社長が動けない間に他の役員や従業員が経営を進めてしまう場合の対応
父が入院して以来、専務が「社長から任されている」と言って、次々に決裁を行っております。多額の設備投資、取引先の変更、従業員の採用まで、私どもの知らないところで進められております。父は意思の疎通ができる状態にございません。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。
先に結論を申し上げます。まず確認すべきは、当該の者が代表取締役であるか否かでございます。株式会社を代表する権限は、代表取締役に属します(会社法第349条)。代表取締役でない者が会社を代表して行った行為は、原則として会社に効力を及ぼしません。もっとも、会社が代表権があるかのような外観を作出していた場合には、善意の第三者との関係で会社が責任を負う余地がございます(会社法第354条参照)。また、取締役会設置会社においては、重要な財産の処分及び譲受け、多額の借財等については、取締役会の決議を要し、代表取締役に委任することができないものとされております(会社法第362条第4項)。本記事では、事実の把握から争う手段までを整理いたします。
第1節 独断で行われる行為の類型
| 行為 | 法律上の問題 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 重要な財産の処分及び譲受け | 取締役会の決議を要します | 会社法第362条第4項 |
| 多額の借財 | 取締役会の決議を要します | 会社法第362条第4項 |
| 支配人その他の重要な使用人の選任及び解任 | 取締役会の決議を要します | 会社法第362条第4項 |
| 役員報酬の変更 | 定款又は株主総会の決議を要します | 会社法第361条第1項 |
| 自己又は第三者のための取引 | 承認を要します | 会社法第356条第1項、第365条第1項 |
| 役員の変更の登記 | 株主総会の決議を要します | 会社法第329条第1項、第915条第1項 |
第2節 法律上の効力
1 代表権の所在
株式会社は、取締役(取締役会設置会社にあっては、取締役会が選定した代表取締役)が会社を代表するものとされております(会社法第349条)。代表取締役でない者が会社を代表して行った行為は、原則として会社に効力を及ぼしません。
2 外観に対する信頼の保護
会社は、代表取締役以外の取締役に社長、副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には、当該取締役がした行為について、善意の第三者に対してその責任を負うものとされております(会社法第354条)。「専務取締役」という肩書きが用いられている場合には、この規律の適用が問題となり得ます。
また、代理権を有する者がその権限外の行為をした場合について、相手方が権限があると信ずべき正当な理由があるときは、本人が責任を負うものとされております(民法第110条)。
3 取締役会の決議を欠く行為
取締役会の決議を欠いてされた重要な業務執行に関する行為の効力については、取引の相手方の認識により結論が異なるものと解されております。会社の内部の手続の瑕疵をもって、直ちに取引の相手方に対抗し得るものではございません。
第3節 事実の把握
まず、何が行われたかを把握いたします。
- 履歴事項全部証明書(役員の変更、目的の変更、本店の移転、資本金の額の変動)
- 取締役会の議事録(会社法第371条第2項。監査役設置会社等においては裁判所の許可を要します。同条第3項)
- 株主総会の議事録(会社法第318条第4項)
- 計算書類等(会社法第442条第3項)
- 会計帳簿等(会社法第433条第1項。持株の割合の要件及び拒絶の事由がございます)
- 会社が保有する不動産の登記事項証明書(担保の設定の有無)
相続が開始していない段階では、家族は株主ではございませんので、これらの請求をすることができません。社長本人が株主である場合には、成年後見人が選任された後に、成年後見人が本人を代表して請求することになります。この点が、実務上の大きな制約でございます。
第4節 争う手段
1 差止めの請求
取締役が会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、株主は、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができます(会社法第360条第1項)。公開会社でない会社においては、6か月前から引き続き株式を有することを要しないものとされております(同条第2項)。
2 責任の追及
役員等は、その任務を怠ったときは、会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負うものとされております(会社法第423条第1項)。株主は、会社に対し、責任を追及する訴えの提起を請求することができ(会社法第847条第1項)、会社が請求の日から60日以内に訴えを提起しないときは、会社のために責任追及等の訴えを提起することができます(同条第3項)。
3 検査役の選任
会社の業務の執行に関し、不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があることを疑うに足りる事由があるときは、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主等は、会社の業務及び財産の状況を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任の申立てをすることができます(会社法第358条第1項)。
4 決議の不存在又は取消し
株主総会が現実に開催されていないにもかかわらず議事録のみが作成され、これに基づいて登記がされている場合には、決議の不存在の確認の訴え(会社法第830条第1項)を検討いたします。招集の手続に瑕疵がある場合には、決議の取消しの訴え(会社法第831条第1項)となりますが、決議の日から3か月という期間の制限がございます。
