同族会社の株式の名義株の主張と遺産確認訴訟における請求の認諾の無効―名古屋高等裁判所平成22年7月29日判決

亡くなった父が同族会社5社の株式を家族の名義へ少しずつ書き換えていた場合に、その株式が父の遺産に属するのか、名義人である家族のものなのかが争われた判例です。会社5社のうち4社の代表取締役を務める二男は、訴訟の途中で、他のきょうだいとその家族の名義の株式は父の「名義株」であり遺産であるとして、きょうだいの請求を認諾し、他方で自分と妻子の名義の株式は真実贈与を受けたものだと主張しました。名古屋高等裁判所平成22年7月29日判決は、名古屋地方裁判所平成21年12月9日判決を維持し、家族名義の株式は父から各名義人へ贈与された「実質株」であって遺産ではないとしたうえで、二男の請求の認諾は訴訟上の信義則に著しく反し無効であると判断しました。
本記事では、第一審と控訴審の2つの判決を1本の記事で解説し、贈与証書がない株式の贈与が認められた理由、公正証書遺言の「金融資産全部」に同族会社の株式が含まれないとされた理由、請求の認諾が無効とされた経緯を、判決本文に沿って整理します。同族会社の株式を含む遺産の範囲について、会社を経営する相続人と意見が対立している相続人にとって、参考になる判決です。
裁判例の基本情報
| 裁判所 | 名古屋高等裁判所民事第3部 |
|---|---|
| 裁判日 | 平成22年7月29日 |
| 事件番号 | 平成22年(ネ)第68号 |
| 裁判の形式 | 判決 |
| 事件の種類 | 株式が被相続人の遺産に属することの確認を求める訴訟(遺産確認請求事件)の控訴審 |
| 審級 | 控訴審(第一審は名古屋地方裁判所) |
| 結論 | 控訴棄却。控訴費用は控訴人の負担 |
| 上訴の状況 | 判決本文からは、その後の上告等の有無及び確定は確認できていません |
この表は、判決本文の冒頭及び主文の記載に基づいて当事務所が作成したものです。
審級ごとの裁判
| 審級 | 裁判所・裁判日・事件番号 | 裁判の形式 | 結論 |
|---|---|---|---|
| 第一審 | 名古屋地方裁判所平成21年12月9日、平成18年(ワ)第2472号 | 判決 | 不動産賃貸会社RDSの被相続人名義の株式5,000株が被相続人の遺産であることを確認し、その余の請求を棄却。二男の請求の認諾は訴訟上の信義則に反し効力を認められないとした |
| 控訴審 | 名古屋高等裁判所平成22年7月29日、平成22年(ネ)第68号 | 判決 | 二男(一審被告)の控訴を棄却し、第一審判決を維持 |
2つの判決の本文はいずれも確認しています。控訴審判決の後に上告や上告受理の申立てがされたかどうかは、2つの判決本文からは分かりません。
当事者の表記
判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決本文が用いた仮名の氏名や略称も、そのままでは使わずに次の表記へ置き換えています。
| 本記事の表記 | 立場 |
|---|---|
| 被相続人SGR氏 | 平成16年8月23日に死亡した被相続人。個人営業の建築金物販売から事業を起こし、同族会社5社を設立して経営していた創業者です |
| 妻MYK氏 | 被相続人の妻。第一審の当初の原告の一人(成年後見人が法定代理人)。平成19年7月21日に死亡しました |
| 長女ARM氏 | 被相続人の子。第一審の原告で、控訴審の被控訴人 |
| 長男BKS氏 | 被相続人の子。第一審の原告で、控訴審の被控訴人。建築金物販売会社KNMの営業部長の地位にあります |
| 二男DKS氏 | 被相続人の子。第一審の被告で、控訴審の控訴人。被相続人の死亡前までに4社の代表取締役に就任し、死亡後に残る1社の代表取締役にも就任しました |
| 二女HYK氏 | 被相続人の子。第一審の原告で、控訴審の被控訴人 |
| 建築金物販売会社KNM | 金物及び建築材料の製造販売等を目的とする株式会社。被相続人の個人営業を法人にした本業の会社です |
| 建築金物施工会社KKG | 金物及び建築材料の製造販売施工等を目的とする株式会社。KNMの建築金物販売の下請会社として設立されました |
| 不動産会社TCT | 土地建物の売買、管理等を目的とする株式会社。不動産の保有による賃貸業等を中心とする会社です |
| 不動産賃貸会社RDS | 建築金物の製造販売等を目的とする株式会社。KNMの下請会社として設立されましたが、その後は不動産の保有による賃貸業のみを行っていました |
| 保険代理会社PQS | 損害保険代理業及び生命保険の募集に関する業務等を目的とする株式会社 |
子4人の続柄(長女、長男、二男、二女)は、判決本文に記載された生年月日の順序と、長男BKS氏と二男DKS氏を「男兄弟」とする記載から当事務所が付したものです。判決本文は、二男DKS氏を「控訴人」(第一審では「被告」)、長女ARM氏、長男BKS氏及び二女HYK氏の3人を「被控訴人ら」(第一審では「原告ら」)と呼んでいます。本記事でもこれらの呼称を用います。また、判決本文は5社を合わせて「本件各会社」、遺産であることの確認を求められた株式の全部を「本件全株式」と呼んでいます。判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。
事案の概要―同族会社5社の株式が、父の遺産か家族のものか
創業者が一代で築いた資産を、5社の同族会社に保有させていた
控訴審判決が認定した事実によれば、被相続人SGR氏は、建築金物販売等の個人営業を営んで業績を伸ばし、法人成りして建築金物販売会社KNMを設立しました。その後、KNMの下請会社として建築金物施工会社KKGと不動産賃貸会社RDSを設立し、他方で、不動産の保有による賃貸業等を中心とする不動産会社TCTや保険代理会社PQSを設立しました。
