売渡しの請求における売買価格の決定の申立ての進め方

会社から相続人等に対する売渡しの請求を受けました。提示された価格は、相続税の申告のために計算した金額と比べても著しく低いものでございます。応じたくはございませんが、どのように争えばよいのか分かりません。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。

先に結論を申し上げます。売渡しの請求における売買価格は、まず会社と相続人との協議によって定めるものとされております(会社法第177条第1項)。協議が調わない場合、会社又は相続人は、請求があった日から20日以内に、裁判所に対して売買価格の決定の申立てをすることができます(同条第2項)。この20日という期間が、この局面における最も重要な期限でございます。期間内に協議も調わず、申立てもされないときは、売渡しの請求はその効力を失います(同条第5項)。他方、申立てがされたときは、裁判所が定めた額をもって売買価格といたします(同条第4項)。本記事では、この申立ての進め方を、期間の管理、手続の流れ、価格の主張を支える資料の順に整理いたします。

目次

第1節 売買価格の決定の仕組み

1 協議が原則でございます

会社法第177条第1項は、相続人等に対する売渡しの請求があった場合には、株式の売買価格は会社と当該株式を有する者との協議によって定める旨を規定しております。したがって、会社が一方的に価格を通知したとしても、それは協議の申入れにすぎず、相続人がこれに拘束されるものではございません。

2 協議が調わない場合の申立て

会社又は相続人は、売渡しの請求があった日から20日以内に、裁判所に対し、売買価格の決定の申立てをすることができます(会社法第177条第2項)。会社の側が申し立てることもできますが、実務上、価格に不服があるのは相続人の側でございますので、相続人が申立てを行う例が多うございます。

3 申立てをしない場合の帰結

会社法第177条第5項は、同条第2項の期間内に協議が調った場合を除き、同項の申立てがないときは、売渡しの請求はその効力を失う旨を規定しております。

この規定は、一見すると相続人に有利に読めます。しかしながら、期間内に協議が調ったと会社が主張する場合や、そもそも売渡しの請求があった日がいつであるかについて争いが生じる場合には、効力を失ったと安心していた相続人が不利な立場に置かれる余地がございます。申立てをせずに期間の経過を待つという判断は、慎重に行う必要がございます。

第2節 20日の期間の起算と管理

1 起算点は「請求があった日」でございます

期間の起算点は、売渡しの請求があった日でございます。請求は会社から相続人に対して行われますので、通常は請求の書面が相続人に到達した日が基準となります。したがって、書面の到達の日を客観的に示す資料、すなわち封筒の消印、配達の記録、内容証明郵便の謄本等を保存することが不可欠でございます。

2 20日は極めて短い期間でございます

20日の間に、定款の確認、株主総会の決議の有無の確認、会社の財務の資料の入手、価格の見通しの検討、申立書の作成をすべて終えることは、現実には困難でございます。したがって、実務においては、資料が十分に整わない段階であっても、まず申立てを行い、その後の手続の中で主張及び資料を補充するという順序を検討することになります。

3 複数の相続人がいる場合

遺産分割が未了の間、株式は相続人の準共有に属します。共有者は、当該株式についての権利を行使する者1人を定め、会社に対しその者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができません(会社法第106条本文)。ただし、会社が当該権利の行使に同意した場合は、この限りでないものとされております(同条ただし書)。権利行使者の指定をめぐって相続人の間で協議が難航しているうちに20日が経過するという事態を避ける必要がございます。

第3節 申立ての手続

1 管轄

会社法の規定による非訟事件は、原則として、会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に属するものとされております(会社法第868条第1項)。売買価格の決定の申立ても、この規定に従って申し立てることになります。

2 申立書に記載する事項

申立書には、当事者、申立ての趣旨、申立ての理由を記載いたします。申立ての理由においては、少なくとも次の事項を明らかにいたします。

  • 被相続人が株式を保有していたこと及び相続が開始したこと
  • 定款に相続人等に対する売渡しの請求の定めがあること
  • 会社が売渡しの請求をしたこと及びその日
  • 協議が調っていないこと
  • 申立てが20日の期間内であること

