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預金の死因贈与の主張と、株式の希薄化に反対した相続人への恐喝の主張―東京地方裁判所令和7年6月24日判決

公開 2025年6月24日更新 2025年6月24日

▶ 遺産分割トラブルの協議と調停の進め方

同族会社の株式と多額の預金・上場株式を遺して亡くなった方の遺産をめぐり、被相続人の配偶者が、前の配偶者との間の子である相続人に対して、金融資産は生前に死因贈与を受けたから遺産ではないと主張し、さらに、相続人とその代理人弁護士が共謀して遺産分割調停の名目で金銭を喝取したとして損害賠償を求めた場面の判例です。東京地方裁判所令和7年6月24日判決は、死因贈与を認めるに足りる証拠はないとし、相続人が相続財産である会社の株式の希薄化に反対したことや新株発行無効の訴えを提起したことは正当な権利行使であって恐喝や権利濫用には当たらないとして、配偶者と会社の請求をいずれも棄却しました。

本記事では、判決本文に基づいて、配偶者の死因贈与の主張がどのような事情から退けられたのか、家庭裁判所の調停で成立した遺産の一部分割を後から恐喝されて応じたものだと争うことがなぜ認められなかったのか、相続した株式の価値を守るための反対や訴えの提起がどのように評価されたのかを整理します。同族会社の株式を含む遺産の分割で、他の相続人が会社の経営を握り、遺産の範囲や株式の扱いをめぐって対立している相続人の方にとって、自らの権利を行使する際の考え方の参考になる判決です。

目次
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 同族会社の株式と多額の金融資産を遺して、被相続人が死亡した
    2. 配偶者MRA氏は、相続放棄と引換えの金銭の支払を提案した
    3. 配偶者MRA氏は、金融資産は会社のものだとする前訴を提起し、放棄した
    4. 新株発行による株式の希薄化に娘SKY氏が反対し、新株発行無効の訴えを提起した
    5. 寄与分の主張、遺産分割調停、預金の仮取得
    6. 娘SKY氏の提案で、遺産の一部分割の調停が成立した
    7. 本件訴訟の提起
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった一部分割の調停条項
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 原告らの請求
    2. 主要な主張の対比
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 被相続人の状況と夫婦の関係
    2. 死亡後の交渉の経過と配偶者MRA氏の収入
    3. 判断の枠組み
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 死因贈与―発言の内容からも、贈与の意思表示とは認められない
    2. 死因贈与―配偶者MRA氏自身の言動が、死因贈与の不存在を推認させる
    3. 死因贈与―提出された証拠は信用性に乏しく、むしろ死因贈与を否定する方向に働く
    4. 遺言書とされる書面―夫婦関係の経過や主張の内容と整合しない
    5. 恐喝又は権利濫用―経済的に窮地に追い込まれていたとは認められない
    6. 恐喝又は権利濫用―株式の希薄化に反対するのは、権利者として当然
    7. 恐喝又は権利濫用―家庭裁判所の調停で、弁護士が付いて成立した一部分割
    8. 各主張の結論の一覧
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  12. よくあるご質問
    1. 亡くなった父の再婚相手から、父の預金は生前に死因贈与を受けたから遺産ではないと言われました。認められるのでしょうか。
    2. 相続放棄をすれば一定の金額を払うと、他の相続人から繰り返し提案されています。どう対応すべきですか。
    3. 父の会社の株式を相続しましたが、会社の経営を握る他の相続人が、自分に新株を発行しようとしています。反対すると恐喝だと言われました。
    4. 遺産分割の調停で一部分割に応じましたが、後から考えると不利な内容でした。恐喝されたと主張して争えますか。
    5. 相手方の代理人弁護士の対応が不当だと感じます。弁護士個人に損害賠償を請求できますか。
    6. 遺産分割が成立する前に、生活費のために遺産の預金が必要です。遺産分割が終わるまで待つしかないのでしょうか。
  13. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第12部
裁判日 令和7年6月24日
事件番号 令和6年(ワ)第19823号
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 原告ら(被相続人の配偶者及び会社)の請求をいずれも棄却。訴訟費用は原告らの負担
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭、主文及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決本文が用いた符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。金融機関や上場会社の名称、外国の取引先、寄付先の団体、地名なども、特定につながらないよう一般的な表現に改めています。

本記事の表記 立場
被相続人NKR氏 令和4年4月19日に死亡した方。船舶用エンジン輸出会社SMEを設立し、死亡するまで代表取締役を務め、同社の株式全部を保有していました
配偶者MRA氏 原告。平成22年に被相続人NKR氏と婚姻した配偶者で、相続人の一人です(法定相続分2分の1)。被相続人の死亡後は輸出会社SMEの代表取締役を務めています
船舶用エンジン輸出会社SME 原告。船舶用ディーゼルエンジン及びその部品等の輸出を業とする会社です。もとは有限会社で、発行済株式総数300株、資本金300万円の、被相続人NKR氏の一人会社でした
娘SKY氏 被告。被相続人NKR氏と前の配偶者との間の子で、配偶者MRA氏以外の唯一の相続人です(法定相続分2分の1)。配偶者MRA氏とは血縁関係がありません
代理人弁護士BNG氏 被告。娘SKY氏から被相続人NKR氏の遺産分割交渉を受任した弁護士で、本件訴訟では娘SKY氏の訴訟代理人も務めています
原告側代理人弁護士 遺産分割調停で配偶者MRA氏の代理人を務め、本件訴訟でも原告らの訴訟代理人を務めた弁護士
銀行PLB・証券会社PLS 被相続人NKR氏名義の普通預金・定期預金があった銀行と、その関連の証券会社。証券会社PLSの口座には、銀行PLBの株式と上場会社MDTの株式が預けられていました
銀行FJB 被相続人NKR氏名義の別の普通預金口座があった銀行
貸付先の会社KTS 被相続人NKR氏が金銭を貸し付けていた会社

