相続により取得した株式について公正な価格を求める場合の資料の集め方
父から相続した株式について、会社から「M&Aで会社を売却するので、あなたの株式も買い取りたい」と言われ、金額を提示されました。しかしながら、その金額が妥当なのか判断のしようがございません。会社は「詳しいことは言えない」の一点張りでございます。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。
先に結論を申し上げます。公正な価格を求めるためには、資料が不可欠でございます。資料の源泉は3つでございます。第1は、株主としての権利により会社に対して請求できる資料でございます。第2は、当該取引そのものに関する資料でございます。第3は、被相続人の手元に残された資料及び誰でも取得できる公開の資料でございます。このうち、第1の経路が最も重要でございまして、計算書類等の閲覧又は謄本の交付の請求(会社法第442条第3項)には法定の拒絶の事由が定められておりません。本記事では、それぞれの経路と、請求の際の留意点を整理いたします。
第1節 「公正な価格」が問題となる場面
| 場面 | 制度 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 事業の譲渡等に反対する場合 | 反対株主の株式買取請求 | 会社法第469条第1項 |
| 合併、会社分割、株式交換等に反対する場合 | 反対株主の株式買取請求 | 会社法第785条第1項 |
| 譲渡の承認がされない場合 | 会社又は指定買取人による買取り | 会社法第140条、第144条 |
| 相続人等に対する売渡しの請求を受けた場合 | 売買価格の決定 | 会社法第177条 |
| 相対の交渉により譲渡する場合 | 当事者の合意 | ― |
いずれの場面であっても、資料がなければ主張は成り立ちません。まず資料の入手に着手いたします。
第2節 会社に対して請求できる資料
| 請求 | 要件 | 拒絶の事由 | 根拠条文 |
|---|---|---|---|
| 定款の閲覧謄本交付 | 株主又は債権者 | 定められておりません | 会社法第31条第2項 |
| 株主名簿の閲覧謄写 | 請求の理由を明らかにして | 法定の事由がございます | 会社法第125条第2項・第3項 |
| 株主総会の議事録の閲覧謄写 | 株主又は債権者 | 定められておりません | 会社法第318条第4項 |
| 取締役会の議事録の閲覧謄写 | 権利の行使のため必要があるとき(監査役設置会社等では裁判所の許可) | 会社に著しい損害を及ぼすおそれがある場合等 | 会社法第371条第2項・第3項 |
| 計算書類等の閲覧謄本交付 | 株主又は債権者 | 定められておりません | 会社法第442条第3項 |
| 会計帳簿等の閲覧謄写 | 100分の3以上、請求の理由を明らかにして | 5つの事由がございます | 会社法第433条第1項・第2項 |
1 まず計算書類等から着手いたします
計算書類等の閲覧又は謄本の交付の請求について、法定の拒絶の事由は定められておりません(会社法第442条第3項)。したがって、株主であることが確認されれば、会社はこれを拒む正当な理由を有しないのが原則でございます。過去5年分の備置きが義務付けられており(会社法第442条第1項)、作成の時から10年間の保存が義務付けられております(会社法第435条第4項)。
2 取締役会の議事録は取引の経緯を示します
M&Aの局面においては、取締役会の議事録に、仲介の契約の締結、買主の候補、価格の交渉の経緯が記載されていることがございます。株主は、その権利を行使するため必要があるときに、閲覧又は謄写の請求をすることができます(会社法第371条第2項)。監査役設置会社等においては、裁判所の許可を得ることが必要でございます(同条第3項)。
3 会計帳簿等は詳細を示します
持株の割合が要件を満たす場合には、請求の理由を明らかにして、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求することができます(会社法第433条第1項)。ただし、5つの拒絶の事由が定められております(同条第2項)。会社は、これらの事由に該当することを主張立証する責任を負うものと解されております。
4 名義書換が前提でございます
