承継の直後に売却された場合は遺産分割の評価に影響するか

兄が「会社の株式に大した価値はない」と申しますので、遺産分割ではその前提で合意いたしました。ところが、その1年後に、兄は会社を第三者に売却し、相当の対価を得ておりました。今からでも何か言えるのでしょうか。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。

先に結論を申し上げます。遺産分割が未了である段階であれば、承継の直後の売却の価格は、株式の評価を検討する上で有力な資料となり得ます。他方、既に遺産分割が成立している場合には、原則として分割の効力は覆りません。もっとも、後継者が売却の交渉が進んでいる事実を知りながらこれを秘して低い評価による分割を成立させたといえる場合には、詐欺又は錯誤による取消しを主張する余地がございます。いずれにしても、時期と主張の組立てにより結論が分かれます。本記事では、場合を分けて整理いたします。

目次

第1節 遺産分割が未了である場合

1 評価の基準となる時点

遺産分割における財産の評価は、分割の時における価額を基準とするのが原則と解されております。したがって、分割の手続の途中で会社が売却され、又は具体的な売却の交渉が進行している場合には、その事実は評価の検討において考慮されるべき事情となります。

2 売却の価格が有力な資料となる理由

非上場株式の評価は、いずれの算定の方法によるかによって大きく変動いたします。これに対し、現実の取引の価格は、第三者との間で成立した金額でございますので、当該会社の価値に関する具体的な資料となります。「株価はゼロに等しい」という説明と、現実の取引の価格とが著しく乖離している場合には、当該説明の合理性が問われることになります。

3 もっとも当然に一致するものではございません

取引の価格は、支配権の取得を前提としていること、買主にとっての事業上の意義が織り込まれていること、取引の時点が分割の時点と異なることなどから、遺産分割における評価と当然に一致するものではございません。売却の価格をそのまま採用すべきであるという主張が、常に認められるわけではございません。

第2節 既に遺産分割が成立している場合

1 原則として覆りません

遺産分割協議が成立した後に、財産の価額が想定と異なっていたことが判明したとしても、そのことのみをもって分割の効力が失われるものではございません。分割の合意には、将来の価額の変動に関する危険の引受けが含まれていると解されるためでございます。

2 取消し又は無効を主張し得る場合

他方、後継者が、売却の交渉が具体的に進行している事実を認識しながら、これを他の相続人に告げず、かつ「価値がない」といった説明をして分割を成立させたといえる場合には、詐欺による取消し(民法第96条第1項)又は錯誤による取消し(民法第95条第1項)を主張する余地がございます。

詐欺による取消しについては、相手方が事実を告げなかったことが欺罔に当たるといえるか、錯誤による取消しについては、法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤であり、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたといえるか(民法第95条第2項)が、それぞれ争点となります。いずれも立証は容易ではなく、結論は事案により異なります。

3 期間の制限

取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅いたします。行為の時から20年を経過したときも、同様でございます(民法第126条)。

4 新たに遺産が判明した場合

分割の対象とされていなかった遺産が後に判明した場合には、当該遺産について改めて分割を行うことになります。売却の対価が、分割の対象とされていなかった財産に由来するものであるときは、この観点からの検討も必要でございます。

第3節 主張を支える資料

1 交渉の時期を示す資料

最も重要なのは、売却の交渉がいつ始まったかでございます。仲介の契約の締結日、秘密保持契約の締結日、基本合意書の日付、買主による調査が行われた時期、取締役会の議事録の記載等が資料となります。遺産分割の協議の時点で既に交渉が進行していたことが示されれば、主張の基礎となります。

2 会社の内部の資料

株主としての地位を有している場合には、株主総会の議事録の閲覧又は謄写(会社法第318条第4項)、取締役会の議事録の閲覧又は謄写(会社法第371条第2項。監査役設置会社等においては裁判所の許可を要します。同条第3項)、計算書類等の閲覧又は謄本の交付(会社法第442条第3項)を請求いたします。

もっとも、遺産分割により株式の全部を後継者が取得している場合には、他の相続人は株主ではございませんので、これらの請求をすることができません。この点が、既に分割が成立している場合の実務上の障害でございます。