判決本文は、被相続人名義の金融資産(銀行PLBの普通預金・定期預金と、証券会社PLSの口座にある株式)を「本件金融資産」と、家庭裁判所の調停で成立した遺産の一部の分割を「本件一部分割」と呼んでいます。本記事でもこの呼び方を用います。判決本文を引用する部分では、当事者等の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

事案の概要

同族会社の株式と多額の金融資産を遺して、被相続人が死亡した

被相続人NKR氏は、前の配偶者との間に娘SKY氏をもうけた後に離婚し、平成22年7月に配偶者MRA氏と婚姻しました。被相続人NKR氏は、船舶用ディーゼルエンジンとその部品を輸出する会社として輸出会社SMEを設立し、同社の株式300株の全部を保有して代表取締役を務めていました。被相続人NKR氏は令和4年4月19日に死亡し、相続人は配偶者MRA氏と娘SKY氏の2名で、相続分はそれぞれ2分の1でした。被相続人NKR氏の死亡後は、配偶者MRA氏が輸出会社SMEの代表取締役を務めています。

被相続人NKR氏の名義では、銀行PLBの普通預金・定期預金と、証券会社PLSの口座に預けられた株式(銀行PLBの株式100株、上場会社MDTの株式1万3,600株)などの金融資産がありました。判決本文によれば、証券会社PLSの口座にあった仕組債は、令和6年5月16日までに銀行PLBの普通預金と株式に償還されています。

配偶者MRA氏は、相続放棄と引換えの金銭の支払を提案した

判決が認定した事実によれば、娘SKY氏は、配偶者MRA氏から令和4年10月16日付けの通知書を受け取って父の死亡を知らされるとともに、相続放棄を勧められ、相続放棄をすれば謝金として100万円を渡すとの連絡を受けました。娘SKY氏がこれに応じずに遺産の詳細を求めると、配偶者MRA氏からは、遺産の調査中であることと、相続放棄をすれば謝礼金として3,000万円を渡すとの連絡がありました。

娘SKY氏は、令和4年12月15日付けの文書で、通帳の写しなど遺産の詳細を示す資料の提示を求めるとともに、相続の承認・放棄の期間の伸長を申し立てる予定であることを伝えました。これに対し、配偶者MRA氏は遺産の一部を明らかにし、相続放棄をすれば5,700万円を贈与すると連絡しました。娘SKY氏は、贈与ではなく遺産分割で処理することを提案し、代理人弁護士BNG氏に遺産分割手続等を委任して、同氏を通じて遺産の詳細の開示を求めました。

配偶者MRA氏は、金融資産は会社のものだとする前訴を提起し、放棄した

配偶者MRA氏と輸出会社SMEは、令和5年10月27日付けで、娘SKY氏、銀行PLB及び証券会社PLSを被告として、東京地方裁判所に、銀行PLBの預金や証券会社PLSの口座の株式・仕組債がいずれも輸出会社SMEの所有であることの確認などを求める訴え(判決本文の「前訴」)を提起しました。しかし、令和6年1月29日の弁論準備手続期日に、原告らが請求を放棄し、前訴は終了しました。判決本文によれば、配偶者MRA氏らは前訴の手数料として122万9,000円を納めていました。

新株発行による株式の希薄化に娘SKY氏が反対し、新株発行無効の訴えを提起した

被相続人NKR氏の死亡後、輸出会社SMEの株式300株は遺産として相続人2名に帰属する状態にありました。配偶者MRA氏は、令和5年11月24日付けで、娘SKY氏に対し、輸出会社SMEを有限会社から株式会社に組織変更すること、新規事業と新株発行のために定款を変更すること、配偶者MRA氏に新株400株を400万円で発行することを株主総会の議案とすることなどを通知しました。

娘SKY氏は、新株の発行により遺産である輸出会社SMEの株式が少数株式となり、価値が希薄化すること、新規事業は会社の株式を分割してから行うべきことなどを理由に、議案に反対しました。判決本文によれば、娘SKY氏側は令和5年12月5日付けの書面で、株主総会の議案にはすべて反対する旨を伝えています。しかし、配偶者MRA氏は、娘SKY氏の同意があったものとみなしたうえで、会社法319条により株主総会決議を成立させました。これを受けて、娘SKY氏は、令和6年2月27日付けで新株発行無効の訴えを提起しました。

寄与分の主張、遺産分割調停、預金の仮取得

配偶者MRA氏は、令和5年12月26日付けで、自らに約3億6,830万円の寄与分があることを前提とする遺産分割案を提案するとともに、相続税の申告書(各自の相続税額は約7,080万円)を開示し、遺産分割協議が成立しないと相続税のうち5,080万円程度が未納のまま支払えずに困っていると訴えました。娘SKY氏は、令和6年1月15日付けで家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てました。

