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株式の集約を目的とする相続分譲渡と錯誤・詐欺の主張―東京地方裁判所令和7年1月20日判決

公開 2025年1月20日更新 2025年1月20日

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同族会社の株式を含む遺産の分割が長く手付かずのまま残っている家族で、会社を継ぐことになった親族から、会社における地位を安定させるためとして相続分の譲渡を求められ、書面に署名押印した相続人が、後になって譲渡の効力を争った場面の判例です。東京地方裁判所令和7年1月20日判決は、相続分を無償で譲渡した相続人が、なお3分の1の法定相続分を有することの確認を求めた訴訟で、動機の錯誤、詐欺取消し、負担付贈与の解除の主張をいずれも退け、請求を棄却しました。

本記事では、判決が、相続分譲渡書の文言が相応に明確であったこと、譲受人が株式の集約という目的を説明していたこと、譲渡人が親族間の紛争を認識していたことなどから、譲渡人の主張を採用しなかった筋道を、判決本文に沿って整理します。同族会社の株式の集約を求める親族から書面への署名押印を求められた相続人の方にとって、署名押印の前に何を確認すべきかを考えるうえで参考になる判決です。

目次
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 被相続人の遺産は、同族会社の株式だけが分割されないまま残っていた
    2. 会社の株主構成は、親族の間で分散していた
    3. 経営者の入院と、後継者による株式の集約
    4. 経営者の死亡の3日後に、確認書と相続分譲渡書が作成された
    5. 遺産分割調停の申立てと取下げ、そして本件訴訟
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 相続分譲渡書の文言
    1. 相続分譲渡書の本文
    2. 名義株の確認書の内容
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 原告らの請求
    2. 原告らが主張した3つの理由と、被告YSN氏の反論
    3. 他の被告らの立場
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 動機の表示―譲渡書の文言と作成の経過から否定された
    2. 被告YSN氏の供述は信用でき、遺言の作成経過への疑問も退けられた
    3. 書面の意味が分からなかったという供述は採用されなかった
    4. 遺産分割調停の申立てと取下げの経過は、動機の表示を否定する方向の事情とされた
    5. 重過失と相手方の認識―念のための判断
    6. 詐欺取消し―遺言を秘したという前提を欠く
    7. 負担付贈与の解除―負担の合意が認められない
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  12. よくあるご質問
    1. 会社を継ぐ親族から相続分の譲渡書への署名を求められました。署名した後で取り消すことはできますか。
    2. 相続人の間で適切に処理すると言われて署名した場合でも、その説明は考慮されませんか。
    3. 法律に詳しくなく、書面の意味が分からなかったと主張すれば、効力を争えますか。
    4. 相続分を譲渡したことを忘れて遺産分割調停を申し立てた場合、どうなりますか。
    5. 同族会社の株式が亡くなった方の名義のまま残っている場合、相続人はどうすればよいですか。
  13. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第44部
裁判日 令和7年1月20日
事件番号 令和4年(ワ)第2497号
裁判の形式 判決
審級 第一審
請求の内容 相続分を譲渡した相続人が、被相続人の相続について3分の1の法定相続分を有することの確認
結論 原告ら(相続分を譲渡した相続人及びそのきょうだい)の請求をいずれも棄却。訴訟費用は原告らの負担
適用された法令 平成29年法律第44号による改正前の民法(錯誤、詐欺、負担付贈与の解除)
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いた符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

本記事の表記 立場
被相続人RKS氏 平成7年5月19日に死亡した被相続人。遺産は同族会社MRCの株式(1万株)以外に特段見当たらないとされています
相続分を譲渡した原告MYK氏 原告。被相続人RKS氏の子。平成30年1月9日に相続分を無償で譲渡する書面を作成しました
原告TNB氏 原告。被相続人RKS氏の子で、MYK氏のきょうだい
会社を設立した経営者である亡KZN氏 被相続人RKS氏の子。昭和41年に同族会社MRCを設立し、代表取締役として経営していました。平成30年1月6日に死亡
後継者となった被告YSN氏 被告。亡KZN氏の相続人の一人。亡KZN氏から経営の承継を求められ、相続分の譲受人となりました。平成30年1月23日に同族会社MRCの代表取締役に就任
亡KZN氏の妻である被告WKR氏 被告。亡KZN氏と一度離婚し、平成29年12月30日に再び婚姻しました
被告SHT氏 被告。亡KZN氏の相続人の一人。平成29年12月31日時点で同族会社MRCの株式の46.5%を保有し、同年3月末まで取締役でした
被告ABN氏 被告。亡KZN氏の相続人の一人。口頭弁論期日に出頭せず、主張をしていません
同族会社MRC 亡KZN氏が設立し、基本的に親族間で経営されてきた株式会社(業種は判決本文に記載がありません)。発行済株式数は20万株
JKB弁護士 YSN氏が株式の集約について相談した弁護士。亡KZN氏の公正証書遺言の証人の一人

