相続財産の使い込みについて返還を求める場合の法律構成と期間の制限

父の預金口座から、生前に多額の出金がされておりました。同居していた兄がこれを引き出したものと思われますが、兄は説明をいたしません。どのような請求ができるのでしょうか。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。

先に結論を申し上げます。いわゆる使い込みについて金銭の返還を求める場合、法律上の構成は主として2つでございます。1つは不当利得の返還の請求(民法第703条及び第704条)、もう1つは不法行為に基づく損害賠償の請求(民法第709条)でございます。いずれによるかによって、請求することができる範囲、主張立証すべき事項、及び権利が消滅するまでの期間が異なります。とりわけ期間の制限は、対応を遅らせることによって回復が不可能となる性質のものでございますので、早期の検討を要します。本記事では、この2つの構成の内容と選択、期間の制限、及び遺産分割の手続との関係を整理いたします。

目次

第1節 使い込みという言葉が指している事実

 法律上の用語ではございません

使い込みという言葉は、日常の用語でございまして、法律上の概念ではございません。実際にご相談をお受けいたしますと、その内容は、被相続人の生前に、被相続人の財産を管理していた者が、被相続人の預貯金を引き出して自己のために費消した、という事実であることが多うございます。相続が開始した後に、遺産である預貯金を他の相続人に無断で払い戻したという事案もございます。

 生前の出金と相続開始後の払戻しとを区別いたします

被相続人の生前にされた出金と、相続が開始した後にされた払戻しとでは、法律上の扱いが異なります。生前の出金につきましては、被相続人が有していた権利を相続人が承継して行使することとなります。相続が開始した後の払戻しにつきましては、各相続人が自らの権利として請求することとなります。まず、いつの時点の出金であるかを確定することが出発点でございます。

 被相続人の意思に基づく出金である場合

被相続人が自ら引き出したものである場合、又は被相続人の依頼を受けて引き出し、被相続人のために費消したものである場合には、そもそも違法な行為ではございません。被相続人が贈与をしたものである場合には、贈与としての効力が生じますので、返還を求めることはできません。この場合には、特別受益(民法第903条第1項)として遺産分割において考慮すべき事項となり得るにとどまります。

第2節 誰が誰に対して請求するのか

 生前の出金についての請求権の帰属

被相続人の生前にされた出金につきましては、被相続人が出金をした者に対して有していた不当利得の返還の請求権又は損害賠償の請求権が、相続によって相続人に承継されます。これらは金銭の支払を目的とする債権でございますので、判例上、相続の開始と同時に、各相続人がその相続分に応じて分割して承継するものと解されております。

 各相続人が単独で請求することができます

したがいまして、相続人は、他の相続人の同意を得ることなく、自己の相続分に相当する部分について、単独で請求をすることができます。相続人が3名であり、法定相続分が均等である場合には、各相続人は請求権の3分の1に相当する額を請求することができるという関係になります。

 請求の相手方

請求の相手方は、実際に出金をし、又はこれを利得した者でございます。多くの事案におきましては、被相続人と同居し、その財産を管理していた相続人でございますが、相続人以外の親族が相手方となる事案もございます。

第3節 不当利得の返還の請求という構成

 要件

法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負います(民法第703条)。使い込みの事案におきましては、被相続人の預貯金を引き出して自己のために費消したことが、法律上の原因のない利得に当たると主張することとなります。

 善意の場合と悪意の場合

民法第703条は、善意の受益者につきまして、その利益の存する限度における返還を定めております。他方、悪意の受益者は、受けた利益に利息を付して返還しなければならず、なお損害があるときは、その賠償の責任も負います(民法第704条)。無断で他人の預金を引き出したという事案におきましては、悪意の受益者に当たる旨を主張するのが通例でございます。

 この構成の利点

不当利得の返還の請求におきましては、相手方の故意又は過失を主張立証する必要がございません。また、後に述べますとおり、期間の制限が不法行為の場合よりも緩やかでございます。実務上、この構成を主位的な請求とし、不法行為に基づく損害賠償の請求を予備的な請求とする例が多うございます。

第4節 不法行為に基づく損害賠償の請求という構成

 要件

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負います(民法第709条)。被相続人に無断でその預貯金を引き出して費消する行為は、被相続人の財産権を侵害する行為でございますので、この規定に該当し得ます。

 この構成の利点

不法行為に基づく損害賠償の請求におきましては、遅延損害金の起算点が不法行為の時であると解されておりますので、請求することができる額が大きくなる場合がございます。また、利益が現存しないという抗弁が問題とならない点も、この構成の利点でございます。

 留意すべき点

他方で、相手方の故意又は過失を主張立証する必要がございます。加えて、期間の制限が不当利得の返還の請求よりも短うございますので、この点の確認を要します。

第5節 期間の制限

 不当利得の返還の請求権

不当利得の返還の請求権は、債権の一般の消滅時効に服します。すなわち、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅いたします(民法第166条第1項)。

 不法行為に基づく損害賠償の請求権

不法行為に基づく損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき、又は不法行為の時から20年を経過したときに、消滅いたします(民法第724条)。3年という期間は短うございますので、出金の事実を把握した後は、速やかに検討に着手する必要がございます。

 起算点をめぐる争い

いずれの構成におきましても、いつの時点から期間が進行するかが争点となることがございます。相続人が金融機関から取引の履歴の開示を受けて初めて出金の事実を知ったという事案におきましては、開示を受けた時が起算点となる旨を主張することが考えられます。もっとも、起算点の認定は事案の内容によりますので、断定的なことは申し上げられません。