配偶者MRA氏は、令和6年2月26日付けで、銀行PLBの普通預金のうち8,000万円分を仮に取得し、払戻しを受けることができるよう求める審判前の保全処分を申し立て、同年3月25日付けで、家庭裁判所から7,600万円分の限度でこれを認める審判を受けました。また、配偶者MRA氏は、被相続人NKR氏の死亡後、輸出会社SMEから死亡退職手当金800万円を、生命保険会社から生命保険金296万65円を、小規模企業共済から死亡退職金1,561万9,419円を受け取っていました。

娘SKY氏の提案で、遺産の一部分割の調停が成立した

娘SKY氏は、令和6年4月19日付けの文書で、配偶者MRA氏の寄与分の妥当性や新株発行の有効性については裁判所に判断してもらいたいと考えていること、配偶者MRA氏が窮状を訴えていることに鑑みて一部分割を提案することを伝えました。その後、何度かのやり取りを経て、令和6年5月28日、家庭裁判所の遺産分割調停事件及び寄与分調停事件の期日において、配偶者MRA氏の代理人として原告側代理人弁護士が、娘SKY氏の代理人として代理人弁護士BNG氏が出頭し、遺産の一部分割の調停が成立しました(本件一部分割)。

判決が認定した事実によれば、この間、配偶者MRA氏は原告側代理人弁護士に対し、4月30日に「案に同意してもいいかなと思います。」と記載したメールを、5月1日には、会社が提訴されている状況から身を守らなければならないので、1億4千万円余りを持っていかれるが仕方がない、提訴を取り下げてもらい、相手が1億4千万円余りを手にしてから代理人弁護士BNG氏の悪性を最後まで主張してほしい、銀行PLBの預貯金も会社のものだが半分あげたということを最後まで主張してほしい、という趣旨のメールを送っていました。

本件訴訟の提起

本件一部分割の成立後、配偶者MRA氏と輸出会社SMEは、娘SKY氏と代理人弁護士BNG氏を被告として本件訴訟を提起しました。配偶者MRA氏は、本件金融資産は死因贈与により自分のものであることの確認と、恐喝による損害賠償を求め、輸出会社SMEは、被相続人NKR氏への貸付金の半額の支払を娘SKY氏に求めました。

事案の経緯の時系列

時期 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成22年7月 被相続人NKR氏と配偶者MRA氏が婚姻
平成22年10月1日 配偶者MRA氏が輸出会社SMEの取締役に就任(平成23年5月31日に解任、平成30年3月22日に再任)
平成26年7月3日 被相続人NKR氏が訪問看護の利用を開始
平成30年1月11日頃 配偶者MRA氏が被相続人の主治医に宛てた手紙で、別居中であること等を記載
平成30年3月・令和3年11月 被相続人NKR氏の改訂長谷川式簡易知能評価が26点・25点
令和4年4月19日 被相続人NKR氏が死亡
令和4年6月から7月 配偶者MRA氏が死亡退職手当金、生命保険金、小規模企業共済の死亡退職金を受領
令和4年10月16日付け 配偶者MRA氏が娘SKY氏に死亡を通知し、相続放棄をすれば謝金100万円を渡すと連絡(その後、3,000万円、5,700万円と提案)
令和4年12月15日付け 娘SKY氏が遺産の詳細を示す資料の提示を求める
令和5年10月27日付け 配偶者MRA氏らが、金融資産は輸出会社SMEの所有であることの確認等を求める前訴を提起
令和5年11月24日付け 配偶者MRA氏が、組織変更、定款変更、自らへの新株400株の発行等を議案とすることを通知
令和5年12月5日付け 娘SKY氏側が、議案にすべて反対する旨の書面を送付
令和5年12月26日付け 配偶者MRA氏が約3億6,830万円の寄与分を前提とする遺産分割案を提案
令和6年1月15日付け 娘SKY氏が家庭裁判所に遺産分割調停を申立て
令和6年1月29日 前訴で原告らが請求を放棄し、前訴が終了
令和6年2月26日付け 配偶者MRA氏が預金8,000万円分の仮取得を求める審判前の保全処分を申立て(3月25日付けで7,600万円分の限度で認容)
令和6年2月27日付け 娘SKY氏が新株発行無効の訴えを提起
令和6年4月19日付け 娘SKY氏が一部分割を提案
令和6年4月30日・5月1日 配偶者MRA氏が原告側代理人弁護士に、案に同意してもよい旨などのメールを送信
令和6年5月28日 家庭裁判所の調停期日で本件一部分割が成立
令和6年8月26日 娘SKY氏が輸出会社SMEに、貸付金の半額1,252万6,116円を支払う
令和7年6月24日 東京地方裁判所が原告らの請求をいずれも棄却する判決

判断の前提となった一部分割の調停条項

判決本文は、本件一部分割の調停条項を「要旨以下の内容を含む」ものとして、次のように整理しています。以下は判決本文の整理に基づいて当事務所が要約したもので、調停調書の条項をそのまま再現したものではありません(調停調書の別紙は判決本文に収録されていません)。

ア 配偶者MRA氏と娘SKY氏は、輸出会社SMEの普通株式300株が被相続人の遺産であることを確認し、遺産分割における評価額を8,531万8,800円とすることに合意する。

