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遺言作成の動画があっても自書が否定された自筆証書遺言と同族会社の株式―東京高等裁判所平成29年3月22日判決

公開 2017年9月22日更新 2017年9月22日

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同族会社の株式、医療法人の出資持分及びビルの持分を遺して亡くなった母について、生前に作成された公正証書遺言では会社と病院を引き継いだ二女に財産一切を相続させるとされていたのに、母の死後、長女が、全財産を長女に相続させるという自筆証書遺言を検認に付し、遺言を書く場面を撮影したという動画まで提出した場面の判例です。東京高等裁判所平成29年3月22日判決は、この自筆証書遺言を有効として二女の請求を棄却した第一審判決を取り消し、母が遺言書を自書し押印したとは認められないとして、遺言が無効であることを確認しました。長女側の上告は棄却され、上告受理の申立ても受理されませんでした(最高裁判所第二小法廷平成29年9月22日決定)。

本記事では、控訴審の判決本文に基づいて、遺言作成の場面を撮影したとされる動画がありながら、なぜ自書が否定されたのか、添え手などの補助の可能性や先行する公正証書遺言との関係、遺言書の保管状況の説明の変遷がどのように評価されたのかを整理します。親が以前に作成した公正証書遺言とは正反対の内容の自筆証書遺言を、他の相続人から突然示された相続人の方にとって、その遺言の効力を争う際に何を確認すべきかを考える材料になる判決です。

目次
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 同族会社と医療法人を、二女夫妻が引き継いだ
    2. 父の公正証書遺言と、それとは異なる遺産分割協議
    3. 母の認知機能の低下と、母の公正証書遺言
    4. 全財産を長女に相続させる自筆証書遺言が現れた
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった2つの遺言
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 二女KRN氏の請求
    2. 主要な主張の対比
  7. 結論を左右した争点
  8. 第一審の判断
  9. 控訴審の判断
    1. 第一審判決の引用と補正
    2. 本件動画―証拠能力は否定しないが、証拠としての価値は総合して判断する
    3. 本件録音―書面の読み上げと推認され、動機は認められない
    4. 宣誓供述書と陳述書―信用性は高くない
    5. 長女への資金援助―1億円以上の援助がうかがわれる
    6. 被相続人の精神的能力―相当減退していたと推認
  10. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 結論を支えた事実
    2. 判断の枠組み―添え手による補助と「自書」
  11. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 動画があっても、自書・押印の場面が「断片的にすら」撮影されていない
    2. 仮に本人が書いたとしても、他人の意思が運筆に介入した可能性を否定できない
    3. 印影は被相続人のものと認められない
    4. 公正証書遺言を正反対に変更する事情が見当たらない
    5. 保管状況の説明が何度も変わり、録音の発言とも矛盾する
    6. 結論―自書・押印は認められない
    7. 各主張の結論の一覧
  12. 主文及び結論
  13. 上告審の決定
  14. 審級ごとの結論の推移
  15. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  16. よくあるご質問
    1. 親は以前に公正証書遺言を作っていたのに、亡くなった後、別の相続人から、全財産をその相続人に相続させるという自筆の遺言書が出てきました。どちらが優先するのですか。
    2. 相手方から、親が遺言を書いている様子を撮影した動画があると言われました。動画があれば、遺言の効力は争えないのでしょうか。
    3. 親は認知症と診断されていました。認知症であれば、遺言は無効になりますか。
    4. 遺言書の家庭裁判所での検認が済んでいます。検認されたら、遺言は有効になってしまうのですか。
    5. 自筆の遺言書が無効になった場合、同族会社の株式はどうなりますか。
    6. 控訴審で勝っても、相手方が最高裁判所に上告したらどうなりますか。
  17. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

審級 裁判所 裁判日 事件番号 裁判の形式 結論
第一審 確認できていません(控訴審の判決本文に記載がありません) 確認できていません 確認できていません 判決 自筆証書遺言を有効と判断し、二女の請求(遺言無効確認)を棄却(控訴審の判決本文の記載による)
控訴審 東京高等裁判所第1民事部 平成29年3月22日 平成28年(ネ)第2265号 判決 第一審判決を取り消し、自筆証書遺言が無効であることを確認(請求認容)。訴訟費用は第一審、第二審とも長女の負担
上告審 最高裁判所第二小法廷 平成29年9月22日 平成29年(オ)第957号、平成29年(受)第1199号 決定 上告を棄却し、上告審として受理しない。上告費用及び申立費用は上告人兼申立人(長女)の負担

第一審判決の本文は、本記事の素材としていません。第一審判決については、控訴審の判決本文に記載された範囲でのみ触れます。控訴審の判決本文には、第一審の裁判所名、判決日及び事件番号の記載がないため、これらは確認できていません。上告審の決定は、上告の理由及び上告受理申立ての理由に当たらないとする定型の決定であり、事案の内容には触れていません。この表は、控訴審の判決本文及び上告審の決定本文の冒頭、主文及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決本文が用いた仮名や符号、上告審の決定本文が用いた符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。病院、建物、金融機関、新聞、地名なども、特定につながらないよう一般的な表現に改めています。

本記事の表記 立場
被相続人SMK氏 平成26年7月に死亡した母。死亡当時、少なくとも同族会社BSKの株式8,986株、医療法人DKIの出資持分、ビルFBLの敷地の持分及び建物の一部を所有していました
父ICR氏 被相続人SMK氏の夫で、医師。平成21年4月に死亡しました。外科病院AGHと同族会社BSKを二女夫妻に承継させる趣旨の公正証書遺言を作成していました
長女ATS氏 被控訴人(第一審の被告)。上告審では上告人兼申立人。全財産を自らに相続させるとする自筆証書遺言の検認を申し立て、その有効を主張しました。結婚後は米国で暮らし、同族会社BSKや医療法人DKIの経営に実質的に関与したことはないと認定されています
二女KRN氏 控訴人(第一審の原告)。上告審では被上告人兼相手方。平成17年11月に同族会社BSKの代表取締役に就任しました。自筆証書遺言が無効であることの確認を求めました
医師JMT氏 二女KRN氏の夫で、医師。外科病院AGHの後継者とされ、平成16年6月に医療法人DKIの理事長に就任しました
お手伝いQSN氏 平成19年12月頃から被相続人SMK氏の付添いをしていた、同家のお手伝いの方。遺言作成の場面に立ち会ったとされ、遺言書を保管していたとする宣誓供述書を作成しました
同族会社BSK 昭和54年に設立された一族の会社。米国の邸宅を所有し、長女ATS氏がこれを使用していました。判決本文からは業種は明らかではありません
医療法人DKI・外科病院AGH 平成5年に設立され、外科病院AGHの経営主体となった医療法人と、その病院
ビルFBL・建物GBL 被相続人SMK氏が平成24年5月まで居住していたビルと、その後に転居した建物(二女夫妻も居住)
株式会社EKS 父ICR氏の遺産分割協議で、被相続人SMK氏が2,000株を取得した会社
銀行HBK 長女ATS氏が預金の返還を求める訴えを提起した相手方の銀行

