後継者だけが高額な役員報酬・保険・社用車等の恩恵を受けている場合
父の会社を継いだ弟は、多額の役員報酬を受け取り、会社の名義で高級な自動車に乗り、自宅も会社が借り上げた社宅でございます。生命保険も会社が保険料を負担しております。それでいて、遺産分割では「会社に大した利益はない」と申します。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。
先に結論を申し上げます。会社が負担している役員報酬、社宅、社用車、保険料等は、会社という別個の法人の支出でございますので、直ちに被相続人からの贈与、すなわち特別受益に当たるものではございません。もっとも、これらの事実は3つの意味を持ちます。第1に、会社に相応の支払の原資があることを示しますので、株式の評価に関する主張の材料となります。第2に、遺産分割の協議において公平を論じる際の重要な事情となります。第3に、報酬の決定の手続に瑕疵がある場合、又は会社の利益を害する支出である場合には、会社法上の問題を生じ得ます。本記事では、この3点を順に整理いたします。
第1節 特別受益に当たるか
原則
特別受益は、被相続人から遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた場合に問題となります(民法第903条第1項)。会社が負担した支出は、会社から役員に対する支払でございまして、被相続人からの贈与ではございません。したがって、原則として特別受益には当たりません。
例外的に問題となり得る場合
もっとも、被相続人が個人の財産から後継者に金銭を交付していた場合、被相続人の名義の資産を無償で使用させていた場合には、特別受益又はこれに準ずるものとして問題となる余地がございます。会社を通じた支出であるか、被相続人個人からの支出であるかを、資料により区別する必要がございます。
第2節 実態を確認する方法
| 確認したい事項 | 資料 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 役員報酬の総額及び各人への配分 | 株主総会の議事録、計算書類等、会計帳簿等 | 会社法第318条第4項、第442条第3項、第433条第1項 |
| 社用車の保有 | 計算書類の附属明細書、勘定科目の内訳、会計帳簿等 | 会社法第442条第3項、第433条第1項 |
| 社宅の賃借 | 賃借料の勘定、賃貸借契約書 | 会社法第433条第1項 |
| 生命保険の保険料の負担 | 保険積立金の勘定、保険料の勘定、保険証券 | 会社法第442条第3項、第433条第1項 |
| 交際費その他の支出 | 会計帳簿等 | 会社法第433条第1項 |
| 被相続人に対する貸付け又は借入れ | 役員貸付金及び役員借入金の勘定 | 会社法第442条第3項 |
計算書類等の閲覧又は謄本の交付の請求について、法定の拒絶の事由は定められておりません(会社法第442条第3項)。会計帳簿等の閲覧又は謄写の請求には、持株の割合の要件及び拒絶の事由がございます(会社法第433条第1項及び第2項)。
遺産分割が未了である間は、株式は相続人の準共有に属し、権利行使者の指定及び通知がなければ権利を行使することができません(会社法第106条本文)。後継者が権利行使者となっている場合には、遺産分割の手続の中で開示を求めることになります。
第3節 遺産分割において主張し得ること
株式の評価への反映
役員報酬が通常の水準を大きく超えている場合、これを通常の水準に引き直せば、会社の利益はその分だけ大きくなります。収益に着目する方法により株式を評価する場合には、この引直しが金額に大きく影響いたします。「会社に利益はない」という説明が、高額の役員報酬によるものであるならば、その事実を明らかにすることが有効でございます。
寄与分の主張への反論
後継者から寄与分の主張がされた場合(民法第904条の2)、相応の報酬を受けていたのであれば、その労務は報酬により既に評価されているものと評価される余地がございます。報酬の額を明らかにすることは、この反論の基礎となります。
協議における公平の議論
法律上の効果に直結しない場合であっても、後継者が会社を通じて相当の利益を享受してきたという事実は、協議において考慮を求める事情となります。とりわけ、非後継者が何も得ていない場合には、その差が大きくなります。
第4節 会社法上の問題