イ 両名は、被相続人の貸付先の会社KTSに対する貸付金債権が遺産であることを確認し、評価額を1,816万1,027円とすることに合意する。

ウ 両名は、被相続人名義の銀行FJBの普通預金が遺産であることを確認し、評価額を134万22円とすることに合意する。

エ 配偶者MRA氏は、イの貸付金債権及びウの普通預金を取得する。

オ 両名は、被相続人名義の銀行PLBの普通預金が遺産であることを確認し、娘SKY氏は、そのうち1億481万9,849円を取得する。

カ その他の遺産については、両名において別途遺産分割を行う。

キ 残余の遺産分割については、上記で分割の対象とされた遺産を含めて遺産の総額を評価し、法定相続分により算定した具体的相続分額(特別受益、寄与分による修正を含む。)から取得済みの額を控除した額に基づいて、残余の遺産に対する具体的相続分率を算出して協議することを確認する。

判決本文が掲げた要旨には、輸出会社SMEの株式300株を誰が取得するかの記載はありません。配偶者MRA氏は、本件訴訟で、株式300株や貸付先の会社KTSに対する貸金債権などを自らに取得させる代償として、銀行PLBの普通預金のうち1億481万9,849円を娘SKY氏に取得させる一部分割を余儀なくされたと主張していますが、これは配偶者MRA氏の主張であり、株式の取得者について裁判所が認定したものではありません。

この一部分割の結果、銀行PLBの普通預金が遺産であることは、配偶者MRA氏自身も調停で確認したことになります。それにもかかわらず、配偶者MRA氏は、本件訴訟で、同じ預金を含む本件金融資産が死因贈与により自分のものであると主張しました。

当事者の請求と主要な主張

原告らの請求

  • 請求1(配偶者MRA氏から娘SKY氏に対して) 銀行PLBの普通預金・定期預金と、証券会社PLSの口座にある銀行PLBの株式100株及び上場会社MDTの株式1万3,600株が、いずれも配偶者MRA氏の所有であることの確認
  • 請求2(配偶者MRA氏から娘SKY氏及び代理人弁護士BNG氏に対して) 両名が共謀して遺産分割の名目で金銭を喝取したとして、不法行為に基づき、連帯して1,816万1,027円及びこれに対する令和6年8月30日から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払
  • 請求3(輸出会社SMEから娘SKY氏に対して) 輸出会社SMEが被相続人NKR氏に貸し付けた2,505万2,232円の半額の支払債務を娘SKY氏が相続したとして、1,252万6,116円及びこれに対する令和6年9月9日から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払

請求2の1,816万1,027円は、一部分割で配偶者MRA氏が取得した貸付先の会社KTSに対する貸付金債権の評価額と同じ額です。配偶者MRA氏は、この債権は回収不能で財産価値が僅少であり、その評価額に相当する財産上不法の利益を被告らが得たと主張しました。

請求3については、娘SKY氏が、訴状で催告された支払期限より前の令和6年8月26日に1,252万6,116円を支払っており、請求に理由がないことに争いはありませんでした。

主要な主張の対比

論点 配偶者MRA氏の主張 娘SKY氏・代理人弁護士BNG氏の主張
死因贈与の成否 被相続人NKR氏とは、難病の治療法が確立したときの治療費、大学の研究基金への寄付、外国の海軍からの大型エンジンの受注が相次いだ場合の仕入代金等に充てるため、共同して本件金融資産を被相続人名義で蓄えていた。被相続人は、婚姻当時から死亡の日まで繰り返し、「僕が死んだら貯めたお金はみんな君のものになる」などと述べており(判決本文の「本件発言」)、自分はこれを了承していたから、死因贈与契約が成立していた 配偶者MRA氏と被相続人とのやり取りは知らない。配偶者MRA氏は会社の取締役を一度解任されており、夫婦は別居し、被相続人は配偶者MRA氏に「仕事があるときは来るな」と言って遠ざけていた。証券会社PLSの口座の株式の一部は仕組債の償還によるもので、相続開始時に保有していた株式ではない
禁反言の原則 一部分割の調停に既判力はない。当初から一貫して金融資産は相続財産ではないと主張してきた。一部分割は恐喝に屈してやむを得ず成立させたもので、前訴も和解目的で提起した 一部分割で銀行PLBの普通預金が遺産であることを確認し、残りは別途分割すると合意したのに、遺産であることを争うのは禁反言の原則に反する
恐喝又は権利濫用の成否 会社が取引銀行から外国為替取引を停止されて営業不能となり、自分が生活に困窮していることにつけ込み、被告らは共謀して、組織変更・新株発行のための株主総会の議案にすべて反対し、営業再開にこぎ着けると新株発行無効の訴えを提起して畏怖・困惑させ、一部分割の成立を余儀なくさせた。代理人弁護士BNG氏は、依頼者をいさめるべき注意義務に違反した 連絡文書の送付、新株発行無効の訴えの提起及び一部分割の成立は認めるが、その余は否認する。生活資金に困窮したとしても相続預金の払戻制度や預金の仮分割で対応でき、代理人弁護士BNG氏から仮分割を提案するなど、生活困窮への対応策も提案していた

