する振替社債等でした。もっとも、決定本文によれば、その振替社債等は、振替口座簿上は被相続人CTY氏を加入者として記載されているものでした。債権者KMR社は、相続人HRK氏が被相続人CTY氏の相続人であり、その振替社債等の12分の1が相続人HRK氏に帰属するとして、その部分を対象に差押命令と譲渡命令を申し立てたのです。
決定は、差押えの対象となった振替社債等について、振替に係る権利は株式及び投資信託受益権であると述べています。銘柄や数量は、原決定に添付された目録が決定本文に含まれていないため分かりません。
「振替社債等」とは、社債、株式等の振替に関する法律の適用を受ける社債、株式、投資信託受益権などのことで、その権利の帰属は証券会社等が管理する振替口座簿の記載又は記録によって定まります。上場会社の株式(振替株式)がその代表例です(この説明は、決定が述べた振替制度の概要を踏まえた当事務所の説明です)。
執行裁判所は、差押命令と譲渡命令を発した
原審の執行裁判所は、平成28年12月16日、差押命令の申立てを認容して振替社債等差押命令を発しました。その後、債権者KMR社は、譲渡命令の申立ての対象を、差押命令により差し押さえられた振替社債等(決定は「本件各振替社債等」と呼んでいます)に訂正しました。
執行裁判所は、平成29年7月3日、譲渡命令の申立てを認容し、本件各振替社債等を支払に代えて原決定記載の各金額で債権者KMR社に譲渡する旨の振替社債等譲渡命令を発しました。これが抗告審の決定のいう「原決定」です。原決定が定めた各金額は、決定本文には記載がありません。
相続人HRK氏が執行抗告をした
相続人HRK氏は、原決定の取消しと、譲渡命令の申立ての却下を求めて執行抗告をしました。執行抗告の理由は、決定に別紙として添付された執行抗告理由書のとおりとされています。その内容は、後の節(当事者の主張)で整理します。
事案の経緯の時系列
| 時期 | 出来事(決定本文の記載による) |
|---|---|
| 平成17年 | 債権者KMR社の原債務者BHR氏に対する貸金返還請求事件(京都地方裁判所平成17年(ワ)第2896号)。判決の日は決定本文に記載がありません |
| 平成17年3月及び5月 | 執行抗告理由書によれば、親会社PLT社及び債権者KMR社の定時株主総会で、代表取締役WDN氏が取締役に選任された(抗告人の主張であり、決定はこれらの決議が不存在であるとは認めていません) |
| 平成28年10月15日 | 執行抗告理由書によれば、被相続人CTY氏が死亡(抗告人の記載によります) |
| 平成28年(時期の記載なし) | 債権者KMR社が、相続人HRK氏を債務者として、振替社債等の差押命令(平成28年(ル)第1560号)及び譲渡命令(平成28年(ヲ)第3073号)を申立て |
| 平成28年12月16日 | 執行裁判所が振替社債等差押命令を発令 |
| (時期の記載なし) | 債権者KMR社が、譲渡命令の申立ての対象を、差し押さえられた本件各振替社債等に訂正 |
| 平成29年7月3日 | 執行裁判所が振替社債等譲渡命令を発令(原決定) |
| 平成29年7月26日 | 相続人HRK氏の執行抗告理由書の日付 |
| 平成29年12月4日 | 大阪高等裁判所が原決定を取り消し、譲渡命令の申立てを却下する決定 |
差押命令の申立て及び譲渡命令の申立ての事件番号は、決定に添付された執行抗告理由書の記載によります。
判断の前提となった制度
決定は、判断の前提として、振替社債等の権利の帰属に関する規定と、振替社債等に対する強制執行の手続の概要を整理しています。以下は、決定本文が整理した内容の要約であり、法令の条文そのものではありません。
振替社債等の権利の帰属―振替口座簿の記載で定まる
決定は、社債、株式等の振替に関する法律が次のとおり定めているとしました。
| 事項 | 決定が述べた内容 | 決定が挙げた条文 |
|---|---|---|
| 権利の帰属 | 振替社債等の権利の帰属は、振替口座簿の記載又は記録により定まる | 振替社債につき66条、振替株式につき128条1項 |
| 振替口座簿の記載事項 | 振替口座簿は加入者の口座ごとに区分し、加入者の氏名又は名称及び住所、発行者の商号及び銘柄、銘柄ごとの金額又は数などを記載する | 振替社債につき68条、振替株式につき129条 |