被告ら4名は、亡KZN氏の死亡により、被相続人RKS氏の相続について亡KZN氏の相続人の地位を承継した者です。判決本文は、原告らの主張の中で被告ら4名を亡KZN氏の「妻子4名」と表現しています。

事案の概要

被相続人の遺産は、同族会社の株式だけが分割されないまま残っていた

被相続人RKS氏は、平成7年5月19日に死亡しました。その子である原告MYK氏、原告TNB氏及び亡KZN氏が相続人でしたが、亡KZN氏が平成30年1月6日に死亡したため、被告ら4名が亡KZN氏の地位を承継しています。判決は、原告ら2名と被告ら4名が、現時点における相続人(数次相続によるものを含みます)の全員に当たるとしています。

同族会社MRCは、亡KZN氏が昭和41年に設立した会社で、その株式は、生前の被相続人RKS氏を含む亡KZN氏の親族らが保有してきました。判決は、現時点で被相続人RKS氏の遺産は同族会社MRCの株式以外に特段見当たらないとしています。被相続人RKS氏名義の株式は、同氏の死亡後、少なくとも平成29年以前頃まで、その承継について具体的に検討されていませんでした。

会社の株主構成は、親族の間で分散していた

同族会社MRCの発行済株式数は、遅くとも平成29年12月31日時点で20万株であり、同日時点の株主名簿上の株主構成は次のとおりでした。判決は、同族会社MRCは基本的に親族間で経営されており、株主構成の細部については関係者の間で明確に意識されていなかったと認定しています。

株主名簿上の株主 平成29年12月31日時点 平成30年1月23日時点
被告SHT氏 9万3,000株(46.5%) 9万3,000株
亡KZN氏 7万9,000株 (記載なし)
後継者となった被告YSN氏 1,000株 9万6,000株(48%)
被告ABN氏 1,000株 1,000株
原告MYK氏 1万6,000株 (記載なし)
被相続人RKS氏 1万株 1万株

括弧内の割合は、判決本文に記載されたものだけを示しています。判決は、被相続人RKS氏名義の1万株のうち原告MYK氏の法定相続分3分の1に対応する部分を便宜上3,333株とし、その割合を1.67%(小数点以下第2位を四捨五入)と計算しています。

経営者の入院と、後継者による株式の集約

同族会社MRCの取締役は、平成29年3月時点で、亡KZN氏(代表取締役)、被告SHT氏及び親族以外の者1名でしたが、同月末に被告SHT氏ら2名が退任し、親族以外の者2名が就任しました。亡KZN氏は、平成29年5月頃から体調を崩して入院し、転院を経たものの退院することなく、平成30年1月6日に死亡しました。

後継者となった被告YSN氏は、平成29年7月頃以降、亡KZN氏から同族会社MRCの経営を任せたいとの要請を受けるようになり、同年9月頃までにこれに応じると回答しました。その後、被告YSN氏は、亡KZN氏に対し、会社の経営のために株式を自身に集約させるよう対処を求めるとともに、JKB弁護士に相談するようになりました。そして、JKB弁護士の助言を受けて、原告MYK氏に名義株の確認書の作成を求め、亡KZN氏の公正証書遺言の手配をするなどの対応をしました。

亡KZN氏は、平成29年12月27日、自身の保有する同族会社MRCの株式の全部を被告YSN氏に相続させる旨の公正証書遺言をしました。遺言は、入院先の病室で、JKB弁護士及び同じ事務所に所属する弁護士の2名を証人として行われ、亡KZN氏が病気のため署名できないことから、公証人が代わって署名押印しました。被告YSN氏は、弁護士2名と公証人の手配をして病室を訪れましたが、作成手続には同席していませんでした。

