公正証書遺言が紛争の予防に資する理由と作成の手順

遺言書を作成しておこうと考えてはいるものの、自筆証書遺言と公正証書遺言のいずれの方式によるべきか判断がつかない。あるいは、既に自筆証書遺言を作成しているが、これで足りるのか不安である。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。

先に結論を申し上げます。相続人の間に対立が生ずるおそれのある事案におきましては、公正証書遺言によることをお勧めしております。理由は3点でございます。第1に、公証人が方式を確認いたしますので、方式の不備によって遺言が無効となる危険が小さいことでございます。第2に、原本が公証役場に保管されますので、紛失、隠匿及び改変の危険が小さいことでございます。第3に、家庭裁判所の検認の手続を要しませんので(民法第1004条第2項)、相続が開始した後に速やかに手続へ移ることができることでございます。本記事では、この3点を順に整理し、併せて作成の手順、自筆証書遺言書保管制度との比較、及び公正証書遺言であってもなお争いが生じ得る場面について申し上げます。

目次

第1節 普通の方式の遺言の種類

 3種類の方式が定められております

民法は、普通の方式の遺言といたしまして、自筆証書遺言、公正証書遺言及び秘密証書遺言の3種類を定めております。実務上用いられておりますのは自筆証書遺言及び公正証書遺言でございまして、秘密証書遺言が用いられる例は多くございません。いずれの方式によりましても、方式に従って作成された遺言の効力に優劣はございません。もっとも、後に述べますとおり、紛争の予防という観点からは、方式ごとに相当の差がございます。

 自筆証書遺言の方式

自筆証書遺言は、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押すことによって成立いたします(民法第968条第1項)。平成30年の民法の改正によりまして、相続財産の目録を添付する場合には、その目録については自書を要しないものとされ、目録の各頁に署名し、印を押すことをもって足りることとなりました(同条第2項)。もっとも、本文につきましては自書が必要であることに変わりはございません。

 公正証書遺言の方式

公正証書遺言は、証人2人以上の立会いのもとで、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授し、公証人がこれを筆記して遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させ、遺言者及び証人が筆記の正確なことを承認して各自これに署名し、印を押し、公証人がその証書は方式に従って作成したものである旨を付記して署名し、印を押すことによって成立いたします(民法第969条)。口がきけない方又は耳が聞こえない方につきましては、通訳人の通訳による申述又は自書によることができる旨の規定が置かれております(民法第969条の2)。

第2節 方式の不備によって無効となる危険が小さいこと

 自筆証書遺言において方式の不備が生じやすい点

自筆証書遺言につきましては、方式の不備を理由として効力が争われる例が少なくございません。日付が「令和7年8月吉日」といった特定を欠く記載にとどまる場合、氏名の記載を欠く場合、押印を欠く場合、本文の一部が他人の代筆による場合、加除訂正が民法第968条第3項の定める方式によらずにされた場合などが典型でございます。これらは、遺言者が亡くなった後に判明いたしますので、是正することができません。

 公証人による方式の確認

公正証書遺言におきましては、公証人が方式に従って証書を作成いたしますので、方式の不備によって無効となる事態は、実際上ほとんど生じません。加えて、公証人は遺言の内容についても法律上の観点から確認をいたしますので、内容が不明確であるために解釈をめぐる争いが生ずる危険も、相対的に小さくなります。

 もっとも、方式の適法性が争われる例が皆無ではございません

公正証書遺言でありましても、証人の欠格事由(民法第974条)に該当する者が証人となっていた場合や、口授があったといえるかが争われる場合には、方式の適法性が争点となることがございます。断定的なことは申し上げられませんが、危険が小さいというにとどまり、皆無ではないという点は申し添えます。

第3節 紛失、隠匿及び改変の危険が小さいこと

 自筆証書遺言は原本が1通しかございません

自筆証書遺言は、遺言者が自宅等で保管するのが通例でございます。そのため、遺言者の死亡後にこれを最初に発見した相続人が、自己に不利な内容であることを知って、これを破棄し、隠匿し、又は改変するという事態が生じ得ます。発見されないまま遺産分割協議が進んでしまう例もございます。

 公正証書遺言は原本が公証役場に保管されます

公正証書遺言は、原本が公証役場に保管され、遺言者には正本及び謄本が交付されます。したがって、手元の正本を紛失いたしましても、また第三者がこれを破棄いたしましても、原本は残ります。相続人その他の利害関係人は、遺言者の死亡後、公証役場において遺言公正証書の検索を求め、謄本の交付を請求することができます。

