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事業承継のための1株譲渡・無議決権株式化と錯誤の主張―東京高等裁判所令和8年3月18日判決

公開 2026年3月18日更新 2026年3月18日

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父から同族の資産管理会社の株式を相続し、自らも代表取締役を務めていた方が、信頼する元銀行員に会社を承継させるため、1株だけを譲渡し、手元に残した259万9,999株を議決権のない種類株式に変えた後、関係が悪化して「議決権の意味を理解していなかった」と主張した場面の判例です。東京高等裁判所令和8年3月18日判決は、株式の譲渡は錯誤により取り消すことができず、株主総会を実際に開いていなかった各決議も株主全員の同意があったから不存在とはいえないとした東京地方裁判所令和7年7月2日判決を維持し、控訴を棄却しました。

本記事では、第一審判決と控訴審判決の両方の本文に基づいて、議決権を失う仕組みに同意した株主が後から錯誤や決議の不存在を主張した場合に、裁判所がどのような事実を重視したか、株主総会を物理的に開いていない決議がなぜ不存在とされなかったか、一人会社の株式の譲渡に取締役会の承認がなくても有効とされた理由を整理します。同族会社の株式を相続し、その株式を後継者に集約することを考えている相続人の方にとって、承継の仕組みを書面にする前に何を確認しておくべきかを考える材料になる判決です。

目次
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 父の死亡と相続を通じて、元銀行員への信頼が深まった
    2. 会社と個人の双方で雇用し、1,500万円を貸し付けた
    3. 1株を譲渡し、残りを無議決権株式にする承継スキームが検討された
    4. 司法書士が議事録案を作成し、MTO氏も内容を確認した
    5. 1株500円の譲渡、定款変更、無議決権株式への変更、取締役選任
    6. 関係が悪化し、MTO氏は取締役から外れた
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった定款変更と種類株式の内容
    1. 決議1―定款の一部変更の内容
    2. 決議3・合意書―甲種類株式の内容
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 元代表取締役MTO氏の請求
    2. 主要な主張の対比
  7. 結論を左右した争点
  8. 第一審の判断
    1. 錯誤取消し―承継スキームの内容を十分に理解していたと認定
    2. 決議1・決議3・決議4―株主全員の同意があれば不存在とはいえない
    3. 決議2―一人会社の株式譲渡は承認がなくても有効であり、確認の利益がない
    4. 株券の交付がなくても譲渡は有効
    5. 決議5と株主であることの確認
  9. 控訴審の判断
    1. 第一審判決の引用と補正
    2. 補充主張―経済的合理性を欠くとの評価は当を得ない
    3. 追加主張―公序良俗違反も認められない
    4. 決議1・決議3への同意も、意義を理解してされたもの
  10. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 結論を支えた事実
    2. 判断の枠組み
  11. 各主張を採用し又は排斥した理由
  12. 主文及び結論
  13. 審級ごとの結論の推移
  14. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  15. よくあるご質問
    1. 父から相続した同族会社の株式を、親族ではない後継者に承継させたいと考えています。1株だけ譲って残りを無議決権株式にする方法は使えますか。
    2. 議決権の意味を理解しないまま書類に署名押印してしまいました。錯誤で取り消せますか。
    3. 会社では株主総会を一度も開いたことがなく、議事録だけが作られていました。その決議は無効ではないのですか。
    4. 株式を相続して一人株主になった後、株式を譲渡しました。取締役会の承認がなかったので、譲渡は無効だと主張できますか。
    5. 株券を発行する会社なのに株券を渡していません。譲渡は効力を生じないのではないですか。
    6. 後継者との関係が悪化した場合、無議決権株式を普通株式に戻すことはできますか。
  16. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

審級 裁判所 裁判日 事件番号 裁判の形式 結論
第一審 東京地方裁判所民事第8部 令和7年7月2日 令和5年(ワ)第70319号 判決 取締役会の株式譲渡承認決議の不存在確認を求める訴えを却下。その余の請求(4つの株主総会決議の不存在確認及び普通株式260万株の株主であることの確認)をいずれも棄却。訴訟費用は原告の負担
控訴審 東京高等裁判所第22民事部 令和8年3月18日 令和7年(ネ)第4249号 判決 控訴をいずれも棄却(第一審判決を一部補正したうえで維持)。控訴費用は控訴人の負担

第一審判決に対して原告が控訴したことは、控訴審判決本文から確認できます。控訴審判決に対する上告又は上告受理の申立ての有無及び控訴審判決の確定は、確認できていません。この表は、各判決本文の冒頭、主文及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決本文が用いた符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。第一審判決と控訴審判決とでは、同じ人物に異なる符号が付されているため、本記事では両判決を通じて同じ表記にそろえています。