株主名簿の名義が被相続人のままである場合、会社は「株主として扱えない」と述べることがございます。相続その他の一般承継により株式を取得した者は、単独で株主名簿記載事項の記載又は記録を請求することができるものとされております。まず名義書換を請求いたします。遺産分割が未了である場合には、権利行使者の指定及び通知が必要でございます(会社法第106条本文)。
第3節 取引そのものに関する資料
1 会社からの通知
事業の譲渡等及び組織再編においては、会社から株主に対して通知又は公告がされます。株主総会の招集の通知に添付される資料には、取引の概要が記載されております。これらを保存いたします。
2 備置きの書面
組織再編においては、会社は一定の書面又は電磁的記録を本店に備え置き、株主の閲覧等に供しなければならないものとされております。取引の条件及びその相当性に関する事項が記載されておりますので、必ず確認いたします。
3 算定に関する資料
会社が第三者に価格の算定を依頼している場合には、その報告書の開示を求めることが考えられます。開示に応じるかは会社の判断によりますが、開示を拒む場合には、その事実自体が手続における事情となり得ます。
第4節 誰でも取得できる資料
- 会社の履歴事項全部証明書及び閉鎖事項証明書(資本金の額、発行済株式の総数、役員、目的、商号の変動)
- 決算公告(会社法第440条第1項)
- 会社が保有する不動産の登記事項証明書
- 買主が公表している情報
- 業界の統計及び同業の会社の公表資料
第5節 被相続人の手元の資料
- 確定申告書の控え(配当及び役員報酬の状況)
- 預金口座の取引の履歴
- 会社から届いた株主総会の招集の通知、配当金の支払通知書
- 金融機関に提出した資料(事業計画、決算の説明の資料等)
- 生命保険の証券
- 会社に対する貸付けに関する書面
被相続人がオーナー社長であった場合、その手元には会社の内部の資料が残されていることが少なくございません。相続人にとって、最も入手しやすい資料でございます。
第6節 資料が得られない場合
会社が請求に応じない場合には、閲覧謄写を求める訴えの提起、又は仮の地位を定める仮処分の申立て(民事保全法第23条第2項)を検討いたします。株式買取請求の期間、売買価格の決定の申立ての期間が迫っている場合には、保全の必要性を基礎付ける事情となり得ます。
また、価格の決定の手続の中で、裁判所を通じて資料の提出を求めることも考えられます。資料が十分に整っていないことを理由として申立てを見送ることは、期間の制約がある以上、避けるべきでございます。まず申立てを行い、手続の中で資料を求めるという順序を検討いたします。
第7節 期限
| 事項 | 期限 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 事業譲渡等に反対する旨の事前の通知 | 株主総会に先立って | 会社法第469条第2項 |
| 株式買取請求 | 効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日まで | 会社法第469条第5項、第785条第5項 |
| 譲渡の承認がされない場合の売買価格の決定の申立て | 買取りの通知の日から20日 | 会社法第144条第2項 |
| 相続人等に対する売渡しの請求に係る売買価格の決定の申立て | 請求の日から20日 | 会社法第177条第2項 |
第8節 入手した資料から何を読み取るか
資料は、入手すること自体が目的ではございません。価格に関する主張を基礎付けるために用いるものでございます。資料ごとに、何を読み取り、どの主張に用いるのかを整理いたします。
| 資料 | 読み取る事項 | 価格の主張への用い方 |
|---|---|---|
| 貸借対照表 | 資産及び負債の内容、純資産の額、役員又は関係会社に対する貸付金の有無 | 純資産を基礎とする考え方の出発点となります。帳簿の価額と実際の価値とが異なる資産の有無を確認いたします |
| 損益計算書 | 売上高、営業利益、経常利益及びこれらの推移 | 収益を基礎とする考え方の出発点となります。一時的な要因による増減の有無を確認いたします |
| 株主資本等変動計算書 | 剰余金の配当の状況、自己株式の取得の状況 | 過去に会社が自己株式を取得している場合、その際の価額が交渉における参考の事実となり得ます |
| 個別注記表 | 担保に供している資産、偶発債務、関係会社との取引 | 会社が主張する減額の要因の当否を検討いたします |
| 取締役会の議事録 | 仲介の契約の締結、買主の候補、価格の交渉の経緯 | 会社が相続人に提示した価額と、買主との間で議論された価額との差を確認いたします |