3 手続の進行

裁判所は、当事者の主張及び資料に基づいて審理を行います。事案によっては、鑑定を実施することがございます。鑑定を実施する場合には、鑑定に要する費用の予納を求められることがあり、その額は事案により異なります。

裁判に対しては、即時抗告をすることができるものとされております。したがって、第一審の判断で手続が終了するとは限りません。

4 効力の争いとの関係

売買価格の決定の申立ては、売渡しの請求が有効であることを前提とする手続でございます。他方、定款の定めの不存在、1年の期間の経過(会社法第176条第1項ただし書)、株主総会の決議の瑕疵等を理由として請求そのものの効力を争う場合には、決議の取消しの訴え(会社法第831条第1項)その他の訴訟を別に検討することになります。両者は排斥し合うものではございませんが、主張の組立てには整理が必要でございます。

第4節 裁判所が考慮する事情

1 条文の定め

裁判所は、売買価格の決定をするには、会社法第175条第1項の請求の時における会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならないものとされております(会社法第177条第3項)。

基準となる時点は、請求の時でございます。相続が開始した時でも、裁判の時でもございません。

2 用いられる算定の方法

実務においては、次のような考え方が用いられ、事案の性質に応じて併用され、又は加重されます。

考え方 着目する事項 親しみやすい事案
純資産に着目する方法 会社の資産及び負債の評価 資産の保有が中心の会社
将来の収益に着目する方法 将来の収益又は資金の流れの見通し 継続的に利益を生じている会社
類似する会社の指標に着目する方法 同業の会社の指標との比較 比較の対象を得やすい業種
配当に着目する方法 過去及び将来の配当の水準 支配権を伴わない少数の株式

3 相続税の課税のための評価額との関係

相続税の課税のための評価額は、財産評価基本通達に基づいて算定されるものでございまして、会社法第177条第3項にいう売買価格と当然に一致するものではございません。会社が「相続税の評価額と同額である」と説明する場合であっても、それが直ちに正当な価格であることを意味するものではございません。もっとも、いかなる金額が相当であるかは事案により異なり、断定できるものではございません。

第5節 価格の主張を支える資料

1 会社に対する請求

株主及び債権者は、会社の営業時間内はいつでも、計算書類等の閲覧又は謄本の交付を請求することができます(会社法第442条第3項)。この請求について、法定の拒絶の事由は定められておりません。

総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主又は発行済株式の100分の3以上の数の株式を有する株主は、請求の理由を明らかにして、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求することができます(会社法第433条第1項)。ただし、この請求には拒絶の事由が定められております(同条第2項)。

2 誰でも取得できる資料

会社の登記事項証明書からは、資本金の額、発行済株式の総数、役員の構成、株式の譲渡の制限に関する定めの有無等が分かります。また、株式会社は、定時株主総会の終結後遅滞なく、貸借対照表(大会社にあっては貸借対照表及び損益計算書)を公告しなければならないものとされておりますので(会社法第440条第1項)、公告がされている場合にはこれを確認いたします。

3 被相続人の側に残された資料

被相続人の確定申告書の控え、金融機関に提出した資料、株主総会の招集の通知、配当金の支払通知書、預金口座の取引の履歴等から、会社の規模、収益の水準、配当の実績を推認し得ることがございます。

第6節 会社が請求を撤回した場合

会社は、いつでも、相続人等に対する売渡しの請求を撤回することができるものとされております(会社法第176条第3項)。

したがって、手続の中で会社に不利な見通しが生じた場合には、会社が請求を撤回することがございます。撤回がされますと、相続人は株式を保有し続けることになります。株式を保有し続けること自体を望む相続人にとっては、これは望ましい結果となる場合がございます。他方、換価を望む相続人にとっては、目的を達しないまま手続が終了することになりますので、当初の目的を明確にした上で手続を選択する必要がございます。