これとほぼ同じ時期の平成29年12月30日、亡KZN氏と被告WKR氏は再び婚姻しました(両名は昭和41年6月に婚姻し、平成元年11月に離婚していました)。婚姻届の証人となったのは、被告SHT氏と原告MYK氏でした。原告MYK氏は、平成29年11月又は12月頃から、亡KZN氏の財産をめぐって被告WKR氏及び被告SHT氏と被告YSN氏との間に紛争があることを認識していました。

経営者の死亡の3日後に、確認書と相続分譲渡書が作成された

亡KZN氏の死亡から3日後の平成30年1月9日、被告YSN氏は原告MYK氏の自宅を訪れ、名義株の確認書と相続分譲渡書の作成を求めました。被告YSN氏は、確認書と亡KZN氏からの相続により原告MYK氏名義の株式を取得するのに加え、相続分譲渡書により被相続人RKS氏名義の株式のうち原告MYK氏の相続分に対応する部分を取得できれば、同族会社MRCにおける自身の地位がより安定すると説明しました。原告MYK氏は、確認書の内容には応じられるが、被相続人RKS氏の遺産に関して原告TNB氏の権利を侵害するようなことには応じられないと述べ、被告YSN氏は、原告TNB氏の権利を侵害するものではないと答えました。こうしたやり取りを経て、原告MYK氏は2通の書面を作成しました。

確認書は、原告MYK氏名義の株式1万6,000株について、同氏は出資をしておらず名義株であることを確認し、真正の名義人である亡KZN氏に名義書換されることに異議がないという内容でした。日付は、事前に電話で内容を確認した時点であるという理由で、平成29年12月20日とされました。

平成30年1月23日、被告YSN氏は同族会社MRCの取締役及び代表取締役に就任し、株主名簿上の保有割合は48%となりました。

遺産分割調停の申立てと取下げ、そして本件訴訟

原告らは、令和3年7月7日、被告らを相手方として、東京家庭裁判所に被相続人RKS氏の遺産についての遺産分割調停を申し立てました。これに対し、被告YSN氏は相続分譲渡書を提出し、原告MYK氏は相続分を譲渡済みであると主張しました。原告らは、その後、調停の申立てを取り下げました。判決は、原告MYK氏が調停の申立て前に相続分譲渡書の存在を原告TNB氏に説明したことはなく、自身も書面の存在を忘れていた又は明確に意識していなかったことがうかがわれるとしています。

原告らは、令和4年に本件訴訟を提起し、原告MYK氏は、令和4年6月1日に送達された訴状訂正申立書により、被告YSN氏に対し、相続分譲渡契約の取消し及び解除の意思表示をしました。判決は、この訴訟を相続人全員の固有必要的共同訴訟と解しています。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
昭和41年 亡KZN氏が同族会社MRCを設立
平成元年11月 亡KZN氏と被告WKR氏が離婚(昭和41年6月に婚姻)
平成7年5月19日 被相続人RKS氏が死亡
平成29年3月末 被告SHT氏らが同族会社MRCの取締役を退任し、親族以外の者2名が就任
平成29年5月頃 亡KZN氏が体調を崩して入院
平成29年7月頃以降 亡KZN氏が被告YSN氏に経営を任せたいと要請。同年9月頃までに被告YSN氏が応諾
平成29年11月又は12月頃 原告MYK氏が、亡KZN氏の財産をめぐる親族間の紛争を認識
平成29年12月20日 確認書に記載された日付(実際の作成は平成30年1月9日)
平成29年12月27日 亡KZN氏が、株式の全部を被告YSN氏に相続させる旨の公正証書遺言
平成29年12月30日 亡KZN氏と被告WKR氏が再び婚姻(証人は被告SHT氏及び原告MYK氏)
平成30年1月6日 亡KZN氏が死亡
平成30年1月9日 原告MYK氏が確認書及び相続分譲渡書を作成
平成30年1月23日 被告YSN氏が取締役及び代表取締役に就任。株主名簿上の保有割合は48%
令和3年7月7日 原告らが東京家庭裁判所に遺産分割調停を申立て(相続分譲渡書の提出を受けて、その後取下げ)
令和4年6月1日 訴状訂正申立書の送達により、原告MYK氏が相続分譲渡契約の取消し及び解除の意思表示
令和7年1月20日 東京地方裁判所が原告らの請求をいずれも棄却する判決