| 振替の手続 | 申請に基づき、振替口座簿における減額又は増額(減少又は増加)の記載又は記録により行う | 振替社債につき70条、振替株式につき132条 |
| 譲渡の効力 | 譲受人がその口座の保有欄に増額(数の増加)の記載又は記録を受けなければ、譲渡の効力は生じない | 振替社債につき73条、振替株式につき140条 |
| 権利の推定 | 加入者は、その口座に記載又は記録された振替社債等についての権利を適法に有するものと推定される | 振替社債につき76条、振替株式につき143条 |
| 投資信託受益権 | 振替社債に関する上記の規定が準用される | 121条 |
振替社債等に対する強制執行―差押命令と譲渡命令
決定は、民事執行規則の定める強制執行の手続を、次のとおり整理しました。
- 差押命令:振替社債等に関する強制執行は、執行裁判所の差押命令により開始する(民事執行規則150条の2)。差押命令では、債務者に対して振替若しくは抹消の申請又は取立てその他の処分を禁止し、債務者が口座の開設を受けている振替機関等に対して振替及び抹消を禁止する(同規則150条の3第1項)。
- 譲渡命令:執行裁判所は、差押債権者の申立てにより、差し押さえた振替社債等を、執行裁判所が定めた価額で支払に代えて差押債権者に譲渡する命令(振替社債等譲渡命令)を発することができる(同規則150条の7第1項1号)。振替社債等譲渡命令が確定したときは、裁判所書記官が、振替社債等の振替の申請をしなければならない(決定は「同第4項」としています)。
譲渡命令は、差し押さえた財産そのものを、裁判所が定めた価額で債権者に移し、その価額の分だけ請求債権の支払があったものとする仕組みです。本件では、被相続人CTY氏の名義の株式等の12分の1を、この方法で債権者KMR社に移すことが命じられていました(この仕組みの説明は当事務所によるものです)。
当事者の主張
相続人HRK氏(抗告人)の主張―申立てをした代表取締役に代表権がない
決定は、抗告人の主張を次のようにまとめています。
「抗告人は、〔WDN氏〕(以下「〔WDN氏〕」という。)を相手方の親会社である〔PLT社〕の取締役及び代表取締役に選任した同社の株主総会決議及び取締役会決議、並びに、〔WDN氏〕を相手方の取締役及び代表取締役に選任した相手方の株主総会決議及び取締役会決議は、いずれも不存在であり、〔WDN氏〕には相手方の正当な代表権がないから、相手方が〔WDN氏〕を代表者としてした本件譲渡命令申立ては不適法であり却下されるべきであると主張する。」
決定に添付された執行抗告理由書によれば、抗告人の主張の要点は次のとおりです。
- 成年後見人による議決権の行使は利益相反行為に当たる。代表取締役WDN氏は、被相続人CTY氏の成年後見人であった。同氏は、親会社PLT社の平成17年3月の定時株主総会で、自らを取締役とする選任議案について、成年後見人として管理していた被相続人CTY氏の株式(抗告人は、親会社PLT社の株式の55%に当たる支配株であったとしています)の議決権を行使し、取締役及び代表取締役に就任した。これは民法826条1項の利益相反行為に当たり、無効である。
- 親会社と債権者会社の選任決議は不存在となる。親会社PLT社の取締役選任決議が不存在となれば、代表取締役WDN氏が親会社PLT社の代表者として債権者KMR社の株式の議決権を行使した債権者KMR社の平成17年5月の取締役選任決議も、無権限者による行為として不存在となる。その後の各年の総会も同様である。
- 被相続人CTY氏の死亡後の総会も不存在である。被相続人CTY氏の死亡後、親会社PLT社の株式は債務者を含む共同相続人の準共有となった。代表取締役WDN氏が権利行使者として議決権を行使したとしても、準共有者全員の合意に基づく適法な議決権行使ではなく、役員選任決議は不存在である。
- したがって、差押えの申立ても譲渡命令の申立ても不適法である。代表権のない代表取締役WDN氏がした差押えの申立ては不適法であり、それを前提とする譲渡命令も是認できず、却下を免れない。
