事業承継税制の利用を検討する場合に生ずる会社法上及び相続法上の論点

顧問の税理士から、事業承継税制を利用してはどうかとの助言を受けました。税の負担が軽くなるということですが、法律の面で何か注意すべき点はあるのでしょうか。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。
先に結論を申し上げます。非上場株式等についての贈与税及び相続税の納税の猶予及び免除の制度は、その名のとおり税に関する制度でございますが、その利用は、会社法上及び相続法上の帰結を伴います。すなわち、後継者に株式を集中させることを前提とする制度でございますので、他の相続人の遺留分を侵害する可能性が高うございます。また、猶予が打ち切られる事由が定められておりますので、将来において会社を第三者に譲渡し、又は事業を再編する自由が事実上制約されます。さらに、猶予が継続している間、長期にわたる義務が生じます。本記事では、税務上の要件及び計算については扱わず、これらの法律上の論点のみを申し上げます。税務上の取扱いにつきましては税理士にご確認ください。
第1節 本記事の位置付け
税務の判断は税理士の領分でございます
適用の要件を満たすか、猶予される税額がいくらか、猶予が打ち切られる事由に該当するかは、いずれも税務上の判断でございます。当事務所は、税務の申告の代理を行うものではございません。本記事におきましては、税率、控除の額その他の数値は記載いたしません。
弁護士が関与する意味
他方、この制度は、後継者に株式を集中させ、かつ、その状態を長期にわたり維持することを前提としております。株式を誰にどのように帰属させるか、他の相続人との関係をどのように調整するか、将来において会社をどうするかは、いずれも法律上の判断を要する事項でございます。制度を利用するかどうかの判断は、税の負担の軽重のみによって決すべきものではございません。
第2節 制度が前提とする状態と会社法上の手続
後継者が代表者であることが前提とされます
この制度は、後継者が会社の代表権を有していることを前提としております。したがいまして、制度の利用に先立ち、後継者を代表取締役に選定する必要がございます。取締役の選任は株主総会の決議により、代表取締役の選定は取締役会の決議又は定款の定めに従って行います。これらの手続に瑕疵がありますと、後に決議の効力が争われることとなります。
議決権の割合に関する要件
この制度は、後継者が一定の議決権を有していることを要件としております。したがいまして、株式が分散している会社におきましては、まず株式を集約する作業を要します。所在の分からない株主がいる場合には、会社法の定める手続、及び中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律の定める特例の利用を検討することとなります。
株式の移転に関する会社法上の手続
株式の贈与又は譲渡につきましては、定款に譲渡の制限に関する定めがある場合には、会社の承認を要します。承認の手続を経ていない移転は、会社に対抗することができません。また、株主名簿の名義の書換えを了しておく必要がございます。税務上の申告のみを行い、会社法上の手続を欠いたまま放置いたしますと、後に株主の地位が争われることとなります。
定款の見直し
制度の利用に併せて、定款の内容を見直すことが有益でございます。とりわけ、相続人等に対する売渡しの請求に関する定めがある場合には、後継者自身がその対象とされる危険がございますので、慎重な検討を要します。売渡しの請求に係る株主総会の決議におきましては、当該相続人は原則として議決権を行使することができないからでございます。
第3節 株式の集中が相続法上もたらす帰結
遺留分の侵害
後継者に株式を集中させますと、他の相続人の遺留分を侵害することがございます。遺留分権利者は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます(民法第1046条第1項)。平成30年の民法の改正により、遺留分に関する権利の行使の効果は金銭債権の発生とされましたので、株式そのものが取り戻されることはございませんが、後継者は金銭を支払う義務を負うこととなります。
後継者が原資を有していないことが通例でございます
後継者は、株式を取得したというだけでは、金銭を有しておりません。非上場株式は換価が容易ではございませんので、遺留分侵害額の請求を受けた場合に、これに応ずる資力を欠くことがございます。結果として、株式の一部を他の相続人に譲り渡し、又は会社に買い取らせざるを得なくなることがございます。
猶予が打ち切られる可能性との連鎖
ここに、この制度に固有の問題がございます。遺留分侵害額の請求に応ずるために後継者が株式を手放しますと、議決権の割合に関する要件を満たさなくなり、猶予が打ち切られるおそれがございます。この場合には、猶予されていた税額及び利子税を納付しなければなりません。すなわち、遺留分の処理を怠りますと、税の負担の軽減という当初の目的そのものが失われる結果となり得ます。
特別受益としての扱い
後継者に対する株式の贈与は、生計の資本としての贈与に当たり得ますので、遺産分割において特別受益として考慮されることとなります(民法第903条第1項)。また、相続人に対する贈与は、原則として相続開始前の10年間にされたものが、遺留分を算定するための財産の価額に算入されます(民法第1044条第3項)。
第4節 他の相続人に対する配分の設計
原資の確保
株式を後継者に集中させる場合には、他の相続人に支払うべき金銭の原資をあらかじめ確保しておく必要がございます。生命保険を活用して後継者が金銭を取得することができるようにしておく方法、退職慰労金の支給の方針を定めておく方法、株式以外の財産を他の相続人に配分する方法などが考えられます。
遺留分に関する民法の特例
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律は、推定相続人の全員の合意及び経済産業大臣の確認並びに家庭裁判所の許可を得て、後継者が取得した株式を遺留分を算定するための財産の価額に算入しない旨の合意、又はその価額をあらかじめ固定する旨の合意をすることができる制度を定めております。この特例と課税の猶予の制度とを併せて利用することが、実務上は望ましい設計でございます。
推定相続人の全員の合意を要します
