決算書類がないまま相続税の申告期限が近づいている場合の対応
このうち、10か月の期限が最も強く意識されるところですが、他の期限が併存していることにも留意が必要です。特に、会社が定款の定めに基づき相続人に対して株式の売渡しを請求し得る期間は1年ですので(会社法第176条第1項ただし書)、相続税の申告と並行して、この点にも備える必要があります。
第2節 資料がないまま申告することの位置付け
1 期限は延びません
相続税の申告書の提出期限は、法定されております(相続税法第27条第1項)。会社が資料を開示しないという事情は、この期限に影響を及ぼしません。
2 未分割のまま申告する場合
相続財産の全部又は一部が共同相続人によってまだ分割されていない場合には、その分割されていない財産については、各共同相続人が民法の規定による相続分に従って財産を取得したものとしてその課税価格を計算するものとされております(相続税法第55条)。
すなわち、遺産分割が調っていない場合であっても、法定相続分により按分した課税価格に基づいて申告を行うこととなります。
3 その後に分割が行われた場合
未分割のまま申告をした後に分割が行われ、その分割に基づき計算した課税価格が申告した課税価格と異なることとなった場合には、更正の請求をすることができるものとされております(相続税法第32条第1項第1号)。この請求は、その事由が生じたことを知った日の翌日から4か月以内に行うこととされております。
4 配偶者に対する税額の軽減等
配偶者に対する相続税額の軽減その他の特例については、申告期限までに分割されていない財産には適用されないのが原則ですが、申告期限から3年以内に分割された場合等には適用を受けられる場合があるものとされております。この場合、申告書に所定の書類を添付することが必要となります。詳細な要件及び手続については、税理士にご確認ください。
5 株価の算定
取引相場のない株式の評価については、財産評価基本通達に定めが置かれております。会社の規模の区分、類似業種比準価額、純資産価額といった要素により算定されるものであり、いずれも会社の財務に関する資料を前提といたします。
資料がない場合、入手し得る限りの資料により暫定的な評価を行った上で申告し、その後に資料を入手して修正するという方法が採られることがあります。この点の具体的な取扱いについては、税理士にご確認ください。
第3節 期限までに並行して進めること
1 名義書換の請求
相続その他の一般承継により株式を取得した者は、単独で株主名簿記載事項の記載又は記録を請求することができるものとされております(会社法第133条第2項及びこれに関する法務省令)。株主としての地位を明確にすることが、すべての請求の前提となります。
2 権利行使者の指定
遺産分割が未了の間、株式は相続人の準共有に属します。共有者は、当該株式についての権利を行使する者1人を定め、会社に対しその者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができません(会社法第106条本文)。ただし、会社が当該権利の行使に同意した場合は、この限りでないとされております(同条ただし書)。
相続人の間で対立がある場合、権利行使者の指定が調わないことがあります。この場合、共有物の管理に関する規律に照らして、持分の価格に従いその過半数をもって定めるという考え方が実務上とられております。
3 計算書類等の閲覧謄本交付の請求
株主及び債権者は、会社の営業時間内はいつでも、計算書類等の閲覧又は謄本の交付を請求することができます(会社法第442条第3項)。この請求には拒絶の事由が定められておりません。
4 書面による記録
請求は、内容証明郵便その他到達を確認し得る方法により行います。会社が応じない場合、その経過が、後に裁判上の手続を執る際の資料となります。
5 裁判上の手続
会社が応じない場合には、計算書類等の閲覧謄写等を求める訴えを提起し、又は仮の地位を定める仮処分(民事保全法第23条第2項)を申し立てることを検討いたします。相続税の申告期限が迫っているという事情は、保全の必要性を基礎付ける事情となり得ます。
6 他の資料からの推計
会社の資料が入手できない場合であっても、次のような資料から会社の状況を推し量り得ることがあります。
| 資料 | 得られる情報 |
|---|---|
| 登記事項証明書 | 資本金の額、発行済株式の総数、役員、目的、支店 |
| 官報又は日刊新聞紙における決算公告 | 貸借対照表又はその要旨(会社法第440条) |
| 被相続人の確定申告書の控え | 役員報酬、配当、貸付金の利息 |
| 被相続人の預金口座の取引の履歴 | 報酬及び配当の水準 |
| 不動産の登記事項証明書 | 会社が保有し、又は担保に供している不動産 |
| 過去に会社から届いた書面 | 招集の通知、配当金の支払通知書 |
| 金融機関に提出された資料 | 被相続人が保証人となっている場合等 |
第4節 優先順位の整理
| 順位 | 行うこと | 理由 |
|---|---|---|
| 第1 | 相続人の範囲及び遺産の全体を確定いたします | 申告の前提となります |
| 第2 | 名義書換を請求いたします | 会社法上の請求の前提となります |
| 第3 | 計算書類等の閲覧謄本交付を請求いたします(内容証明郵便) | 拒絶の事由がありません |
| 第4 | 入手し得る資料により暫定的な評価を行います | 期限までの申告のためです |
| 第5 | 期限内に申告いたします | 相続税法第27条第1項 |