5 仮処分
取締役の職務の執行を停止し、その職務を代行する者を選任する仮処分(民事保全法第23条第2項)を検討いたします。この仮処分がされたときは、その旨の登記がされるものとされております(会社法第917条)。
第5節 体制を整えます
争う手段を検討すると同時に、会社の機関を適法に整えることが必要でございます。取締役会又は株主総会により代表取締役を選定し、決裁の権限の所在を明確にいたします。あわせて、会社の実印、銀行の届出印、通帳の管理を、権限を有する者の管理下に移します。
主要な取引先及び金融機関に対しては、代表者及び決裁の権限の所在を書面により通知いたします。これにより、権限を有しない者による行為について、相手方の善意が認められにくくなります。
よくあるご質問
質問1 専務が結んだ契約は無効ですか。
代表取締役でない者が会社を代表して行った行為は、原則として会社に効力を及ぼしません。もっとも、会社が代表権があるかのような外観を作出していた場合には、善意の第三者との関係で会社が責任を負う余地がございます(会社法第354条参照、民法第110条)。
質問2 家族ですが、会社の資料を見られますか。
株主でなければ、閲覧謄写の請求をすることができません。社長本人が株主である場合には、成年後見人が選任された後に、成年後見人が本人を代表して請求することになります。
質問3 急いで止めたいのですが。
株主であれば、取締役の行為の差止めの請求(会社法第360条第1項)及び仮処分を検討いたします。あわせて、取引先及び金融機関に対し、決裁の権限の所在を通知することが実際上有効な場合がございます。
質問4 登記が勝手に変更されていました。
株主総会が現実に開催されていないのであれば、決議の不存在の確認の訴え(会社法第830条第1項)を検討いたします。この訴えには提訴の期間の制限がございません。
本記事の根拠条文
会社法
- 第318条第4項(株主総会の議事録の閲覧等)
- 第329条第1項(役員の選任)
- 第349条(株式会社の代表)
- 第354条(表見代表取締役)
- 第356条第1項・第365条第1項(利益相反取引の制限)
- 第358条第1項(業務の執行に関する検査役の選任)
- 第360条第1項・第2項(株主による取締役の行為の差止め)
- 第361条第1項(取締役の報酬等)
- 第362条第4項(取締役会の専決事項)
- 第371条第2項・第3項(取締役会の議事録)
- 第423条第1項(役員等の会社に対する損害賠償責任)
- 第433条第1項(会計帳簿の閲覧等の請求)
- 第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)
- 第830条第1項・第831条第1項(決議の不存在の確認の訴え及び取消しの訴え)
- 第915条第1項(変更の登記)
- 第917条(職務の執行の停止等の登記)
民法 第110条(権限外の行為の表見代理)
民事保全法 第23条第2項(仮の地位を定める仮処分命令)
内部リンク
送客先のご案内のページ 社長の判断能力が失われ、事業承継が進まずお困りの方へ
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、社長が動けない間に他の役員や従業員が独断で経営を進めており、お困りの方からのご相談をお受けしております。登記及び議事録の調査、決裁の権限の所在の整理、取締役の行為の差止めの請求、責任追及等の訴え、検査役の選任の申立て、決議の不存在の確認の訴え、仮処分の申立てまで、ご依頼者の側の代理人としてお引き受けいたします。当事務所は、相続人及び株主の側のお立場でこの類型の案件を取り扱っており、同一の案件について会社の側と相続人の側の双方を代理することはございません。
詳しくは、社長の判断能力が失われ、事業承継が進まずお困りの方へのご案内のページをご覧ください。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
弁護士費用については、当ウェブサイトの弁護士費用一覧のページをご覧ください。
ご相談の際に、会社の履歴事項全部証明書、定款の写し、株主名簿、取締役会及び株主総会の議事録、社長の診療又は介護に関する記録をご用意いただけますと検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはございません。なお、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。
本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
このページの位置付けと、関連するページ
本ページは、非上場株式の相続に関する解説のうちの一つです。全体像は、次の中核となるページを御覧ください。
同じ主題を扱う関連ページ
- M&Aで会社が売却される際に少数株主だけ安い価格を提示された場合の対応
- 後継者へ株式を集約するための手段の全体像と選択の順序
- オーナー社長の死亡後に経営陣が株式の集約を仕掛けてきた場合の防御
- 事業を承継した後継者が会社を売却しようとしている場合
- 会社が特定の株主から自己株式を取得する場合の売主追加請求権
- 相続人等に対する売渡しの請求を受けた相続人の防御の全体像
- 事業を承継した直後に解任された場合に採り得る手段
- 自分にだけ買取りの機会が与えられなかった場合に採り得る手段
- 自己株式の取得が株主総会の決議を欠く場合の効力
- 株主総会議事録を偽造されて登記が変わっていた場合の是正の手順
- 会社に自己株式の取得を求める場合の申入れの方法と交渉の順序
- 社長が亡くなり仲の悪い親族に株式が移転した場合の整理