被相続人は、本業で順調に業績を伸ばして賃貸用不動産を中心とする多大な資産を形成し、賃料収入等に係る所得税の節税対策などのため、自宅不動産等一部のものを除く不動産資産の多くを、個人ではなく5社の財産としていました。5社の設立及び増資の際に現実に出資して株式を引き受けたのはほとんどが被相続人であり、家族の名義となっている株式は、もともと被相続人の出資によるものでした(ごく一部については第三者が出資した株式もありました)。
相続税対策として、株式の名義を家族へ順次書き換えていた
控訴審判決は、被相続人が、いずれ来る相続税の節税対策のため、自己の保有する5社の株式を、妻MYK氏、子4人及び子らの配偶者と子(被相続人の孫)に少しずつ贈与すべく、株主名簿上の名義を順次書き換えていき、時には贈与税を納めることもあったと認定しました。被相続人は、5社の収益を株式配当や給与の形で家族に分配して各人名義の預金を形成させたり、不動産そのものを家族の名義で取得したりする方法でも、家族への公平な財産の承継を図っていました。
その結果、平成12年7月から平成13年11月にかけての時点(会社ごとに時点が異なります)では、被相続人自身の名義の株式は、次の数にまで減っていました。
| 会社 | 被相続人名義の株式(平成12年から平成13年の時点) | その後の動き(控訴審判決の認定) |
|---|---|---|
| 建築金物販売会社KNM | 1万6,086株 | 平成14年11月16日、二男DKS氏に譲渡 |
| 建築金物施工会社KKG | 1,200株 | 平成14年11月16日、二男DKS氏及びその妻子に譲渡 |
| 不動産会社TCT | 950株 | 平成14年11月16日、二男DKS氏の妻子に譲渡 |
| 不動産賃貸会社RDS | 1万株 | 平成15年1月1日と平成16年1月1日の2回に分けて、5,000株が妻MYK氏、二男DKS氏及びその妻子に譲渡され、5,000株が被相続人名義のまま残った |
| 保険代理会社PQS | 4,600株 | 平成15年10月1日ころ、妻MYK氏、子4人及びその他11名に分散して譲渡 |
控訴審判決は、これらの譲渡の結果、被相続人の死亡時に被相続人名義で残っていた株式は、不動産賃貸会社RDSの5,000株だけになったと認定しています。各社の発行済株式の総数や、家族各人の名義の株式数は、判決本文に添付された別紙に記載されていたとみられますが、判決本文には別紙の内容が含まれておらず、確認できていません。
経営権は二男と長男で分けるとの合意があった
平成14年9月1日、被相続人、長男BKS氏及び二男DKS氏は、5社のいわゆる経営権について、KNM、KKG、TCT及びRDSの4社は二男DKS氏が取得し、保険代理会社PQSは長男BKS氏が取得することで大まかに合意しました。あわせて、いわゆる家の財産についても、長男と二男の双方に不満が残らないように、公平に分け合う内容で合意しました(控訴審判決の認定)。
二男DKS氏は、被相続人の死亡前までに4社の代表取締役に就任しましたが、保険代理会社PQSの代表取締役には、被相続人の死亡後の平成17年4月8日に就任しています。被相続人は、死亡までに5社の取締役・代表取締役を退任又は辞任して、経営から離れていました。
被相続人と妻は、二男に財産を相続させる公正証書遺言をしていた
被相続人は、平成15年4月6日、その所有する不動産(2筆の土地及び6筆の土地の各持分)「ほか金融資産全部」を二男DKS氏に相続させる旨の公正証書遺言をしました(判決本文は「本件遺言」と呼んでいます)。妻MYK氏も、同じ日に、その所有する全財産を二男DKS氏に相続させる旨の公正証書遺言をしました。
被相続人は平成16年8月23日に死亡しました。第一審判決の前提事実によれば、妻MYK氏、被控訴人ら及び二男DKS氏は、平成17年6月、遺産が未分割であることを前提に、KNM1万6,086株、KKG1,200株、TCT950株、RDS5,000株、PQS4,600株が遺産に含まれるものとして相続税を申告しています。この申告と、後に判決が示した遺産の範囲との関係について、2つの判決本文には説示がありません。
遺産分割の調停が不成立となり、遺産確認の訴えが提起された
被控訴人らは、平成17年8月22日、名古屋家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立てましたが、調停は成立せずに終わりました。控訴審判決は、二男DKS氏が、調停において、被相続人の遺産を管理しているにもかかわらずその内容を一切明らかにしようとせず、5社の株式についても、被控訴人らが資料の開示を求めたのに応じなかったと認定しています。
妻MYK氏(成年後見人が法定代理人)及び被控訴人らは、平成18年7月4日、二男DKS氏に対し、5社の株式(本件全株式)が被相続人の遺産であることの確認を求めて、名古屋地方裁判所に訴えを提起しました。妻MYK氏は訴訟の係属中の平成19年7月21日に死亡し、控訴審判決は、妻MYK氏の地位は公正証書遺言により全て二男DKS氏が承継したので、妻MYK氏に関する訴訟は当然終了したと解されるとしています。
事案の経緯の時系列
| 時期 | 出来事(判決本文の記載による) |
|---|---|
| 被相続人の生前(設立の時期は省略します) | 被相続人がKNMを設立。その後、KKG、TCT、RDS、PQSを設立 |
| 昭和57年6月6日 | 被相続人が遺書を作成。長男BKS氏に向けて、きょうだいの持株に対する配当の努力を命じる記載がある |
| 平成11年11月11日から平成16年1月1日 | 二男DKS氏が後に提出した贈与証書27通の日付の範囲 |
| 平成12年7月から平成13年11月 | 各社の株主構成が確認できる時点。被相続人名義の株式は上記の表の数 |
| 平成13年ころまで | 家族は5社の株主名簿を自由に閲覧できた |
| 平成14年9月1日 | 被相続人、長男BKS氏及び二男DKS氏が、5社の経営権の分け方と家の財産の公平な分け方について大まかに合意 |
| 平成14年11月16日から平成15年10月1日ころ | 被相続人名義の株式の多くが、二男DKS氏とその妻子その他に譲渡される |