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は、争点を、請求1について①死因贈与の成否と②禁反言の原則の成否、請求2について③恐喝又は権利濫用の成否と整理しました。請求3は支払済みのため争いがありませんでした。

結論を分けたのは、第一に、被相続人NKR氏の生前の発言やメモ、遺言書とされる書面などから、本件金融資産を配偶者MRA氏に贈与する死因贈与契約の成立が認められるか、第二に、娘SKY氏が株式の希薄化に反対し、新株発行無効の訴えを提起したことや、家庭裁判所の調停で一部分割を成立させたことが、恐喝や権利濫用に当たるか、という点でした。判決は、第一の点で死因贈与を否定したため、禁反言の原則については判断していません。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

被相続人の状況と夫婦の関係

判決は、証拠及び弁論の全趣旨により、次の事実を認定しました(以下は判決本文の認定事実の要約です)。

  • 被相続人NKR氏は、平成26年7月から訪問看護を利用していましたが、令和4年4月頃までは日常生活動作が自立しており、パソコン作業等の仕事や遠方への外出も単独でできていました。改訂長谷川式簡易知能評価は、平成30年3月時点で26点、令和3年11月時点で25点でした。
  • 配偶者MRA氏は、平成22年10月1日に輸出会社SMEの取締役に就任しましたが、平成23年5月31日に解任され、平成30年3月22日に再任されました。
  • 配偶者MRA氏が平成30年1月11日頃に被相続人の主治医に宛てた手紙には、被相続人から物を盗んだと疑われたことを巡ってもめごとがあり、別居中であること、3年間家に戻らず離婚も考えていたこと、仕事があるときは来るなと言われていることなどが記載されていました。

死亡後の交渉の経過と配偶者MRA氏の収入

  • 配偶者MRA氏は、娘SKY氏に対し、相続放棄をすれば100万円、次いで3,000万円、さらに5,700万円を渡すと提案していました。娘SKY氏側は当初から、遺産の詳細を示す資料の提示を繰り返し求めていました。
  • 配偶者MRA氏は、被相続人の死亡後、死亡退職手当金800万円、生命保険金296万65円、小規模企業共済の死亡退職金1,561万9,419円を受け取り、審判前の保全処分で銀行PLBの普通預金のうち7,600万円分の仮取得も認められていました。
  • 配偶者MRA氏は、一部分割の成立前に、原告側代理人弁護士に「案に同意してもいいかなと思います。」とメールしていました。

判断の枠組み

判決は、死因贈与については、配偶者MRA氏の主張する発言があったと仮定しても、その内容が本件金融資産を贈与する意思表示と解されるか、配偶者MRA氏が提出した証拠の信用性はどうか、配偶者MRA氏自身のそれまでの言動と整合するかを順に検討しました。恐喝又は権利濫用については、前提とされた経済的な窮状が認められるか、娘SKY氏側の行動が相続人としての権利行使の範囲内か、一部分割が成立した手続の性質と配偶者MRA氏の当時の意思はどうであったかを検討しています。

なお、判決本文は死因贈与の根拠条文を示していません。民法554条は、贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与(死因贈与)について、その性質に反しない限り遺贈に関する規定を準用すると定めています(この条文の説明は当事務所によるものです)。

各主張を採用し又は排斥した理由

死因贈与―発言の内容からも、贈与の意思表示とは認められない

判決は、まず、配偶者MRA氏が死因贈与を受けたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はないとしました。そのうえで、仮に配偶者MRA氏が主張する被相続人の発言があったとしても、その内容は、治療費に充てることや会社の取引ができなくなった場合に備えることといった自己使用の目的のほか、難民支援や研究基金への寄付といった第三者に寄付する目的を述べていたことが推察されるにすぎないとし、次のように述べました(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「むしろ〔配偶者MRA氏〕のその後の生活のために残すなどの一般的な死因贈与の動機・理由と考えられる事情はうかがえない。」

「僕が死んだら貯めたお金はみんな君のものになる」という発言についても、判決は次のように評価しました。

「〔配偶者MRA氏〕は〔被相続人NKR氏〕の配偶者であり、相続人である以上、当然のことを指摘したまでとも考えられる上、本件金融資産に限定して財産を贈与する旨の意思表示がされたものと解することは困難といわざるを得ないあいまいな発言である。」

さらに判決は、相続人が配偶者MRA氏と娘SKY氏の2名しかいない以上、配偶者MRA氏に死因贈与をすることは娘SKY氏には相続させないことを意味するところ、配偶者MRA氏の主張する発言自体に、娘SKY氏に2,000万円を渡すようにとの内容が含まれており、被相続人には娘SKY氏にある程度の財産を相続させたい意思があったことがうかがわれると指摘しました。そして、配偶者MRA氏が娘SKY氏に渡そうとした金額が100万円、3,000万円、5,700万円と変遷し、発言の2,000万円とも一致せず一貫性もないことから、この点の信用性も否定しています。