判決本文は、問題となった自筆証書を「本件遺言書」、それによる遺言を「本件遺言」、遺言作成の場面を撮影したとされる動画を「本件動画」、被相続人の発言を録音したとされる音声を「本件録音」、遺言書と封筒に押された印影を「本件印影」と呼んでいます。本記事でもこの呼び方を用います。判決本文を引用する部分では、当事者等の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。引用部分の数字は、判決本文の表記のまま(漢数字)としています。

事案の概要

同族会社と医療法人を、二女夫妻が引き継いだ

被相続人SMK氏は、昭和22年に医師である父ICR氏と婚姻し、長女ATS氏と二女KRN氏をもうけました。長女ATS氏は昭和49年に結婚して渡米し、二女KRN氏は医師JMT氏と結婚しました。

昭和54年に同族会社BSKが設立され、同社は昭和61年に米国の邸宅を取得して、長女ATS氏がこれを使用するようになりました。平成5年には医療法人DKIが設立されて外科病院AGHの経営主体となり、医師JMT氏は勤務先の病院の講師の職を辞して外科病院AGHに勤務することになりました。父ICR氏は、同年6月付けの書面で、医師JMT氏が後継者となったことを公表しています。医師JMT氏は平成16年6月に医療法人DKIの理事長に、二女KRN氏は平成17年11月に同族会社BSKの代表取締役に就任しました。判決は、長女ATS氏が同族会社BSKや医療法人DKIの経営に実質的に関与したことはないと認定しています。

父の公正証書遺言と、それとは異なる遺産分割協議

父ICR氏は、平成17年12月7日、長女ATS氏に地方の土地建物を、二女KRN氏に株式、預金、貸付金その他一切を相続させる公正証書遺言をしました。この公正証書には、長女ATS氏の夫が医学部を卒業するまでの学費や夫婦の生活費、米国の邸宅の維持費等を長年負担してきたこと、その金額は合計で1億円を下らないこと、長女ATS氏が遺留分減殺請求権を行使するときでも同族会社BSKの株式は減殺しないものとすることなどが記載されていました。

父ICR氏は平成21年4月に死亡しました。被相続人SMK氏、長女ATS氏及び二女KRN氏は、同年8月5日、父の遺言の内容とは異なり、被相続人SMK氏が株式会社EKSの株式2,000株を、長女ATS氏が約500万円の預金及び現金を、二女KRN氏が同族会社BSKの株式及び不動産等を取得する旨の遺産分割協議をして押印しました。

母の認知機能の低下と、母の公正証書遺言

被相続人SMK氏は、平成17年頃から度々物忘れをするようになり、同年5月頃の検査ではアルツハイマー型老年痴呆に合致するパターンが認められていました。平成23年5月の検査では、平成17年当時よりも脳室等がかなり拡大しているとの所見でした。

平成24年4月初め頃、二女KRN氏は、同族会社BSKの経営のため、被相続人SMK氏が住んでいたビルFBLの上層階を賃貸する必要があると考え、母に会社の窮状を伝えました。被相続人SMK氏は、「あなたたちが何を話に来るのか分かっていたわ。」などと言って転居に同意し、同年5月、二女夫妻が居住する建物GBLの一室に転居しました。

この間の平成24年4月19日、被相続人SMK氏は、同族会社BSKの株式及び不動産を含む財産一切を二女KRN氏に相続させる公正証書遺言(判決本文の「平成二四年遺言」)をしました。この公正証書には、病院と会社が多額の借金を抱えて経営の立て直しが道半ばであること、二女KRN氏ならばその夫とともに再び繁栄に導いてくれると信じていること、残す財産はその備えとなるべきものであるから管理一切を二女KRN氏に委ねることなどの付言事項が記載されていました。父の公正証書遺言と母の公正証書遺言は、いずれも、後に本件訴訟で二女KRN氏の訴訟代理人となった弁護士を遺言執行者に指定していました。

全財産を長女に相続させる自筆証書遺言が現れた

被相続人SMK氏は、平成25年9月に誤嚥性肺炎のため入院し、平成26年7月に死亡しました。

長女ATS氏は、平成26年8月14日、被相続人SMK氏の全財産を長女ATS氏に相続させる内容の自筆証書(本件遺言書)について、家庭裁判所に検認を申し立てました。申立書には、平成25年2月8日に遺言者から遺言書を預託され、自宅で保管してきたと記載されていました。同年10月8日の検認では、本件遺言書は洋紙1枚に筆ペンで書かれ、封緘された白色の封筒の中にありました。封筒の「遺」の文字と、遺言書の「言」の文字には誤りがあり、日付は漢数字で「二〇一三 二・八」と一応判読できるものでした。遺言書の被相続人の氏名の下の印影(本件印影)は、被相続人SMK氏の実印でも銀行印でもありませんでした。

二女KRN氏は、平成26年12月18日、本件遺言が無効であることの確認を求める訴えを提起しました。訴訟の中で、長女ATS氏は、平成25年2月8日に撮影したと主張する動画(本件動画)と、同月23日に録音したと主張する音声(本件録音)を証拠として提出しました。