相続分譲渡書の文言

以下は、判決本文が認定した相続分譲渡書の記載を、判決本文の文言のまま引用したものです。会社名と氏名は本記事の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

相続分譲渡書の本文

「私は、本日、下記被相続人の未分割部分(〔同族会社MRC〕の株式を含む)についての私の相続分を〔KZN氏の〕相続人〔YSN氏〕(下記譲受人)に全て無償で譲渡します。」

判決によれば、この記載の下に、「被相続人」として被相続人RKS氏の氏名等が、「譲受人」として被告YSN氏の氏名がそれぞれ明記され、最後に日付欄と署名押印欄が設けられていました。原告MYK氏は、日付欄と署名押印欄に手書きで記載し、押印して書面を完成させています。

名義株の確認書の内容

同じ日に作成された確認書について、判決本文は文言をそのまま掲げていません。判決の認定によれば、その内容は、原告MYK氏名義の同族会社MRCの株式1万6,000株について、同氏は出資をしておらず名義株であることを確認し、真正の名義人である亡KZN氏に名義書換されることに異議がないという趣旨のものでした。

この2通の書面のうち、本件で効力が争われたのは相続分譲渡書による相続分譲渡契約です。確認書は、相続分譲渡契約の締結の際に原告MYK氏がどのような動機を表示していたかを判断する材料として検討されました。

当事者の請求と主要な主張

原告らの請求

原告らは、被告らに対し、次の確認を求めました(判決本文の請求の趣旨。氏名は本記事の表記に置き換えています)。

「原告らと被告らとの間において、被相続人〔RKS氏〕の相続に関し、原告〔MYK氏〕が3分の1の法定相続分を有することを確認する。」

原告らは、相続分譲渡契約には効力が生じないことを前提に、原告MYK氏がなお相続分を有すると主張し、被告YSN氏は、契約に効力があることを前提に、原告MYK氏は相続分を有しないと主張しました。判決は、これにより当事者間に争いがあるとして確認の利益を認めています。

原告らが主張した3つの理由と、被告YSN氏の反論

主張 原告らの主張 被告YSN氏の反論
動機の錯誤(改正前民法95条) 原告MYK氏は、亡KZN氏の相続について妻子4名が法定相続分により、又は特定の相続人の相続分が著しく制限されることのない形で分割すること(判決は「法定相続分による分割等」と略記)を前提とする動機を黙示に表示していた。被告YSN氏は、亡KZN氏の相続人の代表として協力を求め、相続人間で適切に処理すると発言しており、確認書や譲渡書の「相続人」との記載もこれと整合する。実際には、被告YSN氏は会社の支配権を確保するために行動しており、要素の錯誤がある 亡KZN氏から経営を任せたいとの要望を受けて、承継後の経営を円滑にするための対処の一環として相続分の譲渡を求めたのであり、法定相続分による分割等をするなどと説明することは考えられない。譲渡書には譲受人が被告YSN氏であることが明記されている
重過失・相手方の悪意 被告YSN氏は、原告TNB氏に相談したいと述べた原告MYK氏に相談をさせないまま契約締結を強く求めた。原告MYK氏は法的知識に乏しく、表現の訂正を求めることに思い至らなかったので重過失はない。被告YSN氏は、遺言の存在や支配権確保の目的を知らせず、錯誤を知っていたか、知らなかったことに重過失がある 譲渡書の記載から法定相続分による分割等をする内容ではないことは明白であり、仮に錯誤があっても原告MYK氏に重過失がある。被告YSN氏は原告MYK氏の内心を知らず、知らなかったことに重過失もない
詐欺取消し(改正前民法96条1項) 被告YSN氏は、亡KZN氏の遺言の存在を含め、会社の支配権に関する状況や自身の目的を告げずに契約締結を強く求めており、遺言の存在を秘した欺罔行為に当たる 黙示の動機の表示はなく、欺罔行為となる言動をした事実もない
負担付贈与の解除(改正前民法553条、543条) 相続分譲渡契約は、被告YSN氏が亡KZN氏の相続について法定相続分による分割を行う負担を定めた負担付贈与であり、被告YSN氏はその負担を履行していないので解除できる 原告MYK氏がそのような意思を示したことはなく、負担付贈与契約にはならない

