遺言書の内容に不満がある場合に採り得る手段と検討の順序

父が亡くなり、遺言書が出てまいりました。財産のほとんどを兄に相続させるという内容でございます。生前の父の言動からは考えにくい内容でございまして、納得することができません。どのようにすればよいのでしょうか。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。
先に結論を申し上げます。遺言の内容に不満がある場合に採り得る手段は、大きく4つに分かれます。第1に、遺言そのものが効力を有しないことを主張する方法でございます。第2に、遺言は有効であることを前提として、その意味の解釈を争う方法でございます。第3に、遺言は有効であることを前提として、遺留分侵害額の請求をする方法でございます。第4に、相続人の全員の合意により、遺言と異なる内容の分割をする方法でございます。これらは、いずれを選ぶかによって、主張立証すべき事項も、期間の制限も、要する期間及び費用も大きく異なります。本記事では、この4つの手段の内容と、どの順序で検討すべきかを整理いたします。
第1節 まず確認すべき事項
遺言の方式は何か
自筆証書遺言であるか、公正証書遺言であるかによって、その後の進め方が異なります。自筆証書遺言であれば、方式の不備を理由として効力を争う余地が相対的に大きうございます。公正証書遺言であれば、方式の不備を理由とする主張は通りにくく、遺言をする能力を争うことが中心となります。
検認を経ているか
自筆証書遺言につきましては、家庭裁判所における検認の手続を要します(民法第1004条第1項)。ただし、法務局における遺言書の保管の制度を利用しているものについては、検認を要しません。検認は遺言の有効性を確定する手続ではございませんので、検認を経たからといって、その後に効力を争うことができなくなるものではございません。
遺言執行者が指定されているか
遺言執行者が指定されている場合には、その者が遺言の内容を実現する権限を有します。遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができません(民法第1013条第1項)。したがいまして、執行が進む前に対応を検討する必要がございます。
どの財産が誰に与えられているか
遺言の内容を、財産ごとに整理いたします。特定の財産を特定の相続人に承継させる旨の定めであるか、相続分の指定であるか、相続人以外の者に対する遺贈であるかによって、その後の手続が異なります。
第2節 手段の全体像と検討の順序
4つの手段
第1は、遺言の無効を主張する方法でございます。方式の不備、遺言をする能力の欠如、詐欺又は強迫、共同遺言の禁止への違反などが、その根拠となり得ます。第2は、遺言の解釈を争う方法でございます。第3は、遺留分侵害額の請求でございます。第4は、相続人の全員の合意による、遺言と異なる分割でございます。
検討の順序
実務上は、まず遺言の無効を主張することができるかを検討し、次に解釈の余地を検討し、これらが困難である場合に遺留分侵害額の請求を行う、という順序で進めることが多うございます。もっとも、遺留分侵害額の請求には後述のとおり短い期間の制限がございますので、無効の主張を検討している間に期間が経過することのないよう、期間の管理を並行して行う必要がございます。
両立し得る主張でございます
遺言が無効であるとの主張と、仮に有効であるとしても遺留分が侵害されているとの主張とは、両立し得ます。実務上、主位的に遺言の無効を主張しつつ、予備的に遺留分侵害額の請求をするという形をとることがございます。
第3節 遺言の無効を主張する方法
方式の不備
自筆証書遺言につきましては、全文、日付及び氏名の自書並びに押印を欠く場合には、効力を有しません(民法第968条第1項)。日付が「令和7年8月吉日」といった特定を欠く記載である場合、本文の一部が他人の代筆による場合、加除訂正が同条第3項の定める方式によらずにされた場合などが、実際に問題となる例でございます。
遺言をする能力
遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければなりません(民法第963条)。認知症の診断を受けていた方が作成した遺言につきましては、作成の当時に遺言の内容及びその法律上の効果を理解する能力があったかどうかが争われます。診療録、認知の機能に関する検査の結果、介護に関する記録、当時の日常の応答に関する関係者の陳述などによって判断されることとなります。
共同遺言の禁止
遺言は、2人以上の者が同一の証書によってすることができません(民法第975条)。夫婦が1通の書面に連名で作成した遺言は、この規定に反し、効力を有しないものとされます。
詐欺又は強迫による場合
詐欺又は強迫によって遺言がされた場合には、その取消しを主張することが考えられます。もっとも、遺言者が亡くなった後に、その当時の働きかけの内容を立証することは容易ではございません。
手続