| 平成15年4月6日 | 被相続人と妻MYK氏が、二男DKS氏に相続させる旨の公正証書遺言をする |
| 平成16年1月1日 | RDSの被相続人名義の株式のうち2回目の譲渡。被相続人名義はRDS5,000株のみとなる |
| 平成16年8月23日 | 被相続人が死亡(相続開始) |
| 平成17年6月 | 相続人らが、未分割を前提に相続税を申告 |
| 平成17年8月22日 | 被控訴人らが名古屋家庭裁判所に遺産分割の調停を申立て(不成立) |
| 平成18年7月4日 | 妻MYK氏及び被控訴人らが、本件全株式が遺産であることの確認を求めて提訴 |
| 平成18年9月6日 | 第1回口頭弁論期日。二男DKS氏の答弁書(本件全株式が遺産であることを否認)が陳述されたものとみなされる |
| 平成19年3月5日 | 二男DKS氏が、相続開始時に被相続人が保有していたのはRDSの5,000株のみと主張 |
| 平成19年7月21日 | 妻MYK氏が死亡 |
| 平成20年2月 | かつて5社の税務を担当していた税理士の税理士法人から、平成12年から平成13年の時点の「同族会社の判定に関する明細書」が二男DKS氏に提供される |
| 平成20年4月14日 | 同明細書が書証として提出され、被控訴人らが平成12年から平成13年の時点の株主構成を主張 |
| 平成20年4月17日 | 二男DKS氏が「請求の一部認諾書」を提出 |
| 平成20年5月16日 | 被控訴人らが、訴えの一部を取り下げる旨の書面を提出 |
| 平成20年5月21日 | 二男DKS氏が一部取下げに同意しない旨の書面を提出し、第10回弁論準備手続期日において請求を認諾(本件認諾) |
| 平成21年3月13日 | 二男DKS氏が、自己と妻子への贈与を示す贈与証書を提出 |
| 平成21年7月15日 | 二男DKS氏が「株式譲渡の誤謬訂正」と題する書面を提出 |
| 平成21年12月9日 | 名古屋地方裁判所が第一審判決 |
| 平成22年7月29日 | 名古屋高等裁判所が控訴棄却の判決 |
判断の前提となった法令と手続
以下は法令の条文と当事務所による手続の説明であり、判決本文の引用ではありません。
民事訴訟法2条―信義誠実の原則
裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
2つの判決は、いずれもこの規定を挙げて、二男DKS氏の請求の認諾の効力を否定しました。
請求の認諾と訴えの取下げ
請求の認諾とは、被告が、原告の請求に理由があることを認める旨を裁判所に陳述することです。認諾が調書に記載されると、その記載は確定判決と同一の効力を有し、その部分の訴訟は終了します(民事訴訟法266条、267条)。他方、原告が訴えを取り下げる場合、被告が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続で申述をし、又は口頭弁論をした後は、被告の同意がなければ取下げの効力を生じません(同法261条2項)。
本件では、被控訴人らが、自分たちの名義の株式を確認の対象から外すために訴えの一部を取り下げようとしたのに対し、二男DKS氏は取下げに同意せず、その部分について請求を認諾しました。取下げに同意がないことの効果について、判決本文は条文を挙げて説明していませんが、判決が本件全株式について判断していることから、取下げは効力を生じなかったものとして扱われていると理解されます(当事務所の理解です)。
遺産確認の訴え
遺産確認の訴えは、ある財産が被相続人の遺産に属することの確認を求める訴えで、遺産分割の前提となる遺産の範囲を確定させるために用いられます。控訴審判決は、本件の訴訟を「遺産確定訴訟」と呼び、その訴訟当事者としての信義則を問題にしています。
当事者の請求と主要な主張
被控訴人らの請求と、その変遷
被控訴人らは、当初、被相続人は5社を自ら全額出資して設立し、その後の増資もすべて引き受けたと主張して、本件全株式が被相続人の遺産であることの確認を求めました。
被控訴人らは、控訴審で、当初このように主張したのは、5社の代表取締役である二男DKS氏が株主名簿を開示しなかったため、各人が贈与を受けて保有する株式数の詳細が分からなかったからであると説明しています。訴状でも、二男DKS氏が株式異動の変遷の開示に応じないことを指摘したうえで、設立及び増資時に被相続人の財産であった以上、その後の権利変動を争う者がその事実を主張立証しない限り権利変動はなかったものとされるので遺産となる、と記載していました(控訴審判決が摘示した被控訴人らの主張です)。
その後、平成12年から平成13年の時点の「同族会社の判定に関する明細書」が提出されて株主構成が判明したため、被控訴人らは、その時点の被相続人名義の株式(KNM1万6,086株、KKG1,200株、TCT950株、RDS1万株、PQS4,600株)だけが遺産であり、その余は被相続人から贈与を受けた各名義人の「実質株」であると主張を改め、その余の部分の訴えを取り下げようとしました。
二男DKS氏の主張と、その変遷
二男DKS氏は、当初、答弁書で本件全株式が遺産であることを否認し、平成19年3月5日付けの準備書面で、相続開始時に被相続人が保有していたのはRDSの5,000株のみであると主張していました。また、5社の株式のうち遺産に属するものは、公正証書遺言により自分が相続したと主張していました。
ところが、二男DKS氏は、平成20年4月17日付けの請求の一部認諾書で主張を改め、次のように主張しました(控訴審判決が摘示した控訴人の主張の要約です)。
- 相続開始時の被相続人の株式は、認諾書に添付した一覧のとおりであり、すべて被相続人が実質的に出資した株式である。
- そのうち被相続人名義のもの(RDSの5,000株)は当然遺産であり、被控訴人ら及びその配偶者と子の名義の株式も、すべて被相続人の「名義株」であって遺産である。