第7節 弁護士にご相談いただく意味

この局面において結論を左右するのは、20日の期間の管理でございます。会社の側は、定款の定め、株主総会の決議、価格の算定をあらかじめ準備した上で請求を行うことが通常でございます。相続人の側は、会社の内部の資料を持たないまま、20日の間に申立てをするか否かを決しなければなりません。

また、価格の争いは、資料の量と質によって結論が動きます。会社が資料を開示しない場合には、閲覧の請求と価格の決定の申立てとを並行して進める必要がございます。順番に行っていたのでは間に合いません。

当事務所は、相続人及び株主の側のお立場でこの類型の案件を取り扱っており、同一の案件について会社の側と相続人の側の双方を代理することはございません。具体的な進め方は、定款の内容、株主構成、会社の財務の状態、請求の書面が到達した日からの経過等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してまいりました実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

第8節 申立てに際して用意する資料

第5節では資料を求めるための権利の根拠を述べました。ここでは、実際に申立てに際して用意する資料を、入手先及び用いる場面とともに一覧といたします。

資料 入手先 用いる場面
会社の履歴事項全部証明書 法務局 管轄、発行済株式の総数、株式の譲渡の制限に関する定めの有無を示します
定款の写し 会社に対する交付の請求、被相続人の手元の控え 売渡しの請求の定めの存否及びその内容を示します
株主総会の議事録の写し 会社(閲覧又は謄写の請求) 決議の存在及び内容、議決権を行使した株主の範囲を確認いたします
売渡しの請求の書面及びその封筒 御自身の手元 請求があった日を示します。期間の起算の基礎となる最も重要な資料でございます
配達の記録 郵便の記録 到達の日を示します
被相続人及び相続人の戸籍 市区町村 相続の開始及び相続人の範囲を示します
遺産分割協議書又は権利行使者の指定の通知の写し 相続人 株式の帰属又は権利を行使する者を示します
計算書類及びその附属明細書 会社(計算書類等の閲覧等の請求) 会社の資産の状態を示します
勘定科目内訳明細書 会社(会計帳簿等の閲覧謄写の請求) 個々の資産及び負債の内容を示します
会社が保有する資産に関する資料 会社 資産の時価に基づく主張の裏付けといたします
配当金の支払通知書、株主総会の招集の通知 被相続人の手元 配当の実績及び株主としての取扱いを示します

第9節 申立てから決定の後までの段階

第3節第3項で述べました手続の進行を、段階ごとに整理いたします。どの段階で何を行うかをあらかじめ把握しておきますと、短い期間の中でも落ち着いて対応することができます。

段階 行うこと 留意点
第1 請求があった日を確定し、期間の満了の日を算出いたします 封筒及び配達の記録により到達の日を確認いたします
第2 価格及び支払の方法について会社と協議いたします 協議が調わない見込みであれば、直ちに申立ての準備に入ります
第3 会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所に申立書を提出いたします 期間の満了の日の間際を避け、余裕をもって提出いたします
第4 会社の主張及び資料が提出されます 会社の算定が前提とした事実及び考え方を確認いたします
第5 双方が価格に関する主張及び資料を補充いたします 資料が不足する場合には、閲覧謄写の請求を並行して行います
第6 裁判所が必要と認めた場合には鑑定が実施されます 費用の予納を求められることがございます。その額は事案により異なります
第7 裁判所が価格を定めます 理由中において採用された算定の考え方を確認いたします
第8 不服がある場合には即時抗告を検討いたします 期間が定められておりますので、決定を受領し次第、直ちに検討を要します
第9 定められた価格による代金の支払及び株式の移転を行います 支払の時期及び方法を確認いたします

第10節 会社の価格の主張と、これに対する反論の枠組み

会社の主張 反論の枠組み
相続税の課税のための評価額が適正である 課税のための評価は、課税の便宜のための画一的な定めによるものでございます。裁判所は、会社の資産の状態その他一切の事情を考慮して価格を定めるものとされております
帳簿上の純資産により算定した 資産の時価と帳簿の価額との差、簿外の資産及び負債の有無を確認いたします
少数の持分にすぎないから大きく減額すべきである 会社が取得することにより他の株主の持株の割合が高まる点をも踏まえ、減額の当否及び程度を検討いたします
配当の実績がないから収益による評価はできない 役員報酬の水準及び内部留保の状況を確認いたします。配当を行わない方針であることは、収益力がないことを意味するものではございません
直近の事業年度は赤字である 一時的な要因の有無、複数の事業年度にわたる推移、資産の含み益の有無を確認いたします
資料は開示できない 計算書類等の閲覧等の請求(会社法第442条第3項)及び会計帳簿等の閲覧謄写の請求(会社法第433条第1項)により開示を求めます