 破棄、隠匿及び変造の効果

相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者は、相続人となることができません(民法第891条第5号)。これを相続欠格と申します。もっとも、これは事後の制裁でございまして、そのような事態を招かないようにしておくことの方が、はるかに実効的でございます。

第4節 検認の手続を要しないこと

 検認とは

遺言書の保管者又はこれを発見した相続人は、相続の開始を知った後、遅滞なく、遺言書を家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならないものとされております(民法第1004条第1項)。検認は、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など、検認の日における遺言書の内容を明確にして、その後の偽造及び変造を防止するための手続でございまして、遺言の有効性を確定するものではございません。

 公正証書遺言は検認を要しません

民法第1004条第2項は、公正証書による遺言については検認を要しない旨を定めております。検認の手続には、相続人全員を把握するための戸籍謄本等の収集、家庭裁判所への申立て、期日の指定及び通知といった過程を要しますので、相当の期間を要するのが通例でございます。公正証書遺言によりますと、この期間を要せず、直ちに預貯金の払戻し、不動産の登記手続その他の手続に移ることができます。

 相続の手続には期限のあるものがございます

相続の放棄及び限定承認は原則として自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内(民法第915条第1項)、相続税の申告は相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内(相続税法第27条第1項)とされております。また、令和6年4月1日から、相続によって不動産の所有権を取得した相続人は、その所有権の取得を知った日から3年以内に相続の登記を申請しなければならないものとされました(不動産登記法第76条の2)。検認に要する期間を節約できることは、これらの期限の管理の上でも意味がございます。

第5節 自筆証書遺言書保管制度との比較

 制度の概要

法務局における遺言書の保管等に関する法律によりまして、自筆証書遺言につきましても、遺言書保管所である法務局に保管を申請することができる制度が設けられております。この制度を利用いたしますと、原本が法務局に保管されますので紛失及び隠匿の危険が小さくなり、また検認を要しないものとされております。

 もっとも、内容の適法性まで確認されるものではございません

遺言書保管所においては、自筆証書遺言としての方式に適合するかどうかについて外形的な確認がされますが、遺言の内容が法律上有効であるか、内容が明確であるか、遺言者に遺言をする能力があったかといった点まで確認されるものではございません。この点は、公証人が内容についても確認をする公正証書遺言との重要な差でございます。

 選択の目安

財産の内容が単純であり、相続人の間に対立が予想されない事案におきましては、自筆証書遺言書保管制度の利用によって足りる場合がございます。他方、非上場の株式、事業用の資産、共有関係にある財産が含まれる場合、相続人の間に既に対立がある場合、相続人以外の者に財産を与えようとする場合などにおきましては、公正証書遺言によることをお勧めしております。

第6節 作成の手順

 財産及び相続人の確定

まず、遺言の対象となる財産を確定いたします。不動産につきましては登記事項証明書及び固定資産の評価に関する証明書、預貯金につきましては金融機関名、支店名及び口座番号、株式につきましては銘柄及び株式数を把握いたします。併せて、戸籍謄本等によって推定相続人を確定いたします。

 遺言の内容の検討

誰に何を与えるかを定めます。特定の財産を特定の者に承継させる場合には、その旨を明確に記載いたします。遺言執行者を指定しておくことも、その後の手続を円滑にする上で有益でございます。また、遺留分を侵害する内容とする場合には、後に遺留分侵害額の請求がされることを見込んで、その原資を確保しておくことが考えられます。

 公証人との打合せ及び作成の日

公証役場に対して案文及び資料を提出し、公証人との間で内容を確認いたします。作成の日には、遺言者本人が公証役場に出向くのが原則でございますが、健康上の事情等により出向くことが困難な場合には、公証人に病院又は自宅へ出張を求めることもできます。証人2人が必要でございますが、推定相続人、受遺者及びこれらの配偶者並びに直系血族は証人となることができません(民法第974条)。

 費用について

公証人の手数料につきましては、目的の価額等に応じて定まりますので、具体的な額は公証役場にお尋ねください。当事務所に案文の作成及び立会いをご依頼いただく場合の弁護士費用につきましては、当ウェブサイトの弁護士費用一覧のページをご覧ください。税務上の取扱いにつきましては税理士にご確認ください。