- 他方、二男DKS氏及びその妻子の名義の株式は、すべて被相続人から真実贈与を受けた実質株であり、遺産ではない。
- 遺産となる株式は、公正証書遺言の「金融資産全部」に含まれ、二男DKS氏が相続したから、確認請求の対象外となる。被相続人は、二男DKS氏を家業の後継者として5社の経営を委ね、保有株式をすべて二男DKS氏に取得させる意思を有していた。
二男DKS氏の主張どおりであれば、被控訴人らとその家族の名義の株式は遺産となり、さらにその遺産が遺言によって二男DKS氏に帰属することになります。判決本文はこの点を明示的には述べていませんが、2つの主張を組み合わせると、5社の株式の大半が二男DKS氏とその家族に集まる構図になっていたと理解されます(当事務所の理解です)。控訴審判決も、5社の価値と経営権を具現する本件全株式を二男DKS氏が「独り占めすべき合理的理由は認め難い」と述べています。
請求の認諾の有効性についての主張
被控訴人らは、二男DKS氏が調停でも訴訟でも情報開示に応じず、ようやく株主構成が判明して訴えの一部取下げを準備していた矢先に、これまでの主張を突如翻して認諾書を提出し、一部取下げに同意しないとしたうえで、自己に都合のよい書証のみを提出したと主張し、このような訴訟態度は遺産確認訴訟の当事者として著しく信義則に反し、認諾も無効であると主張しました。
二男DKS氏は、被控訴人らは自らに有利であると判断して本件全株式の確認を求めたのであり、5社の株主として各種の法的手続をとることができたのだから株式数の詳細を知ることができなかったとはいい難いこと、認諾の1年以上前に「同族会社の判定に関する明細書」を任意に提出して各人名義の株式数を明らかにしてきたこと、税理士法人から取り寄せた明細書も任意に提出したこと、自分も過去の株主名簿の変遷の資料を容易に入手できたわけではないことを挙げて、信義則に著しく反することはないと主張しました。
以上は、いずれも当事者の主張であり、裁判所が認定した事実ではありません。
結論を左右した争点
控訴審判決は、争点を次の2つに整理しています。
- 争点(1) 本件全株式のうち、被相続人の遺産はどの範囲のものか。特に、被相続人から株主名簿上の株主として記載されている家族への生前贈与があったかどうかが問題となりました。その中で、遺産に属する株式が公正証書遺言の「金融資産全部」に含まれ、二男DKS氏が相続したといえるかも争われました。
- 争点(2) 二男DKS氏が第一審でした請求の認諾は、訴訟上の信義則に反し無効か。
第一審の判断
名古屋地方裁判所平成21年12月9日判決は、被相続人名義のRDSの5,000株(判決の別紙一記載の株式)が被相続人の遺産であることを確認し、その余の請求を棄却しました。理由は次のとおりで、控訴審判決と比べると簡潔なものです。
家族以外の名義の株式は、被相続人が株主となった証拠がない
第一審判決は、相続開始時に、被相続人、被控訴人ら、二男DKS氏及びそれぞれの配偶者と子以外の者が名義人となっていた株式(妻MYK氏の名義の株式を含みます)については、被相続人が出資するなどして株主となったことを認めるに足りる証拠はないとし、実質的にも各名義人の株式であった可能性が高いとしました。
家族の名義の株式は、明示的又は黙示的に贈与された
第一審判決は、上記の株式と被相続人名義のRDSの5,000株を除く株式について、被相続人から各名義人へ明示的又は黙示的に贈与がされたと認め、これに反する二男DKS氏の供述等は採用できないとしました。二男DKS氏とその家族に関するものだけ贈与証書や「株式譲渡の誤謬訂正」と題する書面等が提出されている点については、弁論の全趣旨によれば、二男DKS氏はあらかじめ証拠作りをしておき、また自己に有利な証拠のみを提出してきた可能性が高いとしました。さらに、二男DKS氏自身が、以前は相続開始時に被相続人が保有していたのはRDSの5,000株のみであると主張していたことも挙げています。
公正証書遺言の「金融資産全部」に株式は含まれない
第一審判決は、平成14年9月1日の経営権の合意(4社は二男DKS氏、保険代理会社PQSは長男BKS氏)と、相続開始時までに二男DKS氏が4社の代表取締役に就任していたのに対しPQSの代表取締役には就任していなかったことを挙げて、次のとおり判断しました。
「本件遺言において「金融資産全部」とあるのは、本件各会社の株式を含むものと認めることはできず、本件遺言により、被告が〔SGR氏〕の有していた本件各会社の株式を相続したと認めることはできない」
第一審判決は、あわせて、二男DKS氏自身がRDSの5,000株について請求を認諾していることも指摘しています。
請求の認諾は、訴訟上の信義則に反し効力を認められない
第一審判決は、二男DKS氏が5社の代表取締役として株式の状況を十分に把握し、不明な点も容易に把握できたのに対し、被控訴人らは株式の状況を十分に把握できず的確な請求や主張を構成できないでいたところ、二男DKS氏が「これを奇貨として」、被控訴人らが自分たちの名義の株式を訴訟の対象から除外したり主張を変更したりする前に、突如、認諾書を提出し、一部取下げに同意せずに認諾をしたと認めました。そのうえで、次のとおり判断しました。
「本件認諾は、訴訟上の信義則(民事訴訟法二条)に反するものとして、その効力を認めることはできない。」
訴訟費用の負担
第一審判決は、訴訟費用について、被控訴人らに生じた費用の各2分の1を二男DKS氏の負担とし、二男DKS氏に生じた費用の2分の1を被控訴人らの負担とし、その余を各自の負担としました。判決は、その理由として、本件訴訟の経緯に鑑み、二男DKS氏に半分を負担させるのが相当であると述べています。被控訴人らの請求の大部分は棄却されていますが、訴訟費用の半分は二男DKS氏の負担とされたことになります。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
控訴審の判断
控訴人が求めたもの
