相続税評価額で分割され取り分が減ってしまった場合の主張の組み立て

兄が示した相続税の申告書の数字をそのまま用いて遺産を分けることになりました。株式は兄が取得し、私は預貯金を受け取る内容でございます。しかしながら、会社の決算書を見せてもらいますと、内部留保も不動産も相当にあり、示された株価とは大きく違うように思われます。私の取り分は、これで公平なのでしょうか。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。

先に結論を申し上げます。相続税の課税のための評価額は、遺産分割において用いなければならない金額ではございません。遺産分割における評価は、相続人の間の公平を図るためのものでございまして、目的も基準となる時点も異なります。したがって、まだ分割が成立していないのであれば、評価をあらためて主張することができます。既に分割が成立している場合には、原則として覆りませんが、遺言による承継であれば遺留分侵害額の請求の余地があり、また詐欺又は錯誤による取消しを主張し得る場合がございます。本記事では、時期ごとに主張の組立てを整理いたします。

本稿は、相続税評価額を基準として遺産が分割され、又は分割されようとしているために取り分が減ってしまった相続人の立場から、分割が未だ成立していない場合、既に成立している場合及び遺言により株式が承継された場合のそれぞれについて、どのように主張を組み立て、どのような資料を求めるかについて解説するものです。株式の時価と相続税評価額とがそもそもなぜ異なる概念であるのか、また、会社を売却する場面において取引される価格と相続税評価額とがどのように異なるのかという基本的な考え方については 株式の時価と株式の相続税評価額は全く違う?! を御参照ください。

目次

第1節 なぜ取り分が減るのか

1 株価が低く算定される仕組み

財産評価基本通達に基づく算定においては、会社の規模の区分に応じ、類似する業種の指標に着目する方法及び純資産に着目する方法が併用され、また、株式の保有の割合に応じて配当に着目する方法によることがございます。この結果、収益力の高い会社であっても、評価額が低く算定されることがございます。

2 取り分に与える影響

株式を承継する相続人と、預貯金を承継する相続人とがある場合、株式の評価が低ければ低いほど、株式を承継する相続人は他の財産を多く取得することができます。逆に申しますと、預貯金を承継する相続人の取り分が減ることになります。

すなわち、株式の評価は、単なる数字の問題ではなく、各相続人の取得する財産の額を直接に左右いたします。

3 情報の偏在

会社の内部の資料は後継者の側にございます。他の相続人は、示された数字を検証する手段を持たないまま、合意を求められることになります。

第2節 まだ分割が成立していない場合

1 評価をあらためて主張いたします

遺産分割における財産の評価は、分割の時における価額を基準とするのが原則と解されております。相続税の課税のための評価額は、課税の公平及び画一的な処理のために定められた基準に基づくものでございまして、遺産分割においてこれによらなければならないというものではございません。

2 資料を請求いたします

株主は、計算書類等の閲覧又は謄本の交付を請求することができます(会社法第442条第3項)。この請求について、法定の拒絶の事由は定められておりません。持株の割合が要件を満たす場合には、請求の理由を明らかにして、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求することができます(会社法第433条第1項)。

遺産分割が未了である間は、株式は相続人の準共有に属し、権利行使者の指定及び通知がなければ権利を行使することができません(会社法第106条本文)。後継者が権利行使者に指定されている場合には、他の相続人はこれらの請求をすることができませんので、まず権利行使者の指定について協議し、又は遺産分割の手続の中で資料の開示を求めることになります。

3 主張の柱

  • 会社の純資産の状況(特に不動産その他の資産の含み益)
  • 会社の収益の状況(直近数期の利益、役員報酬の水準)
  • 被相続人が受けていた役員報酬及び会社からの経済的な利益
  • 会社が保有する保険積立金その他の資産
  • 被相続人が会社に対して有していた貸付金
  • 同業の会社の取引の事例又は当該会社に対する買収の打診の有無