事案の経緯の時系列

時期 出来事(控訴審の判決本文の認定事実等による)
昭和22年5月 被相続人SMK氏が医師である父ICR氏と婚姻
昭和49年 長女ATS氏が結婚し、渡米
昭和54年11月 同族会社BSKが設立される(昭和61年に米国の邸宅を取得し、長女ATS氏が使用)
平成5年 医療法人DKIが設立され、外科病院AGHの経営主体となる。父ICR氏が医師JMT氏を後継者として公表
平成16年6月 医師JMT氏が医療法人DKIの理事長に就任
平成17年頃 被相続人SMK氏に物忘れが度々見られるようになる。5月頃の検査でアルツハイマー型老年痴呆に合致するパターン
平成17年11月 二女KRN氏が同族会社BSKの代表取締役に就任
平成17年12月7日 父ICR氏が、二女KRN氏に株式・預金等一切を相続させる公正証書遺言
平成19年12月頃 お手伝いQSN氏が被相続人SMK氏の付添いを始める
平成21年4月 父ICR氏が死亡
平成21年8月5日 父ICR氏の遺産について、遺言と異なる内容の遺産分割協議(長女ATS氏は約500万円の預金及び現金を取得)
平成23年5月2日 被相続人SMK氏の検査で、脳室等が平成17年よりかなり拡大との所見
平成24年4月19日 被相続人SMK氏が、同族会社BSKの株式等を含む財産一切を二女KRN氏に相続させる公正証書遺言
平成24年5月 被相続人SMK氏がビルFBLから建物GBLに転居
平成25年2月8日 本件遺言書の日付。本件動画が撮影されたと推認される日
平成25年2月23日(長女ATS氏の主張) 本件録音がされたとされる日(裏付けとなる客観的証拠はないと判断)
平成25年9月 被相続人SMK氏が誤嚥性肺炎のため入院
平成26年7月 被相続人SMK氏が死亡
平成26年8月14日 長女ATS氏が本件遺言書の検認を申立て(遺言者から預託され自宅で保管してきたと記載)
平成26年8月19日 お手伝いQSN氏が、遺言書を自室の箪笥に保管していたとする宣誓供述書を作成
平成26年10月8日 本件遺言書の検認。長女ATS氏の代理人弁護士は、お手伝いQSN氏が保管していたものを日にちは定かでないが受け取ったと説明
平成26年10月10日 二女KRN氏側が、偽造の疑いを書面で指摘
平成26年12月18日 二女KRN氏が遺言無効確認の訴えを提起
平成27年2月27日 民間の筆跡鑑定人の鑑定書(本件遺言書の筆跡は被相続人SMK氏の筆跡と相異していると判断する旨の記載)
平成27年4月14日付け 長女ATS氏が銀行HBKに対して預金の返還を求める訴えを提起(訴状で、死亡後に隣室のお手伝いQSN氏の箪笥から遺言書が発見されたと主張)
平成27年9月11日 長女ATS氏が本件動画及び本件録音を証拠として提出(同年10月22日の口頭弁論期日に取調べ)
(日付は確認できていません) 第一審判決。本件遺言書を有効として二女KRN氏の請求を棄却。二女KRN氏が控訴
平成29年3月22日 東京高等裁判所が第一審判決を取り消し、本件遺言が無効であることを確認する判決
平成29年9月22日 最高裁判所第二小法廷が、上告を棄却し、上告審として受理しない決定

判断の前提となった2つの遺言

本件では、被相続人SMK氏の名義で、内容が正反対の2つの遺言が存在しました。判決本文に記載された内容を対比すると、次のとおりです(以下は判決本文に基づく当事務所の整理です。本件遺言書の全文は判決の別紙とされ、判決本文には収録されていません)。

項目 平成24年4月19日の公正証書遺言 本件遺言書(自筆証書)
内容 同族会社BSKの株式及び不動産を含む財産一切を二女KRN氏に相続させる 被相続人SMK氏の全財産を長女ATS氏に相続させる
作成の方式 公証人が関与して作成。遺言執行者として弁護士を指定 洋紙1枚に筆ペンで記載。日付は「二〇一三 二・八」と一応判読できる。「言」の文字に誤りがある。印影は実印・銀行印ではない
付言・動機 病院と会社の経営の立て直しは道半ばであり、二女夫妻に財産の管理一切を委ねる旨の付言事項 本件録音では、長女ATS氏が一株ももらえないことになってかわいそうなので書いたとの発言があるが、裁判所は書面の読み上げと推認し、その動機を認めなかった
保管・発見 公正証書として作成 保管状況に関する長女ATS氏側の説明が、検認申立書、検認期日、別訴の訴状、宣誓供述書の間で変遷

このように、本件遺言書は、公正証書遺言から1年も経たないうちに、その内容を正反対に変更するものでした。同族会社BSKの株式と医療法人DKIの出資持分の帰属が、どちらの遺言によるかで大きく変わる関係にありました。

当事者の請求と主要な主張

二女KRN氏の請求

二女KRN氏は、長女ATS氏に対し、家庭裁判所で検認された本件遺言書による被相続人SMK氏の遺言が無効であることの確認を求めました。二女KRN氏は、本件遺言書は何者かによって偽造されたものであって、自書性その他の要件を欠くと主張しました。当初の請求の趣旨には「平成二五年二月八日付け」との日付が入っていましたが、二女KRN氏は、第一審の平成27年9月4日付けの準備書面で、この部分を削除する訂正をしています。

主要な主張の対比

控訴審判決は、争いのない事実、争点及び当事者の主張について第一審判決を引用したうえで、一部を補正し、控訴審での主張を加えています。判決本文から読み取れる主張を対比すると、次のとおりです。

論点 二女KRN氏の主張 長女ATS氏の主張
自書性 本件遺言書は何者かによって偽造されたもので、自書性その他の要件を欠く。検認の際にも、封筒の筆跡は母のものではなく、遺言書の筆跡も母のものか分からないと述べた 本件遺言書は法定の様式に従って母が作成したもので有効である。本件動画がその作成状況を示している
動画に執筆場面がないこと 本件動画は、ファイルごとに新聞の有無や服装・ふすまの状況等に異同があり、加工・編集されたものであるから、証拠能力も証明力も否定すべきである 遺言書の作成は体力の弱った母には重労働であり、その補助に配慮していたため、執筆時の撮影を失念したにすぎない。動画が切れているのは、母の体調に配慮して部分ごとにしか撮影できなかったためである
印影 検認の際、封筒及び遺言書の印影は父のもので、母は使っていなかったと思うと述べた 母が実印等とは別に日常的に用いていた印章で、ハンドバッグの中に常に保管していたものである
本件録音 いつ作成されたものかすら特定できない上、母の発言は明らかに棒読みであり、母の真意に反する (判決本文に、録音の作成経緯に関する長女ATS氏側の具体的な主張の記載はありません)
遺言の動機 父も母も、公正証書遺言で病院と会社を二女側に承継させる遺志を示していた。母が平成24年の遺言から1年も経たずにこれを撤回・変更する特段の事情は一切ない (陳述書で、二女KRN氏が会社経営のストレスから父母に激しい言葉を投げかけていたなどと述べたが、裁判所は裏付けがないとして認定しなかった)
能力(控訴審で追加) 母は平成25年2月8日当時、自書能力(文字を知る能力及び運筆能力)がなく、アルツハイマーの不可逆的進展により遺言能力もなかった 本件動画から、母が文字と文章の一般的意味を了解したうえでコミュニケーションをしていることは明らかであり、二女KRN氏の主張はすべて失当である