二男DKS氏は、第一審判決のうちRDSの被相続人名義の5,000株が遺産であることを確認した部分の取消しと、その部分の訴えは平成20年5月21日に請求の認諾により終了したとの宣言を求めて控訴しました。二男DKS氏の狙いは、判決によってではなく、認諾によって訴訟が終了したとされることにあったと考えられます(当事務所の理解です)。認諾が有効であれば、二男DKS氏が「名義株」として認諾した被控訴人らとその家族の名義の株式も、認諾の調書によって遺産と扱われることになるからです。
第一審の結論を維持し、理由を詳しく示した
控訴審判決は、冒頭で次のとおり述べました。
「当裁判所も、被控訴人らの請求は、原判決別紙一「遺産株式目録」の記載の株式(〔RDS〕の〔SGR氏〕名義の五〇〇〇株)が〔SGR氏〕の遺産であることの確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきものと判断するが、その理由は、以下のとおりである。」
控訴審判決は、第一審判決の理由を引用する形ではなく、自ら事実を認定し直して理由を示しています。結論は第一審と同じであり、控訴審は第一審判決を維持したものです。ただし、理由の組み立てには、次のような違いがあります(比較は当事務所によるものです)。
- 第一審は、家族以外の名義の株式(妻MYK氏の名義を含む)について被相続人が株主となった証拠がないとしましたが、控訴審は、妻MYK氏を含む家族の名義の株式はもともと被相続人の出資によるものであり、被相続人から贈与されたものと認定しました。いずれの判断でも、妻MYK氏名義の株式が被相続人の遺産でないという結論は同じです。
- 控訴審は、被相続人の資産形成の手法、相続税対策としての名義書換え、株主名簿の閲覧の状況、家族の受贈意思、贈与証書の不自然さ、被相続人の遺書の記載などを具体的に認定し、贈与の成立を詳しく理由付けました。
- 公正証書遺言の解釈について、控訴審は、経営権の合意に加え、二男DKS氏が主張した長男BKS氏の事業上の失敗の事情を検討して退け、「非上場株式」が「金融資産全部」に含まれると解することは困難であると明示しました。
- 請求の認諾について、第一審は「訴訟上の信義則」に反するとして効力を否定しましたが、控訴審は、認諾の対象となった株式が実際には被控訴人らの実質株であったことも加えて、信義則に「著しく」反し「無効」であると判断しました。
裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み(争点(1)遺産の範囲)
家族は名義の書換えを知り、受け入れていた
控訴審判決は、5社の株主名簿は平成13年ころまでは家族が自由に閲覧することができ、各人は、どの会社の何株がいつ自分の名義になったかを逐一認識していたわけではないものの、遅くとも大学生になり、あるいは成人したころ以降は、被相続人の株式が自分に名義変更されていることを知っており、そのことを誰もが受け入れていたと認定しました。そのような認識を有するに至らない未成年の子については、その親が代わって受け入れていたと認定しています。
二男とその妻子への贈与だけが真実とする合理的根拠はない
二男DKS氏は、自分と妻子の名義の株式は実質株であり、被控訴人らとその家族の名義の株式は名義株であると主張しました。控訴審判決は、これに対し、次のとおり述べました。
「しかし、前記認定のような〔SGR氏〕の資産形成の手法と長年にわたる家族に対する資産の分散譲渡の経緯からすれば、控訴人及びその妻子に対する贈与だけは真実であるのに、被控訴人ら及びその妻(夫)子らに対する贈与は全て虚偽であると解すべき合理的な根拠は見い出し難い。」
贈与証書は不自然で、真正な成立に疑問が残る
二男DKS氏は、自分と妻子への贈与を証する贈与証書を提出していました。控訴審判決は、次の点を挙げて、贈与証書が真実その作成日付の日に真正に成立したものかどうか疑問が残るとしました。
- 被控訴人らの配偶者と子に比べて特に異なった扱いをすべき理由も見い出し難い二男DKS氏の妻子に対してのみ、贈与証書が作成されていること。
- 平成11年11月11日から平成16年1月1日までの日付の27通が、同一の書式の用紙で作成されていること。
- 同一日に同一人から同一人に数種類の株式を贈与する場合は1通の贈与証書を作成するのが通常と思われるのに、会社ごとに別々の贈与証書が作成されていること。
- 平成14年11月6日付けの贈与証書が6通あるのに公証を受けたのは1通のみであり、平成15年2月7日付けの妻MYK氏が贈与者の贈与証書も1通のみが公証を受けていること。
- 真正に成立しているのであれば訴訟に先立つ調停で提出されてしかるべきなのに提出されず、第一審の平成21年3月13日の第15回弁論準備手続期日になってようやく提出されたこと。
贈与証書がなくても、贈与は認められる
控訴審判決は、贈与証書の意味について、次のとおり述べました。
「仮に、これらの贈与証書が真正に成立したものであったとしても、それはそこに被贈与者として記載された者に対する贈与を証明する資料としては有効であるというに留まり、それ以上に、贈与証書がない場合には一切贈与が認められないというものではない。」
そのうえで、控訴審判決は、被相続人の贈与の意思は、直接証拠がなくても、被相続人による資産形成と資産保有会社の設立、名義変更の経緯、これを裏付ける第一審の証人の供述の高い信用性に加え、昭和57年6月6日付けの遺書に、長男BKS氏に向けて「姉弟妹の持株に対しては責任配当の努力をする」ことを命じる記載があることなどから、優に認められるとしました。
受贈の意思表示も欠けていない
控訴審判決は、受贈者側の意思について、次のとおり判断しました。
「他方、被控訴人ら及びその妻(夫)子らの受贈の意思表示は、その都度具体的になされていたとはいえないが、前記認定のとおり、平成一三年ころまでは本件各会社の株主名簿を自由に閲覧でき、各人が一定の株式の贈与を受けていることを認識し、これを当然に受容していたものと認められるから、受贈意思に欠けるところはなく、〔SGR氏〕と被控訴人ら又はその妻(夫)子らとの間の贈与契約は有効であり、これらの株式は名義株ではなく、実質株であると認められる。」