| 第6 | 資料の入手を継続いたします | 更正の請求等に備えます |
| 第7 | 遺産分割及び株式の処分の方針を検討いたします | 相続税法第32条第1項第1号 |
具体的な進め方は、遺産の構成、相続人の関係、会社との従前の関係、残りの期間等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本ページでは詳細を開示しておりません。
第5節 申告の後に検討すべきこと
1 納税の資金
非上場株式は換金が容易でないにもかかわらず、相続税の課税の対象となります。納税の資金をどのように確保するかは、申告の後も残る課題です。会社に対する株式の譲渡、他の株主への譲渡、延納及び物納の制度の利用等が検討の対象となります。詳細については、税理士にご確認ください。
2 会社からの売渡しの請求
定款に相続人等に対する売渡しの請求の定めがある場合(会社法第174条)、会社は、一般承継があったことを知った日から1年以内に、相続人に対して株式の売渡しを請求することができます(会社法第176条第1項ただし書)。この請求がされた場合、売買価格は協議により定め、協議が調わないときは、請求があった日から20日以内に裁判所に対して売買価格の決定の申立てをすることができます(会社法第177条第1項及び第2項)。
相続税の申告と並行して、この可能性にも備える必要があります。
3 遺産分割及び遺留分
株式の評価が確定しなければ、遺産分割の協議も進みません。また、遺留分侵害額の請求は、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅するものとされております(民法第1048条)。
第6節 確認すべき期限と資料
1 期限
| 事項 | 期限 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 相続税の申告及び納付 | 相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月 | 相続税法第27条第1項、第33条 |
| 分割が行われた場合の更正の請求 | その事由が生じたことを知った日の翌日から4か月以内 | 相続税法第32条第1項第1号 |
| 遺留分侵害額の請求 | 相続の開始及び侵害の事実を知った時から1年 | 民法第1048条 |
| 会社による売渡しの請求 | 会社が一般承継を知った日から1年 | 会社法第176条第1項ただし書 |
| 売買価格の決定の申立て | 売渡しの請求があった日から20日以内 | 会社法第177条第2項 |
| 計算書類等の備置き | 定時株主総会の日の1週間前(取締役会設置会社は2週間前)から5年間 | 会社法第442条第1項 |
2 お手元でご確認いただきたい資料
- 被相続人の死亡及び相続人が分かる戸籍関係の書類
- 遺言書、遺産分割協議書
- 会社の登記事項証明書
- 被相続人の確定申告書の控え(直近3年分)
- 被相続人の預金口座の取引の履歴
- 会社から届いた書面(招集の通知、配当金の支払通知書等)
- 官報又は日刊新聞紙における決算公告
- 被相続人が会社に対して有していた債権に関する書面
第7節 弁護士にご相談いただく意味
この場面の難しさは、期限が動かないことにあります。会社が資料を開示しないという事情は、相続税の申告期限に影響を及ぼしません。したがって、「資料が入手できるまで待つ」という選択はできず、期限内の申告と資料の入手とを並行して進めることになります。
会社法上の請求は、税務の手続とは別の制度です。税理士は税務の専門家として申告を担当いたしますが、会社に対して名義書換や閲覧を請求し、応じない場合に裁判上の手続を執ることは、弁護士の職務に属します。両者が連携して進めることが、限られた期間の中では最も有効です。
また、この局面では、相続税の申告だけでなく、遺産分割、遺留分、会社からの売渡しの請求、納税の資金の確保といった複数の課題が同時に進行いたします。株式だけを切り離して処理いたしますと、かえって全体の解決が遠のくことがあります。当事務所は、相続人及び株主の側のお立場でこの類型の案件を取り扱っており、会社の側と相続人の側の双方を代理することはありません。
よくあるご質問
質問1 資料がないことを理由に申告期限を延ばせますか。
相続税の申告書の提出期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月とされております(相続税法第27条第1項)。会社が資料を開示しないという事情によって、この期限が延びるものではありません。具体的な取扱いについては税理士にご確認ください。
質問2 遺産分割が終わっていません。どのように申告しますか。
相続財産の全部又は一部がまだ分割されていない場合には、その分割されていない財産について、各共同相続人が民法の規定による相続分に従って財産を取得したものとして課税価格を計算するものとされております(相続税法第55条)。その後に分割が行われた場合には、更正の請求をすることができます(相続税法第32条第1項第1号)。
質問3 株価を低く見積もって申告しても差し支えありませんか。
差し支えありません、とは申し上げられません。取引相場のない株式の評価は財産評価基本通達に定められた方法によることとされており、根拠を欠く評価による申告は、後に修正を求められることがあります。入手し得る資料に基づく評価とその根拠を明確にしておくことが重要です。詳細については税理士にご確認ください。