よくあるご質問

質問1 20日を過ぎてしまいました。もう争えませんか。

期間内に協議が調った場合を除き、申立てがないときは、売渡しの請求はその効力を失うものとされております(会社法第177条第5項)。したがって、株式を保有し続けるという結果になり得ます。もっとも、請求があった日がいつであるか、協議が調ったといえるかについて争いが生じる場合がございますので、直ちに弁護士にご相談ください。

質問2 会社が提示した価格に一度は口頭で同意してしまいました。

協議が調ったといえるかは、やり取りの経過、書面の有無、金額の特定の程度等により判断されます。口頭のやり取りのみで直ちに協議が調ったと評価されるとは限りませんが、事案によって結論は異なります。

質問3 鑑定の費用はどの程度かかりますか。

鑑定を実施するか否か、その費用の額は、会社の規模、事業の内容、資料の量等により異なります。一律の金額を申し上げることはできません。

質問4 相続税の申告期限までに価格が決まらない場合はどうなりますか。

相続税の申告は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内にしなければならないものとされております(相続税法第27条第1項)。売買価格の決定の手続がこれより長く続くことは珍しくございません。税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。

質問5 会社の側から申立てをされた場合はどうすればよいですか。

申立ては会社の側からもすることができます(会社法第177条第2項)。この場合、相続人は相手方として手続に参加し、価格に関する主張及び資料を提出することになります。

質問6 申立てをした後に会社と話がまとまった場合は、どうなりますか。

協議が調った場合には、申立てを取り下げることが考えられます。取下げの可否及び手続につきましては、裁判所に確認の上で行います。合意の内容は、価格のみならず支払の時期及び方法を含めて書面により明確にしておくことが肝要でございます。

質問7 価格が決まるまでに、どのくらいの期間がかかりますか。

事案の内容、資料の多寡、鑑定の要否により大きく異なりますので、一律の見込みを申し上げることはできません。鑑定を実施する場合には、実施しない場合よりも長くなるのが通例でございます。

本記事の根拠条文

会社法

  • 第106条(共有者による権利の行使)
  • 第174条(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め)
  • 第175条第1項(売渡しの請求の決定)
  • 第176条第1項・第3項(売渡しの請求及びその撤回)
  • 第177条第1項から第5項まで(売買価格の決定)
  • 第433条第1項・第2項(会計帳簿の閲覧等の請求)
  • 第440条第1項(貸借対照表等の公告)
  • 第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)
  • 第831条第1項(株主総会の決議の取消しの訴え)
  • 第868条第1項(非訟事件の管轄)

相続税法 第27条第1項(相続税の申告書の提出期限)

内部リンク

送客先のご案内のページ 相続した株式に売渡しの請求を行使され、安く取り上げられそうでお困りの方へ

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、相続人等に対する売渡しの請求を受け、提示された価格に不服のある相続人の方からのご相談をお受けしております。20日の期間の管理、売買価格の決定の申立て、計算書類等の閲覧謄本交付の請求、会計帳簿等の閲覧謄写の請求まで、相続人の側の代理人としてお引き受けいたします。

詳しくは、相続した株式に売渡しの請求を行使され、安く取り上げられそうでお困りの方へのご案内のページをご覧ください。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

弁護士費用については、当ウェブサイトの弁護士費用一覧のページをご覧ください。

ご相談の際に、会社から届いた請求の書面及びその封筒、定款、会社の登記事項証明書、株主名簿、直近の計算書類等をご用意いただけますと検討が早く進みます。なお、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。

本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。

必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次