執行抗告理由書は、このほか、別件で大阪高等裁判所が成年後見人の議決権の行使は利益相反行為に当たらないと判断したことを批判し、成年後見人が支配株主である被後見人の株式の議決権を行使して取締役を兼任することは許されないとの見解を詳しく述べています。また、被相続人CTY氏が保有していた債権者KMR社の株式について、家庭裁判所での遺産分割の審判に言及する記載もあります。これらは、いずれも抗告人の主張又は説明であり、裁判所が認定した事実ではありません。
債権者KMR社(相手方)の主張
決定本文には、相手方である債権者KMR社の主張の記載はありません。
結論を左右した争点
決定本文の判断の構成からみると、結論を左右した争点は次の3点です(争点の整理は当事務所によるものです)。
- 申立てをした代表取締役に代表権があるか。抗告人が執行抗告の理由として主張した点です。
- 振替口座簿の名義人ではない相続人を債務者として、被相続人名義の振替社債等を差し押さえることができるか。抗告人は主張していませんでしたが、裁判所が職権で取り上げた点です。
- 共同相続された振替社債等の準共有持分を、譲渡命令で債権者に移すことができるか。これも裁判所が職権で取り上げた点です。
決定は、1点目については抗告人の主張を採用せず、2点目と3点目のそれぞれを理由として、譲渡命令は違法であると判断しました。
原審の判断
原審の譲渡命令の本文は確認していません。決定本文から分かる原審の判断は、次の範囲にとどまります。
- 平成28年12月16日、差押命令の申立てを認容し、振替社債等差押命令を発した。
- 平成29年7月3日、譲渡命令の申立てを認容し、本件各振替社債等を、支払に代えて原決定記載の各金額で債権者KMR社に譲渡する旨の振替社債等譲渡命令を発した。
原審が、被相続人CTY氏の名義の振替社債等を相続人HRK氏の財産として扱ってよい理由や、準共有持分の譲渡が振替口座簿にどのように反映されるかについて、どのように考えたのかは、決定本文からは分かりません。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
抗告審の判断
抗告理由は採用しなかった
決定は、代表取締役WDN氏に代表権がないとの抗告人の主張について、次のとおり判断しました。
「しかし、一件記録上、抗告人指摘の株主総会決議や取締役会決議が不存在であるとは認められないから、抗告人の上記主張は採用できない。」
決定は、成年後見人による議決権の行使が利益相反行為に当たるかという抗告人の詳しい主張について、個別の判断を示していません。記録上、決議が不存在であるとは認められないとして、主張を退けています。
職権で、譲渡命令は不適法と判断した
そのうえで、決定は、抗告人が主張していなかった点を取り上げ、次のとおり述べました。
「当裁判所は、職権により、本件譲渡命令は不適法であるから却下すべきものと判断する。」
決定が示した理由は、次の2つです。いずれか一方だけでも譲渡命令は違法であるとする構成になっています(決定は、2つ目の理由について「この点からも」と述べています)。
| 理由 | 要点(当事務所の要約) |
|---|---|
| 第1の理由:名義人以外を債務者とする差押えの可否 | 振替社債等が債務者に帰属するかは振替口座簿の記載だけで審査される。振替口座簿に相続人HRK氏の名義で記載されていない振替社債等を差し押さえることはできず、差押命令は違法であり、これを前提とする譲渡命令も違法である |
| 第2の理由:準共有持分を対象とする譲渡命令の可否 | 共同相続された株式等は1株又は1口ごとに準共有となり、相続人HRK氏に帰属するのは各1株・1口の12分の1の準共有持分である。振替口座簿にはこのような持分を相続人一人の名義で記載できないから、譲渡命令が確定しても振替ができず、譲渡の効力を生じさせることができない。したがって譲渡命令は違法である |
裁判所が示した判断の枠組み
名義人以外の財産は差し押さえられない―差押えの対象が債務者に帰属するかは、振替口座簿の記載だけで審査される