4 調停における進め方

協議が調わないときは、家庭裁判所に遺産の分割を請求することができます(民法第907条第2項)。調停においては、相続人の範囲、遺産の範囲、特別受益及び寄与分、遺産の評価という順序で整理されることが多うございます。評価について主張が対立する場合には、鑑定が実施されることがございます。

第3節 既に分割が成立している場合

1 原則として覆りません

遺産分割協議が成立した後に、財産の価額が想定と異なっていたことが判明したとしても、そのことのみをもって分割の効力が失われるものではございません。

2 取消しを主張し得る場合

他方、後継者が会社の実態を認識しながらこれを他の相続人に告げず、事実と異なる説明をして分割を成立させたといえる場合には、詐欺による取消し(民法第96条第1項)又は錯誤による取消し(民法第95条第1項)を主張する余地がございます。錯誤による取消しについては、法律行為の基礎とした事情についての認識が真実に反する錯誤であり、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたことが必要とされております(民法第95条第2項)。

取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅いたします。行為の時から20年を経過したときも、同様でございます(民法第126条)。

3 新たに遺産が判明した場合

分割の対象とされていなかった遺産が後に判明した場合には、当該遺産について改めて分割を行うことになります。被相続人が会社に対して有していた貸付金、名義株、生命保険に関する権利等が、後に判明することがございます。

第4節 遺言により株式が承継された場合

遺言により後継者に株式が承継された場合には、遺産分割の問題ではなく、遺留分の問題となります。遺留分権利者及びその承継人は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます(民法第1046条第1項)。

遺留分侵害額の算定においても、株式の価額が争点となります。この場面でも、相続税の課税のための評価額によらなければならないというものではございません。

この請求権は、遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅いたします。相続の開始の時から10年を経過したときも、同様でございます(民法第1048条)。期間内に権利を行使したことを明らかにするため、内容証明郵便により請求の意思表示を行い、記録を残すことが実務上の取扱いでございます。

第5節 弁護士にご相談いただく意味

この局面において結論を左右するのは、時期でございます。分割が成立する前であれば、評価をあらためて主張することができます。成立した後は、これを覆すことが著しく困難となります。したがって、示された金額に疑問を感じた時点で、合意をする前にご相談いただくことが肝要でございます。

また、資料を得なければ主張は成り立ちません。「その金額は低いと思う」という感覚のみでは、調停においても評価されません。計算書類等を入手し、具体的な根拠を示す必要がございます。

さらに、遺言がある場合には遺留分侵害額の請求の期間が進行しております。遺産分割の協議と混同したまま期間が経過するという事態を避けなければなりません。

具体的な進め方は、遺産の構成、遺言の有無、会社の性格、相続人の間の関係等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してまいりました実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。なお、税務上の取扱いにつきましては税理士にご確認ください。

第6節 主張の組み立ての順序

評価額のみを先に争いますと、遺産の範囲又は評価の基準時について後から争われ、振出しに戻ることがございます。次の順序により、一つずつ確定させてまいります。

順序 主張すべき事項 裏付けとなる資料
第1 当該株式が遺産に属すること及びその株式の数 株主名簿、法人税の確定申告書に添付される同族会社等の判定に関する明細、被相続人の手元の株券又はこれに代わる書面
第2 評価の基準となる時点は分割の時であること 法律上の主張でございますので、資料を要しません
第3 評価の前提となる会社の実態 計算書類、勘定科目内訳明細書、資産の一覧、役員報酬に関する資料
第4 採用すべき算定の考え方と、その理由 上記の資料及び会社の性格に関する事情
第5 具体的な評価額 上記に基づく算定の結果を記載した書面
第6 現物を取得するか、代償金を受けるか 相手方の資力に関する事情、会社の資金の状況
第7 代償金の額及び支払の方法 上記の評価額、相手方の資力、会社からの資金の調達の可能性に関する資料