本記事の表記 立場
元代表取締役MTO氏 控訴人(第一審の原告)。平成14年に資産管理会社KRTの取締役、平成18年に代表取締役に就任し、令和5年3月6日まで取締役兼代表取締役の地位にありました。令和2年11月18日当時、同社の発行済株式の全部である普通株式260万株を保有していました
資産管理会社KRT 被控訴人(第一審の被告)。有価証券等の投資業務、不動産の管理及び売買等を目的とする株式会社で、取締役会設置会社兼監査役設置会社です。発行済株式総数は260万株で、株式の譲渡には取締役会の承認を要する旨の定款の定めがあります。判決本文は、MTO氏の父の死亡後の同社を資産管理会社と位置付けています
後継者HYS氏 被控訴人(第一審の被告)。資産管理会社KRTの取引銀行に勤務していた元銀行員で、令和2年6月に同社に入社しました。登記記録上、令和3年3月22日に取締役、令和5年3月6日に代表取締役に就任したとされています
先代代表取締役GNS氏 元代表取締役MTO氏の父で、資産管理会社KRTの代表取締役でした。平成30年7月31日に死亡しました
取締役ARK氏・取締役BNT氏 令和2年11月当時の資産管理会社KRTの取締役2名。在任当時、会社に出社することはなく、報酬も支払われていませんでした
司法書士SHS氏 資産管理会社KRTの議事録の作成や登記手続を担当していた司法書士
税理士法人ZTK 後継者HYS氏と元代表取締役MTO氏が、株式の承継について税務面の相談をした税理士法人

判決本文は、元代表取締役MTO氏の保有株式の一部を後継者HYS氏に移し、残りを無議決権株式にする一連の仕組みを「本件承継スキーム」(控訴審判決では「本件スキーム」とも表記)と呼んでいます。本記事でも「承継スキーム」と呼びます。判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

事案の概要

父の死亡と相続を通じて、元銀行員への信頼が深まった

資産管理会社KRTは、先代代表取締役GNS氏が代表取締役を務めていた会社です。息子である元代表取締役MTO氏は、平成14年に取締役、平成18年に代表取締役に就任しました。先代代表取締役GNS氏は平成30年7月31日に死亡しました。その当時、会社の取引銀行に勤務していた後継者HYS氏は、先代の相続に関して、相続人であるMTO氏の相続税の支払原資を調達するために相続資産の売却等を行い、MTO氏の信頼を得ました。

MTO氏は、平成31年2月から3月にかけて2か月間入院し、これを機に自身と会社の将来の在り方を考えるようになりました。第一審判決は、当時、MTO氏には、自身が死亡した場合に法定相続人となるべき者がいなかったことを認定しています。MTO氏は、令和元年12月頃までに後継者HYS氏に会社への転職を勧め、資産管理会社であった会社を活用して、HYS氏を中心に何らかの事業を行う会社とすることを期待するようになりました。

会社と個人の双方で雇用し、1,500万円を貸し付けた

令和2年6月1日、資産管理会社KRTは後継者HYS氏と、不動産賃貸管理・新規ビジネスの企画・立案・遂行を業務内容とし、基本給月給66万円とする雇用契約を締結しました。同じ日に、MTO氏個人も、財産管理・秘書・新規ビジネスの企画・立案・遂行を業務内容とし、基本給月給75万円とする雇用契約をHYS氏と締結しました。いずれも、プロジェクト成功時に計上される利益相当の10%をインセンティブ報酬とする内容でした。さらにMTO氏は、HYS氏との間で借入限度元本額1,500万円の融資枠を設定する契約を結び、HYS氏は同日に1,500万円を借り入れました。

1株を譲渡し、残りを無議決権株式にする承継スキームが検討された

入社直後の令和2年6月6日と7日、MTO氏はHYS氏に会社の将来について相談したいと伝え、「どうやって引き継ぐかを今のうちに考えておかないとと思っています。」とのメッセージを送りました。

7月1日、HYS氏は税理士法人ZTKの税理士に、MTO氏の資産整理に当たり、会社の株式について有事が起きても将来的に存続できる仕組みとして種類株を活用する方法が税務的に問題ないかを尋ねるメールを送りました。メールには、MTO氏がHYS氏に普通株式1%を譲渡し、MTO氏の保有する普通株式99%を無議決権株や優先配当株などの種類株とする案等を記載した資料(判決本文の「本件ファイル」)が添付され、MTO氏にも写しが送られていました。MTO氏自身も、7月6日、税理士に確認する事項の一つとして会社の「株式継承」を挙げるメールをHYS氏に送っています。7月27日と9月3日には、MTO氏、HYS氏と税理士法人ZTKの税理士らとの打合せが行われ、株式評価額や、1年又は15年で贈与した場合の贈与税額のシミュレーション等を記載した資料が示されました。

司法書士が議事録案を作成し、MTO氏も内容を確認した

10月27日、HYS氏は、MTO氏の指示を受けて、司法書士SHS氏に定款変更、議事録の作成等の手続を依頼しました(MTO氏にも写しが送られていました)。依頼の内容は、商号変更、目的の追加、株券の不発行への変更、種類株式の発行を可能にすること、発行可能株式総数の変更と、1株1円の配当、1株をMTO氏からHYS氏に譲渡すること、譲渡後にMTO氏保有の普通株式259万9,999株を種類株に変えることでした。

11月9日、HYS氏は税理士にこの具体的な内容を伝えて税務上の問題の有無を尋ね、税理士からは、株式譲渡価額は配当還元価額でよいなどとする返信がありました(MTO氏も宛先に含まれていました)。同じ日に司法書士SHS氏から議事録案等が送られ、MTO氏は、11月10日に証明書の住所が旧住所になっていることなどを、11日に株式譲渡契約書案の代表取締役の名前の誤りを指摘しました。11月17日には、MTO氏とHYS氏が、MTO氏の顧問弁護士の事務所に赴いています。

