会計帳簿の閲覧謄写の請求を拒絶された場合の仮処分及び訴えの選択
株主として会計帳簿の閲覧を請求いたしましたところ、会社から「請求の目的が不当である」との理由で拒絶されました。相続税の申告の期限も迫っており、悠長に構えていられません。このようなご相談を、当事務所はしばしばお受けしております。
先に結論を申し上げます。会計帳簿等の閲覧謄写の請求には、法定の拒絶の事由がございます(会社法第433条第2項)。会社は、この事由に該当することを主張立証する責任を負うものと解されております。拒絶された場合の手段は2つでございます。第1は、本案の訴えを提起する方法でございます。第2は、仮の地位を定める仮処分を申し立てる方法でございます(民事保全法第23条第2項)。相続税の申告の期限が迫っている、株主総会が近い、株式の売買価格の協議が進行しているといった事情がある場合には、後者を選択することになります。本記事では、その選択の基準と準備を整理いたします。
第1節 制度の要件
1 持株の割合
総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主又は発行済株式の100分の3以上の数の株式を有する株主は、会社の営業時間内はいつでも、請求の理由を明らかにして、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写の請求をすることができます(会社法第433条第1項)。定款でこれを下回る割合を定めることも可能でございます。
2 請求の理由
請求の理由は、具体的に記載する必要がございます。「取締役の善管注意義務違反の有無を調査するため」「相続した株式の価格を検討するため」といった記載が考えられます。理由が抽象的にすぎる場合には、請求が不適法とされる余地がございます。
3 対象となる資料
会計帳簿又はこれに関する資料が対象でございます。総勘定元帳、仕訳帳、補助簿及びこれらの記載の基礎となる資料が含まれ得ます。いかなる範囲の資料が対象となるかは、事案により争いとなります。
第2節 拒絶の事由
会社は、次のいずれかに該当する場合を除き、この請求を拒むことができないものとされております(会社法第433条第2項)。
| 号 | 事由の概要 |
|---|---|
| 第1号 | 権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったとき |
| 第2号 | 会社の業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったとき |
| 第3号 | 会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるとき |
| 第4号 | 閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報するため請求したとき |
| 第5号 | 過去2年以内において、知り得た事実を利益を得て第三者に通報したことがあるものであるとき |
会社は、これらの事由に該当することを主張立証する責任を負うものと解されております。したがって、会社が単に「目的が不当である」と述べるのみでは足りません。
相続人が、相続した株式の価格を検討し、又は遺産分割における評価を検討するために請求する場合には、権利の確保又は行使に関する調査に当たると考えられます。もっとも、結論は事案により異なります。
第3節 本案の訴えと仮処分の選択
| 観点 | 本案の訴え | 仮処分 |
|---|---|---|
| 要する期間 | 長期に及びます | 比較的短期でございます |
| 必要となるもの | 請求の要件の立証 | 被保全権利及び保全の必要性の疎明 |
| 担保 | 不要でございます | 提供を求められることがございます |
| 適する場面 | 期限の制約がない場合 | 期限が迫っている場合 |
1 保全の必要性
仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができるものとされております(民事保全法第23条第2項)。
相続の局面においては、次のような事情が保全の必要性を基礎付ける事情となり得ます。
- 相続税の申告の期限が迫っていること(相続税法第27条第1項)
- 株式の売買価格の決定の申立ての期間が迫っていること(会社法第144条第2項、第177条第2項)
- 株主総会が近く開催され、議決権の行使に判断を要すること
- 遺産分割の調停において株式の評価が争点となっていること
2 いわゆる断行の仮処分
閲覧謄写を認める仮処分は、実質的に本案の目的を達するものでございますので、審理は慎重に行われます。会社の側の反論を踏まえた疎明が必要でございます。
第4節 準備すべき事項