| 株主名簿 | 株主の構成、各人の持株の数 | 他の株主に提示された条件との均衡を検討する前提となります |
| 履歴事項全部証明書及び閉鎖事項証明書 | 資本金の額の変動、発行済株式の総数の変動、役員の異動 | 過去の新株の発行の際の払込みの金額が、価額に関する参考の事実となり得ます |
| 決算公告 | 貸借対照表の要旨 | 会社が計算書類の開示に応じない段階でも入手し得る、数少ない客観の資料でございます |
会社が提示した金額の根拠を示さない場合であっても、これらの資料により、こちらから金額の当否を検討することができます。会社の説明を待つ必要はございません。
第9節 請求の書面の作成と送付の手順
1 宛先及び送付の方法
請求の書面は、会社の本店の所在地を宛先とし、代表取締役宛てに送付いたします。宛先は、履歴事項全部証明書により確認いたします。送付の方法は、配達証明付きの内容証明郵便によることが相当でございます。請求をした事実及びその日付が後に争われることを防ぐためでございます。
2 記載すべき事項
- 請求をする者の氏名及び住所
- 株主であることの表示(被相続人の氏名、相続の開始の年月日、取得した株式の種類及び数)
- 請求の根拠となる条文
- 請求の対象となる資料の特定(事業年度及び書類の名称)
- 閲覧を求めるのか、謄本の交付を求めるのかの別
- 回答を求める期限
- 連絡先
3 添付する資料
株主であることを疎明するため、被相続人の死亡の記載のある戸籍、相続人であることが分かる戸籍、遺産分割協議書の写し等を添付いたします。会社が既に名義の書換えに応じている場合には、これらの添付を要しないこともございます。
4 請求の順序
法定の拒絶の事由が定められていない請求から先に行うことが合理的でございます。定款、株主総会の議事録及び計算書類等の請求を先に行い、その回答の状況を踏まえて、会計帳簿等及び取締役会の議事録の請求に進むという順序でございます。先の請求に対する会社の対応が、後の請求において拒絶の当否を判断する際の事情となることもございます。
5 閲覧の場に臨む際の準備
会社が閲覧に応じる場合であっても、その場での謄写を認めないことがございます。あらかじめ、謄写の可否、写真の撮影の可否、同行する者の有無について、書面で確認しておくことが相当でございます。閲覧の当日は、どの資料をどの範囲まで確認したかを記録いたします。
第10節 会社から想定される主張と反論の枠組み
| 会社の主張 | 反論の枠組み |
|---|---|
| 株主名簿の名義が被相続人のままであるから株主として扱えない | 相続その他の一般承継により株式を取得した者は、単独で株主名簿記載事項の記載又は記録を請求することができるものとされております。まず名義の書換えを請求し、その上で資料の請求を行います |
| 遺産分割が終わっていないから応じられない | 遺産分割が未了の場合、株式は相続人の準共有に属します。権利を行使する者を定めて会社に通知すれば、権利を行使することができます(会社法第106条本文)。会社が同意した場合の例外も定められております(同条ただし書) |
| 機密の事項であるから開示できない | 計算書類等の閲覧又は謄本の交付の請求について、法定の拒絶の事由は定められておりません(会社法第442条第3項)。機密であることは、それ自体としては拒絶の理由となりません |
| 請求の目的が不当である | 会計帳簿等については拒絶の事由が定められておりますが(会社法第433条第2項)、これに該当することは会社が主張立証する責任を負うものと解されております。提示された価額の当否を検討するという目的は、株主の権利の確保に係るものでございます |
| まず買取りの金額に同意してほしい、そうすれば資料を示す | 資料の開示と価格への同意とは、本来、対価の関係に立つものではございません。同意を先行させる必要はございません |
| 期限が迫っているので早く判断してほしい | 法定の期間と会社が一方的に設定した期限とを区別いたします。法定の期間については、資料が整わないことを理由に手続を見送るのではなく、まず手続を行うことを検討いたします |
| 他の株主も同じ金額で応じている | 他の株主が応じた事実は、価格の相当性を当然に基礎付けるものではございません。他の株主に別の条件が付されていないかを確認いたします |
第11節 資料の収集と手続の期間とは併行して進めます