1株500円の譲渡、定款変更、無議決権株式への変更、取締役選任

令和2年11月18日付けで、MTO氏はHYS氏に普通株式1株を代金500円で譲渡する契約(以下「本件譲渡契約」といいます)を締結しました。同じ日付けで、定款を変更する臨時株主総会の議事録(決議1)と、この株式譲渡を承認する取締役会の議事録(決議2)が作成され、翌19日に2人は司法書士SHS氏の事務所に赴いて登記申請に必要な議事録を交付しました。

12月1日付けで、MTO氏と会社との間で、MTO氏保有の普通株式259万9,999株を議決権のない甲種類株式に変更する合意書が、HYS氏がこれに同意する同意書が、そしてこの変更を決議する臨時株主総会の議事録(決議3)が作成されました。翌令和3年3月22日付けで、HYS氏を取締役に選任する定時株主総会の議事録(決議4)が作成され、MTO氏は同日、HYS氏に「取締役就任おめでとうございます!」で始まるメッセージを送りました。

関係が悪化し、MTO氏は取締役から外れた

令和3年7月27日、MTO氏はHYS氏に、HYS氏を信頼して会社を任せたこと、会社は事実上HYS氏の会社であることなどを伝えるメッセージを送っています。しかし、その後、投資等をめぐって会社の経営方針について2人の意見が相違するようになりました。MTO氏は、令和4年1月頃、顧問弁護士を通じて普通株式1株の買戻し等を申し入れましたが、合意には至りませんでした。

令和5年3月6日、会社の顧問弁護士法人の事務所で定時株主総会が開かれ、議決権を行使することができる唯一の株主としてHYS氏が出席し、HYS氏ほか2名を取締役に選任する決議(決議5)がされました。MTO氏は同日まで取締役兼代表取締役の地位にありましたが、この決議で選任された取締役には含まれていません。MTO氏は、令和5年6月2日に本件訴えを提起しました。

事案の経緯の時系列

時期 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成14年4月4日 MTO氏が資産管理会社KRTの取締役に就任(平成18年2月25日に代表取締役に就任)
平成30年7月31日 先代代表取締役GNS氏が死亡。取引銀行のHYS氏が相続税の支払原資の調達に協力
平成31年2月から3月 MTO氏が2か月間入院し、自身と会社の将来を考えるようになる
令和元年12月頃まで MTO氏がHYS氏に会社への転職を勧める
令和2年6月1日 会社及びMTO氏個人がHYS氏と雇用契約(月給合計141万円)。MTO氏がHYS氏に1,500万円を貸付け
令和2年6月7日 MTO氏が「どうやって引き継ぐか」を考えておく必要がある旨のメッセージを送信
令和2年7月1日 HYS氏が、1%譲渡と99%の種類株化等の案を記載した資料を添付して税理士に照会(MTO氏にも共有)
令和2年7月27日・9月3日 税理士法人ZTKとの打合せ。1年又は15年で贈与した場合の贈与税額のシミュレーション等が示される
令和2年10月27日 MTO氏の指示により、HYS氏が司法書士SHS氏に定款変更等の手続を依頼
令和2年11月9日から11日 承継スキームの具体的内容を税理士に照会。司法書士から議事録案等が届き、MTO氏が誤りを指摘
令和2年11月17日 MTO氏とHYS氏がMTO氏の顧問弁護士の事務所に赴く
令和2年11月18日 1株を500円で譲渡する本件譲渡契約。決議1(定款変更)及び決議2(譲渡承認)の議事録が作成される
令和2年11月27日 決議1の内容の登記
令和2年12月1日 合意書、同意書及び決議3(259万9,999株を甲種類株式に変更)の議事録が作成される(12月4日に登記)
令和3年3月22日 決議4(HYS氏を取締役に選任)の議事録が作成される(3月24日に登記)。MTO氏が就任を祝うメッセージを送信
令和3年7月27日 MTO氏が、HYS氏を信頼して会社を任せた旨のメッセージを送信
その後 投資等をめぐり、経営方針について意見が相違するようになる
令和4年1月頃 MTO氏が顧問弁護士を通じて1株の買戻し等を申し入れるが、合意に至らず
令和5年3月6日 定時株主総会でHYS氏ほか2名を取締役に選任(決議5)。MTO氏は取締役から外れる
令和5年6月2日 MTO氏が提訴
令和6年4月9日 MTO氏が準備書面で、本件譲渡契約並びに決議1から決議3への同意について錯誤による取消しの意思表示
令和7年7月2日 東京地方裁判所が、訴えの一部を却下し、その余の請求を棄却する判決
令和8年3月18日 東京高等裁判所が控訴を棄却する判決

判断の前提となった定款変更と種類株式の内容

決議1―定款の一部変更の内容

判決本文によれば、決議1は、商号、目的、発行可能株式総数、株券を発行する旨の定めをそれぞれ変更し、新たに発行可能種類株式総数及び発行する各種類の株式の内容等を定めるものでした。司法書士への依頼メールでは、目的にM&A仲介を追加すること、株券を不発行に変更すること、発行可能株式総数を472万株から800万株に変更することなどが挙げられていました。定款の新旧対照表は判決の別紙とされ、判決本文には収録されていないため、変更後の条文の文言は確認できていません。