結論を左右した争点

控訴審判決は、本件遺言書の有効性について、①遺言作成の場面を撮影したとされる本件動画の証拠としての扱いと、そこから何が認められるか、②被相続人SMK氏が本件遺言書の全文、日付及び氏名を自書し押印したといえるか(他人の補助が運筆に介入した可能性を含みます)、③先行する公正証書遺言の内容を正反対に変更する動機や事情があったか、④本件遺言書の保管状況に関する説明が信用できるか、を順に検討しました。

結論を分けたのは、動画がありながら、遺言書の本文、日付及び氏名を書き、押印する場面が一切撮影されていないことをどう評価するかという点と、1年足らず前に公証人の関与のもとで作成された公正証書遺言を正反対の内容に改める事情が認められるかという点でした。二女KRN氏は控訴審で遺言能力の欠如も主張しましたが、控訴審判決は、遺言能力の有無について独立の結論を示すことなく、自書・押印が認められないことを理由に遺言を無効としています。

第一審の判断

第一審判決の本文は本記事の素材としていないため、控訴審の判決本文に記載された範囲で紹介します。

控訴審の判決本文によれば、第一審(原審)は、本件遺言書が法定の様式に従って被相続人SMK氏が作成した自筆証書遺言として有効であると判断して、二女KRN氏の請求を棄却しました。二女KRN氏はこれを不服として控訴しました。本件動画及び本件録音は、第一審の平成27年10月22日の第3回口頭弁論期日に取り調べられています。

第一審判決が本件動画や本件印影をどのように評価し、どのような理由で自書を認めたのかは、控訴審の判決本文からは確認できません。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

控訴審の判断

東京高等裁判所は、「当裁判所は、原審と異なり、控訴人の請求を認容すべきものと判断する。」として、第一審判決を取り消し、本件遺言が無効であることを確認しました。第一審の結論を変更したものです。

第一審判決の引用と補正

控訴審判決は、争いのない事実等、争点及び当事者の主張について第一審判決を引用し、次の補正を加えています。

  • 表記の修正 第一審判決の一部の箇所の「本件遺言」を「本件遺言書」に改めました。
  • 動画に執筆場面がない理由の主張の追加 遺言書の作成は体力の弱った被相続人SMK氏にとって重労働で、その補助に配慮していたため撮影を失念したにすぎない、動画が切れているのは体調への配慮から部分ごとに撮影するしかなかったためである、との長女ATS氏の主張を加えました。
  • 印章に関する記載の追加 「別途保有していた日常的に使用する印章」について、被相続人SMK氏が日常的に用いていた印章で、ハンドバッグの中に常に保管していたとの記載を加えました。
  • 本件印影に関する記載の追加 本件印影が父ICR氏の印章による印影に似ていること、父ICR氏の印章は、同氏が死亡した平成21年までは二女KRN氏が管理していたが、その死後は形見として長女ATS氏が所持し使用していることに関する記載を加えました。
  • 本件録音に関する主張の追加 本件録音はいつ作成されたかすら特定できず、母の発言は明らかに棒読みで真意に反する、との主張を加えました。
  • 公正証書遺言に関する主張の追加 父ICR氏と被相続人SMK氏がそれぞれ公正証書遺言で示した遺志と、平成24年遺言を1年も経たずに撤回・変更する特段の事情がないことに関する主張を加えました。

そのうえで、控訴審判決は、自らの事実認定を行い、本件動画、本件録音、宣誓供述書、陳述書等の証拠を個別に検討しています。

本件動画―証拠能力は否定しないが、証拠としての価値は総合して判断する

本件動画は、長女ATS氏がスマートフォンで撮影したと主張するもので、4つに途切れたファイルを合成したものでした。控訴審判決が認定した各ファイルの内容は、おおむね次のとおりです。

  • 第1ファイル 本件遺言書の本文と同様の記載があり、押印のない書面(判決本文の「本件動画中の遺言書」)が被相続人SMK氏の前に置かれ、お手伝いQSN氏に促されて、被相続人SMK氏がこれを読み上げる場面。
  • 第2ファイル 封筒が置かれ、被相続人SMK氏が筆ペンを握り、お手伝いQSN氏が封筒に「遺言」と書くことを勧める場面。日付として「二月八日金曜日」と印刷された全国紙の新聞(判決本文の「本件新聞」)が映されている。
  • 第3ファイル 被相続人SMK氏が封筒に文字を書く場面。お手伝いQSN氏が「縦棒書いて、横ですね。」などと字の書き方を教示している。
  • 第4ファイル 被相続人SMK氏が封筒の裏に氏名を書く場面。ただし、ここで書かれた氏名の位置は本件封筒のそれと異なり、撮影された封筒は検認された本件封筒とは異なるものであった。

二女KRN氏は、ファイルごとに新聞の有無、セーターのボタン、ブランケット、ふすまの開閉、日差しの有無に異同があるとして、動画は加工・編集されたものであり、証拠能力も証明力も否定すべきであると主張しました。控訴審判決は、こうした異同があることは認めつつ、服装、掛け布団、枕、周囲のベッド、壁、ふすまはおおむね同一であり、各ファイルが別の日に撮影されたものとまでは認め難いとしました。そして、新聞の見出しと日付から、本件新聞は平成25年2月8日に発行されたものと認め、同日より後に作成された遺言を前に遡らせる動機は見いだせないとして、本件動画は同日に撮影されたものと推認しました。

