非上場株式の相続税が払えないときの選択肢
父が経営していた会社の株式を相続いたしました。税理士に試算していただきましたところ、相続税の額は預貯金では到底足りない金額でございました。株式は換金できず、会社も買い取ってくれません。申告の期限までに10か月しかございません。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。
先に結論を申し上げます。この局面では、期限から逆算した工程の管理が要でございます。相続税の申告は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内にしなければならないものとされております(相続税法第27条第1項)。この期間は、会社が買取りに応じないことを理由として延びるものではございません。他方、株式の換価には、名義書換、資料の入手、価格の協議、法的な手続という段階がございまして、いずれも時間を要します。したがって、着手が遅れれば選択肢が失われます。本記事では、期限からの逆算、選択肢の全体像、それぞれの経路の実際を整理いたします。なお、相続税の計算、申告及び納付の方法並びに税務上の特例の適用の可否につきましては、税理士にご確認ください。当事務所は税務の申告を行っておりません。
本稿は、相続した非上場株式について相続税を納める資金が足りない場合に、申告の期限から逆算してどのような選択肢を採り得るか、すなわち会社に自己株式として取得させる方法、株式譲渡承認請求による方法、被相続人の会社に対する貸付金その他の株式以外の財産からの資金の確保並びに延納及び物納について解説するものです。事業承継ファンドに株式を一時的に保有してもらう方法等により緊急に納税資金を調達する手段については 会社相続の際の緊急の納税資金対策は を、そもそも相続するか相続を放棄するかという判断の場面における考え方については 「20億円の遺産放棄にみる相続判断の実務 ― 「相続すれば損をする」不動産・非上場株式の納税リスク ― を御参照ください。
第1節 なぜ払えない事態が生じるのか
1 財産の大半が株式である
被相続人がオーナー社長であった場合、遺産の大半が自社の株式で占められていることがございます。株式には市場がなく、直ちに現金に換えることができません。他方、相続税は金銭により納付することが原則でございます。
2 評価額と換価の可能性とが一致しない
相続税の課税のための評価額は、財産評価基本通達に基づいて算定されるものでございます。会社が資産を多く保有し、又は利益を計上している場合、評価額は高くなり得ます。ところが、少数の株式を現実に買い受ける者は容易に現れません。すなわち、「評価は高いが売れない」という事態が生じます。
3 会社に応じる義務がない
会社は、株主から買取りを求められても、これに応じる義務を負うものではございません。相続人が納税に困っているという事情は、会社の義務を生じさせるものではございません。
第2節 期限からの逆算
| 時期 | 行うべきこと |
|---|---|
| 相続の開始から1か月以内 | 相続人の範囲及び遺産の概要を把握し、会社の登記事項証明書及び定款を入手いたします |
| 2か月以内 | 名義書換を請求し、遺産分割が未了であれば権利行使者について協議いたします |
| 3か月以内 | 相続の放棄又は限定承認の要否を判断いたします(民法第915条第1項) |
| 4か月以内 | 計算書類等の閲覧謄本交付を請求し、株式の評価の見通しを立てます |
| 5か月から6か月 | 会社に対し書面により買取りを申し入れ、協議を行います |
| 7か月から8か月 | 協議が調わない場合、株式譲渡承認請求等の法的な経路に移行いたします |
| 10か月 | 相続税の申告の期限(相続税法第27条第1項) |
この工程は目安でございます。遺産分割の協議が難航する場合、会社が資料を開示しない場合には、さらに時間を要します。
第3節 選択肢の全体像
| 選択肢 | 要点 | 根拠 |
|---|---|---|
| 会社による自己株式の取得 | 株主総会の特別決議及び分配可能額が必要でございます | 会社法第156条、第160条、第461条第1項 |
| 株式譲渡承認請求による会社又は指定買取人の買取り | 会社の同意によらず進められます | 会社法第136条以下、第140条 |
| 他の株主又は第三者への譲渡 | 相手方及び価格の合意が必要でございます | 会社法第136条、第139条 |
| 被相続人が会社に対して有していた貸付金の回収 | 遺産である債権の回収でございます | 民法の債権に関する規律 |
| 他の遺産による納税 | 預貯金、不動産、有価証券等でございます | ― |
| 延納及び物納 | 制度の詳細及び可否は税理士にご確認ください | 相続税法の定める制度 |
| 相続の放棄 | 3か月の期間内に限られます | 民法第915条第1項 |
第4節 会社に買い取らせる経路
1 自己株式の取得