第7節 相手方の主張と、これに対する反論の枠組み

相手方の主張 反論の枠組み
相続税の申告に用いた評価額があるのだから、それで分ければよい 申告のための評価は、課税の便宜のための画一的な定めによるものでございます。分割における取り分を定める基準として当然に妥当するものではございません
会社を継ぐ自分が多く取るのが当然である 事業の承継の必要は、株式を現物で取得する理由とはなり得ましても、他の相続人の取り分を減じる理由とは直ちになりません。現物を取得する代わりに代償金を支払う形を検討いたします
代償金を支払う資力がない 支払の期限の猶予、分割による支払、会社からの資金の調達等、支払の方法を具体的に検討いたします。資力がないことは、評価額を引き下げる理由とはなりません
会社の資料は遺産分割とは関係がない 株式の評価の前提となる事実でございますので、関係がないとは申せません。株主としての権利により開示を求めます
長年この評価で来たのだから、今さら争うのはおかしい 分割が成立していない限り、評価について合意が成立したことにはなりません
株式に価値はないのだから、他の遺産を分ければよい 純資産及び収益の状況を確認いたします。価値がないとの説明の根拠を具体的に示すよう求めます

第8節 期限の整理

取り分を争うに当たりましては、次の期限を意識する必要がございます。起算点を取り違えますと、主張し得たはずの事項を主張できなくなることがございます。

事項 起算点 期間
相続の承認及び放棄 自己のために相続の開始があったことを知った時 3か月(民法第915条第1項)
相続税の申告書の提出 相続の開始があったことを知った日の翌日 10か月(相続税法第27条第1項)
遺留分侵害額の請求 相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時 1年(民法第1048条前段)。相続の開始の時から10年を経過したときも、請求することができなくなります(同条後段)
特別受益及び寄与分を考慮した取り分の主張 相続の開始の時 10年(民法第904条の3)。同条には例外の定めがございますので、個別に確認を要します
遺産分割の請求そのもの 法律上の期間の定めはございません

特に、相続の開始の時から10年という期間には御注意ください。これを経過いたしますと、生前の贈与等を考慮した取り分の主張が制限されることとなります。株式の評価を争う準備に時間をかけている間に、この期間が経過することのないよう、早い段階で全体の見通しを立てることが肝要でございます。

よくあるご質問

質問1 相続税の申告書の金額で分けると言われました。断れますか。

遺産分割において、相続税の課税のための評価額によらなければならないという決まりはございません。合意をする前であれば、評価をあらためて主張することができます。

質問2 もう協議書に署名してしまいました。

原則として、価額の相違のみを理由として分割の効力が失われるものではございません。後継者が実態を認識しながら事実と異なる説明をしたといえる場合には、詐欺又は錯誤による取消しを主張する余地がございますが、立証は容易ではございません。

質問3 決算書を見せてもらえません。

株主であれば、計算書類等の閲覧又は謄本の交付を請求することができます(会社法第442条第3項)。遺産分割が未了である場合には、権利行使者の指定が必要となります(会社法第106条本文)。

質問4 遺言で株式が兄に渡っています。

遺留分侵害額の請求を検討いたします(民法第1046条第1項)。相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年という期間の制限がございます(民法第1048条)。

質問5 代償金の支払を分割払とすることはできますか。

当事者が合意すれば可能でございます。審判による場合にも、支払の方法が定められることがございます。支払を確保するため、期限の利益の喪失の定めを置くこと、担保を設定すること等を併せて検討いたします。

質問6 私の主張する評価額の根拠は、どのように示せばよいのでしょうか。

会社の計算書類等の資料に基づき、採用すべき算定の考え方とその理由を書面により示します。資料が不足している場合には、まず開示を求める手続を先行させます。双方の隔たりが大きく、資料の開示によっても埋まらない場合には、鑑定の要否を検討いたします。

本記事の根拠条文

民法

  • 第95条第1項・第2項(錯誤)
  • 第96条第1項(詐欺又は強迫)
  • 第126条(取消権の期間の制限)
  • 第907条第2項(遺産の分割の請求)
  • 第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)
  • 第1048条(期間の制限)

会社法

  • 第106条(共有者による権利の行使)
  • 第433条第1項(会計帳簿の閲覧等の請求)
  • 第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)

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本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。

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