他方で、控訴審判決は、後日の証拠となり得る新聞が何回も映されているのに、遺言書の本文や書き直した封筒の文字を記載する様子が一切撮影されていないことから、体調への配慮で部分ごとにしか撮影できなかったという長女ATS氏の主張・供述は必ずしも説得的でないとしました。そのうえで、次のように述べています(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「もっとも、〔長女ATS氏〕が、裁判所及び〔二女KRN氏〕を欺罔する意図をもって本件動画を加工・編集した事実を認定するに足りる証拠はなく、本件動画の証拠能力を否定すべきであるとは認められない。しかし、その実質的証拠力は、本件動画に顕れた〔被相続人SMK氏〕の言動、本件遺言書や本件動画の保管状況及びこれに関する〔長女ATS氏〕の説明の合理性その他諸般の事情を総合して判断すべきである。」

つまり、動画を証拠から排除はしないものの、動画があるというだけで遺言書の作成が証明されるわけではなく、その中身と周辺の事情を総合して、どこまで信用できるかを判断するという枠組みです。

本件録音―書面の読み上げと推認され、動機は認められない

本件録音には、お手伝いQSN氏に促された被相続人SMK氏が、先日書いた遺言書について、手が思うように動かないので達筆とはいえない、大切なことは書いておいたので長女ATS氏に渡しておいてほしい、このままでは長女ATS氏が一株ももらえないことになってかわいそうなので遺言書を書いた、という趣旨の発言をする音声が録音されていました。お手伝いQSN氏は、録音の際に何かを読んで話したことはないと証言しました。

控訴審判決は、録音の作成時期が平成25年2月23日であることを裏付ける客観的証拠はないとしたうえで、被相続人SMK氏の発言は声の抑揚に乏しい、いわゆる棒読みの状態であって、「明らかに何らかの書面を読み上げたものであることが推認される」として、お手伝いQSN氏の証言のこの部分は信用できないとしました。遺言書の場合と異なり、この発言について動画が撮影されずに録音された経緯も定かでないとし、本件録音だけによって、被相続人SMK氏が録音で述べるとおりの動機を有していたと認めることはできないとしました。

宣誓供述書と陳述書―信用性は高くない

お手伝いQSN氏の宣誓供述書には、被相続人SMK氏の要望に応じて便箋、封筒、印鑑を渡したこと、被相続人が便箋に意向を書き留めているようであったこと、封をしてしっかり保管するよう言われたので隣の自室の箪笥に保管していたことなどが記載されていました。控訴審判決は、この宣誓供述書には、長女ATS氏が立ち会って動画を撮影していたこと、お手伝いQSN氏が文字を教示していたこと、一旦作成した封筒にシミが付いて作り直したことなどが何ら記載されておらず、内容も必ずしも詳細でないとして、その記載に高い信用性を認めることはできないとしました。

また、二女KRN氏が会社経営のストレスから父母に激しい言葉を投げかけていたとする長女ATS氏の陳述書の記載は、二女KRN氏の陳述書に否定する記載があり、裏付けもないとして、事実として認定されませんでした。

長女への資金援助―1億円以上の援助がうかがわれる

二女KRN氏側は、長女ATS氏が父母から約4億4,000万円に相当する資金援助を受けた旨の書面などを提出しましたが、控訴審判決は、これを客観的に裏付ける証拠はなく、直ちに認定することはできないとしました。もっとも、父ICR氏の公正証書遺言に合計で1億円を下らない負担をした旨の記載があることから、長女ATS氏は、父母から、同族会社BSKからの家屋の提供を含め、少なくとも1億円以上の資金援助を受けたことがうかがわれるとしています。

被相続人の精神的能力―相当減退していたと推認

医師JMT氏の陳述書には、平成25年2月8日の時点で被相続人SMK氏は認知能力・判断能力が著しく低下し、筆を握ることも困難であったとの記載と、具体的なエピソードがありました。控訴審判決は、エピソードには裏付けがないとして直ちには認めず、また、平成24年4月に転居に同意したり公正証書遺言を作成したりしていたこと、平成25年2月8日に動画中の封筒に氏名を書いていることから、少なくともその時点で文字を書く能力はあったと認めました。そのうえで、平成17年頃からアルツハイマー型認知症の症状が認められていたことに照らし、平成25年2月の時点において、被相続人SMK氏の精神的能力は相当減退していたと推認すべきであるとしました。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

結論を支えた事実

控訴審判決が本件遺言書の有効性を否定するうえで重視した事実は、次のとおりです(判決本文の認定事実の要約です)。

  • 本件動画には、新聞が何度も映され、後日の証拠となることが意識されていたのに、遺言書の全文、日付及び氏名を書き、押印する場面がまったく撮影されていないこと
  • 被相続人SMK氏が、自ら書いたはずの文章を読み上げる際に「に」を「へ」と読み間違えていること
  • お手伝いQSN氏が、文字の書き方を教示しながら封筒に字を書かせている場面が録画されていること
  • 平成25年2月の時点で、被相続人SMK氏の精神的能力は相当減退していたと推認されること
  • 本件印影が被相続人SMK氏の実印・銀行印によるものではないこと
  • 1年足らず前に、公証人の関与のもとで、正反対の内容の公正証書遺言が作成されていたこと
  • 遺言書の保管状況に関する長女ATS氏側の説明が、何度も変わっていること

判断の枠組み―添え手による補助と「自書」

民法968条1項は、自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならないと定めています。控訴審判決は、他人の添え手による補助を受けて書かれた自筆証書遺言が「自書」の要件を満たすための基準として、最高裁判所第一小法廷昭和62年10月8日判決(昭和58年(オ)第733号)を引用し、次のように述べました。

「運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言が民法九六八条一項にいう「自書」の要件を充たすためには、遺言者が証書作成時に自書能力を有し、かつ、上記補助が遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされていて単に筆記を容易にするための支えを借りたにとどまるなど添え手をした他人の意思が運筆に介入した形跡のないことが筆跡の上で判定できることを要する」

本件は平成25年2月8日付けとされる遺言であり、自筆証書遺言に添付する財産目録について自書を要しないとした平成30年の民法改正(平成31年1月13日施行)の前の事案です。もっとも、本件で問題とされたのは遺言書の本文、日付、氏名の自書と押印であり、全文の自書を求める点は改正後も変わりません(この改正の説明は当事務所によるものです)。