会社が特定の株主から自己株式を取得するには、株主総会の決議により、取得する株式の数、対価の内容及び総額、取得することができる期間を定めた上、当該特定の株主を定めることになります(会社法第156条第1項、第160条第1項)。この決議は特別決議によるものとされております(会社法第309条第2項)。
会社は、特定の株主からの取得を株主総会の目的とする場合には、他の株主に対し、自己をも売主に加えたものを議案とすることを請求することができる旨を通知しなければならないものとされております(会社法第160条第2項及び第3項)。もっとも、公開会社でない会社が、相続その他の一般承継により株式を取得した者からその株式を取得する場合において、当該株主が株主総会において当該株式について議決権を行使していないとき等の要件を満たすときは、これらの規定を適用しないものとされております(会社法第162条)。相続の局面においては、この特例の適用の可否が実務上の鍵となります。
2 分配可能額の確認
自己株式の取得により交付する金銭等の帳簿価額の総額は、分配可能額を超えてはならないものとされております(会社法第461条第1項)。計算書類等の閲覧又は謄本の交付を請求し(会社法第442条第3項)、剰余金の額を確認いたします。分配可能額が不足している場合には、資本金の額の減少(会社法第447条第1項)又は準備金の額の減少(会社法第448条第1項)により剰余金を生じさせることが考えられますが、債権者の異議の手続を要し(会社法第449条)、1か月以上の期間がかかります。
3 交渉の材料
会社にとっても、株式が外部に分散することは望ましくない場合がございます。相続人が第三者への譲渡を検討していることは、会社が買取りを検討する契機となり得ます。もっとも、これを交渉の材料とする場合には、定款に相続人等に対する売渡しの請求の定めがないかを先に確認する必要がございます(会社法第174条)。
第5節 株式譲渡承認請求による経路
譲渡制限株式を譲渡しようとする株主は、会社に対し、承認をするか否かの決定をすることを請求することができます(会社法第136条)。この請求において、承認をしない旨の決定をしたときは会社又は指定買取人が当該株式を買い取ることを請求する旨を明らかにいたしますと(会社法第138条第1号ハ)、会社は承認するか買い取るかのいずれかを選ばなければならなくなります(会社法第140条)。
会社が請求の日から2週間以内に決定の内容を通知しなかった場合には、承認をする旨の決定をしたものとみなされます(会社法第145条第1号)。買取りの通知があった日から20日以内に、裁判所に対して売買価格の決定の申立てをすることができます(会社法第144条第2項)。
指定買取人が買い取る場合には、会社の分配可能額の制限を受けません。会社に資金がない場合において、実務上、重要な経路でございます。
もっとも、価格の決定に至るまでには相応の期間を要しますので、相続税の申告の期限までに現金を得られるとは限りません。この点は、あらかじめ理解しておく必要がございます。
第6節 株式以外からの資金の確保
1 被相続人の会社に対する貸付金
オーナー社長が会社に対して貸付金を有していることは少なくございません。この債権は遺産でございますので、相続人はこれを承継し、会社に対して支払を求めることができます。もっとも、会社の資金繰りにより、直ちに回収できるとは限りません。
2 会社が使用している個人の財産
被相続人が所有し、会社が使用している資産について、使用の対価が支払われていない場合がございます。この点の整理も、資金の確保につながることがございます。
3 役員に係る保険及び退職に伴う給付
会社が役員を被保険者とする生命保険に加入している場合がございます。また、役員の退職に伴う給付が問題となることがございます。これらの取扱いは会社の規程及び株主総会の決議によりますので、別途の検討を要します。
4 他の遺産による納税
遺産分割において、納税資金を要する相続人に預貯金を多く配分するという調整が考えられます。相続人の間で合意ができるのであれば、最も速い解決でございます。
第7節 延納及び物納
相続税については、一定の要件の下で、年賦により納付する制度(延納)及び金銭以外の財産により納付する制度(物納)が設けられております。これらの制度の要件、手続、可否及び有利不利の判断につきましては、税理士にご確認ください。当事務所は税務の申告及び相談を行っておりません。
法律事務所の立場から申し上げられるのは、これらの制度を利用する場合であっても、遺産分割が確定していること、財産の権利関係に争いがないことが前提となる場合があるため、紛争の解決を先行させる必要があるという点でございます。
第8節 遺産分割が未了である場合
遺産分割が終わるまでの間、株式は相続人の準共有に属します。共有者は、当該株式についての権利を行使する者1人を定め、会社に対しその者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができません(会社法第106条本文)。したがって、遺産分割が未了である間は、換価の手続を進めることも困難でございます。