報酬の決定の手続
取締役の報酬等のうち額が確定しているものについては、定款に定めていないときは、株主総会の決議によって定めるものとされております(会社法第361条第1項)。株主総会の決議を経ずに報酬が支払われている場合には、手続に瑕疵があることになります。中小の会社においては、決議を経ていない例が少なくございません。
忠実義務及び利益相反
取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、会社のため忠実にその職務を行わなければならないものとされております(会社法第355条)。また、取締役が自己又は第三者のために会社と取引をしようとするときは、株主総会(取締役会設置会社にあっては取締役会)において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければなりません(会社法第356条第1項、第365条第1項)。後継者が自らの親族の会社に対して支出を行っている場合等には、この規律の適用を検討いたします。
責任の追及
役員等は、その任務を怠ったときは、会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負うものとされております(会社法第423条第1項)。株主は、会社に対し、責任を追及する訴えの提起を請求することができ(会社法第847条第1項)、会社が請求の日から60日以内に訴えを提起しないときは、会社のために責任追及等の訴えを提起することができます(同条第3項)。公開会社でない会社においては、6か月前から引き続き株式を有することを要しないものとされております(同条第2項)。
もっとも、役員報酬の額が不相当に高額であることを理由として責任を問うことは、容易ではございません。株主総会の決議の有無、会社の規模及び業績、他の役員との均衡等を踏まえた検討を要します。
第5節 恩恵の類型ごとに確認する資料と、読み取ること
「会社が負担してくれている」という状態を主張の材料とするためには、その実態を資料により示す必要がございます。類型ごとに、確認する資料と、そこから何を読み取るのかを整理いたします。
| 恩恵の類型 | 確認する資料 | 読み取ること |
|---|---|---|
| 役員報酬 | 株主総会の議事録、取締役会の議事録、計算書類の役員報酬に関する記載 | 報酬の総額の枠が定められているか、各人への配分がどのように決定されたか、被相続人の在任中と比較して増額されているか |
| 役員賞与及び退職慰労金 | 株主総会の議事録、内規の有無、計算書類の記載 | 支給の根拠となる決議又は内規が存在するか、算定の基準が明らかにされているか |
| 社宅 | 賃貸借契約書、計算書類の地代家賃に関する記載、本人が負担している額の資料 | 会社が負担している額と本人が負担している額との差、被相続人の在任中の取扱いとの異同 |
| 社用車 | 固定資産の台帳、自動車検査証、リース契約書、保険の証券 | 業務に用いられているか、専ら私的に用いられていないか、複数保有されていないか |
| 生命保険料の負担 | 保険の証券、計算書類の保険料に関する記載 | 契約者、被保険者及び受取人が誰であるか、解約した場合の返戻金が会社に帰属するか個人に帰属するか |
| 交際費その他の経費 | 計算書類の記載、決算公告 | 売上高の規模に照らして不自然に多額でないか、被相続人の在任中と比較して増加していないか |
| 会社からの貸付け | 計算書類の貸付金に関する記載、個別注記表の関係会社等との取引に関する記載 | 役員に対する貸付けの有無、返済の有無、利息の定めの有無 |
| 親族の役員又は従業員としての登用 | 履歴事項全部証明書、計算書類の人件費に関する記載 | 後継者の配偶者又は子が役員又は従業員となっていないか、その職務の実態があるか |
これらの資料は、第2節に述べた方法により入手いたします。なお、資料から読み取った事実は、第3節に述べたとおり、株式の評価に関する主張及び協議における公平の議論の材料として用いるものでございまして、直ちに金銭の返還を求め得ることを意味するものではございません。
第6節 後継者側から想定される説明と、確認すべき事項
| 後継者側の説明 | 確認すべき事項 |
|---|---|