3 登記及び公表された情報

会社の履歴事項全部証明書からは、商号、目的、役員、本店の変動が分かります。買主が公表を行っている場合には、その内容も資料となります。

第4節 時期による違いのまとめ

時期 主な主張 難易
遺産分割が未了 売却の価格を評価の資料として主張いたします 比較的行いやすうございます
分割の協議中に交渉が進行 資料の開示を求め、評価の前提を争います 資料の入手が鍵となります
分割の成立後に売却が判明 詐欺又は錯誤による取消しを主張いたします 立証は容易ではございません

第5節 後継者の側から想定される主張と、これに対する反論の枠組み

この類型では、後継者の側から一定の反論が示されることが多うございます。あらかじめ想定し、それぞれについて裏付けとなる資料を準備しておくことが有効でございます。

後継者の側から想定される主張 反論の枠組み 裏付けとなる資料
売却の話が持ち上がったのは分割の後でございます 交渉の開始の時期を客観的な資料により特定いたします。仲介の契約又は秘密保持契約の締結日が分割の時点より前であれば、この説明は維持し得ません 仲介の契約書、秘密保持契約書、初回の面談の記録
売却の価格には承継の後の私の経営の成果が含まれております 承継から売却までの期間が短いほど、その期間に価値が増加したという説明は成り立ちにくくなります。期間の長さと、その間の業績の推移とを対比いたします 承継の前後の計算書類、事業計画書、取締役会の議事録
価値がないと申しましたのは相続税の評価のことでございます いずれの評価をいうのかを明示せずに価値がない旨を述べた場合には、説明として不十分であることを指摘いたします 協議の際のやり取りを記録した書面、電子メール
あなたも納得して協議書に署名しております 署名の事実があることは、錯誤又は詐欺の主張を当然に妨げるものではございません。判断の前提とされた事情に誤りがあったかどうかが問われます 遺産分割協議書、協議の経過を示す記録
価格は買主が付けたものにすぎません 第三者との間で現実に成立した価格である以上、当該会社の価値に関する具体的な資料としての意義は失われません 株式譲渡契約書、対価の入金を示す資料

よくあるご質問

質問1 分割の合意をやり直せますか。

原則として、価額の相違のみを理由として分割の効力が失われるものではございません。後継者が交渉の事実を知りながら秘したといえる場合には、詐欺又は錯誤による取消しを主張する余地がございますが、立証は容易ではございません。

質問2 売却の価格をそのまま基準にできますか。

取引の価格は有力な資料となりますが、支配権の取得を前提とすること、時点が異なること等から、当然に一致するものではございません。

質問3 いつ交渉が始まったのかを知る方法はありますか。

株主であれば、取締役会の議事録の閲覧又は謄写を請求することが考えられます(会社法第371条第2項)。既に株式を有していない場合には、訴訟の手続の中で資料の提出を求めることを検討いたします。

質問4 遺留分の請求はできますか。

遺言により株式が承継された場合には、遺留分侵害額の請求が問題となります(民法第1046条第1項)。ただし、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年という期間の制限がございます(民法第1048条)。

質問5 分割の成立の日と交渉の開始の日とが近接している場合はどうなりますか。

いずれが先であるかにより採り得る主張が変わりますので、日付を客観的な資料により特定することが出発点となります。近接している場合には、仲介の契約の締結日のみならず、その前の打診の時期を示す資料が重要となります。

質問6 既に株式を有していない場合でも、会社の資料を得る方法はございますか。

会社に対する閲覧又は謄写の請求は、株主であることを前提といたしますので、行うことができません。手続の中で相手方に対し文書の提出を求めることを検討いたしますが、認められるかどうかは事案により異なります。

質問7 どの時点までに動く必要がございますか。

取消権については追認をすることができる時から5年、行為の時から20年という制限がございます。遺留分侵害額の請求については、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年という制限がございます。売却の事実を知った時点で、速やかにご検討いただくことをお勧めいたします。

本記事の根拠条文

民法

  • 第95条第1項・第2項(錯誤)
  • 第96条第1項(詐欺又は強迫)
  • 第126条(取消権の期間の制限)
  • 第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)
  • 第1048条(期間の制限)

会社法

  • 第318条第4項(株主総会の議事録の閲覧等)
  • 第371条第2項・第3項(取締役会の議事録)
  • 第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)

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