遺産はRDSの被相続人名義の5,000株のみ
控訴審判決は、以上の認定事実から、相続開始時に本件全株式のうち被相続人の遺産であったものは、RDSの被相続人名義の5,000株のみであるとしました。
公正証書遺言の「金融資産全部」に、同族会社の株式は含まれない
二男DKS氏は、長男BKS氏が平成3年に不動産投資で大きな損害を出し本業の経営にも失敗して被相続人の信頼を失い、二男DKS氏が信頼を得て後継者となったことなどを述べ、そのために遺言により5社の株式のほとんどを遺贈されたと主張しました。控訴審判決は、被相続人が不動産の保有賃貸を資産形成の方法としてきた以上、経営する会社がバブル経済の崩壊により相当程度の損害を被るのは宿命であったともいえ、長男BKS氏のみが責任を問われるべき事柄でもなく、これで被相続人と長男BKS氏の関係が悪化していたともうかがわれないとして、二男DKS氏の陳述書の信用性には疑いが残るとしました。
さらに、控訴審判決は、平成14年9月の経営権の分掌の合意(そのため二男DKS氏は被相続人の生前に保険代理会社PQSの代表取締役には就任していないこと)や、男兄弟限りでの公平な財産分けの合意を挙げて、5社の価値と経営権を具現する本件全株式を二男DKS氏が独り占めすべき合理的理由は認め難いとし、次のとおり判断しました。
「そして、これまで述べたところを総合し、本件遺言にかかる公正証書遺言書にある「金融資産全部」の文言を見れば、非上場株式である本件各会社の株式がこの「金融資産全部」に含まれると解することは困難であるというべきであり、本件遺言により、控訴人が〔SGR氏〕の有していた本件各会社の株式を相続したと認めることはできない。」
この判断により、RDSの5,000株は、遺言により二男DKS氏が相続したものではなく、相続人の間で分割すべき遺産として確認されたことになります。
裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み(争点(2)請求の認諾の有効性)
情報開示をめぐる訴訟の経緯
控訴審判決は、本件記録上明らかな事実等によって、次の経緯を認定しました(要約です)。
- 二男DKS氏は、調停で遺産の内容を一切明らかにせず、5社の株式についての資料の開示にも応じなかった。そのため被控訴人らは、株式の状況を十分に把握できず、やむなく本件全株式を確認の対象として提訴した。
- 二男DKS氏が当初提出した「同族会社の判定に関する明細書」は、被控訴人らの記憶と食い違ううえ、時を経るに従って被控訴人らとその家族の株式数が減っていくものがあり、二男DKS氏が保持していた贈与証書や「株式譲渡の誤謬訂正」と題する書面の提出がなければ理解し難いものであった。
- 被控訴人らはそれ以前の明細書の提出を求めたが、二男DKS氏も所持していなかった。双方で、被相続人の生前に長く5社の税務を担当していた税理士(二男DKS氏が解任していました)の税理士法人に働きかけた結果、平成20年2月に平成12年から平成13年の時点の明細書が二男DKS氏に提供され、平成20年4月14日に書証として提出された。
- 被控訴人らは、同日付けの準備書面でその時点の株主構成を主張し、各名義人の名義の株式は遺産ではないと解されたことから、その部分の訴えの取下げを準備していた。
- その矢先、二男DKS氏は、平成20年4月17日付けで認諾書を突如提出し、被控訴人らとその家族の名義の株式も名義株であるから遺産であるとして請求を認諾するとし、一部取下げに同意しないとした。その一方で、自己とその妻子の名義の株式は真実贈与を受けた実質株であると主張し、その後、贈与証書と「株式譲渡の誤謬訂正」を提出した。
請求の認諾は、訴訟上の信義則に著しく反し無効
控訴審判決は、二男DKS氏が5社の代表取締役として株式の状況を十分に把握し、不明な点も容易に把握できる立場にありながら、初期には不十分な明細書を提出しただけで、贈与証書等を早期に提出すべきであったのに後々まで提出せず、被控訴人らがようやく遺産の範囲を絞り込み、自分たちの名義の株式を訴訟の対象から除外しようとしていた矢先に、これを察知して、これまでの主張を翻す内容の認諾書を提出し、一部取下げを不同意にして認諾をしたと認めました。そのうえで、次のとおり判断しました。
「しかも、争点(1)において述べたように、控訴人が名義株であり〔SGR氏〕の遺産であるとして認諾した部分は、名義株ではなく被控訴人らの実質株であると認められるものであったのであり、このような経緯での本件認諾は、遺産確定訴訟における訴訟当事者として、訴訟上の信義則(民事訴訟法二条)に著しく反するものであり、無効であると解さざるを得ない。」
各主張を採用し又は排斥した理由
被控訴人らは株主として手続をとれたという主張―採用されなかった
二男DKS氏は、被控訴人らは5社の株主として各種の法的手続をとることができたのだから、株式数の詳細を知ることができなかったとはいい難いと主張しました。控訴審判決は、この主張は前記の認定に照らし採用し難いとしました。判決は、被控訴人らが株主としての手続をとらなかったことを、被控訴人らに不利な事情とは評価していません。
明細書を任意に提出してきたという主張―採用されなかった
二男DKS氏は、認諾の1年以上前から明細書を任意に提出し、税理士法人から取り寄せた明細書も任意に提出したこと、自分も過去の資料を容易に入手できたわけではないことを主張しました。控訴審判決は、次のとおり述べて、この主張を退けました。
「しかし、控訴人が本件各会社の代表取締役でありながら、その株式の状況にかかる情報開示につき、不十分な対応しかせず、その挙げ句に、被控訴人らを出し抜いて、名義株でないものを名義株であるなどと実態に合致しない本件認諾を行ったことに変わりはなく、このようなことが信義則に違反しないとはいえない。」
二男とその妻子の名義の株式は贈与を受けた実質株という主張