遺言の無効を争う場合には、遺言無効確認の訴えを提起いたします。相続に関する事件でございますので、まず家庭裁判所の調停を経ることが求められる場合がございます。無効が確認された場合には、遺言がなかったものとして、改めて遺産分割の手続を行うこととなります。
第4節 遺言の解釈を争う方法
解釈が問題となる場面
遺言の文言が不明確である場合、財産の特定が不十分である場合、遺言の作成後に財産の内容が変動した場合、受遺者が遺言者より先に死亡した場合などにおきましては、遺言の解釈が問題となります。
解釈の考え方
遺言の解釈におきましては、遺言書の文言を基礎としつつ、遺言者の真意を探究すべきものと解されております。文言のみによって形式的に判断するのではなく、遺言の作成に至った経緯、遺言者と相続人との関係などの事情が考慮されます。
「相続させる」旨の遺言
特定の財産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言は、特段の事情がない限り、遺産分割の方法の指定であって、当該財産は相続の開始と同時に当該相続人に承継されるものと解されております。この場合には、遺産分割の手続を経ることなく、直ちに承継の効力が生じます。
第5節 遺留分侵害額の請求
遺留分を有する者
兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分を有します(民法第1042条第1項)。すなわち、配偶者、子及びその代襲者、並びに直系尊属でございます。兄弟姉妹には遺留分がございませんので、兄弟姉妹が相続人である事案におきましては、この方法によることができません。
請求の内容
遺留分権利者及びその承継人は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます(民法第1046条第1項)。平成30年の民法の改正により、遺留分に関する権利の行使の効果は金銭債権の発生とされました。したがいまして、目的である財産そのものを取り戻すことはできず、金銭の支払を求めることとなります。
権利の行使の方法
権利の行使は、受遺者又は受贈者に対する意思表示によってすることができます。後の紛争に備えて、内容証明郵便によって行うのが通例でございます。意思表示によって金銭債権が発生いたしますので、その後に額をめぐる交渉、調停又は訴訟を行うこととなります。
期間の制限
遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅いたします。相続開始の時から10年を経過したときも、同様でございます(民法第1048条)。1年という期間は極めて短うございますので、遺言の内容を知った段階で、まずこの期間を確認する必要がございます。
第6節 相続人の全員の合意による分割
遺言と異なる分割をすることができる場合がございます
遺言があります場合であっても、相続人の全員(受遺者がいる場合にはその者を含みます)が合意をするときは、遺言と異なる内容の分割をすることが可能であると解されております。相続人の間の関係が悪化していない事案におきましては、この方法が最も迅速かつ費用の少ない解決となります。
遺言執行者がある場合
遺言執行者が指定されている場合には、その同意を得ることが必要となる場合がございます。遺言執行者は遺言の内容を実現する職務を負っておりますので、あらかじめ協議をしておく必要がございます。
合意の書面化
合意が成立した場合には、その内容を書面によって明確にいたします。不動産の登記手続、預貯金の払戻し等の手続におきまして、金融機関及び法務局に提出することとなりますので、記載の正確を期する必要がございます。
第7節 遺言執行者への対応
遺言執行者の権限
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します(民法第1012条第1項)。遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生じます。
相続人に対する報告の義務
遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければなりません(民法第1007条第2項)。また、相続人の請求があるときは、いつでも執行の状況を報告しなければなりません。財産目録の交付を求めることもできます。
解任の申立て
遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができます(民法第1019条第1項)。特定の相続人に偏った執行がされている場合には、この申立てを検討することがございます。
第8節 期間の制限の一覧
相続の放棄及び限定承認
自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内でございます(民法第915条第1項)。遺言の内容に不満があり、かつ相続財産に債務が含まれる場合には、この期間の管理も必要でございます。
遺留分侵害額の請求
知った時から1年、相続開始の時から10年でございます(民法第1048条)。最も短い期間でございますので、優先して管理いたします。
遺産分割における期間