決定は、振替社債等の権利の帰属が振替口座簿の記載又は記録により定まること、振替口座簿への増額又は増加の記載又は記録が譲渡の効力発生要件であること、振替口座簿に記載された振替社債等について権利の推定が働くことを確認しました。そして、差押命令では振替機関等に振替及び抹消の禁止を命じ、譲渡命令が確定したときは裁判所書記官が振替の申請をするという強制執行の仕組みも、このような権利の取扱いを前提としていると述べました。
そのうえで、決定は次のとおり判断の枠組みを示しました。
「以上の各規定に照らすと、振替社債等に関する強制執行手続においては、差押命令の対象となる振替社債等が債務者に帰属するか否かは、振替口座簿の記載又は記録のみによって審査され、債務者以外の者を振替口座簿の口座名義人とする振替社債等について、振替口座簿の記載又は記録以外の資料によって当該振替社債等が債務者に帰属することを証明して差押命令を求めることは許されないと解するのが相当である。」
この枠組みを本件に当てはめ、決定は次のとおり述べました。
「これを本件についてみると、本件差押命令申立ては、〔CTY氏〕を加入者として振替口座簿に記載されている振替社債等について、同人の相続人である抗告人(債務者)にその12分の1が帰属するとして、抗告人に帰属する部分を対象とするものである。しかし、当該振替社債等は、抗告人(債務者)を加入者として振替口座簿に記載されていないのであるから、これを対象として差押命令を申し立てることはできないと解される。」
「したがって、本件差押命令は、この点において違法であり、これを前提とする本件譲渡命令も違法といわざるを得ない。」
つまり、決定は、相続によって被相続人の財産の一部が相続人に帰属するという事情があっても、振替口座簿に相続人の名義で記載されていない以上、相続を証明する資料によって相続人の財産として差し押さえることはできないとしたものです。差押命令は既に発令されていましたが、決定は、その差押命令が違法であることを、譲渡命令が違法である理由として用いています。
準共有持分を対象とする譲渡命令―共同相続された株式等は、1株又は1口ごとに準共有となる
決定は、さらに、仮に差押えの点を措いても、譲渡命令そのものが効力を生じさせることのできない内容であると判断しました。その出発点は、共同相続された株式等の帰属についての次の判断です。
「振替社債等の所有者が死亡し、相続人が複数の場合、共同相続された振替社債等は、相続開始と同時に当然に相続人に応じて分割されるものではなく、共同相続人らはその相続分に応じて当該株式等を準共有することになると解される。本件譲渡命令の対象となる本件各振替社債等(振替に係る権利は、株式及び投資信託受益権)は、その最低基本単位である1株又は1口ごとに共同相続人の準共有となるから、抗告人(債務者)に帰属するのは、1株又は1口についての12分の1ずつの準共有持分である。」
決定によれば、相続人HRK氏が持っているのは、例えば株式の何株という形の「株式そのもの」ではなく、各1株、各1口について12分の1ずつの準共有持分です。相続分が12分の1であっても、株式の総数の12分の1に当たる株数を単独で持っているわけではない、ということになります(この言い換えは当事務所によるものです)。
振替口座簿には、相続人一人の準共有持分を記載できない
次に、決定は、振替口座簿の記載方法に着目しました。振替口座簿には銘柄ごとの金額又は数を記載するものとされ、株式や投資信託受益権は株数又は口数で記載され、1株未満又は1口未満を記載することを予定した規定はないとしています。決定は、株式の併合などで1株未満の端数が生じた場合にも、加入者の口座には端数を記録せず、発行者の口座に端数を記録するものとされていることを例に挙げています(株式の併合の場合について社債、株式等の振替に関する法律136条)。
そのうえで、決定は次のとおり判断しました。
「そうすると、共同相続により準共有となった株式や投資信託受益権については、共同相続人全員を口座名義人(加入者)として振替口座簿に共同相続に係る株式等を記載することはできるとしても、共同相続人の一人を口座名義人として、同人に帰属する共同相続に係る株式等の準共有持分を振替口座簿に記載することはできないというべきである。したがって、当該準共有持分について譲渡が行われても、振替口座簿に譲渡を反映する増加の記載又は記録をすることができないから、譲渡は効力を有しないこととなる。」