二男DKS氏は、自分と妻子の名義の株式は被相続人から真実贈与を受けた実質株であると主張していました。判決は、この点を否定したわけではありません。判決が否定したのは、二男DKS氏とその妻子への贈与だけが真実で、被控訴人らとその家族への贈与はすべて虚偽であるという、贈与の有無を名義人によって区別する主張です。結論として、2つの判決は、家族の名義の株式はいずれも贈与によって各名義人のものになったとし、遺産に属するのはRDSの被相続人名義の5,000株だけであるとしました。
遺言で株式を相続したという主張―採用されなかった
二男DKS氏は、被相続人が自分を後継者として5社の経営を委ね、保有株式をすべて取得させる意思を有していたと主張しました。2つの判決は、経営権の分掌の合意と代表取締役の就任の状況から、「金融資産全部」に5社の株式は含まれないとしました。控訴審判決は、長男BKS氏の事業上の失敗を理由とする二男DKS氏の陳述書の記載も、信用性に疑いが残るとしています。
主文及び結論
第一審判決の主文
第一審判決の主文は、次のとおりです(判決本文の主文を、当事者の表記を置き換え、数字を算用数字に改めて記載したものです)。
- 別紙一遺産株式目録記載の株式(不動産賃貸会社RDSの被相続人名義の5,000株)が被相続人SGR氏の遺産であることを確認する。
- 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
- 訴訟費用は、原告らに生じた費用の各2分の1を被告の負担とし、被告に生じた費用の2分の1を原告らの負担とし、その余を各自の負担とする。
括弧内の株式の特定は、控訴審判決の記載によるものです。
控訴審判決の主文
- 本件控訴をいずれも棄却する。
- 控訴費用は控訴人の負担とする。
控訴審判決は、本件控訴はいずれも理由がないとしてこれを棄却しました。これにより、RDSの被相続人名義の5,000株が遺産であることを確認し、その余の請求を棄却した第一審判決が維持され、二男DKS氏の請求の認諾は無効とされたままとなりました。
審級ごとの結論の推移
| 項目 | 第一審(名古屋地方裁判所) | 控訴審(名古屋高等裁判所) |
|---|---|---|
| 遺産と認めた株式 | RDSの被相続人名義の5,000株のみ | 維持 |
| 家族の名義の株式 | 被相続人から各名義人へ明示的又は黙示的に贈与された | 維持。資産形成と名義書換えの経緯、株主名簿の閲覧状況、遺書の記載などから贈与意思と受贈意思を詳しく認定 |
| 家族以外の名義の株式(妻MYK氏の名義を含む) | 被相続人が株主となった証拠がない | 結論は同じ。妻MYK氏を含む家族の名義の株式は被相続人の出資によるもので、贈与されたと認定 |
| 二男DKS氏の妻子への贈与証書 | あらかじめ証拠作りをし、有利な証拠のみを提出してきた可能性が高い | 維持。書式、公証の状況、提出の時期などから真正な成立に疑問が残る。真正であっても、証書がない者への贈与を否定するものではない |
| 公正証書遺言の「金融資産全部」 | 5社の株式を含まない | 維持。非上場株式である5社の株式が含まれると解することは困難 |
| 請求の認諾 | 訴訟上の信義則に反し、効力を認められない | 維持。訴訟上の信義則に著しく反し無効 |
| 費用 | 訴訟費用は、被控訴人らに生じた費用の各2分の1を二男DKS氏の負担とするなど | 控訴費用は二男DKS氏の負担 |
判断の射程―参考となる点と一般化できない点
以下は、2つの判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。最終的な判断は控訴審判決であり、控訴審は第一審の結論を変更していません。
参考となる点
- 名義の書換えと家族の認識・受容から、株式の贈与が認められたこと。受贈の意思表示がその都度具体的にされていなくても、株主名簿を閲覧でき、名義変更を知って受け入れていたことから受贈意思が認められ、未成年の子については親が代わって受け入れていたとされました。親から株式の名義を書き換えてもらっていた相続人にとって、その株式が自分のものであることを主張する際の考え方を示すものです。
- 贈与証書の有無だけで、贈与の有無が決まるわけではないこと。控訴審判決は、贈与証書は記載された者への贈与を証明する資料にとどまり、証書がない場合に一切贈与が認められないというものではないとしました。特定の相続人の家族についてだけ贈与証書が作成されていたことは、かえって不自然さを示す事情とされています。
- 同じ経緯で名義が移った株式について、一部の名義人だけを実質株、他を名義株と区別する主張は通りにくいこと。判決は、被相続人の資産形成の手法と長年の分散譲渡の経緯から、二男とその妻子への贈与だけが真実で、他の家族への贈与はすべて虚偽であると解すべき合理的な根拠はないとしました。
- 遺言の文言は、被相続人の生前の合意や経営の状況も踏まえて解釈されたこと。「金融資産全部」という文言について、判決は、経営権を二男と長男で分ける合意、代表取締役の就任の状況、男兄弟の間での公平な財産分けの合意などを総合し、非上場株式である同族会社の株式は含まれないとしました。遺言で特定の相続人に財産が集められているように見える場合でも、遺言の文言がどこまでの財産を対象としているかを検討する意味があることを示しています。
- 情報を握る側の相続人の訴訟態度が、厳しく評価されたこと。会社の代表取締役である相続人が、調停でも訴訟でも株式の情報開示に十分に応じず、相手方が主張を整理しようとした矢先に主張を翻して請求を認諾したことが、訴訟上の信義則に著しく反するとされました。第一審では、訴訟の経緯を理由に、請求の大部分を棄却された側ではなく二男側に訴訟費用の半分が負担させられています。
- 過去の株主構成の資料の確保が、遺産の範囲の主張の基礎になったこと。本件では、かつての顧問税理士の税理士法人から過去の「同族会社の判定に関する明細書」が提供されたことで、被控訴人らが株主構成を主張できるようになりました。同族会社の株式が遺産に含まれるかを争う相続人にとって、過去の株主構成を示す資料をどこから得るかが重要になることを示しています。