相続税の申告の期限は、遺産分割の状況にかかわらず到来いたします。未分割のまま申告を行う場合の取扱いにつきましては、税理士にご確認ください。法律事務所としては、期限までに分割の合意に至るよう協議を進め、又は少なくとも株式の取扱いについてのみ先行して合意することを検討いたします。
第9節 確認すべき期限
| 事項 | 期限 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 相続の放棄又は限定承認 | 自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月 | 民法第915条第1項 |
| 相続税の申告 | 相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月 | 相続税法第27条第1項 |
| 会社による承認の決定の通知 | 請求の日から2週間(しなければ承認とみなされます) | 会社法第145条第1号 |
| 売買価格の決定の申立て | 買取りの通知があった日から20日 | 会社法第144条第2項 |
| 相続人等に対する売渡しの請求 | 会社が相続を知った日から1年 | 会社法第176条第1項ただし書 |
| 遺留分侵害額の請求 | 相続の開始及び侵害の事実を知った時から1年 | 民法第1048条 |
第10節 立場の違いによる分岐
同じ「相続税が払えない」という局面でございましても、ご相談者の立場により採るべき手順が変わります。着手の前に、いずれの類型に当たるかを確かめます。
1 事業を承継し、経営に関与する立場である場合
会社の意思決定に関与できる立場でございますので、会社による自己株式の取得を会社の内部で検討することができます。もっとも、自己株式の取得は分配可能額による制限を受けますし(会社法第461条第1項)、他の株主から自己をも売主に加えることを請求される余地がございます(会社法第160条第2項及び第3項)。また、会社の資金が社外に流出することによる事業への影響も検討する必要がございます。取締役としての善管注意義務の観点から、価格の相当性を裏づける資料を整えておくことが求められます。
2 経営に関与せず、少数の株式のみを承継した場合
会社の意思決定に関与できませんので、会社に対する働きかけと、株式譲渡承認請求という法的な経路の 2本立てで進めることになります。会社が応じない場合に備え、早い段階から資料の収集を進めます。
3 共同相続人の間で遺産分割が調わない場合
株式は相続人の準共有に属し、権利を行使する者1人を定めて会社に通知しなければ権利を行使することができません(会社法第106条本文)。分割が調わないまま申告の期限を迎える場合の申告の方法につきましては、税理士にご確認ください。法的には、権利行使者の指定と、分割の調停の申立てとを並行して進めることが考えられます。
4 被相続人が会社に対して債権を有していた場合
被相続人の会社に対する貸付金は、それ自体が遺産でございます。会社に対して弁済を求めることにより、株式を換価せずに資金を確保できる余地がございます。会社が弁済を拒む場合には、通常の債権の回収の手続によることになります。
5 被相続人が会社の債務について保証をしていた場合
オーナー社長が会社の金融機関からの借入れについて連帯保証をしていることは、少なくございません。保証の債務は相続の対象となり、相続人が承継いたします。納税のための資金の手当てを検討するに際しては、承継する債務の有無及び額を先に把握しておく必要がございます。金融機関に対して保証の有無及び残額を照会し、保証に関する契約書の写しを確認いたします。会社の事業が継続しており、主たる債務の弁済が滞っていない場合であっても、保証の債務が消滅するものではございません。相続人の間で、誰がこれを承継するかについて協議が必要となる場合がございます。
第11節 資金の手当てを検討するために集めるべき資料
株式以外から資金を確保できるかどうかは、資料を集めてみなければ分かりません。次の資料の有無を、早い段階で確かめます。
| 資料 | 入手先 | 確認する事項 |
|---|---|---|
| 被相続人の確定申告書の控え | 手元又は関与税理士 | 会社からの報酬、地代、利息等の受領の有無から、被相続人と会社との間の取引を把握いたします |
| 会社の計算書類及びその附属明細書 | 会社(会社法第442条第3項) | 役員からの借入金の科目の有無及びその額を確認いたします |
| 金銭消費貸借契約書、借用証書 | 手元又は会社 | 被相続人の会社に対する貸付金の存否、額、弁済の期限を確認いたします |
| 被相続人の預貯金の取引の履歴 | 金融機関 | 会社との間の資金の移動の有無を確認いたします |
| 生命保険の証券及び保険会社からの通知 | 手元又は保険会社 | 受取人の指定、給付の有無及び額を確認いたします |