各主張を採用し又は排斥した理由

動画があっても、自書・押印の場面が「断片的にすら」撮影されていない

控訴審判決は、本件動画から、平成25年2月8日に、被相続人SMK氏の席上に本件遺言書の本文が書かれたと思われる遺言書があり、被相続人SMK氏がこれを読み上げ、動画中の封筒に氏名を記載する様子が撮影されていることを認めました。しかし、遺言書の全文、日付及び氏名を自書し押印したことそれ自体は撮影されておらず、自ら書いた文章であれば「に」を「へ」と読み間違えるのは不自然との感は否めないとしました。そのうえで、次のように述べています(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「そして、本件動画には、視野に入りやすい位置に置かれた本件新聞が何度も映されており、後日の証拠となることが撮影者において十分意識されていたことが推認される。にもかかわらず、〔被相続人SMK氏〕が、遺言書の全文、日付及び氏名を自書し、押印する動作が断片的にすら全く撮影されていないことは、実に不自然といわざるを得ない。」

体調への配慮から部分ごとにしか撮影できなかったという長女ATS氏の主張についても、お手伝いQSN氏も立ち会う中で、長女ATS氏が体調に配慮して具体的に何をしていたのか、動画を撮影できない事情としてどのようなことがあったのかは全く明らかでないとして、退けました。

仮に本人が書いたとしても、他人の意思が運筆に介入した可能性を否定できない

控訴審判決は、上記の最高裁判所の基準を示したうえで、本件では、被相続人SMK氏が遺言書の本文を記載したか否かは明確でなく、添え手を含む何らかの補助を受けてされた可能性は否定できないとしました。そして、次のように述べています(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「仮に、〔被相続人SMK氏〕が本件動画中の遺言書の本文を自らの手で記載したとしても、その間に、〔お手伝いQSN氏〕又は〔長女ATS氏〕からどの程度の補助を受けたか否かは、本件遺言書の筆跡からは判然とせず、〔お手伝いQSN氏〕又は〔長女ATS氏〕の意思が〔被相続人SMK氏〕の運筆に介入した可能性を否定できない。」

この判断の前提として、控訴審判決は、被相続人SMK氏の精神的能力が平成25年2月の時点で相当程度減退していたと推認されることと、本件動画に、お手伝いQSN氏の教示を受けて「遺言」という文字を書く様子が録画されていることを挙げています。

印影は被相続人のものと認められない

本件印影は被相続人SMK氏の実印及び銀行印によるものではなく、控訴審判決は、これが被相続人SMK氏の印章によるものであること、及び被相続人SMK氏によって押印されたことを認めるに足りる証拠はないとしました。

公正証書遺言を正反対に変更する事情が見当たらない

控訴審判決は、平成24年4月19日の公正証書遺言は、公証人が関与して作成され、父ICR氏の遺志にも合致し、それなりに合理性があると考えられるとしました。そして、その公正証書遺言の際の被相続人SMK氏の能力が問題となる余地があるとしても、それから1年も経たずに作成されたという本件遺言書は、正反対に全財産を長女ATS氏に相続させる内容になっていることを指摘し、次のように述べました(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「〔被相続人SMK氏〕が、真意に基づいて上記公正証書遺言の内容を変更するのであれば、その変更を要することとなった何らかの事情があってしかるべきところ、本件全証拠によるも、そのような事情は認められない。」

控訴審判決は、高齢者が周囲に迎合して不合理な遺言をする可能性にも触れています。

「もとより、高齢者は、直前の感情に流されて、あるいは周囲の者に迎合して、客観的に不合理な内容の遺言を作成することもあり得ることはある。」

しかし、平成24年4月19日以降、被相続人SMK氏が二女KRN氏と対立するに至ったとか、長女ATS氏に同族会社BSKや医療法人DKIの経営に参画させることを相当とすべき事情が生じたことを認めるに足りる客観的証拠はないとしました。

本件録音で述べられた「一株ももらえないことになってはかわいそう」という動機についても、控訴審判決は、その発言は書面を読んだだけで真にそのような動機を有していたとは認められないこと、長女ATS氏は父ICR氏の遺産分割協議で約500万円の預金及び現金を取得しており、その協議には被相続人SMK氏も関与していたことを指摘しました。そのうえで、次のように述べています(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「仮に、〔被相続人SMK氏〕がそのような意思を有していたとしても、それは、〔被相続人SMK氏〕が〔長女ATS氏〕にその財産の一部を相続させる動機とはなり得ても、〔被相続人SMK氏〕の全財産を〔長女ATS氏〕に相続させる動機とはならない。」

保管状況の説明が何度も変わり、録音の発言とも矛盾する

本件遺言書の保管状況について、長女ATS氏側の説明は次のように変遷していました。

場面 保管状況に関する説明
検認申立書(平成26年8月14日) 平成25年2月8日に遺言者から預託され、自宅で保管してきた
お手伝いQSN氏の宣誓供述書(同年8月19日) 被相続人から封をしてしっかり保管するよう言われ、隣の自室の箪笥に保管していた
検認期日(同年10月8日) お手伝いQSN氏が頼まれて保管していたものを、日にちは定かでないが、長女ATS氏が受け取った
銀行HBKを被告とする別訴の訴状(平成27年4月14日付け) 被相続人の死亡後、生前の居室の隣室のお手伝いQSN氏の箪笥から遺言書が発見された

控訴審判決は、保管状況に関する主張が数次にわたり変遷しており、宣誓供述書の保管状況の記載はそれ自体疑義があるとしました。さらに、本件録音で被相続人SMK氏が「大切なことは書いておいたので」長女ATS氏に渡しておいてほしいと発言していることは、宣誓供述書に記載されたお手伝いQSN氏が受けたという指示と矛盾するとしました。検認申立書と検認期日の説明の食い違いについても、その変遷の理由は定かでないとしています。

控訴審判決は、さらに次のように付け加えました。

「さらに、公正証書をもって遺言を作成した者が、弁護士も呼ばずに自筆で遺言を作成することにも不自然の感が否めない。」

結論―自書・押印は認められない

控訴審判決は、以上を総合して、次のとおり結論付けました(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