振替社債等の譲渡は、譲受人の口座に増額又は増加の記載又は記録を受けなければ効力を生じません。準共有持分は振替口座簿に記載できないため、準共有持分の譲渡はその記載を受けることができず、効力を生じないという論理です。
譲渡命令が確定しても、譲渡の効力を生じさせることができない
決定は、この論理を譲渡命令に当てはめ、次のとおり結論付けました。
「以上によれば、本件譲渡命令が確定しても、振替口座簿にこれに基づく振替の記載をすることができず、本件各振替社債等の譲渡の効力を発生させることができない。したがって、この点からも、本件譲渡命令は違法というべきである。」
譲渡命令は、確定すれば裁判所書記官が振替の申請をして財産を債権者に移すことを予定した裁判です。決定は、その振替ができない以上、譲渡命令は目的を達することができず、違法であるとしたものです。
各主張を採用し又は排斥した理由
抗告人の主張―代表権の欠缺は認められなかった
抗告人は、成年後見人であった代表取締役WDN氏が被後見人である被相続人CTY氏の株式の議決権を行使して自らを取締役に選任したことは利益相反行為であり、親会社PLT社及び債権者KMR社の役員選任決議は不存在であると主張しました。決定は、一件記録上、これらの株主総会決議や取締役会決議が不存在であるとは認められないとして、この主張を採用しませんでした。
決定は、成年後見人の議決権の行使が民法826条1項の利益相反行為に当たるかどうかについて、一般的な判断を示していません。決定から言えるのは、本件の記録上、決議の不存在が認められなかったということにとどまります(当事務所の評価です)。
抗告人の求めた結論そのものは認められた
抗告人は、原決定の取消しと譲渡命令の申立ての却下を求めていました。決定は、抗告人の主張した理由は採用しませんでしたが、職権で取り上げた2つの理由により、抗告人が求めたとおり、原決定を取り消し、申立てを却下しました。決定は、抗告の趣旨を「主文同旨」としています。
抗告人の主張した理由とは別の理由で、抗告人の求めた結論が認められたことになります。強制執行の手続の適法性は、当事者の主張にかかわらず裁判所が職権で審査する対象となり得ることを示す例といえます(当事務所の評価です)。
債権者KMR社に帰属する部分の証明は、問題にされなかった
債権者KMR社は、相続人HRK氏が被相続人CTY氏の相続人であり、その振替社債等の12分の1が相続人HRK氏に帰属するとして申立てをしていました。決定は、そのような帰属を振替口座簿の記載以外の資料で証明して差押命令を求めることは許されないとしたため、相続人HRK氏の相続分が実際に12分の1であるか、遺産分割の状況がどうなっているかといった点には立ち入っていません。
主文及び結論
決定の主文は、次のとおりです。
「原決定を取り消す。」
「相手方の本件譲渡命令申立てを却下する。」
「手続費用は、原審、当審とも、相手方の負担とする。」
主文の「相手方」は債権者KMR社です。決定は、末尾で次のとおり結んでいます。
「以上によれば、本件譲渡命令申立ては不適法なものであるから却下すべきであるところ、これを認容した原決定は不相当であるから、原決定を取り消し、本件譲渡命令申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。」
決定は、譲渡命令を取り消して譲渡命令の申立てを却下しました。決定の主文は、平成28年12月16日の差押命令そのものを取り消すものではありません。決定は理由中で差押命令が違法であると述べていますが、本件の執行抗告の対象は譲渡命令であり、差押命令の効力がその後どのように扱われたかは、決定本文からは分かりません。
審級ごとの結論の推移
| 項目 | 原審(京都地方裁判所の譲渡命令) | 抗告審(大阪高等裁判所の決定) |
|---|---|---|
| 譲渡命令の申立て | 認容。本件各振替社債等を支払に代えて原決定記載の各金額で債権者KMR社に譲渡 | 変更。原決定を取り消し、申立てを却下 |
| 名義人以外を債務者とする差押え | 差押命令を発令(判断の理由は決定本文からは分かりません) | 振替口座簿に債務者の名義がない振替社債等は差押えの対象とできず、差押命令は違法と判断 |