死因贈与―配偶者MRA氏自身の言動が、死因贈与の不存在を推認させる

判決は、配偶者MRA氏自身のそれまでの言動を重視しました。

  • 前訴での主張 配偶者MRA氏は、前訴で本件金融資産等が輸出会社SMEの所有であることの確認を求め、手数料122万9,000円を納めていました。判決は、前訴が単に遺産分割協議の目的で提起されたものとは考えられず、配偶者MRA氏は前訴の際には死因贈与がないことを前提に訴訟活動をしていたといわざるを得ないとして、「死因贈与契約が締結されていなかったことを強く推認させる」としました。
  • 調停成立直後の言動 判決は、配偶者MRA氏が、調停成立直後は銀行PLBの普通預金は会社のものであると述べており、死因贈与の存在を否定していたと指摘しました。
  • 遺言に関するメール 配偶者MRA氏は、令和6年6月15日の時点で、遺言書を書くことを被相続人に強要することは本人の尊厳を否定する行為であるとまでメールで述べていました。判決は、仮にその時点で死因贈与契約を締結していたのであればこれに言及するはずであり、言及していないことは死因贈与契約を締結していなかったことを強く推認させるとしました。

死因贈与―提出された証拠は信用性に乏しく、むしろ死因贈与を否定する方向に働く

配偶者MRA氏が提出した証拠について、判決は、死因贈与契約の締結を直接述べるものはないと指摘しました。第三者が被相続人から生前に財産を全て配偶者MRA氏にあげると聞いていたとするメール等についても、配偶者MRA氏に相続される予定という当然の指摘とみる余地があり、確定的に死因贈与があったと述べるものではないとしました。

訴訟の終盤になって発見されたとして提出された被相続人のメモについては、提出が遅れたことの合理的な説明が十分にされておらず、メールに添付された手紙なのに押印がされていたり、口語体なのにパソコンで代筆作成されていたりするなど書式に統一感がなく、内容も不自然であるとして、信用性に疑義があるとしました。そのうえで、そのメモにおいても、将来財産の引継ぎが発生する可能性を指摘するにとどまり、むしろ死因贈与契約や遺言をしていないことをうかがわせる記述であるとしています。

判決は、被相続人が知人から公正証書遺言の説明を受け、全財産を配偶者MRA氏に残したいのであれば遺言を作成するよう勧められていたことがうかがえるのに、令和3年11月時点でも改訂長谷川式簡易知能評価が25点と十分な遺言能力を有していたとうかがえるにもかかわらず、「結局遺言の作成に至らなかったことは、死因贈与をするに至らなかったことをも推認させる」としました。そして、次のようにまとめています(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「これらの〔配偶者MRA氏〕指摘の証拠からはかえって死因贈与の存在は否定する方向に推認ができると評価せざるをえない。」

遺言書とされる書面―夫婦関係の経過や主張の内容と整合しない

配偶者MRA氏は、訴訟の終盤になって、婚姻直後の平成22年9月18日付けの被相続人の遺言書とされる書面も提出しました。判決は、提出が遅れたことの合理的な説明が十分にされていないとしたうえで、次の事情を挙げて、この書面によって死因贈与を推認することはできないとしました。

  • 婚姻の直後に作成されたもので、その後、3年間の別居や会社の取締役の解任など、夫婦仲が良好ではなかったとうかがえる時期を経由していること(判決は、主治医宛ての手紙の内容は取締役の解任・再任の事実と符合するため信用できるとしています)
  • 遺言の対象とする財産が、配偶者MRA氏が主張する死因贈与の内容(本件金融資産に限った贈与)と整合しないこと
  • このような遺言書が実際にあったのであれば、配偶者MRA氏は当初から資料として示して遺言書を前提とする遺産分割交渉を行うと考えられるのに、そのような行動をしていないこと

判決は、死因贈与契約は認められないから、禁反言の原則の成否を判断するまでもなく、請求1には理由がないと結論付けました。

恐喝又は権利濫用―経済的に窮地に追い込まれていたとは認められない

配偶者MRA氏は、一部分割の成立時に会社経営で窮地に追い込まれ、生活に困窮していたことにつけ込まれたと主張しました。判決は、次のように述べて、この主張はその前提を欠くとしました(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「〔配偶者MRA氏〕は、〔被相続人NKR氏〕の死亡退職金などを受領していた上、本件〔銀行PLB〕普通預金債権について、審判前保全処分による引出しもしていたのであるから、経済的に窮地に追い込まれていたとは認められず」

恐喝又は権利濫用―株式の希薄化に反対するのは、権利者として当然

配偶者MRA氏は、会社の営業を再開するためには組織変更と新株400株の発行により外国銀行に外国為替取引用の口座を開設する必要があったのに、娘SKY氏側が正当な理由なく株主総会の議案にすべて反対したと主張しました。判決は、次のように述べて、この主張を退けました(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「相続財産である〔輸出会社SME〕の株式の価値を希薄化しようとすることに対して反対することは権利者として当然とも考えられ、正当な理由なく反対したものとは認められない。」

そして、配偶者MRA氏と被告らとのその他のやり取りについても、次のとおり判断しました(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「被告らは、〔娘SKY氏〕が相続人として権利行使する上で必要な要求をしているにすぎないものと認められ、新株発行無効の訴えの提起含めてその交渉過程に恐喝的な要素や権利濫用的な要素は見受けられない」