決議3・合意書―甲種類株式の内容

以下は、第一審判決本文に記載された、合意書に定める甲種類株式の内容を、判決本文の文言のまま引用したものです(〔 〕内は本記事の表記への置換えです。数字の表記も判決本文のとおりとしています)。

〈1〉 甲種類株式は、株主総会において一切の議決権を有しない。

〈2〉 〔資産管理会社KRT〕は、会社法322条3項ただし書の場合を除き、同条1項に定める種類株主総会の決議を要しない。

元代表取締役MTO氏の259万9,999株がこの甲種類株式に変更されると、議決権を持つ普通株式はHYS氏が譲り受けた1株だけになります。実際に、決議4の議事録には、議決権を行使することができる株主1名、議決権の数1個と記載されていました。260万株のうち1株しか手放していないのに、会社の議決権のすべてが後継者に移る仕組みであったことが、本件の紛争の核心です。

当事者の請求と主要な主張

元代表取締役MTO氏の請求

MTO氏は、資産管理会社KRTに対し、決議1(定款変更)、決議3(甲種類株式への変更)、決議4(HYS氏の取締役選任)及び決議5(HYS氏ほか2名の取締役選任)の各株主総会決議と、決議2(取締役会の株式譲渡承認)の不存在の確認を求めました。あわせて、会社とHYS氏に対し、自らが普通株式260万株を有する株主であることの確認を求めました。

主要な主張の対比

論点 元代表取締役MTO氏の主張 資産管理会社KRT・後継者HYS氏の主張
本件譲渡契約の錯誤取消し 15年程度をかけて漸次に事業承継をする考えを税理士に伝え、それに沿った提案もあった。HYS氏が進める手続はその漸次の承継に向けたものと信じて書類に署名押印した。実際には、3か月足らずで議決権を失わせ、HYS氏に集約する承継スキームであった。議決権とその制限の意味、自身に及ぶ不利益を正確に理解していれば同意しなかった MTO氏は承継スキームの内容、無議決権株式の意義等を正当に理解したうえで意思表示をしており、錯誤はない
決議1・決議3・決議4の不存在 株主総会は開催されておらず、事前の取締役会もない。会社法319条の書面決議の要件も満たさない。決議1と決議3は一連一体のもので、内容を全く理解しておらず同意していない。同意があっても錯誤により取り消す 議事録はMTO氏が代表印等を押印して作成した(決議4の議事録はHYS氏がMTO氏の指示で押印した)。株主全員が書面で同意しており、会社法319条1項の書面決議として有効。少なくとも全員出席総会と同視できる。自ら主導し同意したMTO氏が後に不存在を主張するのは信義則に反し、訴権の濫用である
決議2(取締役会の譲渡承認)の不存在 取締役会は開かれておらず、他の取締役2名は議事録の作成に関与していない。MTO氏は譲渡人として特別利害関係を有し議決に加われない。会社法370条の書面決議も成立しない 定款に取締役会決議の省略の定めがあり、取締役全員が書面で同意した。他の取締役2名は名目的取締役で、MTO氏の決める事項に黙示的・包括的に同意していた
決議5の不存在 不存在の決議4で選任されたHYS氏が招集し、株主権のないHYS氏に議決権を行使させ、普通株式を有するMTO氏を排除した 決議1から決議4はいずれも有効であり、決議5は適法に成立した

控訴審では、MTO氏は、承継スキームは自らに致命的な不利益をもたらすだけで経済的合理性を欠くこと、会社役員としての経験が不十分で株式の保有と議決権の違いや議決権制限株式の意義を理解していなかったことを補充して主張しました。さらに、予備的に、HYS氏は高給を得てMTO氏の利益を図る責務を負いながら自らの利益のみを図る承継スキームを実行したのであるから、本件譲渡契約以降の法律行為は公序良俗に反して無効であるとの主張を追加しました。

結論を左右した争点

第一審判決は、争点を、①本件譲渡契約の錯誤取消し、②から⑥決議1から決議5のそれぞれの不存在事由の有無と整理しました。そして、株主であることの確認請求の成否は、これらの判断の結果によって決まる関係にありました。

結論を分けたのは、第一に、元代表取締役MTO氏が、1株の譲渡と259万9,999株の無議決権化によって自らが議決権を失うことを理解したうえで同意していたかどうか、第二に、実際には開かれていない株主総会の決議について、議決権を行使できる株主全員の同意があれば不存在とはいえないか、第三に、一人会社の株主が株式を譲渡する場合に、取締役会の承認決議の存否を争う利益があるか、という点でした。控訴審では、これに加えて、公序良俗違反の予備的主張の当否が問題となりました。