| 準共有持分の譲渡 | 譲渡を命じた(判断の理由は決定本文からは分かりません) | 振替口座簿に記載できず譲渡の効力を生じさせられないため、譲渡命令は違法と判断 |
| 代表権の欠缺の主張 | 決定本文からは分かりません | 決議の不存在は認められないとして採用せず |
| 手続費用 | 決定本文からは分かりません | 原審及び当審とも債権者KMR社の負担 |
原審の欄は、決定本文に記載された範囲で作成しています。
判断の射程―参考となる点と一般化できない点
以下は、決定の内容を踏まえた当事務所の評価です。決定が述べた事項と区別してお読みください。
参考となる点
- 遺産分割前の株式は、1株ごとに相続人全員の準共有になるとされたこと。決定は、共同相続された振替社債等は相続開始と同時に当然に分割されるものではなく、共同相続人がその相続分に応じて準共有し、その単位は1株又は1口ごとであると述べました。相続分が12分の1の相続人が持っているのは、株式の総数の12分の1に当たる株数ではなく、各1株についての12分の1の準共有持分であるという考え方です。遺産分割が終わるまで、相続人の一人が自分の相続分に当たる株数を単独で処分できるわけではないことを理解するうえで参考になります。
- 相続人の一人の債権者が、遺産分割前の株式等から回収することに制約があるとされたこと。本件では、相続人の一人の債権者が、被相続人名義のまま残っている株式等のうちその相続人の相続分に当たる部分を譲渡命令で取得しようとしましたが、決定はこれを違法としました。相続人の一人が債務を負っている場合でも、その債権者が直ちに遺産の株式等の持分を取得できるとは限らないことを示しています。
- 振替口座簿の名義が重視されたこと。決定は、振替社債等に対する強制執行では、財産が債務者に帰属するかを振替口座簿の記載だけで審査し、相続を証明する資料などの他の資料で補うことは許されないとしました。証券会社の口座が被相続人の名義のままである間の株式等の扱いを考えるうえで参考になります。
- 当事者が主張していない点を、裁判所が職権で取り上げたこと。抗告人は申立てをした代表取締役の代表権を争いましたが、決定はこれを採用せず、職権で取り上げた理由によって譲渡命令を取り消しました。強制執行の手続では、当事者の主張にない手続上の問題が結論を左右することがあることを示しています。
一般化できない点
- 上場株式などの振替株式と投資信託受益権についての判断です。決定の2つの理由は、いずれも社債、株式等の振替に関する法律が定める振替口座簿の仕組みを前提としています。非上場の同族会社の株式は、通常、振替制度の対象ではないため、振替口座簿の記載に関する決定の理由がそのまま当てはまるわけではありません。もっとも、共同相続された株式が相続分に応じて準共有になるという点は、決定が振替社債等について述べたものであり、非上場株式について決定が判断を示したものではありません。
- 譲渡命令についての判断です。決定の主文は、譲渡命令を取り消し、譲渡命令の申立てを却下したものです。差押命令そのものの効力がその後どうなったか、また、譲渡命令以外の方法による換価が可能かどうかについて、決定は判断を示していません。
- 債権者が相続人の債権者である事案です。本件は、被相続人自身の債権者ではなく、相続人の一人に対する債権を持つ者が、遺産の株式等を対象に強制執行をした事案です。被相続人の債務の取立てとして被相続人の財産に強制執行がされる場面とは前提が異なります。
- 代表権の争いについての一般的な判断は示されていません。成年後見人が被後見人の株式の議決権を行使して自らを取締役に選任することが利益相反行為に当たるかについて、決定は判断を示していません。記録上、決議が不存在であるとは認められないとしたにとどまります。
- 本決定は上級審で破棄されています。冒頭のご注意のとおり、本決定は最高裁判所の決定で破棄され、差し戻されています。振替株式等の準共有持分に対する強制執行の可否は、上級審で判断が変わる可能性がある問題であり、同種の問題に直面した場合は、その後の裁判例の状況を必ず確認する必要があります。