判決は、括弧書きで、代理人弁護士BNG氏についても、配偶者MRA氏が指摘するような弁護士倫理に照らして不適切な行為があったとは見受けられないとしています。

恐喝又は権利濫用―家庭裁判所の調停で、弁護士が付いて成立した一部分割

判決は、一部分割の手続の性質についても、次のように述べています。

「本件一部分割は、家庭裁判所が関与する調停手続によるものであり、なおかつ一部分割という最終的な解決を別にゆだねる形式である上」

判決は、この引用部分に続けて、配偶者MRA氏には弁護士の代理人が付いていたにもかかわらず、恐喝や権利濫用が成立すること自体およそ考え難いとしました。実際にも、配偶者MRA氏は当時「案に同意してもいいかなと思います」などと述べており、代理人弁護士BNG氏に悪感情を持っていたことは認められるものの、納得のうえで成立させたものであって、恐喝によって意思表示をしたものとは認められないとしました。

配偶者MRA氏が自らの代理人に宛てたメールの中には、一部分割が脅迫的であると述べるものもありました。判決は、不当な組織変更を強行しようとしたのは原告側であるにもかかわらず、それに対抗手段を取った娘SKY氏の正当な権利行使に対して、弱みに付け込まれたと認識して脅迫と受け取っているのであり、単に被告らの態度に対して不平不満を述べているものと評価せざるを得ないとして、恐喝等の成立を否定しました。

各主張の結論の一覧

主張 結論 理由の要点
本件金融資産の死因贈与(請求1) 排斥 発言は自己使用・寄付の目的を述べたもので、贈与の意思表示とは解し難い。前訴で会社の所有と主張していたこと、遺言に関するメール、遺言能力がありながら遺言をしなかったことが、死因贈与の不存在を推認させる。メモや遺言書とされる書面は信用性に疑義がある
禁反言の原則(請求1) 判断せず 死因贈与が認められない以上、判断するまでもない
経済的困窮につけ込んだ恐喝(請求2) 排斥 死亡退職金等を受領し、審判前の保全処分で預金の引出しもしていたから、窮地に追い込まれていたとは認められない
議案への反対・新株発行無効の訴えが恐喝・権利濫用に当たる(請求2) 排斥 相続財産である株式の希薄化への反対は権利者として当然であり、相続人として必要な要求をしているにすぎない
一部分割は恐喝により成立した(請求2) 排斥 家庭裁判所が関与する調停で、最終解決を別にゆだねる一部分割であり、弁護士が代理人に付いていた。当時「案に同意してもいいかなと思います」と述べ、納得して成立させた
代理人弁護士BNG氏の注意義務違反(請求2) 排斥 弁護士倫理に照らして不適切な行為があったとは見受けられない
貸付金の半額の支払(請求3) 排斥 娘SKY氏が訴状で催告された支払期限より前に支払済みで、理由がないことに争いがない

主文及び結論

判決の主文は、「原告らの請求をいずれも棄却する。」「訴訟費用は原告らの負担とする。」というものです(「原告ら」は配偶者MRA氏と輸出会社SMEを指します)。

この結果、本件金融資産が配偶者MRA氏の所有であることの確認は認められず、娘SKY氏と代理人弁護士BNG氏に対する損害賠償の請求も、娘SKY氏に対する貸付金の請求も、いずれも認められませんでした。判決は、本件金融資産のうち一部分割の対象とならなかった部分の遺産分割や、新株発行の効力については判断していません。

判断の射程

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。

参考となる点

  • 死因贈与の主張には、具体的で一貫した裏付けが必要であること。本判決は、「死んだら貯めたお金はみんな君のものになる」といった発言は、相続人である配偶者に対して当然のことを述べたとも考えられるあいまいな発言であり、特定の財産を贈与する意思表示とは解し難いとしました。他の相続人から、生前に口頭で死因贈与を受けたと主張されている相続人の方にとって、発言の内容が特定の財産を対象とするものか、その主張が相手方のそれまでの言動と整合しているかを確認することの重要性を示す判断です。
  • 相手方の過去の主張との矛盾が、決め手になり得ること。本件では、配偶者MRA氏が前訴で金融資産は会社のものだと主張して手数料を納めていたことや、遺言に関するメールの内容が、死因贈与の不存在を強く推認させる事情とされました。遺産の範囲が争われる場面では、相手方が過去の交渉、調停、訴訟でどのような主張をしてきたかを記録として整理しておくことが重要になります。
  • 訴訟の終盤に提出された書面は、信用性が厳しく吟味されること。被相続人のメモや遺言書とされる書面は、提出が遅れたことの合理的な説明がないことや、書式・内容の不自然さを理由に信用性が否定されました。遺産分割の交渉の段階から証拠の提示を求め、提示された時期を記録しておくことが、後の争いで意味を持ちます。
  • 相続した株式の希薄化に反対することは、正当な権利行使と評価されたこと。同族会社の経営を握った相続人が、遺産分割前に自らへの新株発行を進めようとする場面は少なくありません。本判決は、相続財産である株式の価値の希薄化に反対することは権利者として当然とも考えられるとし、新株発行無効の訴えの提起も含めて、恐喝的・権利濫用的な要素は見受けられないとしました。会社を握る相続人から、反対することは恐喝であり営業の妨害であると非難されても、相続した株式の価値を守るための反対や訴えの提起が直ちに違法とされるものではないことを示す一例です。
  • 弁護士が付いた家庭裁判所の調停で成立した合意は、後から覆すことが難しいこと。本判決は、家庭裁判所が関与する調停手続で、最終的な解決を別にゆだねる一部分割であり、相手方にも弁護士が付いていたことから、恐喝や権利濫用が成立すること自体およそ考え難いとしました。調停で一部分割に応じる側にとっても、応じてもらう側にとっても、合意の内容を十分に検討してから成立させることが前提になります。
  • 相手方の代理人弁護士個人を訴えても、直ちに責任が認められるわけではないこと。本件では、相続人の代理人弁護士も被告とされましたが、弁護士倫理に照らして不適切な行為があったとは見受けられないとされました。