質問4 会社に資料の開示を求める手続は、間に合いますか。
計算書類等の閲覧謄本交付の請求には拒絶の事由が定められておりませんので(会社法第442条第3項)、会社が応じれば短期間で資料を入手できます。会社が応じない場合には、仮の地位を定める仮処分(民事保全法第23条第2項)の申立てを検討することになります。申告期限が迫っているという事情は、保全の必要性を基礎付ける事情となり得ます。
質問5 相続税を納める資金がありません。
非上場株式は換金が容易でないにもかかわらず課税の対象となります。会社に対する株式の譲渡、他の株主への譲渡、延納及び物納の制度の利用等が検討の対象となります。税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。当事務所では、株式の処分に関する法的な手続についてご相談をお受けしております。
本記事の根拠条文
会社法
- 第106条(共有者による権利の行使)
- 第133条第2項(株主名簿記載事項の記載等の請求)
- 第174条(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め)
- 第176条第1項ただし書(1年の期間)
- 第177条第1項・第2項(売買価格の協議、20日以内の申立て)
- 第440条(貸借対照表等の公告)
- 第442条第1項・第3項(計算書類等の備置き及び閲覧等)
民事保全法 第23条第2項(仮の地位を定める仮処分命令)
民法 第915条第1項(相続の承認又は放棄の期間)、第1048条(遺留分侵害額の請求権の期間の制限)
相続税法 第27条第1項(申告書の提出期限)、第32条第1項第1号(更正の請求)、第33条(納付)、第55条(未分割遺産に対する課税)
所得税法 第125条第1項(死亡した者に係る確定申告)
その他 財産評価基本通達(取引相場のない株式の評価)
内部リンク
関連記事 第2層記事第33番(会社が決算書類を見せてくれない場合に相続人が採り得る手段)、第34番(計算書類の閲覧謄写の請求と会計帳簿の閲覧謄写の請求の違い)、第7番(非上場株式の相続税が払えないときの選択肢)、第8番(相続の開始から3年10か月 自己株式の取得の特例)
既存記事 /archives/share_sozokudemerit/(非上場株式の相続と相続税)、/archives/unlisted-stock-inheritance-guide/(非上場株式の相続のトラブル)
送客先ランディングページ /sharesozoku_kessansho_kaiji/(会社が決算書類を見せてくれず株価も相続税額も分からずお困りの方へ)
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、相続税の申告期限が迫る中で会社が資料を開示しないためにお困りの相続人の方からのご相談をお受けしております。名義書換の請求、権利行使者の指定、計算書類等の閲覧謄本交付の請求、会社が応じない場合の仮処分及び訴訟、会社からの売渡しの請求への備えまで、相続人の側の代理人としてお引き受けいたします。税理士との連携も行っております。
詳しくは、会社が決算書類を見せてくれずお困りの方に向けたご案内のページ(/sharesozoku_kessansho_kaiji/)をご覧ください。同ページでは、当事務所が行うこと、費用の目安、ご相談から受任までの流れをご説明しております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします
ご相談の際に、被相続人の死亡及び相続人が分かる戸籍関係の書類、遺言書、会社の登記事項証明書、被相続人の確定申告書の控え、預金口座の取引の履歴、会社から届いた書面をご用意いただけますと検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。なお、税額の計算及び税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。
本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
このページの位置付けと、関連するページ
本ページは、相続税及び生前の税務対策に関する解説のうちの一つです。全体像は、次の中核となるページを御覧ください。
▶ 非上場株式の相続税評価額はどのように決まる?上場株式との違いや計算方法を解説
同じ主題を扱う関連ページ
- 非上場株式の相続税が払えないときの選択肢
- 一般社団法人による事業承継とは?メリット・デメリットや税務の注意点を解説
- 売渡しの請求における売買価格の決定の申立ての進め方
- 遺産分割における非上場株式の評価額の決め方
- 相続税評価額で分割され取り分が減ってしまった場合の主張の組み立て
- 遺産相続とは?手続きの流れから注意点まで分かりやすく解説します!
- 「株価はゼロ円だ」と言われ価値の高い株式を承継されてしまった場合
- 所得税の算出方法!
- 相続税の物納及び延納と自社株式の換価との比較
- 株式保有特定会社とは?評価方法やメリット・デメリット、株特外しまでわかりやすく解説
- 相続税の申告期限までに買取価格が決まらない場合の対応
- 一般社団法人における相続税対策とは?税制改正の内容から節税スキームまでわかりやすく詳細解説
具体的な御相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。