相続した株式や不動産の準共有・共有の扱いをめぐって、相続人の間で争いが生じている方は、次のページを御覧ください。
よくあるご質問
遺産分割が終わる前、亡くなった親の株式は誰のものですか。
本決定は、共同相続された振替社債等は、相続開始と同時に当然に相続人に分割されるのではなく、共同相続人がその相続分に応じて準共有し、その単位は1株又は1口ごとであると述べました。相続人は、遺産分割が終わるまで、各1株について相続分に応じた準共有持分を持つことになります。本決定は上場株式などの振替株式と投資信託受益権についての判断ですが、同族会社の株式を含む遺産を分ける場面でも、遺産分割前の株式が相続人全員の準共有の状態にあることを前提に、議決権の行使や分割の方法を検討することになります。
相続人の一人に借金がある場合、その債権者が亡くなった親の名義の株式を取り上げることはできますか。
本決定の事案では、相続人の一人の債権者が、被相続人の名義のままの株式と投資信託の12分の1を差し押さえ、譲渡命令で取得しようとしましたが、大阪高等裁判所は、振替口座簿に相続人の名義で記載されていない株式等は差押えの対象とできないこと、準共有持分は振替口座簿に記載できず譲渡の効力を生じさせられないことを理由に、譲渡命令を取り消しました。ただし、本決定は譲渡命令についての判断であり、その後の不服申立ての有無や確定も確認できていません。同種の場面では、その後の裁判例の状況を確認したうえで対応を検討する必要があります。
非上場の同族会社の株式にも、本決定の考え方は当てはまりますか。
本決定の理由は、証券会社等が管理する振替口座簿の仕組みを前提としています。非上場の同族会社の株式は、通常、振替制度の対象ではないため、振替口座簿の記載に関する理由はそのまま当てはまりません。共同相続された株式が相続分に応じて準共有となるという点も、本決定は振替社債等について述べたものです。非上場株式について相続人の債権者が強制執行をしようとする場面は、本決定とは別に検討する必要があります。
相続した株式を相続分の割合で分けて、自分の分だけ売ることはできますか。
本決定によれば、遺産分割前の相続人が持っているのは各1株についての準共有持分であり、相続分に当たる株数を単独で持っているわけではありません。また、振替口座簿には、相続人一人の名義で準共有持分を記載することはできないとされました。本決定の考え方によれば、遺産分割前に、相続人の一人が自分の相続分に当たる部分だけを切り出して譲渡することは難しいと考えられます(当事務所の評価です)。まずは遺産分割の協議や調停で株式の帰属を決めることが基本になります。
強制執行の申立てをした会社の代表者に代表権がないと争えば、執行を止められますか。
本決定では、相続人HRK氏が、申立てをした代表取締役の選任決議は不存在であり代表権がないと主張しましたが、決定は、一件記録上、決議が不存在であるとは認められないとして採用しませんでした。代表権の欠缺を主張する場合には、決議の不存在を記録上明らかにできるかが問われます。本件で譲渡命令が取り消されたのは、裁判所が職権で取り上げた別の理由によるものです。
関連する記事と御相談のご案内
遺産分割が終わる前の株式は、相続人全員の準共有の状態にあり、相続人の一人だけで自由に処分したり、相続人の一人の債権者が自由に取り上げたりできるものではありません。同族会社の株式を含む遺産では、準共有の間の議決権の行使や権利行使者の指定、遺産分割の協議と調停の進め方が相互に関係します。遺産分割の協議と調停の進め方は遺産分割トラブルの協議と調停の進め方で、非上場株式・自社株式の相続全般は非上場株式・自社株式の相続の総合案内で御案内しています。株式の相続・遺産分割に関するその他の裁判例は株式相続・遺産分割の裁判例の解説記事一覧にまとめています。
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この記事の位置付け
相続人の一人の債権者が、遺産分割前の亡くなった方の名義の株式や投資信託を差し押さえ、取り上げようとした場面の判例を、共同相続された株式の準共有の観点から解説します。
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