- 株主であることを示す資料(株主名簿の写し、名義書換の請求及び会社の回答)
- 持株の割合が100分の3以上であることを示す資料(登記事項証明書、株主名簿)
- 請求の書面及びその送付の記録(内容証明郵便の謄本、配達の記録)
- 会社の拒絶の回答(書面によるもの。口頭であればその経過の記録)
- 保全の必要性を示す資料(相続税の申告の期限、株主総会の招集の通知等)
特に、会社の拒絶の回答を書面により得ておくことが重要でございます。会社が口頭で拒みつつ書面を出さないという対応をとることがございますので、再度書面により請求し、期限を定めて回答を求めることが有用でございます。
第5節 あわせて検討する手段
会計帳簿の閲覧謄写の請求のほかにも、次の手段がございます。持株の割合の要件を満たさない場合、又は拒絶の事由が争われる場合には、これらを併せて検討いたします。
- 計算書類等の閲覧又は謄本の交付の請求(会社法第442条第3項)。法定の拒絶の事由は定められておりません
- 株主総会の議事録の閲覧又は謄写の請求(会社法第318条第4項)
- 取締役会の議事録の閲覧又は謄写の請求(会社法第371条第2項。監査役設置会社等においては裁判所の許可を要します。同条第3項)
- 業務の執行に関する検査役の選任の申立て(会社法第358条第1項)
- 決算公告の確認(会社法第440条第1項)
第6節 拒絶された後の手続の段階
拒絶を受けてから閲覧謄写の実現に至るまでの流れを、段階ごとに整理いたします。順序を誤りますと、後の手続において疎明が不足することがございます。
| 段階 | 行うこと | 相手方・提出先 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 第1 | 請求の理由を具体的に記載した書面により、期限を定めて再度請求いたします | 会社(本店の所在地。代表取締役宛て) | 内容証明郵便により、配達の記録を残します |
| 第2 | 拒絶の理由及び該当する号を明らかにするよう求めます | 会社 | 口頭の拒絶にとどまる場合には、その経過を記録いたします |
| 第3 | 本案の訴えによるか、仮処分によるかを決します | ― | 期限の有無及びその切迫の程度により判断いたします |
| 第4 | 訴状又は仮処分命令の申立書を提出いたします | 会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所 | 仮処分におきましては、疎明の資料を添付いたします |
| 第5 | 双方の主張及び資料を提出いたします | 裁判所 | 仮処分におきましては、債務者を呼び出す審尋が行われるのが通例でございます |
| 第6 | 認容された場合には、閲覧謄写を実施いたします | 会社 | 会社が応じない場合には、間接強制の申立てを検討いたします |
第7節 会社の主張と、これに対する反論の枠組み
拒絶の理由として述べられることの多い主張と、これに対する反論の組み立てを整理いたします。いずれも事案により結論は異なりますが、準備の方向を定める手がかりとなります。
| 会社の主張 | 反論の枠組み |
|---|---|
| 請求の理由が抽象的にすぎる | 調査を要する事項と、その調査を必要とする事情とを書面に具体的に記載し直します。相続した株式の価格の検討、遺産分割における評価の検討といった目的を明示いたします |
| 株主であることが確認できない | 戸籍の記載、遺産分割協議書、名義書換の請求の書面等により、相続による取得の事実を示します。名義書換が未了であることと、株主であることとは、別の事柄でございます |
| 権利の確保又は行使に関する調査以外の目的である(第1号) | 請求の目的が株式の価格の検討又は取締役の職務の執行の調査にあることを、具体的な事情とともに示します。該当の主張立証の責任は会社にございます |
| 実質的に競争関係にある事業を営んでいる(第3号) | 請求をする者が現に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事している事実の有無を検討し、事実に基づいて否認いたします |
| 請求の対象の範囲が広きに失する | 対象となる帳簿及び資料を、調査を要する事業年度及び科目により限定し、請求の範囲を特定し直します |
| 急いで閲覧させる必要がない | 相続税の申告の期限、売買価格の決定の申立ての期間、株主総会の期日等、期限の存在を資料により疎明いたします |
第8節 期限の整理
仮処分によるか本案の訴えによるかの判断は、次の期限からの逆算により行うことになります。起算点を取り違えますと、判断を誤ります。
| 事項 | 起算点 | 期間 |
|---|---|---|
| 相続税の申告書の提出 | 相続の開始があったことを知った日の翌日 | 10か月(相続税法第27条第1項) |