 時効の完成を阻止する方法

期間の満了が迫っている場合には、催告によって6か月間、時効の完成を猶予させることができます(民法第150条第1項)。もっとも、催告による猶予は繰り返すことができませんので、その間に訴えの提起等の手続をとる必要がございます。相手方が債務の存在を承認した場合には、時効が更新されます(民法第152条第1項)。

第6節 遺産分割の手続との関係

 相続開始後に処分された財産の扱い

遺産の分割の前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人の全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割の時に遺産として存在するものとみなすことができます。この場合において、当該処分をした者が共同相続人であるときは、その者の同意を得ることを要しないものとされております(民法第906条の2)。平成30年の民法の改正によって設けられた規定でございます。

 この規定の意義

この規定によりまして、相続が開始した後に一部の相続人が遺産である預貯金を無断で払い戻した場合であっても、これを遺産分割の対象に含めて、公平な分配を実現することができることとなりました。従前は、別途の民事訴訟によらざるを得ない場合がございましたが、遺産分割の手続の中で解決を図る途が開かれております。

 生前の出金には及びません

もっとも、この規定は、相続が開始した後の処分を対象とするものでございます。被相続人の生前にされた出金につきましては、この規定は適用されません。生前の出金については、相続人の全員が遺産分割の対象に含めることに合意した場合を除き、民事訴訟によることとなります。

第7節 立証の枠組み

 資料の収集

まず、被相続人の預貯金の取引の履歴を取得いたします。相続人は、被相続人の預金債権に関する取引の経過の開示を金融機関に求めることができるものと解されております。出金が窓口によるものか、現金自動預払機によるものかによって、その後の主張の組立てが変わってまいります。

 被相続人の当時の状況

被相続人が当時、自ら金融機関に赴くことができる状態であったかどうかは、重要な間接事実でございます。診療録、介護保険の認定に関する資料、施設の記録などによって、当時の身体の状況及び判断の能力を明らかにいたします。入院中又は施設に入所中の期間における多額の出金は、被相続人自身によるものとは考えにくい場合がございます。

 出金された金銭の使途

出金された金銭が被相続人のために費消されたのであれば、返還を求めることはできません。相手方が被相続人の生活費、医療費、介護費用に充てたと主張する場合には、その額が被相続人の生活の実態に照らして相当かどうかを検討いたします。相手方の側で使途を説明することができないときは、自己のために費消したものと推認される場合がございます。

 贈与であるという抗弁への対応

相手方が、被相続人から贈与を受けたものであると主張することは少なくございません。この場合には、贈与の意思表示があったといえるか、被相続人にその当時、意思能力があったかを検討いたします。仮に贈与が認められる場合であっても、特別受益として遺産分割において考慮すべき事項となり得ます。

第8節 弁護士にご相談いただく意味

使い込みの事案におきましては、いずれの法律構成によるか、いつの時点の出金を対象とするか、遺産分割の手続によるか民事訴訟によるかという選択が、結論に大きく影響いたします。加えて、期間の制限が進行しておりますので、資料の収集と並行して、時効の完成を阻止する手当てを検討する必要がございます。

相手方が同居していた親族である場合、当事者の間で直接に事実の説明を求めましても、感情的な対立を深めるばかりで、資料が開示されないことが多うございます。代理人を通じて、法律上の根拠を明示して開示を求める方が、実際上も進展しやすい傾向にございます。当事務所は、資料の収集から、請求、交渉、遺産分割の調停及び民事訴訟まで、一貫してお引き受けしております。

よくあるご質問

 出金がされたのが10年以上前でございます。請求できますか

不当利得の返還の請求権につきましては、権利を行使することができる時から10年の経過によって時効が完成し得ます。もっとも、起算点の認定は事案によりますので、直ちに断念すべきものとは限りません。取引の履歴を取得のうえ、ご相談ください。

 相手方が使途を説明しません

使途の説明がされないこと自体が、自己のために費消したことを推認させる事情となり得ます。取引の履歴、被相続人の当時の状況に関する資料を整えたうえで請求をいたします。

 遺産分割の調停の中で解決することはできますか

相続が開始した後に処分された財産につきましては、民法第906条の2により、遺産分割の対象とすることができます。生前の出金につきましては、相続人の全員の合意があれば調停の中で併せて解決を図ることができますが、合意が得られない場合には民事訴訟によることとなります。

 費用はどの程度かかりますか

事案の内容、対象となる期間の長短、資料の多寡によって異なります。弁護士費用につきましては、当ウェブサイトの弁護士費用一覧のページをご覧ください。

本記事の根拠条文

民法

  • 第150条第1項(催告による時効の完成猶予)
  • 第152条第1項(承認による時効の更新)
  • 第166条第1項(債権等の消滅時効)
  • 第703条(不当利得の返還義務)
  • 第704条(悪意の受益者の返還義務)
  • 第709条(不法行為による損害賠償)
  • 第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
  • 第903条第1項(特別受益者の相続分)
  • 第906条の2(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所では、被相続人の預貯金の使い込みが疑われる事案につきまして、取引の履歴の取得、法律構成の選択、期間の制限の検討、相手方に対する請求、遺産分割の調停及び民事訴訟の遂行までをお引き受けしております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

弁護士費用については、当ウェブサイトの弁護士費用一覧のページをご覧ください。

ご相談の際に、被相続人の預貯金の通帳、取引の履歴、被相続人の診療録又は介護に関する資料、戸籍謄本等をご用意いただけますと検討が早く進みます。なお、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。

本記事は一般的な制度の説明でございまして、個別の事案における結論を保証するものではございません。具体的な対応につきましては、事案の内容に即して弁護士にご相談ください。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

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