第一審の判断

東京地方裁判所は、決議2の不存在確認を求める訴えを確認の利益がないとして却下し、その余の請求をいずれも棄却しました。

錯誤取消し―承継スキームの内容を十分に理解していたと認定

第一審判決は、次の5つの事情を順に挙げて、MTO氏は承継スキームによる自らの不利益も含めてその内容を十分に理解していたと認めました。

  • 事業承継が重要な課題であったこと 入院を機に自身と会社の将来を考えるようになり、HYS氏を入社させた直後から会社の将来について相談し、「どうやって引き継ぐか」を考えておく必要があると伝えていたこと
  • HYS氏に絶大な信頼を置いていたこと 父の相続を契機にHYS氏を信頼するようになり、会社と個人で月給合計141万円の雇用契約を結んだうえ、入社に際して1,500万円を無担保で貸し付けていたこと
  • 株式の承継が協議・検討されていたこと 1%の譲渡と99%の種類株化の案を記載した資料がMTO氏にも共有され、MTO氏自身も税理士への確認事項に株式の継承を挙げていたこと
  • 承継スキームの内容を理解していたと推認されること MTO氏の指示で司法書士に手続が依頼され、MTO氏自身が議事録案等の誤りを指摘し、具体的内容を記載した税理士への照会メールも共有されていたこと、令和3年7月27日に「議決権の事や事業承継や取締役にはしません」などと送っていたこと
  • 実行にも関与していたこと 譲渡契約の前日に顧問弁護士の事務所に赴き、翌日には司法書士の事務所に議事録を持参して打合せをしていたこと

そのうえで、第一審判決は、次のように述べました。

「本件承継スキームが事業承継を15年程度の歳月をかけて行う漸次の事業承継に向けたものと信じていたとはおよそ考え難い。」

株式の保有とは別に議決権というものがあるのを知らなかったというMTO氏の主張については、平成14年に取締役、平成18年に代表取締役に就任し、長年にわたり会社の経営に関与していたことから、「議決権の意義を知らないとはおよそ考え難い」として退けました。また、15年で贈与した場合の贈与税額のシミュレーションが示されていた点についても、1株の譲渡後に残りの259万9,999株を譲渡する場合のシミュレーションとも整合するため、承継スキームと矛盾するものではないとしました。資料の内容を理解していない、見ただけでやり取りはしていないというMTO氏の供述も採用されませんでした。

決議1・決議3・決議4―株主全員の同意があれば不存在とはいえない

第一審判決は、決議1、決議3及び決議4のいずれについても、議事録に記載された株主総会は物理的に開催されていないことを認めました。会社では、HYS氏の入社前から、株主総会や取締役会を物理的に開いたことはなく、司法書士に作成を依頼した議事録にMTO氏が自ら押印していたことも認定されています。

しかし、第一審判決は、決議1の当時に発行済株式の全部を保有していたMTO氏は決議1の内容のとおりの決議を行うことに同意しており、決議3についてもMTO氏(259万9,999株)とHYS氏(1株)がいずれも同意していたと認めました。決議4の当時は、HYS氏が議決権を行使することができる唯一の株主であり、HYS氏が同意していたとしました。そして、議決権を行使することができる株主の全員がその内容のとおりの決議を行うことに同意していた以上、各決議は不存在とはいえないと判断しました。

会社法319条1項の書面決議(株主全員が提案に書面又は電磁的記録で同意したときは決議があったものとみなす制度)については、第一審判決は、議事録に提案内容と同意の意思表示が示されているとして書面決議が成立したとみることも可能であるとしつつ、株主が同意している以上その検討を経るまでもないとしました。括弧書きで、次のように付け加えています。

「仮に同項の要件を満たさないとしても取消事由の瑕疵が存するにとどまると解される。」

MTO氏が、合意書の印影がきれいであるとして自分が押したのではないとの疑念を述べ、内容は見ていないと供述した点については、合意書の印影はMTO氏の実印によるものと認められるから、本人の意思に基づいて押印されたものと推定され、民事訴訟法228条4項により文書全体の成立の真正が推定されるとし、その推定を覆す事情はないとしました。

決議2―一人会社の株式譲渡は承認がなくても有効であり、確認の利益がない

第一審判決は、決議2(取締役会の株式譲渡承認)の不存在確認の訴えについて、職権で確認の利益を検討しました。そして、株式の譲渡に会社の承認を要する旨の定款の定めを認める会社法107条1項1号及び2項の趣旨は、会社にとって好ましくない者が株主となることを防止し、譲渡人以外の株主の利益を保護することにあるとして、最高裁判所第三小法廷平成5年3月30日判決を参照し、次のように述べました。

「いわゆる一人会社の株主がその保有する株式を他に譲渡した場合には、定款所定の株式会社の承認がなくとも、その譲渡は、会社に対する関係においても有効と解するのが相当である」

MTO氏は令和2年11月18日当時、発行済株式の全部を保有する一人会社の株主でしたから、HYS氏への1株の譲渡は、取締役会の承認決議がなくても会社に対する関係で有効です。そのため、決議2の存否によって譲渡の効力は左右されず、確認の利益がないとして、この部分の訴えは却下されました。取締役会が開かれたか、他の取締役2名が同意していたかという点は、判断されていません。

株券の交付がなくても譲渡は有効

MTO氏は、決議1が不存在であれば会社は株券発行会社のままであり、株券を交付していないから1株の譲渡は効力を生じないと主張していました。第一審判決は、株券を発行する旨の定めを廃止する決議1が不存在とは認められない以上、株券の交付がなくても1株は有効に譲渡されたと判断しました。そして、決議1、決議3、MTO氏と会社の合意書及び他の株主全員であるHYS氏の同意書により、MTO氏の259万9,999株は議決権を有しない甲種類株式に変更されたと認めました。

決議5と株主であることの確認

決議5の当時、HYS氏は議決権を行使することができる唯一の株主であったから、決議5は有効に成立しているとされました。また、MTO氏は甲種類株式259万9,999株を保有するにとどまり、普通株式を保有しているとは認められないとして、普通株式260万株の株主であることの確認請求も棄却されました。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