第7節 公正証書遺言であってもなお争いが生じ得る場面

 遺言をする能力が争われる場合

公正証書遺言でありましても、作成の当時に遺言者に遺言をする能力がなかったことを理由として、その効力が争われることがございます。公証人は遺言者の応答から判断をいたしますが、認知症の診断を受けている方の場合には、後に診療録等に基づいて能力の有無が争われる例がございます。作成の当時における診断書、長谷川式簡易知能評価スケール等の検査の結果、日常の応答の記録などを残しておくことが、争いの予防に資します。

 遺留分をめぐる争い

遺言によって兄弟姉妹以外の相続人の遺留分が侵害される場合、その相続人は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます(民法第1046条第1項)。平成30年の民法の改正によりまして、遺留分に関する権利の行使の効果は、金銭債権の発生とされました。改正の前は、権利の行使によって目的物について共有関係が生ずるものとされておりましたが、現行法におきましてはそのような効果は生じません。したがって、遺言の効力自体が否定されるものではございませんが、金銭の支払をめぐる争いは生じ得ます。

 遺言の解釈が争われる場合

財産の特定が不十分である場合、遺言の作成後に財産の内容が変動した場合、あるいは受遺者が遺言者より先に死亡した場合などにおきましては、遺言の解釈が争われることがございます。予備的な定めを置いておくことによって、これらの多くは予防することができます。

第8節 弁護士にご相談いただく意味

公正証書遺言の作成それ自体は、公証人が行うものでございます。もっとも、どのような内容とすれば相続人の間の争いを予防することができるか、遺留分の侵害をどの程度見込むべきか、遺言執行者を誰とすべきか、非上場の株式や事業用の資産をどのように承継させるべきかといった点は、公証人が助言をする事項ではございません。これらは、相続をめぐる紛争の実際を踏まえて検討すべき事項でございます。

また、既に相続人の間に対立がある場合、あるいは将来において対立が予想される場合には、遺言の内容のみならず、生前の財産の管理の方法、贈与の記録の残し方、遺言をする能力に関する資料の確保についても、併せて検討しておくことが望ましゅうございます。当事務所は、こうした事前の設計から、相続が開始した後の遺言執行及び紛争の解決まで、一貫してお引き受けしております。

よくあるご質問

 既に自筆証書遺言を作成しておりますが、改めて公正証書遺言を作成することはできますか

できます。前の遺言と後の遺言とが抵触する場合には、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされます(民法第1023条第1項)。方式が異なっていても差し支えございません。

 公正証書遺言を作成した後に、内容を変更することはできますか

できます。遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができます(民法第1022条)。財産の内容や家族の状況に変動が生じた場合には、作り直しをご検討ください。

 証人を頼める人がおりません

公証役場において証人を紹介する取扱いがされている場合がございます。また、当事務所にご依頼いただいた場合には、当事務所において証人を用意することもできます。

 相続人ではない者に財産を与えることはできますか

できます。遺贈と申します。長年にわたり療養看護をしてくださった方、法人などに財産を与えることもできます。ただし、相続人の遺留分を侵害する場合には、遺留分侵害額の請求を受けることがございます。

本記事の根拠条文

民法

  • 第891条第5号(相続人の欠格事由)
  • 第915条第1項(相続の承認又は放棄をすべき期間)
  • 第968条(自筆証書遺言)
  • 第969条(公正証書遺言)
  • 第969条の2(公正証書遺言の方式の特則)
  • 第974条(証人及び立会人の欠格事由)
  • 第1004条第1項・第2項(遺言書の検認)
  • 第1022条(遺言の撤回)
  • 第1023条第1項(前の遺言と後の遺言との抵触)
  • 第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)

不動産登記法 第76条の2(相続等による所有権の移転の登記の申請)

相続税法 第27条第1項(相続税の申告書の提出期限)

法務局における遺言書の保管等に関する法律(自筆証書遺言書保管制度)

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所では、公正証書遺言の案文の作成、公証役場との打合せ、証人としての立会い、遺言執行者への就任、及び相続が開始した後の遺言の執行まで、一貫してお引き受けしております。相続人の間に対立が予想される事案、非上場の株式又は事業用の資産が相続財産に含まれる事案を特に多く取り扱っております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

弁護士費用については、当ウェブサイトの弁護士費用一覧のページをご覧ください。

ご相談の際に、不動産の登記事項証明書、預貯金の通帳、株式に関する資料、戸籍謄本等をご用意いただけますと検討が早く進みます。なお、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。

本記事は一般的な制度の説明でございまして、個別の事案における結論を保証するものではございません。具体的な対応につきましては、事案の内容に即して弁護士にご相談ください。

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