何年も前に株式を無償で得た後継者が遺産分割で何も渡さない場合
父は15年ほど前に、会社の株式の大部分を弟に贈与しておりました。今回、父が亡くなり遺産分割の話になりましたが、弟は「株式はとうの昔に自分がもらったものだから遺産ではない。遺産は預貯金だけだ」と申します。私は納得できません。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。
先に結論を申し上げます。生前に贈与された株式は、確かに遺産そのものではございません。もっとも、共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、その贈与の価額を相続財産に加えたものを相続財産とみなして相続分を算定するものとされております(民法第903条第1項)。これを特別受益の持戻しと申します。自社株式の贈与が生計の資本としての贈与に当たるといえるのであれば、遺産分割において考慮されることになります。ただし、被相続人が持戻しを免除する意思を表示していた場合には、その意思に従うものとされております(民法第903条第3項)。本記事では、主張の組立てと立証の方法を整理いたします。
第1節 特別受益の持戻し
1 制度の内容
共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続の開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、法定相続分又は指定相続分の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもって、その者の相続分とするものとされております(民法第903条第1項)。
2 自社株式の贈与は「生計の資本」に当たるか
自社株式の贈与が「生計の資本としての贈与」に当たるかは、贈与の目的、金額、被相続人の資産の状況、当該相続人の生活の状況等から判断されます。事業の承継を目的として、相当の価額の株式が無償で移転された場合には、これに当たると評価される余地がございます。もっとも、結論は事案により異なり、断定できるものではございません。
3 評価の基準となる時点
贈与の目的である財産の価額は、相続の開始の時を基準として評価するものと解されております(民法第904条参照)。したがって、贈与の当時の株価ではなく、相続の開始の時における株価により算定することになります。贈与の後に会社が成長した場合には、算定される価額が大きくなります。
4 持戻しの免除
被相続人が、特別受益の持戻しに関する規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有するものとされております(民法第903条第3項)。
持戻しの免除の意思表示は、明示のものに限られず、黙示のものでも足りると解されております。後継者の側は、「父は事業を継がせるつもりで贈与したのだから、持戻しは免除されている」と主張することが少なくございません。これに対しては、贈与の経緯、他の相続人に対する配慮の有無、被相続人の言動等を検討することになります。
第2節 贈与の事実をどのように立証するか
後継者が「贈与ではなく売買である」「そもそも贈与はなかった」と主張することもございます。次の資料により、事実関係を確認いたします。
- 株主名簿の記載及びその変更の時期(会社法第125条第2項により閲覧又は謄写を請求いたします)
- 譲渡の承認の決議に関する株主総会又は取締役会の議事録(会社法第318条第4項、第371条第2項)
- 贈与契約書又は株式譲渡契約書
- 贈与税の申告の有無(後継者の側の資料でございます)
- 被相続人及び後継者の預金口座の取引の履歴(対価の授受の有無)
- 被相続人の確定申告書の控え(配当の受領の状況)
- 会社が発送した株主総会の招集の通知の宛先
特に、対価の授受が確認できない場合には、贈与であったことを示す有力な事情となります。
第3節 遺留分との関係
遺言により株式が承継された場合、又は生前の贈与により遺留分が侵害されている場合には、遺留分侵害額の請求を検討いたします(民法第1046条第1項)。
遺留分を算定するための財産の価額に算入される贈与については、相続人に対する贈与は、原則として相続の開始前の10年間にされたもの(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与に限ります)に限られるものとされております(民法第1044条第3項)。したがって、15年前の贈与は、原則として遺留分の算定には算入されないことになります。
ここが重要な違いでございます。特別受益の持戻しには期間の制限がございませんが、遺留分の算定における贈与の算入には10年という制限がございます。したがって、古い贈与については、遺留分ではなく遺産分割における特別受益として主張することになります。
なお、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、10年前の日より前にされたものについても算入されるものとされております(民法第1044条第1項及び第3項)。
第4節 手続の進め方
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 第1 | 株主名簿及び登記により、株式の移転の時期を確定いたします |
| 第2 | 対価の授受の有無を確認し、贈与であることを裏付けます |
| 第3 | 相続の開始の時における株式の価額を検討いたします |
| 第4 | 持戻しの免除の意思表示の有無を検討いたします |
| 第5 | 遺産分割の協議を行い、調わない場合は調停を申し立てます |
| 第6 | 遺言がある場合には遺留分侵害額の請求の期間を管理いたします |
第5節 贈与の事実及び内容を裏付ける資料
何年も前の株式の移転につきましては、資料が散逸していることが少なくございません。次の資料を、入手先とともに整理いたします。
| 資料 | 入手先 | 用いる場面 |
|---|---|---|
| 法人税の確定申告書に添付される同族会社等の判定に関する明細 | 会社(株主としての権利による請求)、被相続人の手元の控え | 各事業年度の株主の氏名及び持株の数の推移から、移転の時期を特定いたします |
| 株主名簿 | 会社(株主としての権利による請求) | 名義の変更の時期及び内容を確認いたします |
| 株主名簿の名義書換の請求の書面 | 会社 | 誰の意思により名義が変わったのかを確認いたします |
| 贈与契約書、株式譲渡契約書 | 被相続人の手元、会社、相手方に対する開示の求め | 贈与であることと、その時期及び対象を直接に示します |
| 贈与税の申告書及び納付の記録 | 被相続人又は相手方の手元 | 贈与の事実及び当時の申告上の価額を示します |
| 被相続人の預貯金の取引の履歴 | 金融機関(相続人としての開示の請求) | 対価の授受の有無を確認いたします。対価がなければ贈与を推認する事情となります |