控訴審の判断

東京高等裁判所は、原審と同じく、決議2の不存在確認の訴えは確認の利益がなく却下すべきであり、その余の請求はいずれも理由がないと判断して、控訴をいずれも棄却しました。控訴審判決は、前提事実、争点及び当事者の主張について第一審判決を引用し、裁判所の判断についても第一審判決を引用したうえで、一部を補正し、控訴審での補充主張と追加主張に対する判断を加えています。

第一審判決の引用と補正

控訴審判決が行った補正は、次の4か所です。

  • 表記の修正(2か所) 第一審判決の「被告」との表記を「被控訴人会社」(資産管理会社KRT)に改めました。
  • 証拠の追加 経営方針について意見が相違するようになったとの認定事実の根拠として、MTO氏の陳述書等の証拠を加えました。
  • 錯誤の判断の表現 第一審判決の「本件承継スキームの内容を」を「本件承継スキームにより生じ得る控訴人の不利益の内容を」に、「原告自身」を「原告自身が、その後」に改めました。補正の語句から、錯誤の判断のまとめの部分(MTO氏が承継スキームの内容を十分に理解していたと推認され、自ら実行にも関与していたとした部分)に当たると考えられます(この対応関係は、当事務所が両判決の本文を照合したものです)。

最後の補正により、MTO氏が理解していたとされる対象が、承継スキームの「内容」から、承継スキームにより生じ得るMTO氏自身の「不利益の内容」へと明確にされました。第一審判決の結論を変えるものではありませんが、議決権を失うという不利益そのものを理解していたことを認定の中心に置いたものと当事務所は理解しています。

補充主張―経済的合理性を欠くとの評価は当を得ない

MTO氏は、承継スキームは自らに致命的な不利益をもたらすだけで経済的合理性に欠けると主張しました。控訴審判決は、第一審判決の認定事実を改めて整理したうえで、MTO氏は、父の死亡を契機に、信頼を寄せていたHYS氏に、会社による一族の財産の資産管理を行わせて自らが死亡した後もその散逸を防止することや、新規ビジネスを任せて会社の新たな事業展開をすることを期待するようになっており、株式を通じて会社を保有する形式を維持しつつも、HYS氏を転職させたうえで直ちに会社の経営を委ねる意思があったと推認しました。そのうえで、次のように述べました(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「〔後継者HYS氏〕が〔元代表取締役MTO氏〕から経営を委ねられた趣旨に明確に反する行為(例えば〔MTO氏の一族〕の財産の恣意的な処分)をするなどして事情が大きく変わるようなことがない限りにおいては、本件譲渡契約及び本件スキームが、〔元代表取締役MTO氏〕に致命的な不利益をもたらすだけであって経済的合理性に欠けるとの評価は当を得ない。」

さらに、控訴審判決は、令和3年7月27日のメッセージで、MTO氏がHYS氏を信頼していなければ議決権のことや事業承継や取締役にはしない、自分は代表取締役ではあるが「ただのお飾りだと思ってます」、会社は事実上HYS氏の会社であると伝えていたことを勘案し、この時点におけるMTO氏の意思は、単に株式を漸次譲渡して事業承継を図るという内容にとどまるものではなく、承継スキームの内容を理解したうえで同意していたものと推認できるとしました。議決権の意味を理解していなかったとするMTO氏の供述や、MTO氏が株式や議決権について理解に乏しいとする第三者の陳述書は、いずれも信用できないとされました。

追加主張―公序良俗違反も認められない

控訴審で追加された、本件譲渡契約以降の法律行為が公序良俗に反して無効であるとの予備的主張について、控訴審判決は、錯誤の主張について認定説示したところに照らし、「本件譲渡契約については、公序良俗違反があると評価し得る事情があると認めることはできず、他にかかる事情を認めるに足りる的確な証拠はない。」とし、本件譲渡契約以降の法律行為についても同様であるとして、採用しませんでした。

決議1・決議3への同意も、意義を理解してされたもの

MTO氏は、決議1と決議3への同意も認められず、仮に同意があっても錯誤又は公序良俗違反があると主張しました。控訴審判決は、MTO氏が承継スキームの内容を十分に理解してこれに同意していたと推認できる以上、その実行過程でされた決議1及び決議3への同意も、その意義を十分に理解してされたものと推認できるとし、錯誤又は公序良俗違反があると評価し得る事情を認めるに足りる証拠はないとしました。その他の主張も、認定判断を左右しないとされました。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

結論を支えた事実

両判決を通じて、MTO氏の理解と同意を基礎付ける事実として重視されたのは、次の点です(判決本文の認定事実の要約です)。

  • 1%の譲渡と99%の種類株化の案を記載した資料、承継スキームの具体的内容を記載した税理士への照会、司法書士からの議事録案のメールが、いずれもMTO氏にも共有されていたこと
  • MTO氏自身が司法書士に手続を依頼するようHYS氏に指示し、議事録案や株式譲渡契約書案の誤りを指摘していたこと
  • 譲渡契約の前日に顧問弁護士の事務所に赴き、翌日に司法書士の事務所に議事録を持参していたこと
  • 取締役就任を祝うメッセージや、会社は事実上HYS氏の会社であるとのメッセージを、承継スキームの実行後に送っていたこと
  • MTO氏が平成14年から取締役、平成18年から代表取締役として、長年にわたり会社の経営に関与していたこと