一般化できない点

  • 本判決は、配偶者MRA氏が提出した証拠の信用性や、同氏自身のそれまでの言動に基づく個別の事実認定です。死因贈与について、契約書や公正証書などの明確な書面がある事案や、当事者の言動が一貫している事案では、結論が異なり得ます。
  • 禁反言の原則の成否、すなわち、遺産の一部分割の調停で遺産であることを確認した財産について、後から遺産性を争うことが許されるかについては、判決は判断していません。配偶者MRA氏は一部分割の調停に既判力はないと主張していましたが、この点について本判決から一般的な結論を導くことはできません。
  • 配偶者MRA氏が会社法319条により成立させたとする株主総会決議の効力や、新株発行の有効性、娘SKY氏が提起した新株発行無効の訴えの帰趨は、本件訴訟の対象ではなく、判決本文からは確認できません。遺産である株式について、相続人の一部の同意をみなして決議を成立させることの可否について、本判決は判断していません。
  • 本件金融資産の一部が会社の所有であるか、配偶者MRA氏の約3億6,830万円の寄与分の主張が認められるかといった、残りの遺産分割の内容に関わる点は、判断されていません。
  • 判決は、恐喝の前提となる経済的困窮を、死亡退職金等の受領や審判前の保全処分による預金の引出しを理由に否定しています。こうした事情がない場合に、相手方の交渉態度がどのように評価されるかは、個別の事情によります。
  • 上訴の有無及び確定は確認できていません。

よくあるご質問

亡くなった父の再婚相手から、父の預金は生前に死因贈与を受けたから遺産ではないと言われました。認められるのでしょうか。

死因贈与は、贈与する人と受ける人の合意で成立しますが、合意があったことは死因贈与を主張する側が立証する必要があります。本判決では、「死んだら貯めたお金はみんな君のものになる」という発言があったとしても、特定の財産を贈与する意思表示とは解し難いとされ、主張した配偶者自身の過去の言動とも矛盾するとして、死因贈与は認められませんでした。相手方の主張の根拠となる書面や発言の内容、相手方がこれまでの交渉でどのような主張をしてきたかを確認することが出発点になります。

相続放棄をすれば一定の金額を払うと、他の相続人から繰り返し提案されています。どう対応すべきですか。

本件では、配偶者から100万円、3,000万円、5,700万円と金額を変えて相続放棄を勧められた娘が、遺産の詳細を示す資料の提示を求め、贈与ではなく遺産分割で処理することを提案して、最終的に遺産の一部分割で預金のうち1億481万9,849円を取得しました。遺産の全体像が分からないまま相続放棄に応じるのではなく、まず遺産の内容を確認することが重要です。なお、相続放棄には、原則として相続の開始を知った時から3か月以内という期間の制限があり、本件の娘も期間の伸長の申立てを予定していると伝えていました。

父の会社の株式を相続しましたが、会社の経営を握る他の相続人が、自分に新株を発行しようとしています。反対すると恐喝だと言われました。

本判決は、相続財産である会社の株式の価値を希薄化しようとすることに反対するのは権利者として当然とも考えられるとし、新株発行無効の訴えの提起も含めて、相続人として必要な要求をしているにすぎないと判断しました。株式の価値を守るための反対や訴えの提起が、それだけで恐喝や権利濫用とされるものではありません。もっとも、新株発行の効力そのものは本件では判断されておらず、具体的な手続の適否は個別に検討する必要があります。

遺産分割の調停で一部分割に応じましたが、後から考えると不利な内容でした。恐喝されたと主張して争えますか。

本判決は、家庭裁判所が関与する調停手続で、最終的な解決を別にゆだねる一部分割であり、弁護士の代理人が付いていたことから、恐喝や権利濫用が成立すること自体およそ考え難いとしました。調停成立前のメールで「案に同意してもいいかな」と述べていたことも、納得のうえで成立させた事情とされています。調停での合意は、成立させる前に十分に検討することが大切です。

相手方の代理人弁護士の対応が不当だと感じます。弁護士個人に損害賠償を請求できますか。

本件では、相続人の代理人弁護士も被告とされましたが、弁護士倫理に照らして不適切な行為があったとは見受けられないとされ、請求は棄却されました。依頼者のために株式の価値を守る対応や訴えの提起をすることは、代理人としての通常の活動と評価され得ます。

遺産分割が成立する前に、生活費のために遺産の預金が必要です。遺産分割が終わるまで待つしかないのでしょうか。

本件では、配偶者が審判前の保全処分を申し立て、家庭裁判所から預金のうち7,600万円分の限度で仮に取得し、払戻しを受けることができる旨の審判を受けていました。また、娘側の代理人弁護士は、相続預金の払戻制度や預金の仮分割で対応できるとして、仮分割を提案していたと主張していました。遺産分割の成立前でも、一定の範囲で預金を利用する手段があります。

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この記事の位置付け

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