「以上を総合すると、〔被相続人SMK氏〕が本件遺言書を自書・押印したとは認められない。」

なお、判決本文は、民間の筆跡鑑定人による鑑定書に、本件遺言書の筆跡は被相続人SMK氏の筆跡と相異していると判断する旨の記載があることを事実認定の中で掲げていますが、自書・押印を否定する理由の説示の中では、この鑑定書に直接は言及していません。本判決は、筆跡鑑定の結論そのものではなく、動画の内容、補助の可能性、印影、遺言の内容の合理性、保管状況の説明の変遷を総合して判断したものと当事務所は理解しています。

各主張の結論の一覧

主張 結論 理由の要点
本件動画は加工・編集されたもので証拠能力がない(二女KRN氏) 排斥 欺罔する意図をもって加工・編集した事実を認める証拠はない。ただし、証拠としての価値は諸般の事情を総合して判断する
本件動画は平成25年2月8日に撮影された(長女ATS氏) 採用 新聞の日付と見出し、各ファイルの状況から同日の撮影と推認
本件動画により自書が証明される(長女ATS氏) 排斥 自書・押印の動作が断片的にすら撮影されておらず、実に不自然。読み間違いも不自然。体調への配慮の具体的内容が明らかでない
本件録音が遺言の動機を示す(長女ATS氏) 排斥 作成時期の裏付けがなく、書面の読み上げと推認される。仮に動機があっても全財産を相続させる動機にはならない
宣誓供述書による保管状況(長女ATS氏) 排斥 内容が詳細でなく重要な事実の記載がない。説明が数次にわたり変遷し、本件録音の発言とも矛盾
本件印影は被相続人の日常の印章による(長女ATS氏) 排斥 実印・銀行印ではなく、被相続人の印章によること及び被相続人が押印したことを認める証拠がない
公正証書遺言を変更する特段の事情がない(二女KRN氏) 採用 公証人が関与し父の遺志にも合致する遺言を1年足らずで正反対に変更する事情は、本件全証拠によっても認められない
二女KRN氏が父母に激しい言葉を投げかけていた(長女ATS氏の陳述書) 認定せず 否定する陳述書があり、裏付けがない
長女ATS氏が約4億4,000万円の資金援助を受けた(二女KRN氏側の書面) そのままは認定せず 客観的な裏付けはないが、父の公正証書遺言の記載から、少なくとも1億円以上の援助がうかがわれる
自書能力・遺言能力の欠如(二女KRN氏、控訴審で追加) 独立の結論は示されず 封筒に氏名を書いており文字を書く能力はあったと認めつつ、精神的能力は相当減退していたと推認し、補助の介入の可能性を否定できない事情の一つとした

主文及び結論

控訴審判決の主文は、次のとおりです(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)。

一 原判決を取り消す。

二 東京家庭裁判所平成二六年(家)第××××号遺言書検認申立事件において検認された原判決別紙記載の自筆証書による〔被相続人SMK氏〕の遺言は無効であることを確認する。

三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

「被控訴人」は長女ATS氏を指します(検認事件の事件番号の一部は、判決本文でも伏せられています)。この結果、全財産を長女ATS氏に相続させるとする本件遺言は無効であることが確認されました。控訴審判決は、平成24年4月19日の公正証書遺言の効力や、同族会社BSKの株式、医療法人DKIの出資持分その他の遺産を誰が取得するかについては判断していません。

上告審の決定

控訴審判決に対しては、上告及び上告受理の申立てがされました。上告審の決定本文の代理人の表示を控訴審の判決本文と照合すると、上告人兼申立人は控訴審で敗訴した長女ATS氏であり、被上告人兼相手方は二女KRN氏であると認められます(この照合は当事務所によるものです)。

最高裁判所第二小法廷は、平成29年9月22日、裁判官全員一致の意見で、上告を棄却し、上告審として受理しないとの決定をしました。上告については、上告の理由は理由の不備・食違いをいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、民事訴訟法312条1項又は2項に規定する事由に明らかに該当しないとし、上告受理の申立てについては、同法318条1項により受理すべきものとは認められないとしました。上告費用及び申立費用は長女ATS氏の負担とされています。

この決定は、事案の内容について判断を示した決定ではありません。上告が棄却され上告受理の申立てが受理されなかったことにより、控訴審判決はこの決定によって確定したことになると当事務所は理解しています。

審級ごとの結論の推移

項目 第一審判決 控訴審判決(東京高等裁判所) 上告審決定(最高裁判所第二小法廷)
本件遺言書の効力 法定の様式に従って被相続人が作成した自筆証書遺言として有効 変更。被相続人が自書・押印したとは認められず無効 判断なし(上告棄却・上告不受理)
二女KRN氏の遺言無効確認請求 棄却 原判決を取り消して認容 控訴審判決が維持される
費用 確認できていません 訴訟費用は第一審、第二審とも長女ATS氏の負担 上告費用及び申立費用は長女ATS氏の負担

控訴審判決は、当事者の主張の整理については第一審判決を引用しつつ、裁判所の判断については第一審判決を引用せず、自ら事実を認定して、第一審の結論を変更しました。上告審は、控訴審判決の内容に立ち入ることなく、上告を棄却し、上告受理の申立てを受理しませんでした。

判断の射程

以下は、控訴審判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。

参考となる点

  • 動画があっても、自書の証明になるとは限らないこと。本判決は、動画の証拠能力は否定しませんでしたが、その実質的な証拠としての価値は、動画に現れた言動、保管状況、撮影者の説明の合理性などを総合して判断するとしました。そして、新聞を映して日付を意識しながら、肝心の執筆と押印の場面がまったく映っていないことを「実に不自然」と評価しました。他の相続人から、遺言を書く様子を撮影した動画があると示された場合でも、何が映っていて、何が映っていないのかを確認することが重要です。
  • 他人の補助が運筆に介入した可能性が、自書の否定につながり得ること。本判決は、最高裁判所の基準を引用し、本人が書いたとしても、補助をした人の意思が運筆に介入した可能性を筆跡から否定できない場合には、自書とは認められないとの判断を示しました。認知機能が低下した高齢の親の近くにいた相続人や関係者が、遺言書の作成を手伝っていた事情がある場合には、補助の程度が問題になります。
  • 先行する公正証書遺言との関係が、後の自筆証書遺言の評価に影響すること。本判決は、公証人が関与して作成され、父の遺志にも合致していた公正証書遺言を、1年も経たずに正反対に変更する事情が認められないことを、自書を否定する理由の一つとしました。親が会社や病院の承継を見据えて公正証書遺言を作成していた場合、その後に現れた自筆証書遺言について、内容を変更するに至った事情があったのかを確認することが、争う際の重要な視点になります。
  • 遺言書の保管状況の説明の変遷が、信用性を大きく損なうこと。本件では、検認申立書、検認期日、別の訴訟の訴状、宣誓供述書で、遺言書の保管状況の説明が食い違っていました。遺言書を示された相続人の側では、検認の申立書や検認調書の記載、相手方が別の手続でした説明を集めて対照することが有益です。
  • 財産の一部を相続させる動機と、全財産を相続させる動機は区別されること。本判決は、仮に長女がかわいそうだという気持ちがあったとしても、それは財産の一部を相続させる動機にはなり得ても、全財産を相続させる動機にはならないとしました。遺言の内容の極端さそのものが、真意に基づくかどうかを判断する材料になることを示しています。