| 報酬は会社が決めたものであり、相続とは関係がない | 報酬の総額の枠を定めた株主総会の決議が存在するか、各人への配分が適法な手続により決定されているかを確認いたします。決議を欠く支給であれば、会社法上の問題を生じ得ます(第4節をご覧ください) |
| 経営の責任を負っているのだから当然の対価である | 対価としての相当性は、会社の規模、業績及び被相続人の在任中の水準との対照により検討いたします。相当であるとおっしゃるのであれば、その裏付けとなる資料の提示を求めます |
| 社宅も社用車も業務に必要なものである | 業務上の必要性の内容、使用の実態、本人が負担している額を確認いたします。会社の規程に基づくものであるかも確認いたします |
| 会社に利益はなく、株式に価値はない | 利益がないにもかかわらず、これらの支出を継続できている理由を尋ねます。支出の存在自体が、支払の原資があることを示す事情となり得ます |
| 決算書は見せられない | 計算書類等の閲覧又は謄本の交付の請求について、法定の拒絶の事由は定められておりません(会社法第442条第3項)。書面により改めて請求いたします |
| 先代の了解を得ていた | 了解の内容、時期及びこれを示す資料を確認いたします。口頭の了解のみでは、支給の手続の適法性を基礎付けるものではございません |
| これらを問題にするなら遺産分割の話は進めない | 資料の開示と分割の協議とは、本来、取引の対象となるものではございません。協議が進まない場合には、遺産分割の調停の申立てを検討いたします(民法第907条第2項) |
よくあるご質問
質問1 弟の役員報酬は特別受益になりますか。
会社が支払う役員報酬は、会社から役員に対する支払でございますので、原則として特別受益には当たりません。もっとも、株式の評価及び寄与分の主張への反論において重要な事情となります。
質問2 役員報酬の額はどうやって調べますか。
株主総会の議事録(会社法第318条第4項)、計算書類等(会社法第442条第3項)、持株の割合の要件を満たす場合の会計帳簿等(会社法第433条第1項)により確認し得ることがございます。
質問3 株主総会の決議を経ていない報酬は返還させられますか。
取締役の報酬等は、定款に定めていないときは株主総会の決議によって定めるものとされております(会社法第361条第1項)。決議を欠く場合の取扱いは、事案により異なります。返還を当然に求め得るとは限りません。
質問4 社用車や社宅は遺産になりますか。
会社の名義の資産は会社の財産でございまして、遺産ではございません。もっとも、会社の資産である以上、株式の価額に反映されることになります。
質問5 会社が負担している保険は、遺産に含まれますか。
契約者が会社であれば、保険に係る権利は会社に帰属するのが通常でございます。もっとも、解約した場合の返戻金が会社に帰属するのであれば、それは会社の資産でございますので、株式の評価において考慮すべき事情となり得ます。契約者、被保険者及び受取人の記載を、保険の証券により確認いたします。
質問6 後継者の配偶者が役員になっており、報酬を受け取っています。
履歴事項全部証明書により役員の就任の時期を確認し、職務の実態の有無を検討いたします。実態を欠く支給であれば、会社の利益を害する支出として、会社法上の問題を生じ得ます(第4節をご覧ください)。
質問7 これらを指摘すると、かえって関係が悪くなりませんか。
指摘の目的は、責任を追及することではなく、会社に支払の原資があることを明らかにし、分割の協議における公平を論ずることにございます。その趣旨を明示して協議に臨むことで、無用な対立を避け得る場合がございます。
本記事の根拠条文
民法 第903条第1項(特別受益者の相続分)、第904条の2(寄与分)
会社法
- 第106条(共有者による権利の行使)
- 第318条第4項(株主総会の議事録の閲覧等)
- 第355条(忠実義務)
- 第356条第1項・第365条第1項(利益相反取引の制限)
- 第361条第1項(取締役の報酬等)
- 第423条第1項(役員等の会社に対する損害賠償責任)
- 第433条第1項・第2項(会計帳簿の閲覧等の請求)
- 第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)
- 第847条第1項から第3項まで(責任追及等の訴え)
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