他の被告らの立場

被告WKR氏及び被告SHT氏は、相続分譲渡書の作成経過自体は知らないとしながら、確認書や亡KZN氏の遺言が亡KZN氏の死亡の直前の時期に作成されたことなどから、被告YSN氏が会社の支配権を確保するために原告MYK氏を錯誤に陥らせて契約を締結させた疑いが強いと主張し、当時の亡KZN氏には会社の経営の承継について具体的な思考能力はなかったと主張しました。被告ABN氏は、口頭弁論期日にいずれも出頭せず、何らの主張もしていません。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は、争点を、(1)動機の錯誤(動機の表示と錯誤の成否、原告MYK氏の重過失、被告YSN氏の悪意又は重過失)、(2)詐欺取消し、(3)負担付贈与の解除の3つに整理しました。

3つの争点のすべてに共通して結論を左右したのは、原告MYK氏が相続分譲渡契約の締結の際に、亡KZN氏の相続について法定相続分による分割等がされることを前提とする意思を、黙示にでも示していたと認められるかという点でした。判決はこれを認めず、そのことが、錯誤の主張を退ける理由となり、負担付贈与の主張を退ける理由にもなっています。詐欺の主張は、被告YSN氏が遺言について説明し、株式の集約という目的も説明していたと認められたことから、前提を欠くとされました。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

判決は、前提事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨により、次の事実を認定しました(以下は判決本文の認定事実の要約です)。

  • 被告YSN氏は、亡KZN氏の要請を受けて同族会社MRCの経営を承継することとし、自身に株式を集約させるための手配をしていました。
  • 被告YSN氏は、原告MYK氏に対し、確認書と亡KZN氏からの相続に加え、相続分譲渡書により原告MYK氏の相続分に対応する株式を取得することで、会社における自身の地位が安定すると説明していました。
  • 被告YSN氏が原告MYK氏に遺言の内容を具体的に説明したか否か及びその時期は、記録上必ずしも判然としないものの、書面の作成経過に照らせば、遅くとも確認書に署名押印がされた平成30年1月9日の時点で、何らかの形で具体的な説明がされたものと推認できるとされました。
  • 原告MYK氏が作成時に述べたと認められるのは、原告TNB氏の権利を侵害するようなことには応じられないという程度でした。
  • 原告MYK氏は、平成29年11月又は12月頃から亡KZN氏の財産をめぐる紛争を認識し、亡KZN氏の再度の婚姻の証人にもなっていました。

これらを前提に、判決は、譲渡書の文言、作成の経過、譲渡人の認識と関与を総合して、黙示の動機の表示があったかどうかを判断しています。判決が示した結論は次のとおりです。

「〔MYK氏〕が、黙示であっても法定相続分による分割等を前提とする旨の動機を示していたなどとは、通常考え難い。」

なお、本件の相続分譲渡契約は平成30年1月9日に締結されたものであり、判決は、平成29年法律第44号による改正前の民法を適用しています。改正前民法95条では、錯誤は意思表示の無効の原因とされ、動機の錯誤については、動機が表示されて意思表示の内容となっていることが問題とされてきました。現在の民法95条では、錯誤は取消しの原因とされ、法律行為の基礎とした事情についての錯誤は、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り取り消すことができると定められています(この段落の改正前後の説明は当事務所によるものです)。

各主張を採用し又は排斥した理由

動機の表示―譲渡書の文言と作成の経過から否定された

判決は、まず、被告YSN氏が株式の集約のための手配をし、相続分を取得すれば自身の地位が安定すると説明したうえで書面が作成されたこと、相続分譲渡書には「相続人」との記載はあるものの譲受人が被告YSN氏であることが明記され、法定相続分による分割等をするという内容を示す記載は見当たらないことを指摘しました。

次に、確認書は原告MYK氏名義の株式を亡KZN氏名義にするという内容で、名義を移した後の分割方法を示すものではないため、原則として法定相続分による分割をすることを示すと解する余地も全くないとまでは言えないとしました。しかし、書面の作成経過と、遺言についての説明があったと推認できることを併せれば、確認書が法定相続分による分割等をすることを示すものとは解し難いと判断しています。

さらに、作成時の原告MYK氏の言動として認められるのは、原告TNB氏の権利を侵害するようなことには応じられないと述べたという程度であり、法定相続分による分割等を前提とする意向を示したと認めるに足りる事実や証拠は見当たらないとしました。