一般化できない点

  • 本判決は、動画の撮影状況、印影、保管状況の説明の変遷、先行する公正証書遺言の存在など、多くの事情を総合した個別の事実認定です。執筆の場面が撮影されている場合や、印影が本人の実印である場合、保管状況の説明が一貫している場合には、結論が異なり得ます。
  • 二女KRN氏は控訴審で遺言能力の欠如も主張しましたが、控訴審判決は、遺言能力の有無について独立の結論を示していません。被相続人の精神的能力が相当減退していたとの推認は、補助の介入の可能性を否定できないとする理由の一つとして用いられたものです。認知症の診断があれば遺言が無効になるという判断ではありません。
  • 控訴審判決は、平成24年4月19日の公正証書遺言について、「上記公正証書遺言の際の〔被相続人SMK氏〕の能力が問題となる余地があるとしても」と述べるにとどまり(〔 〕内は本記事の表記への置換えです)、その効力については判断していません。本件遺言が無効とされたことで、同族会社BSKの株式や医療法人DKIの出資持分が最終的に誰に帰属するかは、判決本文からは確認できません。
  • 長女ATS氏が受けたとされる資金援助について、判決は少なくとも1億円以上の援助がうかがわれるとしましたが、これは遺言の動機に関する検討の中での認定であり、特別受益や遺留分の計算について判断したものではありません。
  • 筆跡鑑定書の記載は事実として掲げられていますが、自書を否定する理由の中では直接言及されていません。筆跡鑑定があれば遺言の効力が否定されるという判断ではありません。
  • 上告審の決定は、上告の理由及び上告受理申立ての理由に当たらないとした定型の決定であり、控訴審判決の判断内容について最高裁判所が積極的に判断を示したものではありません。

よくあるご質問

親は以前に公正証書遺言を作っていたのに、亡くなった後、別の相続人から、全財産をその相続人に相続させるという自筆の遺言書が出てきました。どちらが優先するのですか。

民法上、後の遺言が前の遺言と抵触する場合は、抵触する部分について前の遺言を撤回したものとみなされます(民法1023条1項。この条文の説明は当事務所によるものです)。そのため、後の自筆証書遺言が有効であれば、原則としてそちらが優先します。ただし、それは後の遺言が有効であることが前提です。本件では、後の自筆証書遺言について、被相続人が自書・押印したとは認められないとして無効とされました。公正証書遺言から短期間で正反対の内容に変わっている場合には、その変更を要する事情があったかどうかが、後の遺言の効力を争う重要な視点になります。

相手方から、親が遺言を書いている様子を撮影した動画があると言われました。動画があれば、遺言の効力は争えないのでしょうか。

本判決では、動画の証拠能力は否定されませんでしたが、動画には遺言書の全文、日付及び氏名を書き、押印する場面がまったく映っておらず、日付を示す新聞は何度も映されていたことから、「実に不自然」と評価され、遺言は無効とされました。動画がある場合には、どの場面が映っていて、どの場面が映っていないのか、動画が途切れていないか、映っている書面や封筒が検認された遺言書と同じものかを、具体的に確認することが重要です。

親は認知症と診断されていました。認知症であれば、遺言は無効になりますか。

認知症の診断があることだけで、直ちに遺言が無効になるわけではありません。本件でも、控訴審判決は、遺言能力の有無について独立の結論を示しておらず、被相続人の精神的能力が相当減退していたと推認したうえで、それを、他人の補助が運筆に介入した可能性を否定できない事情の一つとして用いました。遺言作成当時の医療記録、介護記録、生活の状況など、遺言の内容を理解して判断できたかどうかを示す資料を集めて検討することになります。

遺言書の家庭裁判所での検認が済んでいます。検認されたら、遺言は有効になってしまうのですか。

検認は、遺言書の形状や内容を確認して偽造・変造を防ぐための手続であり、遺言が有効か無効かを判断するものではありません(この説明は当事務所によるものです)。本件でも、家庭裁判所で検認された遺言書について、後に遺言無効確認の訴えで無効が確認されました。検認の際の申立書の記載や期日での説明は、後に遺言の効力を争う際の重要な資料になります。本件では、検認申立書と検認期日とで、遺言書の保管状況の説明が食い違っていたことが、信用性を否定する事情の一つとされました。

自筆の遺言書が無効になった場合、同族会社の株式はどうなりますか。

本判決は、全財産を長女に相続させるとする自筆証書遺言が無効であることを確認したにとどまり、先行する公正証書遺言の効力や、会社の株式、医療法人の出資持分を誰が取得するかについては判断していません。一般論としては、無効な遺言による撤回の効果は生じないため、先行する有効な遺言があればその遺言により、有効な遺言がなければ遺産分割により、株式の帰属が決まることになります(この説明は当事務所によるものです)。遺産分割が必要となる場合、株式は相続人の準共有となり、権利行使者の指定などの問題も生じます。

控訴審で勝っても、相手方が最高裁判所に上告したらどうなりますか。

最高裁判所への上告は、憲法違反や重大な手続違反など、民事訴訟法が定める事由がある場合に限られ、上告受理の申立ても、法令の解釈に関する重要な事項を含む場合などに限って受理されます(この説明は当事務所によるものです)。本件でも、長女側の上告は、実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであるとして棄却され、上告受理の申立ても受理されませんでした。事実認定を争うだけの上告で、控訴審の判断が覆ることは多くありません。

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