一般化できない点
- 事実認定に大きく依存した判断です。贈与の成立は、被相続人の資産形成の手法、相続税対策としての長年の名義書換え、株主名簿の閲覧の状況、証人の供述、遺書の記載などの具体的な事実から認定されました。名義書換えがあれば常に贈与が認められるという一般論を述べたものではありません。名義人が名義変更を知らなかった場合や、被相続人が配当や議決権を自ら行使し続けていた場合などには、異なる判断となる可能性があります。
- 請求の認諾が無効とされるのは、例外的な場面です。判決は、情報の偏り、相手方の一部取下げの直前という時期、従前の主張を翻したこと、認諾の内容が実態に合致しないことが重なった経緯を問題にしています。被告による請求の認諾が一般に信義則で否定されやすいことを示したものではありません。
- 「金融資産全部」の解釈は、本件の事情に基づくものです。判決は、経営権の合意や代表取締役の就任の状況などを総合して判断しており、遺言で用いられた「金融資産」という語に非上場株式が一律に含まれないとしたものではありません。遺言の文言や作成の経緯が異なれば、結論も異なり得ます。
- 遺産分割や遺留分、株式の評価は判断されていません。本件は、遺産の範囲を確認する訴訟であり、確認されたRDSの5,000株をどう分けるか、二男DKS氏に財産を集める遺言について遺留分の問題が生じるか、株式の価値がいくらかといった点は、判決本文では扱われていません。
- 相続税の申告との関係は示されていません。相続人らは、未分割を前提に、判決が遺産と認めなかった4社の株式も遺産に含めて相続税を申告していましたが、2つの判決本文には、この申告と遺産の範囲の判断との関係についての説示はありません。
- 判決当時の法令を前提としています。相続開始は平成16年であり、その後の相続法の改正(遺言、遺留分等に関する改正)より前の事案です。現在の事案では、現行の法令を前提に検討する必要があります。
- 確定の有無は確認できていません。2つの判決本文からは、控訴審判決に対する上告等の有無及び確定は確認できていません。
名義株の主張など、遺産に含まれる株式の範囲をめぐって争いが生じている方は、次のページを御覧ください。
よくあるご質問
親から名義を書き換えてもらっていた同族会社の株式は、親の遺産になりますか。
名義の書換えが贈与によるものと認められれば、名義人のものであり、親の遺産にはなりません。本判決では、被相続人が相続税対策として家族へ株式の名義を順次書き換え、家族が株主名簿を閲覧して名義変更を知り、受け入れていたことなどから、贈与が成立していたと認められ、家族の名義の株式は遺産ではないとされました。ただし、贈与が認められるかどうかは個別の事実によります。
贈与契約書がない株式の贈与は、認められないのですか。
贈与契約書がないことだけで贈与が否定されるわけではありません。控訴審判決は、贈与証書は記載された者への贈与を証明する資料にとどまり、証書がない場合に一切贈与が認められないというものではないとしました。そのうえで、被相続人の資産形成と名義変更の経緯、証人の供述、被相続人の遺書の記載などから贈与の意思を認めています。名義変更の経緯を示す資料や、当時の家族の認識を示す事情を整理することが大切です。
他の相続人から「あなたの名義の株式は名義株だ」と主張されたら、どうなりますか。
名義株か実質株かは、出資の経緯、名義変更の経緯、名義人の認識などを踏まえて判断されます。本判決では、会社を経営する二男が、自分と妻子の名義の株式は実質株で、他のきょうだいとその家族の名義の株式は名義株だと主張しましたが、判決は、同じ経緯で名義が移った株式について一部の名義人への贈与だけを真実とする合理的な根拠はないとして、この主張を退けました。
遺言に「金融資産全部」を特定の相続人に相続させるとあれば、同族会社の株式も含まれますか。
文言と事情によります。本判決では、経営権を二男と長男で分ける合意があったことや、二男が保険代理会社の代表取締役に就任していなかったことなどを総合し、非上場株式である同族会社の株式は「金融資産全部」に含まれないとされました。その結果、被相続人名義で残っていた株式は、遺言により二男が相続したのではなく、相続人の間で分割すべき遺産とされました。遺言の対象財産に疑問がある場合は、遺言の文言と作成の経緯を確認することが大切です。
会社を経営する相続人が株主名簿などの資料を開示してくれない場合、どうなりますか。
本判決では、代表取締役である二男が、調停でも訴訟でも株式の状況について十分な情報開示をしなかったことが、請求の認諾を無効とする理由の一つとされ、第一審では訴訟費用の半分を二男に負担させる理由ともされました。また、二男は、他のきょうだいも株主として法的手続をとれたはずだと主張しましたが、判決はこの主張を採用しませんでした。なお、株主は会社に対して株主名簿の閲覧又は謄写を請求することができます(会社法125条。当事務所の説明であり、判決本文が述べたものではありません)。本件では、かつての顧問税理士の税理士法人から過去の資料が提供されたことが、株主構成を明らかにする手掛かりとなりました。
遺産確認の訴えで相手方が請求を認諾したら、それで決まってしまうのですか。
請求の認諾が調書に記載されると、原則として確定判決と同一の効力を有します。もっとも、本判決では、相手方の相続人が、情報を十分に開示しないまま、他の相続人が訴えの一部を取り下げようとした矢先に主張を翻して認諾したことについて、訴訟上の信義則に著しく反し無効であるとされました。これは本件の具体的な経緯を踏まえた例外的な判断です。訴訟の途中で請求や主張を整理する場合は、相手方の対応を踏まえて、取下げの時期や方法を検討する必要があります。
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