資料の収集には時間がかかります。他方、株式買取請求及び売買価格の決定の申立てには短い期間が定められております(第7節の表をご覧ください)。両者は、順番に行うのではなく、併行して進めるべきものでございます。
- 会社から通知又は提示を受けた時点で、直ちに法定の期間の満了の日を計算し、記録いたします
- 期間の計算と同時に、名義の書換えの請求及び資料の請求に着手いたします
- 資料が揃っていなくとも、期間の内に、反対の意思の通知及び買取りの請求を行います
- 会社が資料の請求に応じない場合には、閲覧謄写を求める訴え又は仮処分の申立てを検討いたします
- 価格の決定の手続の中で、裁判所を通じて資料の提出を求めることを検討いたします
資料が不足していることは、価格を争わない理由にはなりません。むしろ、資料を開示しないまま金額への同意を求める会社の姿勢そのものが、手続における事情となり得ます。
よくあるご質問
質問1 会社が「機密だから見せられない」と言います。
計算書類等の閲覧又は謄本の交付の請求について、法定の拒絶の事由は定められておりません(会社法第442条第3項)。会計帳簿等については拒絶の事由がございますが(会社法第433条第2項)、該当することは会社が主張立証する責任を負うものと解されております。
質問2 持株が少ないので会計帳簿は請求できません。
計算書類等の閲覧又は謄本の交付の請求には持株の割合の要件がございません(会社法第442条第3項)。まずこちらから着手いたします。
質問3 取引の資料はどこにありますか。
組織再編の場合には、会社が本店に備え置くべき書面又は電磁的記録がございます。また、取締役会の議事録に交渉の経緯が記載されていることがございます(会社法第371条第2項)。
質問4 資料が揃うまで手続を待てますか。
株式買取請求及び売買価格の決定の申立てには短い期間が定められております。資料の入手を待って期間を徒過することは避けるべきでございます。まず手続を行い、その中で資料を求めることを検討いたします。
質問5 会社が示した期限までに返答をしないと、どうなりますか。
会社が一方的に設定した期限には、法律上の効果はございません。他方、株式買取請求及び売買価格の決定の申立ての期間は法定のものでございますので、これを徒過すると、その手続を採ることができなくなります。両者を混同なさらないようご注意ください。
質問6 資料の請求をすると、会社との関係が悪くなりませんか。
資料の請求は、法が株主に認めた権利の行使でございます。関係の悪化をおそれて請求を控えた結果、期間を徒過し、価格を争う機会を失う例が少なくございません。まず権利を行使し、その上で交渉による解決を目指すことは十分に可能でございます。
質問7 被相続人が会社に貸付けをしていた形跡があります。
会社に対する貸付金は、株式とは別個の相続財産でございます。貸借対照表の負債の部及び個別注記表を確認し、会社に対して残高の確認を求めることが考えられます。株式の買取りの交渉とは切り離して整理いたします。
質問8 会社から「決算書は税理士が保管しているので手元にない」と言われました。
計算書類等の備置きは会社の義務でございます(会社法第442条第1項)。保管を第三者に委ねていることは、備置きの義務を免れる理由となりません。書面により改めて請求し、その回答を記録いたします。
本記事の根拠条文
会社法
- 第31条第2項(定款の閲覧等)
- 第106条(共有者による権利の行使)
- 第125条第2項・第3項(株主名簿の閲覧等)
- 第140条・第144条第2項(会社又は指定買取人による買取り及び売買価格の決定)
- 第177条第2項(売買価格の決定の申立て)
- 第318条第4項(株主総会の議事録の閲覧等)
- 第371条第2項・第3項(取締役会の議事録)
- 第433条第1項・第2項(会計帳簿の閲覧等の請求)
- 第435条第4項(計算書類等の保存)
- 第440条第1項(貸借対照表等の公告)
- 第442条第1項・第3項(計算書類等の備置き及び閲覧等)
- 第469条第1項・第2項・第5項(反対株主の株式買取請求)
- 第785条第1項・第5項(反対株主の株式買取請求)
民事保全法 第23条第2項(仮の地位を定める仮処分命令)
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本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
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