| 売買価格の決定の申立て(譲渡の承認をしない旨の通知を受けた場合) | 会社が当該株式を買い取る旨の通知があった日 | 20日(会社法第144条第2項) |
| 売買価格の決定の申立て(相続人等に対する売渡しの請求を受けた場合) | 売渡しの請求があった日 | 20日(会社法第177条第2項) |
| 会計帳簿等の閲覧謄写の請求そのもの | ― | 法律上の期間の定めはございません。もっとも、上記の各期限から逆算して準備する必要がございます |
よくあるご質問
質問1 会社が「目的が不当だ」と言うだけで拒めるのですか。
拒絶の事由に該当することは、会社が主張立証する責任を負うものと解されております(会社法第433条第2項)。単に不当であると述べるのみでは足りません。
質問2 持株が100分の3に満たない場合はどうすればよいですか。
会計帳簿等の閲覧謄写の請求はできません。計算書類等の閲覧又は謄本の交付の請求(会社法第442条第3項)には持株の割合の要件がございませんので、こちらを検討いたします。
質問3 仮処分はどのくらいで結論が出ますか。
事案及び裁判所により異なります。本案の訴えよりは短期でございますが、確約はできません。
質問4 担保はいくら必要ですか。
担保の要否及び額は、裁判所が事案に応じて定めるものでございます。あらかじめ金額を申し上げることはできません。
質問5 閲覧謄写が認められたのに会社が応じない場合はどうなりますか。
決定又は判決により閲覧謄写が認められたにもかかわらず会社が応じない場合には、間接強制の申立てを検討いたします。可否及び方法は事案により異なり、裁判所の判断を要しますので、確約はできません。
質問6 本案の訴えと仮処分とを同時に進めることはできますか。
同時に進めることは可能でございます。期限が迫っている場合には仮処分を先行させ、これと並行して本案の訴えを提起する例がございます。もっとも、二重の手続を要しますので、必要性を検討した上で判断いたします。
本記事の根拠条文
会社法
- 第144条第2項・第177条第2項(売買価格の決定の申立て)
- 第318条第4項(株主総会の議事録の閲覧等)
- 第358条第1項(業務の執行に関する検査役の選任)
- 第371条第2項・第3項(取締役会の議事録)
- 第433条第1項・第2項(会計帳簿の閲覧等の請求及び拒絶の事由)
- 第440条第1項(貸借対照表等の公告)
- 第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)
民事保全法 第23条第2項(仮の地位を定める仮処分命令)
相続税法 第27条第1項(相続税の申告書の提出期限)
内部リンク
送客先のご案内のページ 会社が決算書類を見せてくれず株価も相続税額も分からずお困りの方へ
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、会計帳簿等の閲覧謄写の請求を拒絶されてお困りの相続人株主の方からのご相談をお受けしております。請求の書面の作成、拒絶の回答の確保、会計帳簿等閲覧謄写請求の訴えの提起、仮の地位を定める仮処分の申立て、計算書類等その他の閲覧謄写の請求まで、ご依頼者の側の代理人としてお引き受けいたします。当事務所は、相続人及び株主の側のお立場でこの類型の案件を取り扱っており、同一の案件について会社の側と相続人の側の双方を代理することはございません。
詳しくは、会社が決算書類を見せてくれず株価も相続税額も分からずお困りの方へのご案内のページをご覧ください。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
弁護士費用については、当ウェブサイトの弁護士費用一覧のページをご覧ください。
ご相談の際に、会社の履歴事項全部証明書、株主名簿の写し、請求の書面及び配達の記録、会社の回答書、相続税の申告の期限が分かる資料をご用意いただけますと検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはございません。なお、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。
本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
このページの位置付けと、関連するページ
本ページは、遺産の情報開示に関する解説のうちの一つです。全体像は、次の中核となるページを御覧ください。
▶ 会社が決算書類を見せてくれない場合に相続人が採り得る手段
同じ主題を扱う関連ページ
具体的な御相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。