被告YSN氏の供述は信用でき、遺言の作成経過への疑問も退けられた

判決は、亡KZN氏と被告SHT氏との関係が悪化し、その後に亡KZN氏から経営承継の要請を受けたという被告YSN氏の供述は、被告SHT氏の取締役退任や亡KZN氏の長期入院という客観的な経過に照らして合理的であるとしました。

一方で判決は、確認書の日付と実際の作成日に相当の相違があり、その間に亡KZN氏の死亡という重要な経過があること、JKB弁護士に相談した翌日に遺言が行われたとされ、亡KZN氏の死亡日と遺言の日が近接していることについて、一般論としては疑問の余地がないとは言えないとも述べています。それでも、遺言は弁護士2名が証人となって行われ、公正証書遺言の手続が適式に行われたことを疑わせる的確な事実や証拠はないとし、従前の株主構成に照らして、次のように判断しました。

「株式の集約等の対処がされなければ、亡〔KZN氏〕の死亡後には本件会社につき円滑な経営が行われないおそれがあったことは明らかと言うべきである。」

判決は、これらを併せれば、株式の集約に関して「やや例外的な対処がされることも直ちに理解できないものではなく」、一般論としての疑問から被告YSN氏の供述の信用性が直ちに揺るがされるとは言えないとしました(引用中の「本件会社」は同族会社MRCを指します)。

原告ら、被告WKR氏及び被告SHT氏が指摘した、遺言の時点の亡KZN氏に具体的な思考能力はなかったという点についても、判決は、遺言を無効とするほどの的確な事実や証拠はないとしました。あわせて、被告WKR氏が遺言とほぼ同じ時期に亡KZN氏と再び婚姻し、その証人に被告SHT氏と原告MYK氏がなっていることから、少なくともこの3名は、婚姻との関係では、亡KZN氏が有効に意思表示できることを前提とする言動をしていたと評価せざるを得ないと述べています。

書面の意味が分からなかったという供述は採用されなかった

原告MYK氏は、被告YSN氏に強く迫られたこと、法的な知識や経験が乏しく書面の意味を理解できなかったこと、原告TNB氏に相談したかったが止められたことなどを供述しました。判決は、確認書と相続分譲渡書の主要な内容は相応に明確であり、「上記各書面の意味を何ら理解することができないなどとは解し難い。」としました。

また、原告MYK氏が亡KZN氏の財産をめぐる紛争を認識し、婚姻届の証人として関与していたことから、判決は次のように述べています。

「上記各書面を作成することが亡〔KZN氏〕の相続に関する権利関係に影響を与えることは、当然に認識可能であったと言うべきである。」

紛争に巻き込まれたくない、書面を作成すれば巻き込まれずに済むと考えて作成に応じたという供述についても、判決は、その考え自体に疑問があり、仮に当面紛争に巻き込まれない状態を期待していたとしても、それで法定相続分による分割等を前提とする意向を示したことにはならないとしました。判決は、原告MYK氏が50年以上にわたり専業主婦等として生活していたことなど、同氏の法的知識や経験に関する原告らの供述内容を前提としても、書面の意味を理解できなかったという供述は採用できないとしています。

強く迫られた、相談を止められたという点についても、判決は、被告YSN氏の供述の信用性に照らしてそのような事実関係があったとは考え難いとし、原告MYK氏自身の供述を前提としても、被告YSN氏が複数回自宅を訪れるなどした間に、原告MYK氏が要請を断ったり相談したいと述べたりした経過もあったというのであるから、それらの点が「〔MYK氏〕の自由な意思決定を妨げるほどのものであったとは認め難い。」と判断しました。

遺産分割調停の申立てと取下げの経過は、動機の表示を否定する方向の事情とされた

判決は、原告MYK氏が相続分譲渡書の作成から3年以上経過した後に遺産分割調停を申し立て、書面の存在を忘れていた又は明確に意識していなかったことがうかがわれ、書面が提出されると申立てを取り下げたという経過について、次のように評価しました。

「自ら作成した重要な文書の内容に反して法的手続に及んだものであり、不合理な対応であるのが明らかであるし、同原告が上記書面の内容についていずれにせよ関心が薄かったことを示すものと解さざるを得ない。」