相続開始の時から10年を経過した後にする遺産分割につきましては、原則として、特別受益及び寄与分に関する規定は適用されず、法定相続分又は指定相続分によることとなります(民法第904条の3)。長期間放置することによって、主張することができる事項が減少いたします。
相続の登記の申請の義務
相続によって不動産の所有権を取得した相続人は、その所有権の取得を知った日から3年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならないものとされております(不動産登記法第76条の2)。遺産分割が調わない場合には、相続人である旨の申出をしておくことによって、この義務を履行したものとみなされます(不動産登記法第76条の3)。
第9節 弁護士にご相談いただく意味
遺言の内容に不満がある場合の対応におきましては、いずれの手段を選ぶかという判断が、結論を大きく左右いたします。遺言の無効を主張して長期間の訴訟を経た末に主張が認められず、その間に遺留分侵害額の請求の期間が経過していたという事態は、避けなければなりません。まず期間の制限を確保したうえで、無効の主張の見通しを立てるという順序が、実務上は穏当でございます。
また、遺言をする能力を争う場合には、診療録、介護に関する記録その他の資料を早期に確保する必要がございます。これらの資料には保存の期間がございますので、時期を失すれば取得することができなくなります。当事務所は、資料の収集、期間の管理、相手方に対する請求、調停及び訴訟の遂行までを一貫してお引き受けしております。
よくあるご質問
公正証書遺言でございますが、争うことはできますか
方式の不備を理由とする主張は通りにくうございますが、作成の当時における遺言をする能力を争う余地はございます。作成の当時の診療録その他の資料を確認したうえで、見通しを検討いたします。
既に遺言執行者が預金を払い戻しております
遺言執行者に対し、執行の状況の報告及び財産目録の交付を求めることができます。そのうえで、遺言の効力を争うか、遺留分侵害額の請求をするかを検討いたします。
私は兄弟姉妹でございます。遺留分はございますか
兄弟姉妹には遺留分がございません(民法第1042条第1項)。この場合には、遺言の無効を主張することができるかどうかが中心となります。
遺言の内容を知ってから1年が経過しております
遺留分侵害額の請求権については、時効が完成している可能性がございます。もっとも、起算点は、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時でございますので、事案によって判断が異なります。直ちに断念せず、ご相談ください。
費用はどの程度かかりますか
採る手段、対象となる財産の内容及び資料の多寡によって異なります。弁護士費用につきましては、当ウェブサイトの弁護士費用一覧のページをご覧ください。
本記事の根拠条文
民法
- 第915条第1項(相続の承認又は放棄をすべき期間)
- 第904条の3(期間経過後の遺産の分割における相続分)
- 第963条(遺言能力)
- 第968条(自筆証書遺言)
- 第975条(共同遺言の禁止)
- 第1004条第1項(遺言書の検認)
- 第1007条第2項(遺言の内容の通知)
- 第1012条第1項(遺言執行者の権利義務)
- 第1013条第1項(遺言の執行の妨害行為の禁止)
- 第1019条第1項(遺言執行者の解任)
- 第1042条第1項(遺留分の帰属及びその割合)
- 第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)
- 第1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
不動産登記法 第76条の2(相続等による所有権の移転の登記の申請)、第76条の3(相続人である旨の申出)
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所では、遺言の内容に不満のある相続人の方から、遺言の効力を争う事案、遺留分侵害額の請求をする事案、遺言執行者への対応を要する事案について、ご相談をお受けしております。相続財産に非上場の株式又は事業用の資産が含まれる事案を特に多く取り扱っております。
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弁護士費用については、当ウェブサイトの弁護士費用一覧のページをご覧ください。
ご相談の際に、遺言書の写し、検認調書の写し、戸籍謄本等、相続財産の内容が分かる資料、被相続人の診療録又は介護に関する資料をご用意いただけますと検討が早く進みます。なお、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。
本記事は一般的な制度の説明でございまして、個別の事案における結論を保証するものではございません。具体的な対応につきましては、事案の内容に即して弁護士にご相談ください。
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