| 会社の計算書類及び勘定科目内訳明細書 | 会社(株主としての権利による請求) | 贈与の当時及び相続の開始の時における会社の実態を確認いたします |
| 被相続人の手帳、書簡、遺言書 | 被相続人の手元 | 持戻しの免除の意思表示の有無を検討いたします |
第6節 相手方の主張と、これに対する反論の枠組み
| 相手方の主張 | 反論の枠組み |
|---|---|
| 贈与ではなく、対価を支払って買い受けたものである | 対価の授受を示す資料の提出を求めます。預貯金の取引の履歴に対応する入出金がない場合には、その説明を求めます |
| 贈与ではなく、名義を借りていただけである | 名義株であるとの主張は、株式が被相続人の遺産に属することを意味いたします。遺産分割の対象となりますので、いずれにせよ取り分の対象でございます |
| 事業の承継のための贈与であるから、生計の資本には当たらない | 事業を承継させる目的でされた贈与であることは、生計の資本としての贈与に当たることを否定するものではございません |
| 父は持戻しを免除する意思であった | 免除の意思表示の有無及び内容を、書面その他の資料により確認いたします。相手方が主張する以上、これを裏付ける資料の提出を求めます |
| 贈与の当時は価値がなかったのだから、加える価額はない | 持戻しの評価は相続の開始の時を基準とするものと解されております。贈与の当時の価額をそのまま用いるものではございません |
| あまりに昔のことであるから、今さら問題にできない | 持戻しの対象となる贈与につきましては、贈与の時期による一律の制限は定められておりません。もっとも、次節の期間には御留意ください |
第7節 期間の整理 持戻しと遺留分とで扱いが異なります
生前の贈与を考慮させる方法には、遺産分割における持戻しと、遺留分侵害額の請求とがございます。考慮される贈与の範囲及び期間が異なりますので、混同いたしませんよう整理いたします。
| 制度 | 考慮される贈与 | 期間 |
|---|---|---|
| 遺産分割における特別受益の持戻し(民法第903条第1項) | 相続人が婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与 | 贈与の時期による一律の制限はございません |
| 上記の主張の制限(民法第904条の3) | 同上 | 相続の開始の時から10年を経過した後にする遺産の分割につきましては、特別受益及び寄与分の定めが適用されないこととされております。同条には例外の定めがございますので、個別に確認を要します |
| 遺留分の算定の基礎に算入される贈与(民法第1044条第1項・第3項) | 相続人が婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与 | 相続の開始前の10年間にされたものに限られます。ただし、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、それより前のものも算入されます |
| 遺留分侵害額の請求(民法第1048条) | ― | 相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年でございます。相続の開始の時から10年を経過したときも、請求することができなくなります |
したがいまして、遺言がなく遺産分割により解決を図る場合には、贈与が何年前であっても持戻しの主張は可能でございます。他方、遺言により何も取得できず遺留分侵害額の請求によるほかない場合には、相続の開始前の10年間という制限がかかります。いずれの手段によるべきかは、この違いを踏まえて判断いたします。
よくあるご質問
質問1 15年前の贈与でも主張できますか。
特別受益の持戻しには、期間の制限がございません(民法第903条第1項)。他方、遺留分を算定するための財産の価額に算入される相続人に対する贈与は、原則として相続の開始前の10年間にされたものに限られます(民法第1044条第3項)。したがって、古い贈与については遺産分割における特別受益として主張することになります。
質問2 贈与の当時の株価で計算されるのですか。
贈与の目的である財産の価額は、相続の開始の時を基準として評価するものと解されております(民法第904条参照)。贈与の後に会社が成長した場合には、算定される価額が大きくなります。
質問3 弟は「父は持戻しを免除するつもりだった」と言っています。
被相続人が異なった意思を表示したときは、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その意思に従うものとされております(民法第903条第3項)。黙示の意思表示でも足りると解されておりますので、贈与の経緯、他の相続人への配慮の有無、被相続人の言動等を検討することになります。
質問4 贈与があったこと自体を否定されています。
株主名簿の記載の変更の時期、譲渡の承認の決議、対価の授受の有無を確認いたします。対価の授受が確認できない場合には、贈与であったことを示す有力な事情となります。
質問5 贈与の当時の贈与税の申告書が見つかりました。これは有利な資料でしょうか。
贈与があった事実を直接に示す資料でございますので、有用でございます。もっとも、そこに記載された価額は課税のための評価によるものでございまして、持戻しの際に加える価額をそのまま示すものではございません。
質問6 遺産分割と遺留分侵害額の請求とを、両方進めることはできますか。
遺言の有無及び内容によって、いずれによるべきかが変わります。遺言により全部の遺産の帰属が定まっている場合には遺留分侵害額の請求により、遺言がない又は一部の遺産についてのみ定めがある場合には遺産分割によることとなります。判断を誤りますと期間を徒過するおそれがございますので、早い段階で全体の見通しを立てることが肝要でございます。
本記事の根拠条文
民法
- 第903条第1項・第3項(特別受益者の相続分及び持戻しの免除)
- 第904条(贈与の目的である財産の評価)
- 第1044条第1項・第3項(遺留分を算定するための財産の価額に算入される贈与)
- 第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)
- 第1048条(期間の制限)
会社法
- 第125条第2項(株主名簿の閲覧等)
- 第318条第4項(株主総会の議事録の閲覧等)
- 第371条第2項(取締役会の議事録の閲覧等)
- 第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)
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本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
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