そして、仮に書面の作成の際に明確な動機を有して表示していたとすれば、そのように関心が薄かったことは考え難いとして、この経過は動機の表示を否定する方向の事情になるとしました。

きょうだいである亡KZN氏が死亡した直後で衝撃を受け、冷静な対応ができなかったという供述については、考慮の余地がないとは言えないとしつつ、書面の内容が相応に明確であることや、原告MYK氏が従前から紛争に関わっていたことに照らし、その状態だけで書面の内容が理解できなくなったとは直ちに解し難いとしました。

重過失と相手方の認識―念のための判断

判決は、動機の表示が認められない以上、錯誤の主張は採用できないとしたうえで、念のため、仮に何らかの動機の錯誤があったとしても、原告MYK氏は相続分譲渡書の内容を当然に認識できたのであるから重過失があり、また、被告YSN氏が原告MYK氏の錯誤について「知っていたとも、知らなかったことにつき重過失があるとも認め難い」と付け加えています(引用中の当事者は本記事の表記に読み替えています)。

詐欺取消し―遺言を秘したという前提を欠く

判決は、被告YSN氏が原告MYK氏に対して遺言について何らかの形で具体的な説明をしていたと推認でき、相続分譲渡契約が会社の経営を承継するためのものであることも説明していたと認められるとして、遺言の存在をことさら秘して署名押印を求めたという原告らの主張について、「よって、上記争点についての原告らの主張は、事実関係において前提を欠く。」と判断しました。

負担付贈与の解除―負担の合意が認められない

原告らは、相続分譲渡契約が、被告YSN氏が亡KZN氏の相続について法定相続分による分割を行うという負担付きの贈与であったと主張しました。判決は、原告MYK氏が契約の際にそのような意思を示していたとは認められないことから、「よって、本件相続分譲渡契約につき、原告らの主張するような負担付贈与契約であったとは認められない。」としました。

主文及び結論

判決の主文は、「原告らの請求をいずれも棄却する。」「訴訟費用は、原告らの負担とする。」というものです(「原告ら」は原告MYK氏及び原告TNB氏を指します)。判決は、まとめとして次のとおり述べています。

「本件相続分譲渡契約(前提事実(2))については、動機の錯誤、詐欺取消し、負担付贈与契約の解除のいずれも認められず(前記2から4)、その効力が否定されることはない。よって、原告〔MYK氏〕は、現時点において被相続人の相続についての相続分を有しない。」

この結果、原告MYK氏が被相続人RKS氏の相続について3分の1の法定相続分を有することの確認は認められず、相続分譲渡契約の効力は否定されませんでした。上訴の有無及び確定は確認できていません。

判断の射程

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。

参考となる点

  • 相続分譲渡書の文言が明確であれば、口頭のやり取りで効力を覆すことは難しいこと。本判決は、譲受人の氏名が明記され、分割方法についての記載がない譲渡書について、法定相続分による分割等を前提とする動機の表示を認めませんでした。相続人の側から見れば、他の相続人の権利は侵害しない、相続人の間で適切に処理するといった口頭の説明に期待して署名押印しても、書面に条件として書かれていなければ、後から効力を争うことは容易ではないことを示す一例です。
  • 譲渡人自身の認識と関与が重視されたこと。判決は、譲渡人が親族間の紛争を事前に認識し、経営者の再度の婚姻の証人にもなっていたことを、書面の意味を理解できたことや、紛争に巻き込まれずに済むと考えたという供述の合理性を否定する事情として扱いました。法的知識が乏しいという事情だけでは、書面の意味が分からなかったという主張は通りにくいといえます。
  • 株式の集約という目的が説明されていたことが、詐欺の主張を退ける理由となったこと。本判決では、譲受人が経営の承継と地位の安定のためであることを説明し、遺言についても何らかの説明をしていたと推認されたため、遺言を秘したという主張は前提を欠くとされました。目的が説明されていた場合には、その目的が後から想定と違ったと感じても、詐欺の主張は認められにくいと考えられます。
  • 譲渡後の言動が、譲渡時の動機の認定に影響したこと。譲渡の3年以上後に遺産分割調停を申し立て、譲渡書を示されて取り下げたという経過が、譲渡時に明確な動機を表示していたことを否定する方向の事情とされました。相続分の譲渡に疑問がある場合には、早い段階で書面の内容を確認し、対応を検討することが重要です。
  • 同族会社の円滑な経営という事情が、例外的な手続への疑問を和らげる事情として扱われたこと。判決は、確認書の日付と実際の作成日の相違や、死亡直前の病室での遺言について一般論としての疑問を認めつつも、株式の集約がされなければ円滑な経営が行われないおそれがあったことから、やや例外的な対処も直ちに理解できないものではないとしました。