| 会社の役員に関する規程及び株主総会の議事録 | 会社(会社法第318条第4項) | 役員の退職に伴う給付に関する定めの有無を確認いたします |
| 会社の履歴事項全部証明書及び定款 | 法務局、会社(会社法第31条第2項) | 役員の在任の状況、株式の譲渡の制限及び相続人等に対する売渡しの請求の定めを確認いたします |
| 遺言書の有無に関する調査の結果 | 公証役場、法務局 | 遺産の帰属及び分割の要否を確認いたします |
資料の収集には日数を要します。相続税の申告の期限は10か月でございますので(相続税法第27条第1項)、収集と並行して会社との交渉を進めることが必要でございます。資料が揃うのを待ってから着手いたしますと、期限に間に合わないことがございます。
第12節 弁護士にご相談いただく意味
この局面において最も多い失敗は、着手の遅れでございます。相続税の申告の期限が10か月であることは広く知られておりますが、その期限の中で株式を換価するには、名義書換、資料の入手、価格の協議、法的な手続という段階を経る必要がございます。会社が資料の開示を渋るだけで、数か月が失われます。したがって、相続の開始の直後から並行して進める必要がございます。
また、この問題は税務と法律の双方にまたがります。相続税の計算、申告及び納付は税理士の職務でございまして、当事務所はこれを行いません。他方、会社に対する名義書換の請求、資料の開示の請求、買取りの交渉、株式譲渡承認請求、売買価格の決定の申立て、遺産分割の協議及び調停は、法律事務所の職務でございます。両者が連携して進めることが有効でございます。
さらに、遺産分割の協議において、納税資金を要する相続人に預貯金を多く配分するという調整は、相続人の間の合意さえ得られれば最も速い解決でございます。会社との対立に目を奪われ、相続人の間の調整という選択肢を見落とさないことが肝要でございます。
具体的な進め方は、遺産の構成、定款の内容、株主構成、会社の財務の状態、相続人の間の関係等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してまいりました実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 会社が買い取ってくれないので相続税が払えません。期限は延びますか。
相続税の申告の期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月とされております(相続税法第27条第1項)。会社が買い取らないことを理由として延びるものではございません。期限の取扱いにつきましては税理士にご確認ください。
質問2 株式だけ相続を放棄することはできますか。
相続の放棄は、遺産の一部のみを対象として行うことができません。放棄をすれば、他の遺産も承継できなくなります。また、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内にしなければならないものとされております(民法第915条第1項)。
質問3 物納はできますか。
物納の要件、手続及び可否につきましては、税理士にご確認ください。法律事務所としては、物納を検討する場合であっても、遺産分割の確定及び権利関係の整理が前提となる場合があることを申し上げます。
質問4 まず何から始めればよいですか。
会社の登記事項証明書の取得、定款の閲覧又は謄本の交付の請求(会社法第31条第2項)、名義書換の請求でございます。これらは相続の開始の直後から並行して進めることができます。
質問5 弁護士と税理士のどちらに相談すればよいですか。
相続税の計算、申告及び納付は税理士の職務でございます。会社に対する請求、株式の換価、遺産分割の協議及び調停は法律事務所の職務でございます。双方に相談し、連携して進めることが有効でございます。
本記事の根拠条文
会社法
- 第31条第2項(定款の閲覧等)
- 第106条(共有者による権利の行使)
- 第136条・第138条第1号(譲渡等の承認の請求)
- 第140条(会社又は指定買取人による買取り)
- 第144条第2項(売買価格の決定の申立て)
- 第145条第1号(承認をしたものとみなされる場合)
- 第156条第1項・第160条(自己株式の取得及び売主追加請求権)
- 第162条(相続人等からの取得の特例)
- 第174条・第176条第1項(相続人等に対する売渡しの請求)
- 第309条第2項(株主総会の特別決議)
- 第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)
- 第447条第1項・第448条第1項・第449条(資本金及び準備金の額の減少)
- 第461条第1項(分配可能額による制限)
民法 第915条第1項(相続の承認又は放棄をすべき期間)、第1048条(遺留分侵害額の請求権の期間の制限)
相続税法 第27条第1項(相続税の申告書の提出期限)
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