もっとも、この特例は推定相続人の全員の合意を要します。既に相続人の間に対立がある事案におきましては、利用することができません。したがいまして、対立が生ずる前の段階で着手する必要がございます。
説明を尽くすことの意味
後継者以外の相続人に対して何らの説明もないまま株式の集中が図られますと、相続の開始後に強い反発を招きます。株式を後継者に集中させる理由、他の相続人に対する配分の考え方を生前に説明しておくことが、紛争の予防に資します。
第5節 将来の選択肢に対する制約
猶予は長期にわたって継続いたします
猶予は、直ちに免除に転ずるものではございません。一定の事由が生ずるまで継続し、その間、要件を維持し、かつ継続的に報告又は届出をする義務がございます。
第三者への譲渡との関係
将来において会社を第三者に譲渡することを検討する可能性がある場合には、注意を要します。後継者が株式を譲り渡しますと、猶予が打ち切られる事由に該当することがございます。後継者が事業を継続する意思を有しているか、その意思が長期にわたり維持される見込みがあるかを、あらかじめ見極める必要がございます。
事業の再編との関係
合併、会社分割、株式交換その他の組織の再編を行う場合につきましても、猶予の継続に影響が生ずることがございます。将来の事業の再編を予定している場合には、制度の利用の可否を含めて検討を要します。
制度の利用が目的化することの弊害
課税の猶予を受けるために、本来であれば第三者に譲渡すべき事案において親族内の承継を選択するというのは、順序が逆でございます。まず承継の方針を定め、その方針に適合する場合に制度を利用するという順序が正しゅうございます。
第6節 経営者又は後継者に不測の事態が生じた場合
後継者が死亡した場合
後継者が先代の経営者より先に死亡した場合には、株式が更に相続されることとなります。この場合の取扱いは複雑でございますので、あらかじめ次の後継者を想定しておくことが望ましゅうございます。
後継者が判断能力を失った場合
後継者が代表者としての職務を行うことができなくなった場合には、要件を満たさなくなるおそれがございます。代表者の変更が猶予に及ぼす影響につきましては、税理士にご確認ください。
先代の経営者が判断能力を失った場合
贈与による承継を予定していたところ、先代の経営者が判断能力を失いますと、贈与そのものをすることができなくなります。制度の利用を検討している場合には、実行の時期を先延ばしにしないことが肝要でございます。
第7節 弁護士にご相談いただく意味
この制度に関するご相談のうち、当事務所が扱いますのは、税の計算ではなく、株式を誰にどのように帰属させるか、他の相続人との関係をどのように調整するか、会社法上の手続をどのように履践するか、将来において会社をどうするかという事項でございます。これらが整理されていないまま制度の適用のみを先行させますと、後に遺留分侵害額の請求を受け、株式を手放さざるを得なくなり、その結果として猶予が打ち切られるという事態が生じ得ます。
制度の利用を検討される際には、税理士による税務上の検討と並行して、法律関係の整理を行うことをお勧めしております。当事務所は、株主の確定及び株主名簿の整備、株式の集約、遺言及び定款の整備、遺留分の処理、推定相続人との合意の形成、並びに相続が開始した後の紛争の解決についてご相談をお受けしております。
よくあるご質問
税理士に任せておけば足りますか
税務上の要件及び計算につきましては税理士にご確認ください。他方、株式の帰属、遺留分の処理、会社法上の手続につきましては、法律上の判断を要しますので、弁護士による検討を併せて行うことをお勧めしております。
他の相続人が反対しております
遺留分に関する民法の特例は推定相続人の全員の合意を要しますので、利用することができません。この場合には、遺言による設計、原資の確保、株式以外の財産の配分の調整といった他の方法を検討いたします。
将来、会社を売却するかもしれません
後継者が株式を譲り渡しますと、猶予が打ち切られる事由に該当することがございます。売却の可能性がある場合には、制度を利用するかどうかを慎重に検討すべきでございます。
株主が分散しております
まず株式を集約する作業を要します。所在の分からない株主がいる場合には、会社法の定める手続及び特例の利用を検討いたします。株主名簿の整備と併せてご相談ください。
費用はどの程度かかりますか
会社の規模、株主の数、推定相続人の数によって異なります。弁護士費用につきましては、当ウェブサイトの弁護士費用一覧のページをご覧ください。
本記事の根拠条文
民法
- 第903条第1項(特別受益者の相続分)
- 第1044条第3項(相続人に対する贈与の算入)
- 第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)
会社法
- 第107条第1項第1号(譲渡による株式の取得の制限)
- 第130条第1項(株主名簿の名義書換えの対抗要件)
- 第174条(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め)
- 第197条(株式の競売等)
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(遺留分に関する民法の特例、所在の分からない株主に関する会社法の特例)
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所では、事業承継に関する法律関係の整理、株主の確定及び株主名簿の整備、株式の集約、遺言及び定款の整備、遺留分の処理、並びに相続が開始した後の紛争の解決についてご相談をお受けしております。税務上の検討につきましては、税理士と併せてご相談いただくことをお勧めしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
弁護士費用については、当ウェブサイトの弁護士費用一覧のページをご覧ください。
ご相談の際に、会社の定款、登記事項証明書、株主名簿、直近の計算書類、及び推定相続人の関係が分かる資料をご用意いただけますと検討が早く進みます。なお、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。
本記事は一般的な制度の説明でございまして、個別の事案における結論を保証するものではございません。具体的な対応につきましては、事案の内容に即して弁護士にご相談ください。
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