一般化できない点

  • 本判決は、譲渡書の文言、作成時のやり取り、譲渡人の紛争への関与、調停の申立てと取下げの経過といった本件の具体的な事実と、当事者本人の供述の信用性の評価に基づく判断です。譲渡書に分割方法などの条件が記載されていた場合や、説明の内容が客観的な資料で裏付けられる場合には、結論が異なり得ます。
  • 判決は、相続分の譲渡そのものの法的性質や、相続分の譲渡によって遺産である株式の帰属がどのように決まるかについて、一般的な判断を示していません。原告MYK氏が相続分を有しないことを確認したにとどまり、被相続人RKS氏名義の株式の遺産分割の内容については判断していません。
  • 亡KZN氏の公正証書遺言の効力や、確認書による名義株の確認の効力は、本件の訴訟物ではありません。判決は、遺言を無効とするほどの事実や証拠はないとして被告YSN氏の供述の信用性を判断したにとどまり、遺言や確認書の効力そのものを確定したものではありません。
  • 本件には改正前民法が適用されています。現在の民法の下で錯誤を主張する場合は、取消しの構成となり、法律行為の基礎とした事情の表示が問題となります(当事務所の説明です)。改正後の規定による判断を本判決がしたものではありません。
  • 上訴の有無及び確定は確認できていません。

よくあるご質問

会社を継ぐ親族から相続分の譲渡書への署名を求められました。署名した後で取り消すことはできますか。

錯誤や詐欺などの理由があれば取消し等を主張する余地はありますが、本判決では、譲渡書に譲受人が明記され、分割方法についての条件が書かれていなかったことなどから、いずれの主張も認められませんでした。署名押印の前に、何を誰に譲渡するのか、対価はあるのか、他の相続人との分割をどうするのかを確認し、条件があるのであれば書面に明記することが大切です。

相続人の間で適切に処理すると言われて署名した場合でも、その説明は考慮されませんか。

本判決では、そのような発言があったという原告側の供述は採用されず、認められたのは、譲渡人が、きょうだいである他の相続人の権利を侵害するようなことには応じられないと述べ、譲受人が、その権利を侵害するものではないと答えたという程度でした。口頭の説明は、後から立証することが難しく、書面の文言が明確であれば、書面の内容が重視される傾向にあると考えられます。

法律に詳しくなく、書面の意味が分からなかったと主張すれば、効力を争えますか。

本判決は、譲渡人が50年以上にわたり専業主婦等として生活していたことを前提としても、書面の内容が相応に明確であり、譲渡人が親族間の紛争を認識していたことから、書面の意味を理解できなかったという供述を採用しませんでした。法的知識が乏しいというだけでは、効力を争うことは難しいといえます。

相続分を譲渡したことを忘れて遺産分割調停を申し立てた場合、どうなりますか。

本件では、遺産分割調停の申立て後に相続分譲渡書が提出され、申立ては取り下げられました。判決は、この経過を、譲渡人が書面の内容に関心が薄かったことを示すものとして、譲渡時に明確な動機を表示していたことを否定する方向の事情としました。遺産分割の手続を始める前に、過去に作成した書面の有無と内容を確認しておくことが重要です。

同族会社の株式が亡くなった方の名義のまま残っている場合、相続人はどうすればよいですか。

本件では、被相続人の死亡から20年以上、名義の株式の承継が具体的に検討されないまま、後継者による株式の集約の過程で相続分の譲渡が求められました。遺産分割が終わるまで、株式は相続人の間で準共有の状態にあり、議決権の行使などをめぐって対立が生じやすくなります(当事務所の説明です)。株式の帰属と会社の経営への影響を整理したうえで、遺産分割の協議や調停を進めることが考えられます。

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この記事の位置付け

同族会社の株式だけが遺産として残る中で、後継者となる親族の求めに応じて相続分を無償で譲渡した相続人が、後から錯誤や詐欺を理由に譲渡の効力を争った場面の判例を、譲渡書の文言と作成の経過の観点から解説します。

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