判断の枠組み

  • 株主総会決議の不存在 議事録どおりの株主総会が物理的に開かれていなくても、議決権を行使することができる株主の全員がその内容のとおり決議を行うことに同意していた場合には、決議は不存在とはいえない(第一審判決。控訴審判決も引用して維持)。
  • 書面決議の要件を欠く場合 仮に会社法319条1項の要件を満たさないとしても、取消事由の瑕疵が存するにとどまる(第一審判決の括弧書き)。
  • 一人会社の株式譲渡 一人会社の株主が保有株式を譲渡した場合、定款所定の承認がなくても会社に対する関係で有効であり、承認決議の不存在確認を求める利益は、特段の事情がない限りない(第一審判決。控訴審判決も維持)。
  • 錯誤 意思表示の経緯、関与の程度、事後の言動から、承継スキームにより生じ得る不利益の内容を理解していたと推認される場合には、漸次の承継を信じていたという動機の錯誤は認められない(第一審判決及び控訴審判決)。

なお、判決本文は錯誤の根拠条文を示していませんが、錯誤による意思表示の「取消し」を前提に判断しています。本件譲渡契約は令和2年11月18日に締結されており、令和2年4月1日に施行された改正後の民法95条が適用される事案であると当事務所は理解しています。

各主張を採用し又は排斥した理由

主張 結論 理由の要点
本件譲渡契約の錯誤取消し 排斥 経緯と関与の程度から、承継スキームにより生じ得る不利益の内容を十分に理解していたと推認される。長年の経営経験からみて議決権の意義を知らないとは考え難い。15年の贈与シミュレーションは承継スキームと矛盾しない
経済的合理性の欠如(控訴審) 排斥 HYS氏に直ちに経営を委ね、一族の財産の散逸防止や新規事業を期待していた事情の下では、不自然な行為とまではいえない
公序良俗違反(控訴審の予備的追加的主張) 排斥 公序良俗違反と評価し得る事情を認める証拠がない
決議1・決議3の不存在 排斥 株主総会は物理的に開かれていないが、株主全員が決議の内容に同意していた。同意について錯誤も公序良俗違反も認められない
合意書は自分が押印したものではない 排斥 実印による印影であり、民事訴訟法228条4項による推定を覆す事情がない
決議2の不存在 訴え却下 一人会社の株主による譲渡は承認がなくても会社に対して有効であり、確認の利益がない
株券の交付がないから譲渡は無効 排斥 株券を発行する旨の定めを廃止した決議1が不存在とは認められない
決議4・決議5の不存在 排斥 決議4の当時も決議5の当時も、HYS氏が議決権を行使できる唯一の株主であり、その同意又は出席のもとで決議がされた
普通株式260万株の株主であることの確認 排斥 MTO氏は甲種類株式259万9,999株を保有するにとどまる

資産管理会社KRTと後継者HYS氏が主張した信義則違反・訴権の濫用については、各決議が不存在とはいえないとの判断で結論が出ているため、判決本文では判断されていません。

主文及び結論

第一審判決の主文は、取締役会の株式譲渡承認決議の不存在確認を求める訴えを却下し、元代表取締役MTO氏のその余の請求をいずれも棄却し、訴訟費用をMTO氏の負担とするものでした。

控訴審判決の主文は、「本件控訴をいずれも棄却する。」「控訴費用は控訴人の負担とする。」というものです(「控訴人」は元代表取締役MTO氏を指します)。この結果、MTO氏の259万9,999株は議決権のない甲種類株式のままとされ、会社の議決権は1株を譲り受けた後継者HYS氏に集約された状態が維持されました。

審級ごとの結論の推移

項目 第一審判決(東京地方裁判所) 控訴審判決(東京高等裁判所)
本件譲渡契約の錯誤取消し 認めない 維持(不利益の内容を理解していたとの表現に補正し、経済的合理性に関する判断を付加)
公序良俗違反 主張なし 控訴審で予備的に追加された主張を排斥
決議1(定款変更)の不存在確認 請求棄却 維持
決議2(取締役会の譲渡承認)の不存在確認 訴え却下(確認の利益なし) 維持
決議3(甲種類株式への変更)の不存在確認 請求棄却 維持
決議4(HYS氏の取締役選任)の不存在確認 請求棄却 維持
決議5(HYS氏ほか2名の取締役選任)の不存在確認 請求棄却 維持
普通株式260万株の株主であることの確認 請求棄却 維持
費用 訴訟費用は原告の負担 控訴費用は控訴人の負担

控訴審判決は、第一審判決の結論を変更しておらず、理由についても第一審判決を引用して維持し、表現の補正と、控訴審での主張に対する判断を付け加えたものです。

判断の射程

以下は、両判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。

参考となる点

  • 1株の譲渡でも、議決権のすべてが移り得ること。本件では、260万株のうち1株を500円で譲渡しただけで、残りの259万9,999株が無議決権株式に変わったため、会社の議決権のすべてが後継者に移りました。同族会社の株式を相続した方が後継者への株式の集約を考える場合、株式の「数」と「議決権」は別に動き得ることを前提に、仕組み全体を検討する必要があります。
  • 後から「理解していなかった」と主張することは難しいこと。両判決は、資料やメールが共有されていたこと、自ら書類の誤りを指摘していたこと、専門家の事務所に同行していたこと、事後のメッセージの内容を積み重ねて、不利益の内容を理解していたと推認しました。手続に関与した記録が残っている場合、錯誤の主張が認められるハードルは高いといえます。
  • 株主総会を開いていなくても、決議が不存在とされないことがあること。議事録だけを作成する運用の同族会社は少なくありませんが、本件では、議決権を行使できる株主全員が決議の内容に同意していたことから、不存在とはされませんでした。議事録どおりの総会が開かれていないという事実だけでは、決議の効力を否定することはできない場合があります。
  • 一人会社の株式譲渡には、取締役会の承認がなくても効力が生じること。株式を相続して一人株主となった方が株式を譲渡した場合、取締役会の承認決議の有無を争っても譲渡の効力は左右されないことになります。
  • 信頼関係を前提とする承継には、関係が悪化した場合の備えが要ること。控訴審判決は、後継者が経営を委ねられた趣旨に明確に反する行為をするなどして事情が大きく変わるようなことがない限り、経済的合理性を欠くとの評価は当を得ないとしました。逆にいえば、委ねた趣旨に反する行為があった場合の扱いは本件では判断されておらず、承継の仕組みを作る段階で、議決権を取り戻す条件や方法を契約で定めておくことが重要になります。

一般化できない点

  • 本件は、株式を譲渡した側が平成18年から会社の代表取締役を務め、専門家とのやり取りにも関与していた事案です。経営に関与していない相続人が、十分な説明を受けないまま同様の書類に署名した場合にも同じ判断になるとは限りません。
  • 株主全員の同意があれば決議は不存在とはいえないとの判断は、株主が1名又は2名で、その全員が同意していたと認定された事案についてのものです。他に株主がいる会社や、同意の有無自体に争いが残る場合には、そのまま当てはまりません。
  • 決議2については確認の利益がないとして訴えが却下されており、取締役会が開かれていたかどうか、他の取締役2名の同意があったかどうかは判断されていません。一人会社でない場合の譲渡承認の扱いについて、本件から結論を導くことはできません。
  • 会社とHYS氏が主張した信義則違反・訴権の濫用は判断されていません。
  • MTO氏がHYS氏に貸し付けた1,500万円の扱いや、関係悪化後の会社の経営の当否は、本件訴訟の対象ではなく、判断されていません。
  • 控訴審判決に対する上告又は上告受理の申立ての有無及び確定は、確認できていません。

よくあるご質問

父から相続した同族会社の株式を、親族ではない後継者に承継させたいと考えています。1株だけ譲って残りを無議決権株式にする方法は使えますか。

会社法上、種類株式を利用してこのような仕組みを作ることは可能であり、本件でも、1株の譲渡、定款変更、無議決権株式への変更の各手続は有効とされました。ただし、その結果、手元に259万9,999株を残していても、株主総会での議決権をすべて失いました。後継者との関係が悪化したときに議決権を取り戻せる条件を定めておくかどうかなど、仕組みを決める前に検討しておくべき点が多くあります。

議決権の意味を理解しないまま書類に署名押印してしまいました。錯誤で取り消せますか。

理解していなかったことを立証できるかどうかが問題になります。本件では、資料やメールが共有されていたこと、自ら書類の誤りを指摘していたこと、長年代表取締役を務めていたこと、事後に送ったメッセージの内容などから、不利益の内容を理解していたと推認され、錯誤は認められませんでした。署名押印の前後のやり取りの記録を整理し、どの時点で何の説明を受けたかを具体的に確認することが出発点になります。

会社では株主総会を一度も開いたことがなく、議事録だけが作られていました。その決議は無効ではないのですか。

本件では、株主総会が物理的に開かれていないことは認められましたが、議決権を行使できる株主全員が決議の内容に同意していたことから、決議は不存在とはいえないとされました。株主全員の同意がない場合や、一部の株主が全く関与していない場合には、判断が異なる可能性があります。

株式を相続して一人株主になった後、株式を譲渡しました。取締役会の承認がなかったので、譲渡は無効だと主張できますか。

本件の第一審判決は、最高裁判所の判決を参照して、一人会社の株主が株式を譲渡した場合には、定款所定の会社の承認がなくても会社に対する関係で有効であるとし、取締役会の承認決議の不存在確認を求める訴えを却下しました(控訴審判決もこれを維持しています)。一人株主であった場合、承認の手続がなかったことを理由に譲渡の効力を否定することは難しいと考えられます。

株券を発行する会社なのに株券を渡していません。譲渡は効力を生じないのではないですか。

本件では、株券を発行する旨の定めを廃止する定款変更の決議が不存在とは認められなかったため、株券の交付がなくても譲渡は有効とされました。株券の交付の要否は、譲渡の時点で会社が株券発行会社であったかどうかによって決まります。

後継者との関係が悪化した場合、無議決権株式を普通株式に戻すことはできますか。

本件では、元代表取締役が1株の買戻し等を申し入れましたが、合意には至らず、普通株式260万株の株主であることの確認請求も棄却されました。議決権を持つ株主の同意がなければ、定款や株式の内容を元に戻すことは困難です。承継の仕組みを作る段階で、買戻しの条件や取得条項など、関係が悪化した場合の手当てを定めておくことが重要です。

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